ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三章 勇者一行の魔法使い
第十五話 「継承」


勇者ヒンメルの死から二十年後。中欧諸国聖都シュトラール郊外。

 

 

生い茂る草木の中を彷徨い続ける。森の中を進むのは慣れているものの、やはりこの辺りはいつも迷ってしまう。同じような地形が続いているのもあるが、今は事情が違う。少なからず自分が焦っているのもあるだろう。久々の感覚。それを振り払いながらもう一度意識を集中し、魔力を探知する。魔法使いなら誰でもできる基本技術。だがその精度は使い手に左右される。個人の資質もあるだろうが、基本的に優秀な魔法使いほど魔力探知に優れている。私もそれなりに探知には自信がある。にも関わらずそれにてこずっている。それはつまり、探知しようとしている相手が魔力の隠匿に優れているということに他ならない。

 

どれだけの時間がかかったのか。ようやく森の開けた場所に辿り着くと同時に探し人の姿を捉える。小さな体に不釣り合いな杖を抱えたまま座り込んでいる少女。

 

 

「やっと見つけた。探したよ。おはようフェルン」

 

 

草むらから抜け出しながらそうフェルンに挨拶する。思ったよりも探すのに手間取ってしまった。昨日もそうだったが、この子を探すのには一苦労させられる。そもそも昨日どこで修行しているか聞いておけばよかっただけなのだが仕方ない。とりあえず間に合ったようで良かった。と安堵しかけるも

 

 

「おはようございます、フリーレン様。もうお昼は過ぎてしまっていますが」

「……ごめん」

 

 

やっぱり間に合っていなかったらしい。それもそうか。もうお昼過ぎ。朝から修行に付き合う約束をしていたのに寝坊してしまった私の完全な落ち度。一見フェルンは怒っていないように見える無表情。淡々と告げてくるだけなのに知らずそのまま謝ってしまった。なんだろう、この子は怒らせてはいけないのかもしれない。これからは気を付けなくては。

 

 

「えっと……そうだ、飴食べる?」

 

 

謝罪と友好の意味もかねて服から隠し持っていた秘蔵の飴を取り出す。冒険者としての非常食にもなり、子供も好きなはずの物。何とかこれで機嫌を直してくれれば。けれど

 

 

「構いません。やはりハイター様のご友人なのですね。よくハイター様も下さいます」

「そうだね。私もよくもらっていたよ」

 

 

フェルンにはどうやら通用しなかったらしい。流石ハイターに育てられただけはある。二番煎じは通用しなかった。そういえば私も旅の途中によく飴をもらっていたっけ。ヒンメルからお母さんかな、といわれるほど。途中から恥ずかしくなってもらわなくなったが、フェルンも同じなのかもしれない。

 

 

「何をしていたの?」

「魔力操作の訓練です。昨日フリーレン様が大事だと教えて下さったので」

 

 

ごほん、と一度咳払いをした後気を取り直してそう尋ねる。フェルンは座り込んだままそう答えてくる。見れば体外に流れている魔力がほとんど見られない。魔力を操作して抑えているのだろう。魔力操作という魔法使いの基礎訓練。昨日フェルンに教えた長距離魔法の習得に必要な要素の一つでもある。だが

 

 

「そうだね。上手くできているよ。その歳で大したものだ」

 

 

その練度に、いや才能に感服するしかない。昨日の時点で分かっていたことだがこの歳でこれだけの魔力操作の技術。一体どれだけの研鑽を積んでいるのか。しかも独力で。これから成長すれば一体どれほどの高みに辿り着けるのか。それだけの逸材。

 

 

(フランメやゼーリエもこんな気持ちだったのかな……)

 

 

思い出すのは自らの師とその師匠。フェルンは私の弟子ではないが、優れた弟子を持った師匠はこんな気持ちなのかもしれない。自らを鍛えるのとはまた違う楽しさ。そういえばフランメが私をゼーリエのところに連れて行くときも妙に上機嫌だった。そういうことだったのだろう。もしこの先、私に弟子ができたとしたら同じようになるのだろうか。フランメはもういないから、見せに行くとしたらゼーリエか。いや、そんなことをしても煙たがられるだけか。そういえば魔王を倒してからも会ってなかった気がする。

 

 

「……当面の目標は長距離魔法の要素の鍛錬かな。ただ、それ以外のことも覚えていかないとね」

 

 

思考を切り替えながらそうフェルンに伝える。弟子には取れないが、ここにいる間は魔法を教える約束になっている。ならできるだけのことをこの子に教え込まなければ。まずは長距離魔法に必要な三つの要素の鍛錬。それ以外にも並行して行っていく必要があるものがある。

