「不合格だ。次」
流れるように、合否を告げる。段々と作業じみてきてしまうのは否めない。それも仕方のないことだ。何故ならこれは弟子の、いや孫弟子の後始末でもあるのだから。
フリーレン。この一級魔法使い選抜試験においてもあってはいけないほどの実力を持つ者。そのせいで実力の見合わない者も大勢合格してしまった。その尻拭いをしているのだから。都合が悪くなると黙り込んでしまうゼンゼの後始末でもある。だがこうも不合格ばかりでは気も滅入ってくる。直感に頼るまでもない。好きな魔法を聞くまでもない者たちばかり。やはり魔法使いの質は低下し続けている。憂慮すべき事態。それに抗うために魔法協会を創り上げたが、思うようにはいかないものだ。時間の流れには逆らえないように。その極めつけとも言えるのが目の前の子だった。
「……お前、何を見ている?」
呼ばれて来たかと思えば、そのまま立ち尽くしてしまっている。年の頃は十代だろうか。長い髪をした少女。どこか世間知らずな雰囲気を感じさせていたが、それは間違いではなかったのだろう。面接に来たのに、何故か私ではなく庭園に目を奪われている。ふざけているのか。
「……あ。すみません。花畑が綺麗だったのでつい」
「……これは試験だぞ。観光にでも来たつもりか」
本当に今年の受験者はどうなっているのか。どうやら花畑にご執心だったらしい。これが三次試験だと分かっているのかどうかも怪しい。もしや観光にでも来たつもりなのか。図太いどころではない。一周回って大物だろう。
「お前、私を見てどう思った?」
「え? えっと、エルフの方だな、と」
それが間違いではなかったらしい。この子は何かが致命的にズレている。わざとではない。素でこれなのだ。私の問いの意味を全く分かっていない。いや、そもそも何故そんな受け答えができるのか。
「魔力の話だ。普通は私の魔力を見れば怯え、立ち竦む。何も感じないのか」
それはこの庭園に入ってから、私の前に立った者には避けることができない壁だ。神話の時代から生きてきた、研鑽してきた私の魔力。それを前にすればどんな魔法使いも平静ではいられない。怯え、怯み、戦意を失い、平伏する。魔族と何ら変わらない魔法使いの本能。それを前にしても立ち向かう力が、意志があるかを試すことがこの試験の本質。だというのに、目の前の娘は平静そのものだった。もしや魔力を感じることができないのではと疑ってしまうほどに。それに
「いえ。凄い魔力です。でも大きな魔力は見慣れているので。敵意もありませんし」
まるで当たり前のようにそう答えてくる。間違いない。この子はそれが異常であることに気がつけていないのだ。私の魔力を見て物怖じしないような魔力を持つ者たちと接してきたということ。それはすなわち大魔法使いに匹敵する魔力を持つ者たちと共に過ごしていたことに他ならない。瞬間察する。いや、直感か。
「そうか。お前がフリーレンの弟子か。名前は確か……」
「っ! すみません。名乗るのが遅くなりました。三級魔法使いのフェルンといいます」
今更それに気づいたのか、慌てて名乗りながら頭を下げてくる三級魔法使いのフェルン。いや、フリーレンの弟子と言った方が正しいか。どうやら間違いではなかったらしい。このこちらが振り回される感覚。あいつの弟子なだけはあるのかもしれない。
「でもどうして私のことを? フリーレン様から何かお聞きになっていたんですか?」
「あいつがそんなことをするわけがないだろう。あの魔族……アウラが気にかけていたからな。わざわざレルネンを通してお前が魔法協会に所属しているか確認してきた。物好きな奴だ」
「アウラ様が……そうですか」
とんだ見当違いをしているフェルンに呆れるしかない。あの子がそんなことをするわけがない。私のことが嫌いなあの子が。この試験を受けに来ているだけで驚きだというのに。これはあの魔族もどきのせいだ。私を頼るなんて屈辱でしかないだろうに。わざわざこの子が魔法協会の魔法使いになっているかどうかを確認してきたのだから。どういう気紛れなのか。あの子が弟子を取ったことにも驚かされたが、それ以上にそれを魔族から教えられるなど。あの子は一体何をしているのか。
その弟子は何故かアウラの名前を聞いたことで嬉しそうにしている。やはり何か繋がりがあるのだろう。あの勇者の真似事をしている国、フリージアの関係だろうか。
「……すっかり騙されているようだな。あいつは魔族だぞ」
「はい。アウラ様は嘘つきですから」
一応そう釘を刺してやるも、どうやら手遅れだったらしい。アウラにまんまと騙されてしまっているのか。それともフリーレンの教育不足か。どちらにせよ、私には関係ないことだ。
「下らん。それに一目見れば分かる。魔力を制限している魔法使いなど数えるほどしかいない。フリーレンの弟子なのは明白だ」
