「千年振りだというのに挨拶もなしか。相変わらず礼儀という物を知らんな」
流し目で見ながらそう告げる。入園してきたにも関わらず、何も言わず突っ立っている礼儀知らずに。その表情は千年前の謁見の時のまま。エルフという種族の特性でもあるが、この子は特に感情や感性に乏しい。その容姿も全く変わっていない。当たり前だ。私たちエルフにとってはたった千年。あってないようなものだ。違うのは髪型と魔力ぐらいか。白銀の髪を二つ結びにし、魔力は以前よりも洗練されている。年の割に技術が甘いところがあったが、及第点だろう。もっともそれ以外は落第でしかない。
「挨拶ならもうしたでしょ」
「結界のことか。ふざけた奴だ」
それがこれだ。第一次試験の会場に張っていた結界のことだろう。私が張っていたそれをあろうことかこいつは解除し破壊してきた。試験の前提すら覆しかねない暴挙。本当ならその時点で失格になってもおかしくないというのに。それすら思い至らなかったのだろう。どうやらこの子にとってはあれが挨拶のつもりだったらしい。随分な挨拶もあったものだ。
「どうやらフェルンは合格したみたいだね」
そんな私の心情など推し量れるはずもない。全く脈絡のないことを勝手に喋り出してしまう。まるで子供のように。その姿に先のフェルンの姿が重なる。なるほど。やはり師弟というのは似るものなのだろう。
「何故そう思う」
「見れば分かるよ。あの子らしいね」
同じように、私ではなく庭園。その花畑を見ながらフリーレンは告げる。正確にはその一角。押し付けられた青い花を見つめながら。それだけで全てを察したのだろう。本当に可愛くない奴だ。その察しの良さを別の所に活かせないのか。
「フェルンはどうだった? ゼーリエの想像を超えてたでしょ?」
「そうだな。お前に似て失礼な娘だった」
私があの子に合格を出したことは分かっているだろうに。どこか嬉しそうにそんなことを尋ねてくるフリーレン。きっと弟子を自慢しているつもりなのだろう。らしくないことを。全く似合っていない。この子は弟子を取るような、育てられるような子ではない。大方勇者一行の誰かにでも押し付けられたのだろう。それかあの魔族のように勇者の真似事をしているのか。どちらにせよ、結果は変わらない。礼儀正しさについてはあきらめる他ないだろう。
「それで? お前は何をしに来た? 試験を受けに来たのではないのか」
下らない無駄話はここまで。いくらエルフには時間があるといってもこれ以上は時間の無駄だ。私はこいつほど暇ではないのだから。そもそもこいつは試験を受けに来たという意識が全くない。世間話でもしに来たかのよう。いや、そちらの方があり得ないか。こいつが私と世間話をしに来るなど万年あってもないだろう。
「フェルンが合格したのなら問題ないかな。元々北部に行くためにどっちかが受かれば良かったから」
「……お前、一級魔法使いを何だと思っている」
「ただの称号でしょ。下らないね。そもそも私を合格させる気なんてないでしょ」
全く遠慮なく、淡々と自らの事情を吐露する薄情者。相変わらず相手の心を、機微を察せない奴だ。私に、いや魔法協会そのものに喧嘩を売っているに等しい侮辱。これで悪意がないのだから始末が悪い。まだあの魔族の方がマシかもしれない。現代の魔法使いの最高峰でもある一級魔法使いの資格を通行証か何かだと思っているのか。実にこいつらしい。そもそも自分が合格するはずがないと確信しているのもあるのだろう。それは正しい。事実、私はこいつを合格させる気は微塵もないのだから。
「……一度だけチャンスをやる。好きな魔法を言ってみろ」
それでも試験は試験。最後の機会を与える。こいつの実力などもはや試すまでもない。ならそれ以外の部分。私の直感か、気紛れを起こさせることができるかどうかの問い。だがそれも無駄であることは分かっていた。何故ならその問いの答えを、私はもう察していたのだから。直感ではない。ただの経験則。子供でも分かるようなこと。それは正しかった。違っていたのは
「……………………花畑を出す魔法」
