ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第四話 『悪意』

「……シュトロ。人間と魔族は共存できると思う?」

 

 

そんな言葉が知らず漏れてしまった。何のことはない。無意識から出たもの。普段の私なら絶対に口にしない類の妄言。私の手には魔法で生み出した蒼月草がある。それを眺めていたせいもあるだろう。だというのに

 

 

「はて。空耳ですかな。歳をとるといけませんな」

「良かったわね。まだまだお迎えは遠いわよ」

「それは何よりです。しかし姉さんこそ大丈夫ですか。もしやまだ寝ぼけておられるのでは?」

「……そうね。確かに目覚めは悪かったわ」

 

 

変わらず平常運転のシュトロにそう窘められてしまう。こいつは本当に変わらない。それがこの子らしさなのだろう。今回に関しては私の失態だろう。それを寝ぼけているからだと判断されるのには思うところはあるが。それは的外れでもない。事実、今朝の目覚めは悪かったのだから。いや、最近はずっとか。その理由も分かり切っている。

 

 

「なるほど。黄金郷の件ですな」

「ええ。レルネンの奴も面倒事を持ち込んでくれたわ。あの老害も一枚噛んでるんでしょうけど」

 

 

わざわざ私が言葉にしなくとも、シュトロは察していたのだろう。私が分かり易すぎるのかもしれないが。

 

黄金郷の一件。それが私の目覚めが悪い原因。それはレルネンによってもたらされたものだった。一人でまるで観光のようにここにやってくる命知らずはあいつぐらいだろう。それによって、今のフリーレン一行の現状も知ることができた。フェルンが試験に合格したこと。渡した手紙をゼーリエが予想通り破り捨てたこと。何故かフリーレンが不合格になっていたこと。その他諸々。相変わらず下らない旅を続けているらしい。しかし、どうやら今回はそうも言っていられない厄介事に巻き込まれてしまったらしい。

 

黄金郷の解放のために協力してほしい。

 

それがレルネンからフリージアへの、私への依頼だ。個人的な依頼だとは言っていたが、間違いなくあの老害も一枚嚙んでいるに違いない。弟子の動向ぐらいあいつなら把握しているだろう。ようするにこれは大陸魔法協会からの要請でもある。何でもレルネンの旧友でもあり、帝国の宮廷魔法使いでもあるデンケンとかいう魔法使いのための依頼らしい。その故郷でもある黄金郷を元に戻すために。マハトとの共存のために。それが無駄であることを知らぬまま。フリージアとしては帝国の宮廷魔法使いでもあるデンケンとのつながりができること。ゼーリエに貸しを作れることにはメリットがある。だがそれでも釣り合いが取れない無理難題であることは変わらない。私にとっては文字通り、他人事ではないのだから。

 

 

「しかし姉さん以外にもそんなことを考えている魔族がいるとは。もしや七崩賢というのは変わり者の集まりなので?」

「私を一緒にするんじゃないわよ、殺すわよ。そもそも私達に仲間意識なんてないわ。魔王様に従わされていただけ。ほとんど喋ったこともないわ」

「なるほど。姉さんが極めつけだったいうことですな。流石はヒンメル様。女性を見る目は確かです」

「あんたね……」

 

 

不敬極まりないことを飄々と口にしてくるシュトロに呆れながらも、もはや言い返す気も起きない。時間の無駄だろう。故に考えるのはこの騒動の元凶とも言える存在。

 

 

(まさかこんな形でマハトと関わることになるなんてね……)

 

 

黄金のマハト。あいつと最後に会ったのは南の勇者を討伐する時だったか。はっきり言えば私はあいつのことは何も知らないに等しい。ほとんど喋ったこともない。薄気味悪い、何を考えているか分からない奴。それでもその強さだけは本物だった。七崩賢最強と呼ばれるほどに。その気になれば北部高原全てを黄金に変えることもできる。戦果を挙げることもできただろうに。そうなれば人類は甚大な被害を被っていただろう。なのにあいつはそうしなかった。戦いを忌避していたのだろうか。魔王様の命令にも従っていなかったようだ。例外はシュラハトぐらいか。天敵とも言えるグラオザームも含まれるか。既に封印されていたのもあるが、勇者一行、ヒンメルでも手を出せなかった。そういった意味ではクヴァールと同じなのだろう。違うのは石にされたか、飼い殺しにされたかの違いだけ。