無駄話を切り上げ、もう一つの理由を明かす。それは一目瞭然だった。何故なら目の前のフェルンは魔力を制限していたのだから。そんなことをしている魔法使いは私とフリーレンぐらいだろう。なら答えは一つしかない。子供でも分かることだ。魔力を制限している魔族の子もいるが、あれは例外だ。
それはそれとして、目の前のフェルンの魔力制限はまだまだ粗削りだが、恐ろしい才能だ。魔力の制限は生まれ持った才覚でもなければ百年や二百年制限したところで魔族を欺けるものではない。大魔族には通用しないだろうが、魔族ですら欺けるだろう。それに知らず高揚するも
「そうですか。やはりゼーリエ様はフリーレン様の師匠なのですね」
「……師の師だ。間違えるな。そもそも何故そんなことが分かる? 同じエルフだからか?」
そんな理解できない言葉に遮られてしまう。私はあいつの師匠などではない。あいつも同じことを言うだろう。だが何故それをこの子が知っているのか。フリーレンかアウラから聞かされていたのか。しかしそれは
「ゼーリエ様と同じです。ゼーリエ様も魔力を制限されているので。違いますか?」
私と同じでありながら、私の想像を遥かに超える理由によるものだった。
「……まさか見えているのか?」
思わずそう問い質してしまった。その瞳を見据える。そこに映っているであろう私の魔力。その揺らぎ。レルネンですら見えない、気づけていない私の魔力制限を見破ったというのか。その若さで。あり得ない。だが、それが嘘ではないことが私には分かる。魔法使いとしての私の直感がそう告げている。
「たまたまです。偶然揺らぎが見えただけです。それにアウラ様に教えてもらっていたので」
「……お前、本当にフリーレンの弟子なのか?」
「はい。私はフリーレン様の弟子です」
それがどれだけの偉業か理解していないのだろう。実に謙虚で堅実だ。まるでレルネンのように。とてもあのフリーレンの弟子とは思えない。同時にその度に出てくる魔族の名前に呆れるしかない。あの子は本当に師匠らしいことができているのか。まさか魔族に育てられているわけではないだろうに。
だが目の前のフェルンの才能に思わず笑みが零れる。これだから魔法の指南は止められない。かつての弟子であるフランメを思い出すほどの才がこの子にはある。導けば、この子ならきっと遥か高みへ至れるだろう。未だかつて魔法使いが辿り着いたことのないほどの高みへ。ようやく人間の時代がやってきたのだ。それに浮かされるように、自分の弟子になるよう告げんとするも
「やっぱりゼーリエ様はフリーレン様と似てらっしゃいますね」
それは他ならぬ、人間によって水を差されてしまった。
「……何故そうなる? あいつと私が似ているだと?」
理解できない。これなら魔族の声真似の方がまだマシだろう。あいつと私が似ているなどと。同じなのは種族ぐらいだ。不愉快極まりない。だというのに
「はい。お二人ともフランメ様から魔力の制限を受け継がれているので。お二人とも、フランメ様のことが好きなのですね」
「────」
そんな純粋な、悪意のない少女に、私の内を見透かされてしまった。まだ十年そこらしか生きていない子に、悠久の時を生きているこの私が。
知らず自らの掌、そこから立ち昇る魔力を見つめてしまう。魔力の制限。それはあの子が魔族を欺くために生み出した、考え出したもの。実用的ではない技術。まさに時間の無駄だ。その時間を別の鍛錬に使えば何倍も強くなれる。非効率極まりない。それにフランメは生涯を捧げた。あれほどの才を持ちながら私ほどの高みへは辿り着けなかった。なのにそれをフリーレンは受け継いでいる。そして魔王を打倒して見せた。
私もそれは同じなのだろう。いや、未練か。あの子の夢を遺すために魔法協会を創り上げたように。あの子を忘れないために私も魔力の制限なんて無駄なことを続けている。
「……フリーレンがそんなことを言ったのか?」
「いいえ。でもアウラ様が仰っていたんです。お二人は似ているとヒンメル様が仰っていたと。不器用なのだと。素直ではないところもですね」
「ヒンメル……勇者ヒンメルのことか」
「はい。私もそう思います」
それをどうやらあの勇者はあの時から見抜いていたらしい。本当に物好きな奴だ。あの時の勇者の言葉が蘇る。私のような直感でも、魔法による未来予知でもない。人間という短命種だからこそ、そこに至れるのだろう。私たち長命種では辿り着けない場所。死すらもあの勇者にとっては終わりではなく、始まりなのだろう。悠久の時を生きるエルフとは真逆の在り方。だからこそ、あの子も人間に惹かれたのだろう。私と同じように。
「見た目と違っていい度胸をしているな、お前は」
「違いましたか? フリーレン様にはこのぐらい言わないと通じないので、ゼーリエ様もそうなのかと」
「あれと一緒にするな。不愉快だ」
「すみません」
だがそれにしても度が過ぎている。不敬でしかない。どうやら私をフリーレンと同列に扱っているらしい。もしかしたらエルフという種族もか。侮辱でしかない。このふてぶてしさはどこかあの勇者一行に通じるところがある。
「そんなに花が珍しいのか? どこにでもあるだろう」
