ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十一話 『無名』

勇者ヒンメルの死から二十八年後。

 

北部高原ヴァイゼ地方。

 

 

 

「久しぶりだね、マハト。探していた感情は見つかった?」

 

 

倒れた木の幹に腰かけて読書をしながら、目の前にやってきた友人に久しぶりに挨拶をする。久しぶり、なんて人間の真似をしてみたが、やはり全く変わっていない。その魔力も、容姿も、表情も。一世紀前と変わらず、つまらなそうなまま。それが分かっていながらついそう尋ねてしまう。この百年を費やしたであろう、マハトの実験の結論を。

 

 

「…………」

「そう。見つからなかったのね。とは言ってもこの結界のせいで私の声なんて聞こえないか。残念ね。たくさんお話したいことがあったのに」

 

 

だがそれにマハトは答えることはない。それもそうか。私達の間にある、黄金郷を覆っている大結界のせいだ。魔族はおろか、魔法すら通さない、まさに人類の叡智の結晶とも言える物。音ですらその例外ではないのだろう。もっとも、聞こえていたしてもマハトの反応は同じだっただろうが。

 

しかし残念だ。せっかく会いに来たのに、これではお話ができない。せっかくたくさんお話しできると思っていたのに。なら仕方ない。

 

 

「じゃあここからは私の独り言ね。聞いたわ、マハト。ここ黄金郷、いえ城塞都市ヴァイゼで人間たちと一緒に暮らしていたそうね。君からすれば共存かしら。とても興味深いわ」

 

 

ここからは私の独り言。マハトにはそれに付き合ってもらうことにしよう。懐かしい。百年前もこうして私の話をどこかつまらなそうに聞いてくれていたっけ。本当に素敵だ。

 

まずはここ、今は黄金郷と呼ばれている都市でマハトが行っていた実験について。それはとても興味深い物だった。この都市の領主のお抱えの魔法使いとしてマハトは動いていた。魔族であるマハトがどうやって人間である領主とそんな関係を結べたのか。それに加えてその立ち回りも素晴らしかった。人間から聞いた話なので多少差異はあるだろうが、マハトはまさに人類との共存を実現したかのように振舞っていたのだから。人類に仕え、同族である魔族すら退けている。大魔族であり七崩賢である彼がそんなことをしているなんて、きっと魔族の誰も想像できない、理解できないに違いない。

 

 

「もっと早く知っていれば私も協力したかったけれど、本当に残念。間に合わなかったわ。黄金郷になる前の、君の実験を見てみたかったのに」

 

 

好き好んで人間を研究している、私のような変わり者の魔族でなければ。本当に悔やまれる。もっと早く来れていれば、その実験に加われたのに。マハトに騙されてしまっている人間たちの研究もできたはず。珍しい反応も見れただろう。何より、その結果何が起こるかも。

 

 

「でも結果は一目瞭然ね、やっぱり私の言った通りだった」

 

 

その結果がこれだ。生きる者が誰一人いない、黄金の世界。マハトの内面が形になったような光景。これが半世紀に及ぶマハトの実験の結果、失敗だった。もっともそれを馬鹿にする気は私には全くない。これは分かり切ったことだったのだから。実験は失敗する物。失敗して失敗して、最後に一つの答えを導き出す。もし私が参加していても結果は同じだっただろう。マハトがそうしなくても、私がこの都市を壊滅させていただろうから。そのどちらがヴァイゼにとって救いであったかはともかく。

 

そんな中、ふと気づく。マハトが私が読んでいる本に視線を向けていることを。いけない。お話に夢中になってしまうのは私の悪い癖だ。久しぶりに魔族とお話しできたので舞い上がってしまっていたのだろう。手に持っていた本をそのままマハトに見えるように差し出す。それは魔導書でも研究書でもなかった。それは

 

 

「これ? これはね、教典なの。女神ではなく、魔族の国の。魔族国家フリージア。アウラが興した国よ。北側でも噂になっているの。人間と魔族が共に暮らしている楽園。平等に生きることができる場所だって。君に合わせるなら理想郷かしら。私もそれに協力していてね。この教典の作成にも携わっているの。素敵でしょ? ここに来たのはこれを見てもらいたかったからなの」

