ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第六話 「矛盾」

(フリーレン様……一体何を始めるつもりなんですか?)

 

 

ただ目の前のソファに座っているフリーレン様に目を奪われる。ここ黄金郷に来てからのフリーレン様は明らかに普段と違っていた。端的に言えば殺気立っていた。いつもなら魔族を前にしても氷のように冷たい、冷静さを保っているのに。だがそれは、それだけこの場が、状況が異常であることを示しているのかもしれない。

 

 

(これが七崩賢……かつてのアウラ様と同じ七人の大魔族の一人)

 

 

それは同じように、フリーレン様と向かい合うようにソファに座っている一人の魔族。黄金のマハト。それを前にして息を飲むしかない。必死に逃げ出したい衝動を抑えている。魔法使いとしての本能。その魔力の強大さだけではない。何よりもその異質さ、不気味さだった。見渡す限りの全てが、目が眩むほどの黄金の世界。普通の人間ならその魅力、魔力に惹かれてしまうだろう。しかし魔法使いにとっては違う。私はこの黄金を魔法と認識できない。理解できない。それが呪い。人類の魔法では到達できないもの。それによって精神が乱されてしまう。

 

だというのに、それにお構いなくフリーレン様は事あるごとにマハトを挑発していた。何時戦闘になっても、黄金にさせられてもおかしくない危険な行為。本当に生きた心地がしない。きっとシュタルク様はもっとだろう。ここに来る前にフリーレン様が先に謝っていた理由がようやく分かった。最初からそのつもりだったのだろう。デンケン様に申し訳がない。

 

でも、やっぱりらしくない。フリーレン様が魔族を嫌っている、憎んでいるのは知っている。でもそれで私情に飲まれたりはしない。この方は葬送のフリーレンなのだから。ならこの行動には意味がある。ならそれは

 

 

(黄金のマハトを見定める……それがアウラ様がフリーレン様に頼まれたこと。なら、アウラ様はマハトをフリージアに迎え入れるつもりなのでしょうか?)

 

 

黄金のマハトを見定めること。そのためにそれが必要なことなのだろう。アウラ様から直々に頼まれたことでもある。不本意ではあるだろうが、アウラ様はフリーレン様を信頼されているのだろう。でも、とてもそれができるとは思えない。どうやってそれを判断するのか。そもそも目の前の魔族をフリージアで抑え込めるのか。そんな疑問を抱く中

 

 

「お前は今まで殺した人間たちのことをどう思ってる?」

 

 

淡々とした中に、確かな冷徹さを感じさせる声で。フリーレン様はそうマハトに問い質した。

 

瞬間、ようやく理解する。フリーレン様がこれから何をしようとしているのか。当たり前だ。何故ならそれを私は読んで知っているのだから。それは

 

 

(これは……アウラ様がハイター様たちにされた質問と同じ……!)

 

 

かつて、アウラ様がハイター様をはじめとした、勇者一行から問い質されたものと全く同じだったのだから。恐らくは、人類が最も多く抱くであろう魔族への疑問。

 

これがフリーレン様がしようとしていること。これはアウラ様の真似だ。私も直接フリージアで見た、天秤による裁判。その再現。なるほど、フリーレン様が嫌がるわけだ。自分が魔族の、いやアウラ様の真似をすることになるだなんて。アウラ様なりの皮肉でもあったのかもしれない。

 

 

「申し訳ないと思っています。ですが仕方のないことだったのです。私も生きていくためには食事をしなければならなかったので」

 

 

それを知る由もないマハトは、何の疑問も持たずただそれに流暢に答えている。そこに迷いはない。ただ息をするように嘘をつく。それは私にも分かるような嘘だ。それを

 

 

「人間以外も食べられるのに?」

 

 

このお方が見逃すはずがない。間髪入れず、これ以上にない反論を行う。裁判官のように。何故なら

 

 

「かつてのアウラはこの質問に『何とも思っていない』と答えた。ならお前は違うんだね。もし本当にそうなら、もうこんな無駄なことをしなくて済むんだけど」

「…………」

 

 

その判例を、フリーレン様はこれまで数えきれないほど見てきたのだから。それだけではない。アウラ様という、魔族の本音すら知っている。嘘をつかない魔族。その例外によって。

 

それによってマハトを追及する。お前の嘘はお見通しだと。もしそれが嘘でないなら、そもそもこのやり取りが無駄であるのだと。

 

 

「なるほど。どうやら本当に魔族(わたし)たちのことを深く理解されているようですね。感服しました」

「余計なことは喋らなくていい。時間の無駄だ。今度私が下らない嘘をついていると判断したらこのごっこ遊びは終わりだ。次はないよ」

「承知しました。生まれて初めてですが、嘘偽りなくそれに応じましょう」

 

 

本当に感服しているのか、笑みを浮かべながらマハトはそうフリーレン様を称賛している。それを全く意に介さず、機械的にフリーレン様は警告する。都合二度目か。きっと最初からそれは織り込み済みだったのだろう。いわばこれは前座、前哨戦。これからが本番なのだと。それにマハトは宣誓する。嘘はつかないと。全く信用できない、魔族の嘘。フリージアであれば服従によってそれを強いられる。天秤のアウラの前では嘘をつくことは何人にも許されない。だがそれはここにはない。だがそれに勝るとも劣らないものがある。それは