 

 

「やっぱり信じられないわね。あいつがそんなことを……騙されているとしか思えないわ」

「経験者は語る、ですな」

「うるさいわよ」

 

 

一々茶々を入れてくるシュトロを黙らせながらもただ戸惑うしかない。確かに変わっている奴だったが、まさかそこまでだったとは。人類と魔族の共存。奇しくも私と同じことを考えている奴がいるなんて。とても信じられない。騙されているのではないかと思うほど。まさかフリーレンの気持ちが分かる日が来るとは。本当にいい迷惑でしかない。だがそれは事実なのだろう。あのレルネンが伝えてきたことなのだから。

 

 

「悪意、罪悪感を知りたい、ね……厄介なことを」

 

 

それが精神魔法で読み取った、マハトの目的。悪意に罪悪感。魔族が持ち得ないはずの感情。それを得ることができれば人類との共存が可能だとマハトは考えたらしい。悪い冗談だ。あらゆる意味で私と似通っている。違うのはそれが手段なのか、目的なのかということ。確かに私は償うということがどういうことは知ろうとしていたが、それは自発的なものではなかった。ヒンメルに従わされた中でそうせざるを得なかった状況によるもの。人類の共存を目指して、この国を作ったのも。悪意や罪悪感を知ることになったのは、その過程、偶然に過ぎない。たまたま様々な偶然が、要因が重なっただけの今に過ぎない。だというのにあいつはそれを目的にしているというのか。そのために人間を殺し、黄金に変えて回っていた。実に魔族らしい、人間から見れば理解できない行動だろう。

 

 

「魔族には理解できない感情、概念のことですか。しかし姉さんはそれを理解されているのでは?」

「……さあね。それがあんたたち人間と同じかは分からないわ」

 

 

偉そうなことを言ったが、私が得たものがそうなのかなんて分からない。人類と魔族は別の生き物だ。分からない感情があって当たり前。利用することを頼ると言い換えるように。私が持つ悪意や罪悪感が人間のそれと同じかどうかなんて分からない。

 

 

「この蒼月草の色だってそうよ。同じ色に見えているかなんて分からない」

 

 

手にある蒼月草。その色にも言えること。この色彩の鮮やかさが、私とシュトロで同じかどうかなんて分からない。そんなことを考えても無駄だろう。私の考える人類との共存が、マハトのそれと同じかは分からないように。見た目が同じでも、中身は全く違うかもしれないのだから。ある意味、これも収斂進化なのだろうか。

 

 

「まるでソリテール様のようなことを仰りますね」

「……そうね。いい迷惑だわ」

 

 

謀ったように全く同じタイミングにそれに至ったのだろう。思わず目を細めてしまう。知らず私もあいつの、研究者の真似事をしてしまっていたのだろう。本当にいい迷惑だ。そう溜息をついていると

 

 

「失礼します。アウラ様、宜しいでしょうか」

「いいわ。入りなさい」

 

 

ノックと共に聞き慣れた声がかけられる。手に持っていた蒼月草を花瓶に戻しながら、魔族としての貌を装いながら来客を、自らにとっての側近でもある存在を迎え入れる。

 

 

「お邪魔でしたか。でしたら出直しますが」

「構わないわ。ただの無駄話よ」

 

 

入室してきたリュグナーは私とシュトロがやり取りをしていると思ったのだろう。そう配慮を見せるが引き留める。先程までのやり取りは報告でも何でもない。ただの無駄話なのだから。

 

 

