第一話 「原点」
勇者ヒンメルの死から二十九年後。
北側諸国。魔法都市オイサースト。
大陸魔法協会北部支部。
「それではこれより第三次試験を始めます」
私たち受験者を前に、第三次試験が開始されようとしている。目の前におられるのは確か一級魔法使いのファルシュ様だったか。第三次試験はファルシュ様が試験官なのだろうか。受験生たちにも緊張が走っているのが感じられる。無理もないだろう。私もまたそれは同じなのだから。
(これが最後の試験になるんですね……)
何故ならこの三次試験が一級魔法使い選抜試験の最後の関門になるのだから。
『一級魔法使い』
それは魔法使いを管理する組織である大陸魔法協会における最高の称号。すなわち現代の魔法使いの最高峰。それを選ぶための試験。それを証明するように、一級魔法使いの方々は皆、文字通り規格外ばかりだ。第二次試験の試験官のゼンゼ様もそうだった。皆、私よりも遥か高みにいる魔法使い。曰く不可能を可能にする存在。魔王軍と戦っていた時代の強く誇り高い魔法使い。そんな試験に私が挑んでいること、ここに残っていることが場違いなのだが仕方ない。この先に進むにはどうしても私達には一級魔法使いの資格が必要なのだから。
(でもフリーレン様がいるなら心配いりませんね)
横目で隣にいるフリーレン様を見つめる。この状況でもいつもと変わらず、淡々とされている。それを見ると少し安心できる。そう、私がここまで来れたのはフリーレン様がいたからだ。特に二次試験ではそれに助けられたのは私だけではない。そもそもフリーレン様なら試験に落ちるなんてことはあり得ない。伝説の魔法使いなのだから。一級魔法使いすら超えている、大魔法使い。
思わず気が緩みかけるも、引き締める。いけない。この方に頼りきりではいけない。魔法使いとしての高みに至ること。それは私にとっても必要なことなのだから。他の魔法使いの方たちのような崇高な探求に比べれば下らない理由。それでも私にとっては大切なこと。それを思い返さんとするも
「第三次試験の内容は、大魔法使いゼーリエによる面接です」
それは予想だにしていなかった異例、いや例外によって遮られてしまった。
(面接……? そんな試験は今まで一度も……)
思わず困惑してしまう。他の受験者もそれは同じなのだろう。当たり前だ。何故なら面接なんて試験はこれまで行われていなかったのだから。私とフリーレン様はこの二か月でこの試験のための対策をしてきた。これまでの第三次試験の内容についても。その全てが実技、実戦形式の物だった。その内容も困難を極める、命の危険を伴う物。云わば、今回の二次試験でゴーレムでの脱出がないような試験ばかりだった。そういった意味では平和的な試験とも言えるのかもしれないが、一級魔法使いを選抜する最後の試験がそんな安易な物のはずがない。何よりもそれは
「そう来たか。ゼーリエは私とフェルンを受からせる気はないね」
どうやら私たちにとっては最悪に近い内容であったらしい。フリーレン様の言葉がそれを示している。だというのに、この方は全く動揺していない。あるのはどこか諦観、呆れのようなもの。その名が、人物がその理由なのだろう。
『大魔法使いゼーリエ』
半世紀以上前に突如として歴史の表舞台に現れ、人類の魔法使いの頂点に君臨した大陸魔法協会の創始者。曰く、神話の時代から生きていると言われている。エルフの大魔法使い。魔法使いにとっては恐れ多い存在なのだろう。だが私にとっては、いやフリーレン様にとってはそうではないのだろう。何故なら
「ゼーリエ様……確かフランメ様の師匠で、フリーレン様にとっては師の師に当たる方ですよね」
その方はフリーレン様にとっては見知った相手。旧知の仲であるはずなのだから。
「……私、フェルンに話したことあったっけ」
「ありません。アウラ様に教えていただいたので」
「あいつ、余計なことを……」
アウラ様の名前が出てきたことであからさまに嫌そうな顔をしているフリーレン様。もしこの場にアウラ様がいても同じような顔をされるのだろう。似た者同士なのは変わらない。それはともかく、私はゼーリエ様のことをアウラ様から伺って知っていた。アウラ様からすれば私が知っていて当たり前の方だったのだろう。知らなかったのはただフリーレン様が教えて下さらなかったから。どうして教えてくれなかったのかと聞いても、きっと聞かれなかったからと答えるに違いない。なので私もあえて聞くことはなかったもの。ちょっとした意趣返しだった。
「そういえばあいつもゼーリエとは知り合いだったね。あのゼーリエが魔族と、か……天地でもひっくり返されたんだろうね」
「何の話ですか?」
「何でもない。ヒンメルのせいだよ」
それで思い出してしまったのか。それとも思い出したくなかったのか。不機嫌そうにそうよく分からない言葉を漏らしているフリーレン様。どうやらヒンメル様に文句があるらしい。なるほど。きっとヒンメル様のことだ。勇者らしいことをしたに違いない。フリーレン様にとってはそうではなかったようだが。