それをフリーレンは、絞り出すように。見るに堪えない醜い顔で口にしたことだった。およそ好きな魔法を答えているとは思えないような有様。
「誰が嫌いな魔法を言えと言った。ふざけているのか」
「ふざけてなんかないよ……色々複雑なの」
口をへの字にしながら、そんな意味の分からない妄言を口にしている愚か者。その口ぶりからするに答え自体は嘘ではないのだろう。私もこいつならそう答えると思っていたのだから。この反応ぶりは予想外だったが。しかし、今の私には思い当たる節があった。それはつい先ほど、同じようにその魔法が好きだと言っていた魔法使いの弟子が漏らしていたこと。
「ふん。揃いも揃って同じ答えか。知っているか。あの魔族、天秤のアウラも同じ答えを口にしていたぞ。勇者の入れ知恵だな。実に下らん」
それを明かしてやる。恐らくは、目の前の醜態を晒している原因であろう出来事を。こいつが知らないであろう事実も加えて。今思い出しても茶番でしかない。魔族が己の魔法ではなく、花畑を出す魔法が好きだと答えるなど。それは半分嘘で、半分本当だったのだろう。それは勇者の好きな魔法でもあったのだから。ようするにあの魔族はあの勇者の入れ知恵でそう答えてしまったのだ。いや、染められてしまっていたのか。その結果がここにある。
「ヒンメルめ……余計なことを」
自らにとっての好きな魔法を、弟子を盗られてしまった。そんな下らない嫉妬を抱いているのだろう。負け惜しみか。嫌悪を隠そうともしない。その矛先を向けられている勇者には同情するしかない。魔族に篭絡させられている云々は逆だったのだろう。その百面相は見ていて飽きない。少しは感情の機微というものが宿ってきたのかもしれない。同時に悟る。そこに至るまでの、再会した時から感じていた違和感。その正体。
「やはりそうか。フリーレン。お前、魔族に負けたな」
葬送の二つ名で呼ばれるほどに、歴史上で最も多くの魔族を葬ってきたとされるこの子が、たった一人の魔族に負けたのだと。
「……何でそれを知ってるの」
「ただの直感だよ。どうやらまだまだ役には立つらしい。油断したか、欺かれたか。お前を倒す者がいるとすれば魔王か人間の魔法使いだと思っていたが。愚かだな、フリーレン」
先程までとは違う。魔法使いとしての顔を見せながらフリーレンは私を睨んでくる。どうやら図星だったらしい。私の直感もまだまだ捨てた物ではないらしい。この子の戦い方は私が一番よく知っている。フランメのそれと同じだからだ。それがどれだけ魔族にとって恐ろしいか、厄介かも。事実、歳の割にこの子は技術の甘いところはあったが、それで魔族を打ち倒してきた。その偽装を一目で見破ったのは魔王とレルネンのみ。故にこの子が破れるとすればどちらかだと思っていたが、どうやら私の直感は外れてしまったらしい。いや、ある意味あの魔族は第二の魔王でもあるので、あながち外れているとも言い難いか。あれを魔族と呼ぶべきかどうかはともかく。
「……嬉しそうだね、ゼーリエ。よく言うよ。あいつにあんな魔法を与えておいて」
「お前がいらないと言った物をくれてやっただけだ。ただの気紛れだ。それに対処法などいくらでもある。油断したお前が悪い」
フランメの言葉を借りるなら、クソみたいな驕りと油断だ。この千年、魔族を騙し続けてきたことでそれが生まれてしまったのだろう。忘れてしまったのだろう。自らも魔法使いであることを。何よりもあの魔族を侮ってしまっていたのだ。私が与えた特権など誤差に過ぎない。いくらエルフに有効だとしても、それを当てられなくては意味がないのだから。直感では半々だったが、その天秤はあの魔族に傾いた。あいつの方が嘘つきであり、この子が未熟だった。ただそれだけ。
「それに最近広まっている噂も理由だ。知っているか?」
「噂? 何のこと?」
「お前が魔族の国を認めたという噂のことだ。私の耳にも入るほどだ。してやられたな、フリーレン?」
「……アウラめ。だからあんなことを」