「それでは私はこれにて。リュグナー殿、アウラ様のお相手をお願いいたします」

「心得ました」

「あんたたちね……」

 

 

いい頃合いだと思ったのか。そう言い残しながらシュトロはその場を去っていく。余計な一言を残しながら。それに律儀に返しているリュグナー。どこまでリュグナーはそれを理解しているのかは分からないが、最近シュトロは司祭としてのやり取り、役割をリュグナーに譲るようになってきている。その契機が何であったかなど確かめるまでもない。ようするにかつてのヒンメルたちと同じなのだ。どうして人間というのは自分が死んだ後のことばかり気にするのか。今なお理解し切れない。

 

 

「まあいいわ。それで、リーニエは一緒じゃないの?」

「リーニエは教導の方に。難しい話は分からないので私に任せるとのことでした」

「そう。頼りにされてるわね」

「リーニエですから。あとで指導しておきます」

「お願いするわ。あんたに叱られる方が効果があるから」

 

 

切り替えながら、ここにはいないもう一人の側近について尋ねるも無駄だったらしい。最近のあの子にも困ったものだ。変な知恵をつけ始めてしまっている。間違いなくあの薄情者の影響だろう。適材適所と言えば聞こえはいいが、ようするにサボっているのだ。一応教導には行っているようだが、それでも少しはこちらにも参加させなくては。あれでも神官なのだから。どうやらリュグナーもそれは同じらしい。なら任せるとしよう。私が言うよりもその方が効果があるに違いない。リュグナーにとってはいい迷惑だろうが。

 

そのままリュグナーは定期報告を上げてくる。直近のフリージアの現状。グラナトとの交渉の経過。フリーレンを利用した噂の効果に至るまで。それに淀みは見られない。その内容も抑えるべきところを抑えている。確かな成長を感じられる。魔族で言うなら真似が上手くなってきたというところか。それが私なのか、シュトロなのか。それ以外の誰かなのかは分からないが。

 

 

「差し出がましいのですが、一つ伺っても宜しいでしょうか?」

「構わないわ。言ってみなさい」

 

 

一通りの報告が終わった後、いつものようにそうリュグナーが尋ねてくる。これもまたいつもの光景。魔族であるリュグナーでは理解し切れない、疑問に思ったことを私に尋ねてくること。いわばそれがこの定期報告の目的でもある。リュグナーを育て、導くために。シュトロではないが、この先を見据えて。しかし今回のそれはいつもとは趣が違っていた。それは

 

 

「は。例の黄金郷の件です。黄金のマハト様をここへ招き入れるというのは本当なのでしょうか」

「ええ。そういう交渉になってるわ。何か問題がある?」

「お言葉ですが、危険なのでは。マハト様はアウラ様と同じ大魔族であり七崩賢でもあるお方。我々の手に負えるとは思えません。かつてのソリテール様のように、ここフリージアにとって混乱をもたらす害になるのではないかと」

 

 

今まさに私にとっての一番懸念している案件だったのだから。どうやらリュグナーにとってもそれは同じだったらしい。過去の経験もあってのことだろう。リュグナーにとっては苦い経験でもあるのかも知れない。失態と言い換えてもいい。もっともそれを叱責する資格は私にはない。それは私の判断が招いた結果だったのだから。

 

しかし害、か。魔族らしい言い方だ。同族であろうが自らにとっての害であれば敵となる。リュグナーにとってはここフリージアも自らの縄張りと捉えているのだろう。それが混乱すれば、自らの身に危険が、害が及ぶ。それを先の騒動から学び取っていることに他ならない。そういう意味ではあいつもリュグナーの役に立ったのだろう。

 

 

「その通りよ。どうやら経験は無駄になってないみたいね。どう? またソリテールの時みたいに主の鞍替えをしてみる?」

「お戯れを。私の主はアウラ様唯一人。例外はありません」

「そう。頼りにしてるわリュグナー」

 

 