「でもどうしてそれで試験に受からないことになるんですか?」
「あの人は私が嫌いだからね。子供みたいな人だよ」
「それってフリーレン様も同じですよね?」
「……うぉぉん」
ただリーニエ様のように思ったことを正直に言っただけなのだが、フリーレン様はそのまま奇声を上げてしまう。まるで動物の鳴き声のように。それはここ最近のフリーレン様の悪癖だった。フリージアに滞在したことで発症してしまったらしい。その原因は自業自得なのでどうしようもない。ただ人前では恥ずかしい、迷惑なので控えてほしい。
それはいいとしても、やはり思った通り。フリーレン様はゼーリエ様を苦手にしているのだろう。もしかしたら本当に嫌いなのかもしれない。きっと同族嫌悪なのだろう。同じエルフだからではない。もっと根っこの部分で。
『別に敬わなくてもいいわ。基本的に表舞台には出てこない引きこもりよ。エルフの習性かしらね。あんたも気をつけなさい。弱みを見せたらいいように使われるわよ』
思い出すのはかつてのアウラ様の言葉。アウラ様から見たゼーリエ様。
だが苦手なのはきっとアウラ様も一緒なのだろう。言葉の節々から、態度からそれが滲み出ていた。その時から思っていたが、そのゼーリエ様はアウラ様に似ているのかもしれない。だとしたらフリーレン様が苦手にしているのも当然だろう。
だがそれだけとは思えない。何故なら他ならぬフリーレン様のことだ。自覚もなく、とんでもない過ちを犯していても不思議ではない。それを私は聞いて、読んで知っているのだから。アイゼン様から頼まれたことでもある。なので確かめることにする。それは
「フリーレン様が最後にゼーリエ様に会ったのはいつなんですか?」
「何でそんなこと気にしてるの? 確か、千年ぐらい前だったかな」
私の、いや人類の想像を遥かに超えるレベルでのやらかしだった。
「…………フリーレン様?」
「怒らないでよ。相手はエルフだよ。たった千年なんだから」
「怒っていません。呆れただけです。やっぱりフリーレン様は薄情者ですね」
「薄情って言わないでよぉ……気にしてるんだから」
言っていて自分でもまずいとは気づいたのだろう。いつものようにしおしおになってしまっているフリーレン様。最近は薄情者という言葉は年寄り扱いに近い禁句になりつつある。それだけ自覚が出てきた証拠だろう。それにしてもたった千年、か。途方もない感覚だ。エルフではこれが当たり前なのだろうか。相手がエルフだからというのもあるのだろうが。それを考えれば、五十年で済んだヒンメル様は幸運だったのかもしれない。流星が半世紀周期でなければどうなっていたか。
「そういえば、あの時も同じようなこと
「あの時?」
「ゼーリエと初めて会った時だよ。私を見せびらかしたかったんだろうね。ゼーリエが魔法をくれるって言うから断ったんだけど、何が面白かったんだか」
当時を思い出しているのだろう。呆れ気味に、でもどこか懐かし気にフリーレン様はそう零されている。まるでヒンメル様のことを語られる時のように。きっとフリーレン様にとってフランメ様は特別な存在だったのだろう。私にとってのフリーレン様のように。本人は素直に認めはしないだろうが。
話しぶりからするに、フランメ様がフリーレン様をゼーリエ様に紹介したということなのだろう。見せびらかしたかった、というのも本当なのかもしれない。だがそれ以上に気にかかることがあった。それは
「それって、ゼーリエ様が授けて下さるという、特権のことですか?」
「そうだよ。一級魔法使いの報酬にしてるなんて、ゼーリエらしいね」
一級魔法使いに与えられる特権。生きた魔導書とまで言われるゼーリエ様。その中から一つだけ望んだ魔法を得ることができる。それは魔法使いにとっては願いが叶うに等しいもの。その証拠に、一級魔法使いの資格よりも、それを目的に試験に参加している受験者も大勢いるのだから。むしろ私たちの方が少数派だろう。だが問題はそこではない。
つまりフリーレン様はもう一級魔法使いの試験に合格しているようなものなのだ。千年も前に。いや、それを遥かに超えるもの。大魔法使いに。ゼーリエ様はフリーレン様を認めたに違いない。だからこそ特権を譲ってくれようとした。
なのにそれをこの方は袖にしてしまったのだ。本人も全くその気もなしに。きっとそのことに気づいていない。本当にこの方は千年前から変わっていないのだろう。フランメ様が薄情者だと言われるのも当然だ。流石はフランメ様だ。千年前から、フリーレン様が過ちを犯すことを分かっていて、それを導く術を遺していたのだから。
「今ようやく分かりました。フリーレン様はエルフの心も分からないんですね」
「ひどいよ」
そのおかげでこの方は、今も人の心を知ろうとしている最中なのだ。その前に同族であるはずのエルフの心を知る必要もあるだろうが。
「何で断ったりしたんですか? きっと伝説級の魔法だってもらえたはずなのに」