 

 

「どうしてお前は悪意や罪悪感なんて知ろうとしているの?」

 

 

千年以上を生きる、葬送の魔法使いの経験と知識。それによって目の前の魔族を見定める。それが今回のフリーレン様の目的であり役割。天秤の代行者が問いかける。悪意と罪悪感。何故それを知ろうとしているのか。それはこの件の始まりでもあり、全てでもある。

 

 

「おかしなことを聞きますね。興味があるからです。それ以外には何も」

 

 

それにマハトはそう答える。興味があるから。そんな子供のような単純な答え。嘘をつく余地もないほどのもの。だがそれがそもそもおかしいのだ。かくいう私ですら、それに疑問を持った。

 

そう、そもそも魔族は悪意を、罪悪感を持たない。理解できない。それを私はフリージアでアウラ様たち以外の多くの魔族と接する中で学び、経験した。良い悪いではなく、そもそも存在しないのだ。存在しないものは認識できない、意識できない。だからこそ目の前の魔族は異常、いや異端なのだ。それに気づいただけでなく、興味を抱くなど。ある意味ではアウラ様すら超えている。

 

だからこそフリーレン様は問い質したのだろう。その理由を。いやきっかけを。アウラ様がヒンメル様に従わされたことから全てが始まったように。マハトにもまた、それがあるのではないかと。

 

 

「聞き方を変える。どうしてそんなことを考えるようになった?」

「きっかけですか。あれはそう……いつものように魔王様に命じられ、人類の村を一つ滅ぼした時でした」

 

 

ようやくフリーレン様の質問の意図を理解したのか。何も戸惑うことなく、考えることなくマハトは語り始める。自分のことのはずなのに、まるで他人事のように。食事をするように、呼吸をするように、睡眠を取るように。ただ当たり前に、人間の村を滅ぼした時のことを、何の感情も抱かずに、人類に語る。

 

 

「その村の神父に言われたのです。悪意と罪悪感が分からない自分が可哀想だ、と」

 

 

きっとその村の神父様も今の私達と同じだったのだろう。目の前にいる魔族が、どうしようもないほどに自分たちとはかけ離れた存在であることを理解した。それでもそれを憐れんだ。怒りや憎しみでなはなく。きっと敬虔な神父様だったのだろう。でもそれは救いにはならなかった。皮肉にもそれは、呪いになってしまった。

 

 

「そこで気づいたのです。魔族(われわれ)には人類にあって当たり前の感情が欠落していると。それが何なのか。興味を持った。もっと知りたいと思った」

 

 

黄金のマハトという怪物に、人類に興味を持たせてしまった。本来なら気づくことなく、ただあるがままに生きていたはずの魔族に、疑問を与えてしまった。それはもしかしたら、アウラ様に償うという意味を知るきっかけを生み出した、勇者ヒンメル様と同じ偉業だったのかもしれない。ただ違ったのは

 

 

()はその時から人類のことが好きになったのです。それが私が人類と共存を望む理由です」

 

 

アウラ様にはヒンメル様がいても、マハトにはそれを導いてくれる、共に歩んでくれる者がいなかったこと。

 

マハトはそう告白する。人類のことが好きになった、と。でもきっとそれは私達の好意とは違うのだろう。肌でそれが感じられる。何だろう。それに覚えがある。私はこの感覚を知っている。これは確か

 

 

「……そう。ならどうしてお前はその好きな人類を殺し続けているの?」

 

 

それを思い出すよりも早く、フリーレン様は矛盾を突きつける。当然の疑問。好意を抱いている相手を、存在をどうして殺し続けているのか。食べるためでもなく、本能でもなく。明らかに矛盾している。私はまだ理解し切れていなかったのだ。

 

 

「? おかしなことを聞きますね。それが貴方たち人類が悪意を、罪悪感を見せる時だからです」

 

 

魔族が私たち人類とは違う価値観、理で生きている存在であるということを。

 

 

「……どういうこと?」

「人類は何かを殺す時に、殺される時にその感情を見せる。だから私はそれを知るために殺し続けているのです。もちろん、一方的にそれをしていただけではありません。様々な方法を試しました」

 

 

それに息を飲んだ。知らず身体が震える。それは恐怖だった。大魔族だからではない。黄金に変えられるかもしれない恐怖でもない。もっと根源的な恐怖。目の前の存在が何を言っているのか分からない、理解できない恐ろしさ。何よりも恐ろしいのは

 

 

「一番答えに近づけたと思えたのは人間の子供同士を殺し合わせた時でした。生き残った方を逃がすと。ですが生き残った方の子供は泣いていたのです。生き残ったと言うのに。喜ぶべきことだというのに」

 

 

目の前の生き物は、それに何も感じていないということ。まるでお茶会のように、世間話のようにそれを語っている。

 

 

(なんて、惨いことを……)

 

 

動悸がする。眩暈がする。立ち眩みがする。

 

それを想像するだけで。それがどれだけ残酷なことか。無慈悲なことか。きっとその子たちだけではない。目の前の悪魔は、それを何度も繰り返してきているに違いない。悪逆の限りを尽くしているのだろう。その悲しみが、無念がどれほどのものか。それが反転する。怒りに、憎しみに。反射的にその手が杖に伸びかけるも

 

 

(シュタルク様……?)

