ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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黄金郷編
第一話 「勝算」


勇者ヒンメルの死から三十年後。

北部高原ヴァイゼ地方。

 

 

『黄金郷』

 

その名の通り、全てが黄金と化している理想郷。五十年前には城塞都市ヴァイゼと呼ばれていた場所は今や人々の記憶から、歴史から忘れ去られようとしていた。それほどまでに人間にとっての五十年の年月は重い。八十年で、魔王を倒した勇者の一行が徐々に忘れ去られていくように。

 

それは自分も例外ではなかった。いや、忘れようとしていた。思い出すのを恐れたからだ。あの日々を。幼い頃を、愛する妻と過ごしたあの日々を。それに蓋をして、ただ足掻いてきた。それによって今や自分は帝国において最も権威のある魔法使いと言われるまでに上り詰めた。

 

だというのに、やはり満たされることはなかった。あるのは空虚感のみ。それでも、本当に今更になって自分は腰を上げることになった。ゼーリエにも言われた通り、もう燃えカスだったというのに。未だに自分は燃えていたらしい。いや、火を点けてもらったのだ。

 

 

「それでデンケン。本当の所はどうなの。何か勝算があるんでしょ」

 

 

目の前にいる小さなエルフ。勇者一行の伝説の魔法使いであり、自分にとっての憧れの存在によって。やはり人生というのは何が起こるか分からない。その縁はまだ続いている。

 

今自分たちは黄金郷を覆っている結界の管理者が滞在するための小屋にいた。フリーレンだけではない。その弟子である同じ一級魔法使いのフェルンと、同じパーティの仲間であり戦士でもあるシュタルクの姿もある。どうやら変わらず旅を続けていたらしい。もっともフリーレンが試験に落ちているのだけは予想外だったがあえては触れまい。何か預かり知れない理由があったのだろう。

 

 

(ここまでお膳立てがされているとは……まるで女神様の思し召し。いや、レルネンのお節介のおかげか)

 

 

一度目を閉じ、髭を触りながらある種の感慨を覚える。自分にとっての故郷であるこの地を訪れること。それが生い先が短い自分の、あまりにも遅い後悔だった。薄情な自分の、今更の行動。そのために一級魔法使いの試験に挑み、その資格を得ることができた。その特権も。墓参りも叶えた。なのに、それ以上を自分は望んでいる。やはり人間はどこまでいっても満足できない生き物なのだろう。

 

それに加えて、ここにフリーレンたちがやって来てくれたこと。まるでそう、女神の思し召しのようだ。元々は自分一人で挑むつもりだったのだから。いや、これは旧友であるレルネンの仕業だ。何でもフリーレンたちはレルネンの個人的な依頼でここにやってきたらしい。それだけではなく黄金郷への潜入から理想郷の主への橋渡しまで。どうしてその根回しの良さを宮廷時代に活かせなかったのか。どうやらいらぬ心配をかけてしまっていたらしい。感謝してもし切れない、大きな借りだろう。欠けていたピースが嵌っていくような感覚。

 

 

「先程言った通りだ。現状マハトに勝つことはできん」

 

 

それに知らず高揚しながらも、冷静にフリーレンの問いに答える。これだけのお膳立て、協力があっても覆すことができない答え。魔法使いにとってイメージできないことは実現できない。それを示すように。

 

『黄金のマハト』

 

それがヴァイゼを黄金に変えてしまった魔族。ただの魔族ではない。かつての魔王に認められた七人の大魔族、七崩賢の称号を持つ現存する最後の一人。何よりもマハトが持つ魔法こそがその理由だった。

 

万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)

 

あらゆるものを黄金に変える呪い。そこに例外はない。人や物、同じ魔族であっても。魔王軍との戦乱の時代に黄金に変えられた英傑たちは数えきれず、彼らは未だに黄金のまま。女神様の魔法でも解除できない最強の呪い。それがマハトが七崩賢で最強と呼ばれた所以。

 

五十年前、大陸魔法協会によって結界に封じられたが、それがなければ今頃北部高原全域が黄金に変わってしまっていただろう。

 

かの腐敗の賢老クヴァールと同じだ。今の人類ではマハトを倒すことができなかった。かつての勇者一行でさえ。できるのは封じることだけ。

 

 

「だがそれは戦いにおいての話だ」

 

 

それは百も承知だ。自分はそれを誰よりも理解している。マハトが自分よりも遥か高みにいる魔法使いであることを。それに敵うイメージを未だに自分は持てていない。だがそれだけではない。戦うことだけが全てではない。自分たちは魔族ではないのだから。

 

 

「何を以て勝利とするかだ。フリーレン。儂にとっての勝利は故郷を、黄金郷を元に戻す事。それが叶うならマハトを倒す必要もない」

 

 

勝利とは何か。自分にとってそれは黄金のマハトを討伐することではない。それは過程であり、結果ではない。自分の目的ではない。それよりも重要なのは故郷を、ヴァイゼを黄金から元に戻すこと。例えマハトを倒せたとしても、黄金郷を救えないのでは意味がない。

 

 

「矛盾してるね。マハトを倒さない限り、黄金郷を元に戻すことはできないよ」

 

 

そんな自分の子供のような我儘を、淡々とフリーレンは正してくる。それは正しい。魔族を従わせるには力しかない。命乞いをさせるまで追い詰めて、呪いを解除させる。それしかない。だが儂らにはその力がない。完全な手詰まり。なら残るは力押しではない、もう一つの手段しかない。それは

 

 

「そのために儂は毎日黄金郷に通っていてな。話し合いを続けている」

 

 

魔族と同じように、言葉を使うこと。欺くためではない、相手を信じさせるためのもの。

 