 

 

「それ以外のこと、でございますか?」

「そう。戦うことだけが魔法じゃないからね。フェルンは戦いに特化した魔法使いになりたいの?」

 

 

魔法使いは戦闘において絶大な力を持っている。戦う相手が人間であれ魔族であれ恐れられ畏怖されるほど。魔法使いは戦うことが常に求められていた。私自身もそうだった。魔族への復讐のために、奴らを根絶やしにするために研鑽を積んできた。だが今は魔王がいた時代ではない。戦いに特化した魔法使いが求められる時代は変わりつつあるのかもしれない。だから聞いておく必要があった。フェルンがどういう魔法使いになりたいのかを。

 

 

「それは……分かりません。ただ、早く一人前になりたいとは思っています」

 

 

迷いながらも、フェルンはそう答えを口にする。一人前になりたいという、ある意味抽象的な答え。だがその意味するところが何なのか私には分かる。何故なら私もフェルンと同じでほどほどに魔法が好きなのだから。フェルンは自分のためではなく誰かの、ハイターのために魔法使いになりたいと願っている。私たちとは違う、新しい世代の魔法使い。

 

 

「なら尚更だ。それに色んな魔法を使えた方が便利なんだよ。生活の役にも立つし、何より面白いからね」

 

 

それは戦闘以外の用途に使われる魔法。今は民間魔法と呼ばれている、一般人が魔法使いを連想するであろう魔法の数々。ある意味こちらが魔法の醍醐味と言って過言ではない。魔法使いを目指すならこれらを使えないなんて宝の持ち腐れでしかない。

 

 

「これは何ですか……?」

「私が集めた魔導書だよ。どれでも好きなのを選んでいいよ。ちゃんとおすすめを選んできたから」

 

 

むふー、と知らず自慢げになってしまいながら鞄の中身を御開帳。ここに来るまでの間に集めた魔導書の数々。その中でも私がおすすめ、厳選したコレクション。その凄さに圧倒されたのか、フェルンは目をぱちくりしながら魔導書を見つめている。きっと目移りしてしまっているんだろう。中々本を選ぶことができていない。フェルンは一体どれを選ぶのか。やっぱり私が選んであげた方がいいのか。そわそわして待っていると

 

 

「……ではこれを」

「『鳥を捕まえる魔法』か。堅実な物を選んできたね。まあ今のフェルンが覚えるにはちょうどいいか。旅をするなら役にも立つしね」

 

 

どこか恐る恐る、こちらの様子を窺うようにフェルンは一冊の本を選び出す。それは『鳥を捕まえる魔法』オーソドックスでありながらも対象を見つけ、それを捕らえるという奇しくもフェルンが目指している長距離魔法に必要な要素が詰まっている魔法でもある。それを分かって選んでいるのだとしたら大したものだが偶然だろう。他にも面白い魔法がたくさんあるのだが、きっと遠慮してしまったに違いない。

 

 

「そういえば……フェルンは何か使える魔法はある? 参考にするからあれば見せてほしいんだけど」

 

 

さっそく魔法を教えようと逸るも、そういえばと思いとどまる。長距離魔法以外にも何か使える魔法があれば見せてもらいたいとフェルンに確認する。これらの民間魔法は技術ももちろんだがイメージが重要になってくる。それがどれくらいできるかを確認するには実際に魔法を使ってもらうのが一番手っ取り早い。

 

 

「使える魔法、ですか……分かりました」

 

 

一度思案しながらもフェルンは静かに目を閉じ集中し始める。魔力が流れ、形を成していく。

 

 

――――瞬間、一面に青い花が咲き乱れた。

 

 

「――――」

 

 

ただ息を飲んだ。いや、呼吸を忘れてしまったのかもしれない。それほどに、その花々は美しかった。どこか幻想的な、全てを包み込んでしまうような温かさを感じる、青い花びらが舞う光景。まるで花の湖の中にいるかのような感覚。

 

 

同時に思い出すのは二つの記憶。一つはずっと昔、今は亡き師に教えてもらった、彼女が一番好きだった魔法。

 

もう一つが、仲間たちと一緒に見た花畑。とても下らなくて、楽しかった思い出。私の魔法を褒めてくれた、馬鹿な仲間たち。

 

フランメから受け継いた、私がヒンメルと出会えたきっかけの魔法。

 

 

『花畑を出す魔法』

 

 

「……フリーレン様?」

 

 

知らず呆然としてしまっていたのか。フェルンの声によって我に返る。まるで夢を見ていたかのような感覚に包まれてしまっていた。

 

 