私なりの悪意をもってそうリュグナーに告げる。かつてソリテールに利用されてしまった失態を指すもの。それに全く澱むことなく返事をしてくるリュグナー。忠誠という名の嘘と共に。わざわざ例外なんて言葉を加えながら。こいつなりの皮肉なのだろう。いや嘘か。ならそれに騙されてやることにしよう。

 

 

「あんたの懸念はもっともね。人間側から得られる利益と比べても釣り合ってないわ。天秤の傾きもね。明らかに私達にとって不利な交渉条件よ」

 

 

何よりもリュグナーの懸念は当然のこと。いくら人間たちの信用や理解を得られるからといっても、フリージアの背負うリスクに見合っていない。そもそもどうやってマハトを制御するのか。一番確実なのは服従させること、枷を嵌めること。だがどうやって。あいつの魔力は私を上回っている。仮にその魔力を消費させたとしても、あいつが大人しく服従させられるとは思えない。交渉に応じたとしてもあいつが嘘をついているかどうか見定める術はないのだから。最悪、ここフリージアが第二の黄金郷になりかねない。

 

 

「前にも言ったわね。人間は感情に、悪意に振り回されている。不合理に生きているわ。そうね……あいつの言葉を借りるなら不合理の合理性だったかしら」

 

 

それを度外視して、私は今回の交渉に応じた。あいつ、ハイターに倣うように。不合理に合わせて。かつての王都での継承争いがそうだ。人間の王族には、長男がその家督を、王位を継ぐというものがある。あまりにも合理性からかけ離れた不合理極まりないもの。だがそれには意味があった。家督争いを、身内での争いを避けるため。私達から見れば馬鹿げた判断、仕組みでも、違う視点から見れば意味がある物もある。

 

 

「一見すれば不合理な行動でも、違う見方をすれば合理的になる。今回はそれに倣っているわ。ある意味人間らしさを演じている、いえ騙しているのよ。私達にも人間性があるのだとね」

 

 

そう、人間は不合理を望んでいるのだ。完璧を求めてはいない。それを私は箱庭で知った。完璧な平和や平等は人間たちにとっては悪でしかない。矛盾しているのだ。なので今回はそれに倣うことにした。私達にも、フリージアにもそれがあるのだと見せるために。ソリテールに言わせれば返報性の法則か。それを期待しているのもある。個人的にそのデンケンとかいう魔法使いへの肩入れもあるがそれはまた別の話だ。些事に過ぎない。

 

 

「そもそも今回の交渉は恐らく失敗するわ。まず前提が成り立っていないのよ」

 

 

改めて種明かしをする。本当はもう少し後にするつもりだったが、まあいいだろう。こちらの想定以上にリュグナーが成長していることを鑑みて。これは交渉にすらなっていない。破綻しているものであることを。

 

 

「今回の交渉の内容を見返してみなさい。私達ではなく、マハトの側に立ってね。魔族のあんたなら分かるはずよ」

 

 

その書状をリュグナーに手渡す。まるで弟子を試す師のように。ヒンメルのようにはいかないが、その真似事。いや、ハイターの奴にされたことの真似事か。今のリュグナーであれば理解できるであろう期待を込めて。それに

 

 

「……そういうことですか。納得です。そもそもこれは黄金郷を元に戻すことができなければ成立しない。なら」

「そう。私も同じ結論よ。マハトは人間を黄金にできても、それを元に戻すことはできない。魔法はイメージできなければ実現できない。魔族でも人間でもそれは同じことよ」

 

 

苦も無くリュグナーは正解へとたどり着く。そもそもの前提が間違っているのだ。これは、マハトが黄金郷を元に戻せる前提で結ばれている協定だ。ただの希望的観測に縋った、愚かな物。何の意味もない、無駄な取引。魔族に話し合いをするのと同じことだ。

 