ついでにもう一つの理由、醜聞を明かしてやる。ここ最近流布されている下らない噂を。葬送のフリーレンが魔族国家フリージアを認めたとされる物だ。俄かには信じられない内容だろうが火のないところに煙は立たない。事実、フリーレンは敗北し、フリージアに滞在したのだろう。レルネンからの報告も入っている。敗北云々はこの際関係ない。フリーレンがそこで過ごしたことに意味がある。これがアウラの策略だとしたら大したものだ。愚かにもこの子は、そうとも知らずに生活を満喫していたに違いない。今になってそれに気づいたのか。苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「それにしてもお前が魔族と、か。天地でもひっくり返されたか」
「他人のことは言えないでしょ。あいつを見逃してるなんて。どういう風の吹き回し?」
「ただの利害だ。あいつはともかく、あの国は魔法の発展に利用できる。それだけだ」
「そう。子供みたいな理由だね」
「お前に言われるとはな。あの子に聞いたぞ。年寄り扱いされて癇癪を起こしているとな」
「私はまだ若いよ。一緒にしないで」
そう言いながら拗ねている姿はまさに子供そのものだ。だがそれに関しては私もこいつのことは言えない。表向きはフリージアには関知しないとしているが、実質黙認しているのだから。国家、政治に関わる問題であることもあるが、魔法の発展という意味においてあの国は大いに利用価値がある。魔族という、人類よりも遥かに魔法の高みにある化け物たちを利用できるのだから。その分、リスクもあるがそれを上回るメリットがある。アウラの、フリージアの信頼性については、奇しくもこの子が証明しているのだから。本人からすれば業腹だろうが。
「そう言っている内はまだ子供だ。だが……どうやら少しは成長したらしい」
「……気持ち悪いね。何のこと?」
心底そう思っているのか。私を訝しんでいる。褒められたからだろう。それもそうか。私もこいつに甘えられたら同じ反応をするに違いない。それはともかく、私が言ったことは紛れもなく本音だった。それは
「その指輪だ。まさか薬指に着ける意味すら知らぬわけではあるまい?」
「……っ!」
フリーレンの指に嵌められている指輪だった。ここにやって来た時から目についていたが、それに触れるタイミングを窺っていた。その花の意匠は鏡蓮華。久遠の愛情を示すもの。花言葉をこの子が知っているかは怪しいが、流石に左の薬指に嵌める意味を知らぬほど子供ではないだろう。その証拠にフリーレンは慌てて指を隠している。まるで初心な生娘のように。この子がそんな反応をするようになるとは。エルフにとっても千年は馬鹿にできない年月なのかもしれない。
「図星か。どうやらあの物好きな勇者も報われたらしい」
「……何でそれを」
「あの魔族から聞かされただけだ。勇者がお前にご執心だと。流石に呆れたぞ。人間相手に五十年後の再会の約束をするなど。エルフの子供でも分かることだ。極めつけが魔族にそれを心配されたことか。アウラは本気でお前が五十年会いに来ないと思っていたようだが」
呆れながらも種明かしをすることにする。今思い出しても理解できない。アウラとのやり取り。魔族であるあいつから聞かされた孫弟子の醜態の数々。勇者はこの子のどこが良かったのかは分からないがそれはともかく。五十年後の半世紀流星を見る約束を聞いた時には眩暈がしたほど。いくらエルフが長命種だとしてもあり得ないこと。エルフの子供ですら分かることだ。事実、魔族であるアウラにすら呆れられていた。怨敵であるはずの魔族に心配されているなど。だが流石にそうはならなかったらしい。その指輪が答えだ。少なくとも、流星を見る前には再会できたのだろう。そう鼻を鳴らすも
「…………」
そのまま、私は息を飲むことになる。何も言わず、黙り込んでしまっているフリーレンによって。それが先のゼンゼに重なる。都合が悪くなると黙り込んでしまう悪癖。だがこれはその比ではない。私にはそれが分かる。全く言い返してこない。この子は、本気で顔を伏せて、黙り込んでしまっている。
「お前、まさか……」
