ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十四話 「敬意」

「まさかそちらから来られるとは思いませんでした。デンケン様。フリーレン様」

 

 

嘘ではなく、本心でそう告げる。自らにとっても予想外の光景がそこにはあった。デンケン様にフリーレン。自分が標的としている二人の魔法使いが、まるで待ち構えているようにいたのだから。理解できない。本来なら自分から少しでも離れて逃げなければならないはず。なのに自ら姿を現すなど。やはり人間は理解できない行動ばかりする生き物だ。だがだからこそ面白い。俺たちにはない何かを持っているのだろう。

 

 

「様付けは必要ないって言ったはずだよ」

「そうでしたね。失礼しました。どちらにせよ、交渉は決裂のようですが」

「よく言うよ。初めからそんなつもりなかったくせに」

 

 

人間ではないエルフ、フリーレンが不快そうに告げてくる。どうやら自分の言葉遣いが、態度が気に入らなかったらしい。ここヴァイゼで身に着けた人間の擬態。敬意という、忠誠にも似た概念に基づくもの。ただそれだけで人間たちは簡単に騙されてしまう。しかしフリーレンは違うのだろう。自分の、魔族の嘘を的確に見抜いてくる。それだけ魔族を葬ってきたということだろう。しかし交渉に、命乞いに来たわけではないらしい。その証拠に

 

 

「しかし理解できない。ここにわざわざ来たこともですが、その魔力……前会った時には制限していたということですか。何故そんな意味のないことを?」

 

 

立ち昇るほどの、強力な魔力をフリーレンは纏っている。ただの魔力ではない。洗練された、大魔族の自分に匹敵するような魔力。だからこそ分からない。何故それを隠していたのか。交渉の時とは比べ物にならない。どうしてそんな意味のないことをしていたのか。生き物としても、魔法使いとしても無駄でしかない。

 

 

「それが答えだよ。魔族(おまえ)たちには理解できないことだからだ。悪意と同じでね」

 

 

そんな私の疑問に、まるでどうでもいい、つまらないことだと言わんばかりにフリーレンは答える。その答えもまた理解できないもの。意味などないのかもしれない。いや、自分には理解できない類のことか。不合理に見えても、人類にとってはそうではないのだろう。

 

 

「なるほど面白い。どうやら何の勝算もなく、ここにやってきたわけではないようですね」

 

 

少なくとも、目の前の魔法使いは侮れる相手ではない。自分と戦いになる可能性がある敵だ。一体いつ以来だろうか。戦いの気配を、魔族としての本能を刺激されるのは。それは既視感だった。目の前の光景が、いつかの記憶と重なる。それは

 

 

「その魔法、見覚えがあります。あのエルフが使っていた物と同じ。ならやはり貴方はあのエルフの弟子だったのですね」

 

 

かつての、大魔法使いと名乗っていたエルフとの戦いの記憶。それと目の前のフリーレンが重なる。同じエルフだからではない。その体に纏っている、使っている魔法によって。恐らくは魔法を反射する魔法。自分の魔法すら跳ね返してくる、警戒しなければならないもの。こんな魔法を使ってくるとは。だとしたら何故あの時それを使わなかったのか。そもそも交渉などという無駄なことをせずに力づくで排除しようとすればいいものを。

 

いや、考えるだけ無駄だろう。このエルフの考えは自分には理解できない。分かるのはそう、フリーレンがあのエルフの関係者、恐らくは弟子にあたるのだということ。でなければあまりにもできすぎている。

 

 

「私はあいつの弟子なんかじゃないよ。でも弟子、か……魔族からそんな言葉が出るなんてね」

 

 

だがそれは違っていたらしい。どころか先と同じように不快感を示している。知り合いではあるのだろうが、関係は良好ではないということか。加えて自分がその言葉を使ったことの方が気になったようだ。確かにそうか。普通の魔族なら使わない言葉、概念だろう。自分もまたデンケン様と師弟関係でなければ、知ることがなかったものなのは確かだ。そんな中

 

 