 

 

教典だった。女神の教典ではない。偽物の魔族の国の教典。私がここに来たのも、マハトにこれを見てもらいたかったから、知ってもらいたかったからだ。声が聞こえていないマハトには通じていないのだろうが構わない。きっと聞こえていても結果は変わらないだろうから。ちょっと私の研究経過を自慢したかっただけ。

 

 

「きっと君は信じないわね。私もそうだったもの。でもこれは嘘じゃないわ。アウラは君と同じ、人類との共存を目指しているの」

 

 

その偽典を触りながら、ここにはいないアウラのことを考える。断頭台ではなく、天秤の名の方が知られつつある彼女のことを。誰よりも魔族らしかった愚かな彼女が、人類との共存なんてさらに愚かなことをしようとしているなんて。同じ七崩賢であるマハトからすればきっと信じられないだろう。騙されていると思うに違いない。かくいう私もそうだったのだから。最初に聞いたのは確か……そう目の見えない人間の子供からだったか。名前はもう思い出せないが、それだけは覚えている。その後、他の人間からもお話を聞いて、直接アウラに会うことで確信した。それが嘘ではないことを。

 

 

「やっぱり同じテーマを研究しているだけはあるわね。そのアプローチの仕方も似通っている。人間と共に暮らしているなんてね。もっとも、その方法も結果も全く異なっているけど。面白いわ。同じ魔族でもここまで違うのね」

 

 

やはり同じテーマを研究しているだけはあるのだろう。あらゆるところで二人は似通っている。アウラは勇者ヒンメルの後ろ盾を、マハトはヴァイゼの領主の後ろ盾を利用して。同じように一人の人間の権力者を利用して、人間社会に擬態して溶け込み、信用を得る。その裏で着実に自身の影響力を増していく。共に魔族としての魔法、強さを利用しながら、自らの利用価値を証明しながら。違うのはアウラは勇者に服従させられ、仕方なくだったが、マハトは自発的にそれを行っていたこと。そういう意味ではマハトの方が異端と言える。

 

だがその結果は全く真逆のものだった。勇者の死後も、その命令に従い続けているアウラ。自らヴァイゼの領主を黄金に変え、全てをぶち壊してしまったマハト。理想郷と黄金郷。同じ始まり、魔族でもここまで結果が違うのは本当に面白い。

 

 

「でも私は結論はともかくとして、君のアプローチの方が理解できるわ。魔族としてね。私も君も魔族としては変わり者だけど、アウラはそれ以上に歪なの。君も会えばきっと驚くはず」

 

 

その結果の是非はともかく、個人的にはマハトの方が理解できる。悪意と罪悪感を知りたい。魔族には持ち得ない感情を得るために、人間を殺し続けている。無駄であることは差し引いても、その方法は理解できる。同じ変わり者として。そんな自分でも歪に感じてしまうほどにアウラは変わってしまっている。マハトも彼女に会えばきっとすぐに気づくだろう。驚くに違いない。

 

 

「話が逸れたわね。共存とは本来互いに利用し合う関係。でも捕食者と捕食される者の間でそれは成り立たないわ。あり得るとしたら家畜のような関係ね。君や魔王様の共存はそれね。捕食者による気紛れにすぎない」

 

 

話が脱線しかけるのを矯正する。そもそもの共存とは何なのか。人間の書物などから得た知識によって。それは本来、対等な力関係において成り立つものだ。魔族と人間、捕食する者とされる者では成り立たない。あるすれば人間における家畜。搾取される関係だろう。家畜からすれば捕食されてしまうが、種として存続、繁栄できる。マハトや魔王様の目指した物がそれだ。あくまでも強者、捕食者が搾取する上での気紛れでしかない。だが

 

 

「でもアウラのしていることは人間の、いいえ勇者の真似事なの。支配と強制ね。アウラは自身が勇者にされたことを、今度は人間と魔族に強いている。断頭台と呼ばれていた頃と本質的には同じ。それに気づいたらアウラはどんな反応をするかしら。勇者ヒンメルはもういないのに、そんな無駄なことを続けているなんて」

 

 