 

 

それはシュタルク様の手によって止められる。その手を握られることによって。きっと私が先走ってしまうのを察したのだろう。でも、その手のおかげで平静さを取り戻すことができた。何故ならシュタルク様の手もまた、震えていたのだから。いつもの臆病さからくる怯えではない。私と同じもの。それでも、武骨な戦士の手の頼もしさが私を安心させてくれる。そう、私達は戦いに来たのではない。交渉に、話し合いに来たのだ。例えそれが無駄なことだとしても。私達からそれをあきらめてはいけない。それをあの時、アウラ様に教えてもらったのだから。

 

 

「素晴らしいことです。それは私には理解できない感情、悪意と罪悪感だったのでしょう。ならそれを繰り返せばいずれ理解できる。親しいものを殺せば、俺にもその感情が分かるかもしれない」

 

 

それがマハトが選んだ共存の方法だった。人類と魔族。その間に決して超えることのできない壁を見た。同時にそれを超え、さらに挑もうとしているアウラ様の偉大さも。

 

 

「もういい。聞くに堪えない」

「お気に障りましたか。それは失礼を。嘘偽りなく話せと言われたのでその通りにしたのですが」

「そうだね。やっぱりお前たちは化け物だ。共存とは程遠い。お前がしているのは共存なんかじゃない。お前はただ籠の中の動物に刺激を与えて反応を見ているのと同じ。ただの実験だ。反吐が出る」

 

 

完全に感情を殺した、葬送の顔を見せたまま。マハトの行いをフリーレン様はそう断ずる。それによってようやく私は理解する。それは

 

 

(そうか……マハトはあの魔族、ソリテールと同じなんだ)

 

 

フリージアで出会った無名の大魔族。ソリテールと同じなのだと。実験と称し、人間を観察し愉しんでいたあの魔族と。こいつらは人類を対等になんて扱っていない。ただの虫か、実験動物だとしか。悪意のない人間の子供が、蟻を踏み潰して遊ぶように。違うのはソリテールはそれを自覚しているのに、マハトはそれに気づいていないということ。

 

 

「……なるほど。なら交渉は決裂、ということですか。いえ、裁判であれば有罪ですか。非常に興味深い。なら私はどんな罪に当たるのでしょうか。報いを受けることになると。ぜひ貴方から聞かせていただきたい」

 

 

実験という言葉に何か思うところがあったのか。一拍の間を置いた後、マハトはそう続けてくる。どうやら交渉が決裂したと判断したらしい。だとしてもそれ以外の部分に興味があるのだろう。悪意と罪悪感、それに関連する事柄であるなら構わないのだろう。報いを受けることも厭わない。

 

ようやく理解した。マハトは人類との共存など望んでいない。それは手段なのだ。自分が悪意という感情を得るという目的のための。アウラ様とは全くの逆。同じように見えても全く相反する鏡合わせのような在り方。

 

 

「本当に残念だけど、それにはまだ早いかな。そもそもそんな権利は私にはない。あるとしたら女神様か、アウラぐらいだろうね」

 

 

それを最初から見抜いていたのか。それともこうなると分かっていたのか。フリーレン様はマハトに全く取り合わない。それでも、まだ交渉は終わっていないと告げている。それに思わず私も面食らってしまう。先の言葉は、交渉の決裂としか思えない物だったのに。まだ何かフリーレン様には気になることがあるのだろうか。私達には見えていない何かがこの方には見えているのか。

 

 

「この茶器。さっき言ってたね。黄金には変えないようにしてるって。どうして?」

 

 

そのままその手にティーカップを持ちながらフリーレン様は問い質す。ゆっくりと、それでもはっきりと。見せつけるように。

 

 

「質問の意図が分かりかねます。一体何を」

 

 

それに訝しむマハト。それは私達も同じだ。シュタルク様も、デンケン様もそれは同じ。その理由は既にマハト自身が語っている。だというのに今更どうしてそんなことを。

 

 

「────」

 

 

瞬間、ようやく思い至る。それはあり得ないことなのだと。そう、人類なら当たり前のことだ。だからこそ疑問に抱けなかった。でも私は知っている。それがあり得ないことを。矛盾していることを。何故なら

 

 

「グリュックという人間はもういないのに、何でお前はそんなことをしているの?」

 

『ヒンメルはもういないじゃない』

 

 

魔族はもういない存在のことなど、気にしないのだから。

 

 

かつて『天秤』にそうしたように、『葬送』は『黄金』にその矛盾の刃を突き立てた────

 

 

 

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