「……ごめん、ちょっとぼーっとしてた。フェルン、これは」

「『花畑を出す魔法』です。何か間違っていたでしょうか……?」

「いいや、そんなことはないよ。完璧な魔法だ」

 

 

そんな私の態度を勘違いしたのか、どこか不安そうなフェルンに笑いながら答える。文句のつけようのない完璧な魔法だった。これなら他の魔法もきっと苦も無く覚えることができるだろう。才能だけでは現わせない、フェルンの魔法使いとしての力。

 

 

「綺麗な花だね。でも見たことない花だ……これは何て花なの?」

 

 

それに感嘆しながらも知らずその青い花を手に取ってしまう。私も色々な花を出せるように見てきたつもりだが初めて見る花だった。この辺りでしか生息していない花なのだろうか。そんな私の疑問は

 

 

「蒼月草の花だそうです。綺麗ですよね。私も初めて見た時驚きました」

 

 

フェルンによって告げられた花の名前によって完全に吹き飛ばされてしまった。

 

 

「蒼月草……これが」

 

 

思わず手に持った花を凝視してしまう。蒼月草。それは旅をしていた頃、ヒンメルに教えてもらった花の名前。彼の故郷の花。いつか私に見せたい、と言っていた約束の花。まさかそれがこんな形で果たされるなんて。こんな偶然があるのか。

 

 

(確かに綺麗な花だね……ヒンメルよりずっとね)

 

 

自分ほどの美しさではないとナルシストっぷりを発揮していたヒンメルの姿を思い出して思わず笑みを浮かべてしまう。一緒に見ることは叶わなかったが、ヒンメルのことをまた一つ、知ることができた気がする。

 

 

「この花はこの辺りに咲いているの?」

「いいえ、この辺りに咲いている花ではありません。何でも何十年も前に絶滅してしまった物だとハイター様が」

「なら何でフェルンはこの花を出せたの? 見たことのない花は魔法では出せないのに」

 

 

それは単純な疑問。魔法はイメージであり、技術でもある。見たこともない、分析したことのない花を生み出すことはできない。絶滅してしまっている花ならば尚のこと。ならフェルンは一体どこでこの花を見たのか。それは

 

 

「それは……この魔法を教えていただいた方に見せてもらったので。アウラ様という方だったのですが」

 

 

私が想像し得る中でも、絶対にあり得ない理由によるものだった。

 

 

「……アウラ? それって人間の魔法使い?」

 

 

その名を反芻しながら、そう尋ねるしかない。聞き間違いだろうか。いやただの勘違いだろう。ただ偶然同じ名前の人間の魔法使いのことに違いない。だがそんな私の考えは

 

 

「? いいえ、人間ではなく魔族の方です」

 

 

間違いであったことを思い知らされる。いや、正しかったのだと。アウラという名の魔族など私が知る限り一人しかいない。同時にそれを当たり前のように答えるフェルンの異常さ。いや、フェルンはそもそも魔族がどういう存在かきちんと理解していないだけかもしれない。

 

 

「……まさか、本当に断頭台の……? 何であいつがここに」

「それは……アウラ様はハイター様に用があったご様子で。でも懇意にされているようでした。お付きの方も一緒で、一月ほどここで過ごされていったのですが……フリーレン様もご存じだったのですか?」

 

 

私の反応が予想外だったのか、さっきまでとは違う意味でこちらを窺いながらフェルンはそう続ける。その内容も想像をかけ離れたものだった。フェルンはまだ分かる。子供故の無知。しかしハイターまではあり得ない。魔王を倒した勇者一行の僧侶であるハイターが魔族に欺かれるなど。一体何が。瞬間、ようやく思い出す。それを為し得る力が断頭台のアウラにはあったことを。

 

 

「フリーレン様……?」

 

 

フェルンが私の名を呼んでいる。だがそれは私の耳にはもはや届いていなかった。私は私を作り替える。魔族によって呼ばれている、葬送の私へと。ただ魔族を殺すために魔法を貶めている卑怯者に。

 

 

その手に杖を持つ。魔力は既に通っている。その切っ先をフェルンへと突きつける。無慈悲に、抵抗する間もなく。

 

 

「……え?」

 

 

葬送のフリーレンはそのまま、フェルンへと不可避の魔法を解き放った――――

 

 

 




作者です。第十五話を投稿させて頂きました。
このSSではやっと初めてのフリーレン登場回となります。葬送のフリーレンのSSでここまで主人公が直接出てこないのは珍しいかもしれません。その関係もあって投稿が遅れるかと思いましたが思ったよりも早めにできてよかったです。少しでも原作に近い雰囲気を再現できていれば嬉しいです。それでは。
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