直感で理解してしまう。それが紛れもない事実であることに。信じられない。この子は、本当に一度も勇者に会いに行かなかったのだ。五十年間、一度も。それがどんなに残酷なことか知らぬまま。流星はきっと見れたのだろう。だが、その指輪の意味にも気づけなかったに違いない。しかしそれはこの子だけの責任ではない。勇者の責任でもある。あの物好きな勇者なら、この子がそれに気づけないことなど分かっていたはず。分かっていたからこそ、伝えなかったのだろう。短命種だからこそ。それは正しい。だが同時に同じぐらい残酷なのだ。
人間とエルフには、短命種と長命種には違いがある。寿命も、考え方も、生き方も。いつまでも上手くはいかない。それでも蜜月の時はある。そして短くとも蜜月は他の何物にも代え難いものなのだ。だというのに
「…………本当に愚かだな、お前は。私たちはエルフだぞ」
「……そうだね。ずっと後悔してるよ」
この子は、それに気づくことができなかった。私たちはエルフであるということを。勇者は、それを選ぶことができなかった。本当に、不器用な者たち。
「だから北に向かってるんだよ。ヒンメルたちに会うために」
「……
「そこまで分かるのか。流石だね。千年経っても、私は
それで合点がいった。フランメのことだ。この子が取り返しのつかない過ちを犯すことを分かっていたのだろう。だが人間であるフランメではそれまで生きることができない。だからこそ遺書を、道標を遺したのだ。死者との対話という、何の役にも立たない下らない魔法のために。あの子らしい。千年経っても、か。そう思えるようになっただけ、この子も成長できたのかもしれない。
「そうだ。何か
「さっきまでのしおらしさはどこにいった……下らん。そんな物はない」
「そう。それもそうか。
「…………それだけ減らず口が叩けるなら十分だな」
もう立ち直ったのか。それともやせ我慢か。普段と同じように淡々としながらそう続けてくるフリーレン。読めない奴だ。そもそも伝言などあの子には必要ない。業腹だが、あの子は私よりも私のことを理解しているのだから。私が今していることもきっとお見通しだったに違いない。
「忘れてた。そういえば合否はどうなったの?」
「不合格に決まっているだろう。全てにおいてな」
本当に忘れてしまっていたのだろう。まるで物はついでのように確認してくる愚弟子。聞くまでもないだろうがあえて伝えてやる。一級魔法使いとしてではなく、一人のエルフとしての合否を。だというのに
「だろうね。なら千年後にまた受けに来るよ。まだ魔法協会が残ってればだけど」
「余計なお世話だ。そもそもお前はもう永遠に出禁だ」
全く懲りた様子もなく、そんなふざけたことを口にしてくる大馬鹿者。何が千年後、だ。受かる気もない試験を受けに来るなど迷惑でしかない。万年どころか、永遠に出禁だ。しばらくは顔も見たくない。
そのまま何の感慨もなく、まるで散歩に行くようにフリーレンは去っていく。千年前と同じように。もう二度と会うことはないと、あの時は思ったものだ。だが今は違う。何故なら
「────弟子に恵まれたな、フリーレン」
「────ゼーリエもね。じゃあまた」
今のあいつには、あいつを理解してくれている弟子がいるのだから。かつての私がそうであったように。誰かの真似をしているのだろう。らしくなく、そんな言葉を残しながら去っていく。それに返す言葉は必要はない。生きていれば、嫌でも会うことになるだろう。
私たちはエルフなのだから────
────その十年後。おばあちゃんのようにしおしおな顔をしたエルフが、弟子に連れられながら魔法協会を訪れるのが目撃されたのだった。
作者です。
今話でフェルンとフリーレンのゼーリエによる面談は終了になります。アウラたちは直接登場しませんが、その影響で二人が、ゼーリエがどう変わっているかを見てもらえると嬉しいです。特にフリーレンが鏡蓮華の指輪を着けていたのは、アウラに気づかせること以上にこの展開のための物でした。
面談自体は終わりましたが、試験編はもう少しだけ続きます。お楽しみに。