「そういえば、結界を壊した奴は一緒じゃないの? 姿が見えないけど」

 

 

唐突に、何の脈絡もなく、知るはずのないことをフリーレンは当然のことのように自分に問いかけてきた。

 

 

「何のことですか? 結界は私が破壊しました。他には誰も」

「下らない嘘は必要ない。あれはお前には壊せない。でも一緒じゃないのは分かったよ。好都合だ」

「…………」

 

 

息を吐くように嘘をつくも、それは全く通じない。どころか嘘をついたことで逆にそれを見破られてしまう。自分があの結界を壊せなかったことも、ソリテールの存在も。もしあいつがここにいれば、嬉々として目の前のエルフと話をしようとしただろう。見なくても分かる。あの実験好きがこんな機会を逃すとは。今頃悔しがっているに違いない。そんな下らないことが頭によぎるも

 

 

「マハトよ。今すぐ黄金郷に戻れ。そうすればまだ間に合う」

 

 

それまでフリーレンの横に控えていたデンケン様が、私に向かってそう告げてくる。いつもと変わらぬ、その瞳で。しかしそれは先までの交渉の時とは違っていた。空気も、魔力も。私に対する、明確な敵対行為。

 

 

「戻る、ですか。しかしもう結界はありません。私を封じることもできない。それに従う理由も。交渉にすらなっていませんよ、デンケン様?」

 

 

それを受け流しながら、まるでかつての指導のようにデンケン様に諭す。それがいかに愚かなことか。無駄なことか。それが分からないデンケン様ではない。この方は聡いお方だ。私が教えるまでもなく、それを理解しているはず。だというのに

 

 

「これは交渉ではない。命令だ。この地を管理する魔法使いとしての」

 

 

それを受け入れようとはしない。まるで幼きあの頃のように。その容姿は老い、声も変わってしまっても。やはりこの方は変わらないのだろう。黄金になったわけでもないのに。

 

 

「それに従わないのなら、お前をここで排除せねばならん。人類の敵として」

 

 

その手に杖を手にしながら宣告される。私の敵となると。排除すると。そこに嘘はない。魔族である私には、いや俺だからこそそれが分かる。相反する二つの感情が湧き上がってくる。歓喜と失望。そのどちらが本当なのか。

 

 

「……正気ですか。恐れながら、まるで勝負になるかのような言い方ですね」

 

 

それが失望の理由。呆れと言い換えてもいい。私を敵にする、挑むことの浅はかさ。そもそもそれは無駄なことだ。本当ならこうして目の前にいることすら間違い。最善なのは少しでも遠くへ逃げることだというのに。魔法使いとしての本能。決して覆らない魔法使いとしての差が、自分とデンケン様の間にはある。短い寿命しか持たない、人間では到達できない遥か高み。

 

 

「二人がかりなら勝てるとお思いですか? 彼女、フリーレンは確かに優れた魔法使いのようですが、あのエルフには及ばない。右腕も黄金のまま。まともに戦うことはできないでしょう」

 

 

その気の迷いも、もしかすれば目の前のフリーレンのせいなのかもしれない。自分と同じく、人間ではない高みにいるであろう魔法使い。しかしそれでも自分には及ばない。かつてのエルフ、ゼーリエにも。加えて今は右腕を失ってしまっている。まともに戦えるかどうかすら怪しい。何よりも

 

 

「その魔法の弱点も知っています。今この瞬間も膨大な魔力を消費し続けている。私は万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)を使い続けながらでも三日三晩は戦えます。貴方たちはどうですか?」

 

 

その魔力消費が致命的だった。恐らくは自分の魔法すら跳ね返す強力な魔法が故の代償だろう。膨大な魔力が今この瞬間も消費され続けている。しかも自分だけではなく、デンケン様も含めた二人分。いつ自分が万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)を使ってくるか分からないが故の常時展開の弊害。確かに魔力量はあのゼーリエと同等だが、それでは長くは保つまい。対して自分はその呪い返しを相殺しながらも三日は戦える。魔力だけではなく、体力の、生き物としての身体能力の差もある。勝算など欠片もない。本当なら命乞いをしなけれならない場面。だというのに