アウラのしているそれは異なっている。そもそも前提からして間違えているのだ。アウラが目指している共存は勇者ヒンメルの真似事、人類にとって都合の良い支配でしかないのだから。かつてアウラ自身がヒンメルに服従させられ、人類に利用されていたように。だというのにアウラはそれに気づけず、勇者の死後も同じことを続けている。まるで飼い主がいないのに、その命令に従い続けている飼い犬のように。いや、その帰りを待っているのかもしれない。無駄なことでしかない。それを指摘すれば、アウラはどんな反応をするだろうか。とても興味深い。

 

 

「私の研究テーマは覚えている? 会話から人類を探求すること。でもその延長線上、派生したものだけど、新しいもう一つのテーマがあるの。まだ推測だらけの、仮説にも至っていないものだけど」

 

 

そういえばそうだった。もう一つマハトに聞いてほしいことがあった。この百年で新たに取り組んでいる私の研究。会話から人類を探求することと似て非なる物。

 

 

「それは人間が得意とする魔法と本人の嗜好の関係性。人間の魔法使いが得意とする魔法には、その人間の経験や嗜好が大きく関係していると思っているの。まだサンプルが少ないから推測の域は出ないけど、恐らく間違いではないわ」

 

 

それは魔法使いが得意とする魔法と、その人物の嗜好の関係性。人間の魔法使い自体、数が少ないのでサンプルは少ないが、そのお話と合わせると同じ傾向が見られた。恐らくこの仮説は間違っていない。会話だけではなく、魔法からその人物の趣味、嗜好を知ることができるなんて。やっぱり実験は面白い。

 

 

「そしてそれは魔族(わたし)たちにも当て嵌まるわ。もしかしたら人間よりもずっとね。魔族(わたし)たちは己の魔法を探求することに固執するから余計にそうかもしれないわね」

 

 

だがそれは人間に限った話ではない。むしろ魔族にこそ当て嵌まるものなのだと。魔法は魔族にとって生涯を捧げるに足る誇りだ。人間とは比べものにならないほど。なら、それが魔族の嗜好、資質に左右されるのは当然の帰結。

 

 

「アウラは特に分かり易いわね。服従の魔法(アゼリューゼ)。相手を服従、支配したい欲望が形になっている。同時に天秤という公平性にも縛られている。人間でいう深層心理の矛盾ね。フリージアで裁判の真似事をしているのもきっとそのせいね。逃れられない魔族の性かしら」

 

 

断頭台のアウラは特に分かり易い例だろう。服従の魔法はその名の通り、相手を支配したい彼女の欲望の発露だ。ある意味、魔族らしい魔族の嗜好だろう。同時に魔法の理、リスクでもある公平性も持ち合わせている。矛盾した在り方。今の歪な彼女も、その辺りが関係しているのかもしれない。どんなに異端であろうと、魔族の性からは逃れられないというのに。

 

 

「マハト。君も例外じゃない。君はいつもつまらなそうにしているわね。退屈している。それを紛らわせる何かを、価値を求めている。なのに君の魔法は魔族にとって何の価値もない黄金を生み出すだけ。無価値な偽物でしかない。それが君の魔法の本質。だからこそ君は悪意や罪悪感なんて魔族(わたし)たちが持ち得ないものを探しているんでしょうね」

 

 

それは目の前のマハトも同じだ。戦いを忌避し、嫌悪している彼であっても魔族の性からは逃れられない。その諦観、退屈さからは。人間にとって価値のある黄金を生み出す魔法なんて物を探求しているのが何よりの証拠だろう。自分でも気づけていない、無意識なのかもしれない。それを誤魔化すために、悪意や罪悪感なんてものを求めている。愚かな魔族。

 

 

「そういえば私はどうなるのかしら? 魔法の探求は続けているけど、人間の魔法にも興味があるし、実験もそうね。変わり者って言われているから、そんなものなのかしら。良いサンプルにはならないわね」

 

 

ふと気づく。なら私はどうなのか。マハトやアウラと同じように変わり者である私は。魔力をぶつける。それが私の魔法。様々な魔法を学んだ探求の果て。それが何を意味しているのか。それに加えて人類の魔法の研究も、人類を使った実験にも興味がある。やはり変わり者と言われるのも仕方ないのだろう。この仮説には当て嵌まらないのかも知れない。アウラなら何か分かるだろうか。友達である彼女なら。