「そんなことはありません。これは花畑を出す魔法ですよね。とても綺麗です。私が好きな魔法なので」
「……ただの下らない魔法だ。お前もフリーレンに教わっただけだろう」
その最たるものがこれだろう。花畑を出す魔法。あの子のお気に入りの魔法。なんの役にも立たない下らない魔法だ。それをフリーレンも受け継いだのだろう。それをまた、弟子へと受け継がせている。その下らなさに呆れるも
「? いえ、アウラ様に教えて頂いたのですが」
どうやらあの子は、それすらも魔族に奪われてしまっていたらしい。
「…………正気か? あいつは魔族だぞ」
「はい。おかしいですよね。花畑を出す魔法はアウラ様の好きな魔法なので。きっとヒンメル様が好きな魔法だったからかもしれませんね」
「あの子は一体何をしている……?」
思わず顔をしかめるしかない。あの子は一体何をしているのか。自分の弟子が、自分が受け継がせるべき魔法を魔族から教わっているなんて。一体どんな顔をしていたのか。
あの魔族も魔族だ。もはや魔族ですらないのだろう。そういえば好きな魔法だと言っていたか。嘘だとばかり思っていたが、まさか本当だったとは。いや、嘘が本当になったのか。何にせよ、あいつは勇者の真似事を続けているのだろう。
「何が可笑しい?」
「いえ、フリーレン様を子供扱いされるのはゼーリエ様ぐらいなので。まるでおばあ……」
「何故止める?」
「えっと、失礼かと思いまして。フリーレン様は年寄り扱いすると三日三晩泣き喚いてしまうので」
「……一緒にするな。年寄り扱いで一々怒るほど暇ではない」
さらなる孫弟子の醜態を聞かされる羽目になってしまう。失態だったか。知らずフリーレンを子供扱いしていることを見抜かれてしまったらしい。だが仕方がない。あの子は千年生きてもまだ癇癪を起こしているのだから。未熟者でしかない。悪意がない年寄り扱いぐらいで何を。
だが不思議と悪い気分ではなかった。目の前の子、フェルンと話すことが。それはまるで────
「ゼーリエ様もこの魔法が好きなんですよね?」
「何故そんなことが分かる?」
「花を見ればわかります。フリージアと同じぐらい、綺麗な花畑ですから。アウラ様にも見せて差し上げたいです」
遠慮も何もなく、ただ純粋に私に話しかけてくる。私たちが恥ずかしくて口にできないようなことを言葉にして。きっとそれがこの子のエルフへの、長命種との接し方なのだろう。この歳で、もうそれを理解している。きっとフリーレンも、アウラも、それを感じ取っているに違いない。
「……もういい。合格だ。次も控えている。さっさと出ていけ」
だからこそ終わりを告げる。これ以上それを続ければ私もそれに惹かれかねない。それは好ましくない。今の私は大陸魔法協会の創始者なのだから。試験も、受験者も控えている。フリーレンの弟子だとしても、私は有望な魔法使いを見逃すほど馬鹿ではない。それでも一抹の未練を抱きながら背を向けかけるも
「ゼーリエ様。よければこれを」
それは目の前に差し出された、青い花束によって引き留められてしまった。
「何のつもりだ。もう合格だと言ったはずだぞ」
その意図が掴めず、困惑するしかない。この子の言動には振り回されてしまう。まるで小さな子供のようだ。魔法で生み出したのだろう。見たことのない花だ。その美しさに目を奪われかけてしまうほど。もう合格したというのに何のために。それは
「蒼月草という花です。ここの花畑に加えて頂けませんか?」
試験には何の関係もない、私個人に向けたこの子のお願いだった。
「何故そんなことを私に……」
「この花は勇者様の故郷の花なんです。でももう絶滅してしまった花で……咲かせることができるのは私とフリーレン様、アウラ様だけなんです」
「…………」
どこか悲し気に、それでもどこか誇らしげに。蒼月草を受け継いだ魔法使いが私に告げてくる。その花の意味を。それを私に差し出してきた、贈ろうとしている意味を。それは
「ゼーリエ様ならきっと、フリーレン様と同じように、この花を未来に連れて行って下さると思ったので」
私にそれを託すため。受け継いでもらうために。師から弟子ではなく、弟子から師へ。それに思わず面食らってしまう。それは初めてだったから。残す、託すばかりで、託されることなんて。いや、違う。忘れてしまっていたのだ。こんなにも、あんなにも忘れまいと、忘却しまいと抗っていたのに。それは
『
同じように、魔法で生み出した花を私に贈ってくれた幼い
「────やはりお前はフリーレンの弟子だな。いい度胸をしている」
「ありがとうございます、ゼーリエ様。これぐらいじゃないと、あの方に置いて行かれてしまうので」
去っていく、旅立っていくあの子の夢を受け継ぐ新たな弟子の後姿を見送る。受け取ってしまった青い蒼月草を、花畑に加えながら。私も老いてしまっていたのだろう。直感もあてにはならない。
たった千年で人間の時代がやってくるのではない。千年前から、もうとっくに