でもそれが不思議だった。いくら苦手だとしても何で断ってしまったのか。こんなにも魔法が好きで、魔法を収集しているのに。生きた魔導書とまで言われるゼーリエ様の魔法や知識を受け継がないなんて。そんな私の疑問に
「だってつまんないでしょ。魔法は探し求めている時が一番楽しいんだから」
まるで当たり前のように、フリーレン様は答えを口にする。子供のように、ただ純粋に。当たり前すぎて忘れてしまいがちな、魔法の原点。きっとフランメ様も同じ気持ちだったに違いない。
「────そうですね。フリーレン様らしいです」
思わず笑ってしまう。私もまだまだ、フリーレン様のことを知らなかったらしい。人生の三分の二も一緒に過ごしているのに。私もフリーレン様に負けないように、知ろうとしなければ。
「でも聞いただけですが、ゼーリエ様ってまるでアウラ様みたいですね。フリージアでは特権ではなくて祝福ですが」
試験が始まり、次々に受験者が順番に呼ばれていくのを眺めながらふと気づく。話で聞いているだけだが、お二人が似ていることに。種族や性格ではなく、その在り方が。アウラ様はフリージアという国を、ゼーリエ様は大陸魔法協会という組織を。共に世界に大きな影響を及ぼす力を持つほどの巨大な枠組みを作りあげられている。そして違いはあれど、従う人々に力を分け与えている。アウラ様に言わせれば迷惑に当たるのだろうが、まるで女神様のように。それに
「違うよ。あいつはきっとゼーリエの真似をしているだけなんだ。本当に趣味が悪い」
何でもないことのように、呆れながらフリーレン様はそう漏らされている。いつもの口癖と共に。きっとフリーレン様にはそれが分かるのだろう。エルフよりも、魔族の心の方が分かるのかもしれない。いや、きっとアウラ様に限った話なのだろうが。
そこで私もようやく思い出す。鞄の中にある預かり物に。それは手紙だった。フリージアから発つ時に、アウラ様から預かった物。ゼーリエ様に会うことがあれば渡すように頼まれたのだった。いい機会なので忘れないように渡さなくては。
「とにかく、千年振りに会うんですからまた失礼なことを言わないように気を付けて下さいね。フリーレン様」
そう念を押すことにする。試験云々については置いておくとしても、それだけは。千年振りなのだ。積もる話もあるだろう。そもそも魔王を討伐したことすら直接伝えていないのだろう。薄情どころではない。だというのに
「……ソンナコトシナイヨ」
これ以上にない不細工な、見慣れた変顔で片言な返事をしてくるフリーレン様がそこにはいた。
(これ、駄目なやつだ……!?)
もはやあきらめるしかない。こういう時のフリーレン様は碌なことをしない。散々アウラ様と二人きりで会わないように言いつけたのに、結局台無しにしたのと同じように。
絶対に自分が落ちるわけにはいかない。これまでの試験とは比べ物にならないプレッシャーが襲い掛かってくる。まさかこんなことになるなんて。
「では次は三級魔法使いのフェルン様。どうぞ」
「……はい」
「……いってらっしゃいフェルン。がんばってね」
もうあきらめているのか。どこか他人事のように私を送り出してくれるフリーレン様。それでも心配はしてくれているのだろう。どこかお母さんに見送られているような感覚。同時に小さな子供を置いて行かなくてはいけない心配もある。それに後ろ髪を引かれながらも、呼ばれるがままに第三次試験の会場へと向かうのだった────
目の前には大きな扉がある。その先に今回の試験官でもある、ゼーリエ様がいるのだろう。見なくても分かる。その魔力だけで十分だった。やはりフリーレン様の、フランメ様の師匠なのだろう。絶大な魔力だ。制限を解いた、全力のフリーレン様に匹敵する魔力。いつも目にしていたハイター様やアウラ様の魔力のおよそ倍だろうか。もしそれに慣れていなければ圧倒されてしまったに違いない。
「入れ」
私の気配を、魔力を感じ取ったのだろう。中からそう女性の声が聞こえてくる。それに吸い寄せられるように扉に手をかける。
でもそれ以上に不思議な気分だった。初めてなのに、初めてではない。そんな感覚。そういえば最近、これに似たようなことがあった気がする。それは
扉を開けた先にある、庭園の光景によって思い出すことになった────
「────」
思わずそれに目を奪われてしまう。そこには一人のエルフの女性がいた。身の丈はフリーレン様と同じぐらいだろう。その容姿も生きた年月を感じさせない若々しい物。やはり同じエルフなのだろう。なのに全く似ても似つかない。その纏っている魔力だけで、この方が誰であるかなど問うまでもない。
なのに、私は違う物に目を奪われていた。絶大な魔力を持つ、大魔法使いよりも。私にとってはその周りに広がる光景の方が。そこには見慣れた景色があった。親愛の国の象徴であり、その主が愛した魔法。
「……お前、何を見ている?」
花畑を出す魔法。
それが蒼月草を継ぐ魔法使いが、
作者です。アンケートにご協力ありがとうございました。それに合わせて一級魔法使い選抜試験編を投稿させていただきます。四話ほどになると思いますが楽しんでもらえると嬉しいです。