魔法はイメージだ。それは人間も魔族も変わらない。人間を黄金に変えることと、黄金を人間に変えることは等価値ではない。不可逆だ。魔族であるマハトには、黄金郷を元に戻すことはできないに違いない。もしそれができるとすれば、マハトが悪意を、人間を理解した時だけだろう。相反する、矛盾の証明。

 

 

「それを葬送のフリーレンは」

「当然理解しているでしょうね。恐らくデンケンとかいう宮廷魔法使いもね。それでも可能性に縋っているんでしょうね。藁にもすがる、だったかしら。無駄だと悟りながらもね」

「悪あがきというわけですか。何故そんな無駄なことを」

「そうね。私達で言う命乞いみたいなものよ。そうせずにはいられない。人間の習性かしらね……本当に愚かだわ」

 

 

頬杖を突きながら呆れるしかない。いや、これは諦観か。こんなこと、魔族の子供でも分かることだ。フリーレンはもちろん、デンケンとやらも気づいていないわけがない。それでも認めることが、あきらめることができないのだろう。かつての私のように。本当に愚かだ。まだ魔族の命乞いの方が救いがあるだろう。

 

 

「ようやく理解できました。だからこそ今回の提案を受けたのですね。結局交渉は決裂するのが分かっている。それでもそれに協力したという事実は残る。実質的に私達の利になると」

「及第点ね。褒めてあげるわ」

「恐縮です」

 

 

感傷はここまで。ここからは現実的な話。魔族らしく、合理的に、どうそれを利用するか。その答えを問うまでもなく理解しているリュグナー。十分に合格だろう。魔族の選抜試験があるとするなら、一級魔族にしてやってもいい。ゼーリエに倣うのは癪だが、本気で制度を作ってみてもいいかもしれない。

 

 

「でも今回はそれだけじゃないわ。本音を言えば半分はただの直感よ。いえ、勘の方かしら」

 

 

ただ今回に関しては私も魔族らしくなかった。この交渉を受け入れたのは、半分以上が私の直感だったのだから。ゼーリエのような未来予知じみた直感ではない。もっと根源的な、動物的な勘。

 

 

「勘、ですか……? アウラ様らしくないお考えですが」

「買い被りよ。私も魔族だもの。それとは無縁ではないわ。今回の件に関しては特にね」

 

 

リュグナーからすればそれはらしくないように見えるのだろうがそうではない。それはそう私が装っているから、欺いているから。この件を放置しておけば、厄介なことになる。そんな感覚。まるで喉に何かが引っかかっているような、歯に何かが挟まっているような不快感。同時にどこか懐かしさを感じてしまう物。それが何か思い出せない。こんなことは初めてだった。

 

知らず、その胸にあるアクセサリを握り締める。ヒンメルならどうするか。それが私が判断に迷った時の判断基準、道標。なのに答えが出ない。今回に限っては。あいつならどうするかが。だからこそそれをフリーレンに任せた。その真偽を、判断を葬送のフリーレンに委ねる。きっとヒンメルならそうしただろう。あいつを頼り……ではなく利用するのは癪だが仕方がない。そもそもこれは勇者一行のやり残しでもある。後始末は自分でしてもらうだけのこと。

 

勝算がないわけではない。あのエルフのことだ。マハトに対する切り札の一つぐらいは持っているに違いない。ヒンメルから過去マハトに敗れたことがあるのは聞かされている。あいつの恐ろしさはその解析能力だ。私の魔法を暴いたように、マハトの魔法を貶めていてもなんら不思議ではない。あいつの協力を条件にしたのもそのため。例えマハト自身にはできなくとも、葬送のフリーレンなら黄金郷を解放できると踏んでのもの。そんな口には出せないことを思考するも

 

 

「しかしようやく分かりました。ソリテール様が仰っていた魔族の友人とはマハト様のことだったのですね」

 

 

それは何気ない、それでも決定的なリュグナーの言葉によって遮られてしまった。

 

 

「…………どういうこと?」

「いえ、ソリテール様が仰られていたのです。アウラ様と同じ、人類と魔族の共存を研究している魔族がいるのだと。世迷言だと聞き流していたのですが……アウラ様?」

「────」

 