 

 

「ごめんなさい。知った風なことを言ったけど、ただの憶測よ。アウラにはきっと一人遊びだって言われるわね」

 

 

無駄な思考は切り捨てる。これ以上考えても意味はない。これはただの憶測、一人遊びだ。もっと実験を繰り返せば、失敗を続ければきっと答えに近づけるだろう。焦ることはない。

 

 

「でも私は君の探求心は嫌いじゃないわ。同じ研究者としてね。いえ、友人としてかしら」

 

 

変わらず無表情な、私にとっての友人にそう告げる。嘘偽りない、私の本音。面白いという感情。百年前、風の便りで私の元を訪れてきた、変わり者の魔族。人類との共存なんて夢物語を本気で求めている魔族の友人。

 

 

「私は君たちの人類との共存という夢物語の結末を見てみたいと思っているの。いつか訪れるであろう、その悲劇的な結末を」

 

 

マハトとアウラ。奇しくも二人の魔族の友人が夢見ている物語。それがどんな悲劇的な結末を迎えるのか。それをこの目で見てみたい。この感情がきっと、人間でいう友情なのだろう。

 

 

「そのためにフリージアに、アウラに会いに行きましょう? 同じ人類との共存を目指す君たちが出会えばどうなるのか。とても興味があるの。きっと素敵なことになるわ」

 

 

ああ、本当に楽しみだ。マハトがやってくれば、アウラはどんな顔をするだろうか。反応をするだろうか。二人が出会えば何が起こるのか。私にも予測できない。分かるのは、面白いことが起こるということだけ。共存という名の殺し合いが。

 

 

「でもそれは少し先ね。君を連れて行けば、あれからフリージアがどう変わったか、検証する間もなくなってしまう。それはもったいないもの」

 

 

思わず逸りそうになるのを必死に抑える。そう、それはまだお預けだ。もしそうなれば、きっとフリージアは混乱に陥るだろう。フリージアという実験場、箱庭がどう変わったのか確かめる間もなく。それは研究者としてもったいない。特に収容区や教典がどう変わったのかはこの目で確かめたい。

 

 

「それにこの結界もある。解析には二月ほどかしら」

 

 

何よりも、この結界もある。人類の起源も術式も全く違う魔法理論を合わせた芸術品。大魔族であっても破ることができない大結界。私のような変わり者でもいなければ。解析には二月ほどかかるだろうか。とりあえずはそれに専念することにしよう。誰かに見つかると厄介なので、魔力を隠匿したまま。

 

 

「だから後から来てくれると嬉しいわ。また誘いには来るけど、フリージアに夢中になって遅れてしまうかもしれないから、保険は残しておくわ。君も知ってるでしょう? 私はとてもとても臆病で心配性なの」

 

 

それが終われば、一足先にフリージアへ行くことにしよう。そこで実験をしてから、またここに戻ってくる。今度はマハトを連れて行くために。でもそれだけでは面白くない。夢中になってしまうのは私の悪癖だ。そのことを忘れてしまいかねない。だから保険を残すことにする。時限式の術式を。私が直接ここに来れなくても、この黄金郷を解き放つ贈り物を。

 

 

「友人である君への贈り物よ。人間みたいで素敵でしょ? じゃあ先に行って待ってるわ。マハト」

 

 

それともう一つ、この教典を贈る。アウラの近況を記した便箋も挟んだ物。この結界はマハトを、魔族を封じ込めるための物。物理的な侵入を全て防げるものではない。しかしマハトはその場から動かず、本を受け取ってはくれない。そのまま無造作に教典は地に堕ちる。だが問題ない。君はこれを無視できない。私たち魔族が魔王様や、シュラハトの掌の上で踊るしかないように。

 

 

「二十年振りかしら。会うのが楽しみだわ、アウラ。今度は友達になれるかしら」

 

 

二月後。無名は旅立つ。自らにとっての友達に会うために。それがどんな結末を迎えるか知らぬまま。残したもう一つの贈り物が何をもたらすか、見ることもなく────

 

 

 

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