 

「話し合いって誰と?」

「黄金郷のマハト。魔族との話し合いだ」

 

 

恐らくは魔族と話し合うという発想すらないのだろう。葬送の二つ名を持つ彼女からすれは当然だ。それでも自分はそれをここに来てからずっと続けている。不確定な要素に命を懸けて。命知らずだと揶揄されてもおかしくない所業。

 

 

「時間の無駄だね。魔族はただの声真似するだけの獣だ」

「その通りだ。藁にも縋る思いだ。だが全く無意味であるとは思っていない。マハトは人類との共存を望んでいる」

 

 

自分よりも遥かに長い時を生きた先達がそう告げる。そう、それは正しい。儂がしていることは言葉を理解できない、獣相手に独り言を言っているようなものなのだから。魔族とはそういうものだ。だがそれだけではないと知っている。少なくとも、マハトという魔族に関しては。何故ならマハトは嘘偽りなく、人類との共存を望んでいるのだから。

 

 

「魔族が共存を……?」

「それってまるで……」

 

 

その言葉を前にして、フリーレンに話を任せていたフェルンとシュタルクは反応を示す。まるで信じられないかのように。だがそれは明らかに違っていた。そう、人間と魔族の共存。それを信じていないからではない。違う理由による驚きなのだと。

 

 

「…………本当なの? 魔族は息を吐くように嘘をつく。騙されているだけだよ」

 

 

そんな二人を制するように、どこか冷たさを感じる視線と共にフリーレンはそう突きつけてくる。魔族に騙されているのではないかと。息を吐くように嘘をつく、か。言い得て妙だろう。それは自分も経験している。魔族がいかに愚かな存在か。同じことを言う者がいれば、同じように忠告するだろう。しかし、自分にとってはそうではない。マハトという魔族に限っては。

 

 

「マハトは儂の師でもあった。幼少の頃からな。儂が生まれる前からマハトはヴァイゼの領主であるグリュック様に仕えていた」

 

 

そう、自分にとってマハトは魔法の師でもあった。その鍛錬の日々を覚えている。ヴァイゼの領主であり、義父でもあるグリュック様に仕えていた姿を。もちろん最初から信じていたわけではなかった。自分は両親を魔族に殺された。信用できるはずもない。同じ魔族だからだ。マハトを殺せるほど強くなりたい。それが儂が、俺が魔法使いになった理由。弱い自分を変えるために。マハトは俺にとっては超えるべき師であり、打ち倒すべき敵だ。

 

 

「今考えれば異常な状況だった。儂も、領民たちも。皆マハトを受け入れていた。あの頃の城塞都市ヴァイゼは、確かに魔族(マハト)との共存を実現していた」

 

 

それでも、やはり今になって思う。あれは夢だったのではないかと。自分だけではない。領民たちもまた、マハトを受け入れていた。共に生きていた。外の世界に触れて、いかに自分が異常な環境にいたのかを自覚するほどに。それほどまでに、あの頃の、あの場所は理想郷だったのだろう。

 

 

「…………」

 

 

そんな自分の他愛ない与太話をフリーレンは黙って聞き続けてくれている。その表情からはその胸中を察することはできない。恐らくはそれは葬送としての魔法使いの顔なのだろう。

 

 

「先日、一級魔法使いのレルネンと二級魔法使いのエーデルが黄金郷に潜入してくれた。その時に、マハトの記憶をエーデルが読んでくれた。それで確信したのだ。マハトが嘘をついていないことを。紛れもなく本心だった」

 

 

それが無駄であろう魔族と話し合いをしている理由だった。あれから五十年。心の内はともかく、儂も大人になった。あの日々が、自分たちがマハトに騙されてしまっていたものだったのではないかと疑えるほどには。しかし、それは否定された。他でもない人間の魔法使いによって。その中でも最高位にあたるであろう精神魔法の使い手のエーデルによって。

 

魔族と人類の精神構造は大きく異なる。その記憶を拾い上げるのは至難の業だ。それを為し遂げてくれた彼女には感謝してもし切れない。それによって人類には本来見抜くことができないはずの、魔族の本音を知ることができたのだから。いかにそれが信じられないものだとしても。

 

 

「だからこそ儂には光明が、希望が見えた気がした。藁よりも確かなものが。フリーレン。お前ならそれを知っているはずだ」

「…………」

 

 

それはまさに光明だった。見えないはずのもの。しかしそれをイメージすることが自分には、いや自分たちにはできる。イメージできることは実現できる。魔法の世界では天地がひっくり返ることがあるのだから。それをフリーレンは知っているはずなのだ。恐らくは自分よりもずっと。

 

 

その例外が、いや前例があることを。

 

 

「魔族国家フリージア。人間と魔族が共存している理想郷。それを統治している天秤のアウラ。彼女の力を借りることが黄金郷を救うための勝算だ」

 

 

同じ大魔族であり、同じ七崩賢。奇しくも同じく、人類との共存を願った二人の魔族がいた。違うのは、その主が支配するのが理想郷か、黄金郷かの違いだけ。

 

 

それが交わるはずがなかったもう一つの共存、黄金の物語の幕開けだった────

 

 




作者です。
今話から黄金郷編が始まります。この作品が始まった当初から読者の方も気にされていた黄金のマハトが登場することになります。原作における『人類と魔族の共存』というテーマにおいて欠かせない存在であり、この作品もそれのオマージュでもありました。
そういった意味でも先の二つの後日談とは少し趣が変わっています。いわば正当な続編のような形になるかと思います。二次創作ということで説明を省いている部分もあるので、ぜひ原作の黄金郷編を読み返していただけるとより楽しめるかと思います。では。
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