 

もはやリュグナーの言葉は耳に入っていなかった。まるで服従させられてしまったかのように、身動きが取れない。時間が止まっているかのよう。

 

そう、あり得ない。何が天秤だ。こんな致命的な驕りと油断。一体いつ以来か。どうしてこんな簡単なことに思い至らなかったのだ。決まっている。私が魔族だからだ。いや、理解し切れていなかったのだ。ソリテールが魔族であるということを。

 

友人。それはあいつにとっては特別な意味を持つ言葉だった。その真偽は問題ではない。あいつにとってはマハトもそうだったというのか。確かにあいつは何度かその名を口にしていた。でもそれを私は聞き流していた。当たり前だ。ソリテールは魔族だ。その言葉全てを鵜呑みしていてはキリがない。必要な情報だけを聞き取り、それ以外は無視する。それがあいつとの付き合い方。現にあいつは私にマハトのことを教えることはなかった。本当にマハトが人類と魔族の共存を望んでいるようなら、それを私に伝えてこないのは考えられない。あのお喋り好きなら、研究者気取りなら嬉々として私を巻き込んでくるだろうと。

 

だが違うのだ。逆なのだ。あいつはあえて、私にはそれを明かしていなかった、隠していたのだ。その名が出たのは思わず口にしてしまっただけ。あいつは、魔族は意味のないことはしない。ならその行動には意味がある。

 

 

『南側諸国の戦後の様子を観察しに来ていたの』『魔王様は本当の意味で人間と共存するために国を、魔王軍を造り上げた。形は違えど、マハトも同じね』『私は貴方の人類との共存という夢物語の結末を見てみたいと思っているの。いつか訪れるであろう、その悲劇的な結末を。でもそれは今じゃないわ』『素敵ね。貴方が直々に裁いてくれるなんて。とても興味深いわ。フリージアの法であれば、私は何の罪に当たるのかしら。マハトが聞いたらきっと羨ましがるでしょうね』

 

 

ソリテールの思考を読み解けば、何が起こるかは明白だ。あいつが企みそうなことなどお見通しだ。あいつは私の友達なのだから。これもまた形見になるのか。魔族が死後に何かを遺すなど。いや、あいつからすればそんな気はなかったのかもしれない。ただの臆病さと心配性。それによる置き土産。

 

 

「っ! リュグナー、ここからフリーレンたちに連絡を取るのにどれだけかかる?」

「ヴァイゼ地方にですか。使い魔を使っても二日はかかるかと」

「今すぐ準備しなさい。一刻も早く」

「仰せのままに」

 

 

その場を立ち上がり、リュグナーに命を下す。後悔は後だ。今はただできることを。間に合うかどうかなど度外視だ。伝えなければ、文字通り致命的な油断と驕りになる。ヴァイゼだけではない。ここフリージアどころか、北部全てが黄金郷にされかねない。

 

リュグナーが去った後、執務室から見える、庭園の一画にある名が刻まれていない小さな墓石を見つめながら話しかける。ここにはいない、自身の記憶の中のあいつに向かって。同時に、聞こえないはずの声が聞こえる。きっと本物であっても、同じことを言ったに違いない。

 

 

「────本当に生きていても死んでいても厄介な奴ね、あんたは」

 

『────さあ、アウラ。共存のための殺し合いを始めましょう』

 

 

それが今は亡き無名の大魔族の、好奇心という名の悪意。そしてアウラへの友愛の形だった────

 

 

 




作者です。
今回はアウラ視点であり、黄金郷編の種明かしにもあたる回でもあります。

『どうしてソリテールはアウラにマハトのことを話さなかったのか』

それが本編から張っていた伏線であり、アウラが感じていた違和感の正体でした。感想欄でも気づかれている方はいなかったかと思います。ソリテールは何故そんなことをしていたのか。それによって何が起こるか。お楽しみに。
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