 

 

「やってみなければ分からん。儂は昔から諦めが悪いからな」

「存じております」

 

 

デンケン様は諦めることはない。思わず笑みが零れる。今も変わっていない。それが歓喜の理由。まだ自分にも、黄金郷の中にあっても、変わらないものが残っている。面白い。もしやこうなることを、あいつも見通していたのだろうか。奇しくもそれは

 

 

「最後に一つだけ質問する。黄金のマハト。お前はグリュックのことをどう思っている?」

 

 

まるで先の話し合い、交渉の場の続きのように振舞っている、フリーレンの問いかけと全く同じだった。

 

 

「……また交渉の真似事ですが? 命乞いであればもっと他に」

「いいから答えろ。嘘でも構わない。そうすれば、かつて勇者ヒンメルがアウラと共存していた理由を教えてやる」

 

 

自分もまたグリュックのことを考えていたことを誤魔化すために、また嘘をつく。だがそれすらもどうもいいのか。嘘でもいいから答えろと迫ってくる。理解できない。そんなことを答えて何の意味があるのか。これから戦いを、殺し合いを始めようとしている最中に。そう、そもそもこの状況そのものがおかしいのだ。今も呪い返しの魔法のせいで魔力を消費し続けているというのに、何故こんな話を。何か他に狙いがあるのか。しかし自分には思いつかない。ならいいだろう。

 

 

「勇者ヒンメル……なるほど、興味深い。ぜひともお聞きしたいものです」

 

 

その無駄なお話に乗ってやることにする。まるでソリテールに倣うように。きっとそれはあの女が好むに違いない内容だった。個人的にも興味がある。勇者ヒンメル。魔王を打倒した人間。そして断頭台のアウラを従え、共存を仕込んだ存在。そんな人間が何を考えていたのか。自分にとっても何か参考になるかもしれない。

 

 

「そうですね……一言で言えば、面白い人間でした。命乞いではなく、魔族である私を利用しようとする人間など初めてでしたから」

 

 

さして考えることもなく、ただ思ったことを口にする。魔族としてはあるまじき行為なのだろうが他意はない。こんなことに嘘をつく必要もない。思い出すのはかつてのグリュックとの出会い。命乞いをするでもなく、自分を利用しようとしてきた変わり者。それを面白いと思った。利用価値があると。人間と魔族であっても変わらない、利害関係。互いが互いを利用し合うもの。それからの日々。最後までそれは変わらなかった。ならそれが相応しいだろう。

 

 

「それで? こんなことに何の意味があるのです?」

 

 

下らないお喋りはここまで。言う通りにしてやったが、やはり何の意図もつかめない。何も感じない。やはり自分は理解できないのだろう。だというのに

 

 

「…………いや、十分だ。約束通り教えよう。あの二人が一緒に生きたのは、それが楽しかったからだ」

 

 

葬送のフリーレンにとってはそうではなかったのだろう。そのまま嘘をつくことなく、約束を守ってくる。かつてのグリュックのように。だがその答えは、自分にとっては理解できない言葉だった。

 

 

「……? それは一体」

 

 

ただ困惑するしかない。言葉の意味が理解できない。いや、それ自体は知っている。楽しい。それは魔族にもある感情だ。だが分からない。何故それが今ここで出てくるのか。その言葉の意味が、入ってこない。もしかしたら、人間が魔族の言葉を理解できないのは、こういうことなのかもしれない。そう思ってしまうほどの齟齬。

 

 

「言葉通りだ。ヒンメルはあいつと一緒にいるのが楽しかったから、そうしていた。友達だからだ。アウラもそれは同じだ。もっともあいつは素直じゃないから、悪くなかったなんて嘘をついていたみたいだけど」

 

 

だというのに、ただ呆然とその言葉を聞き続ける。楽しかったから。それが勇者ヒンメルと断頭台のアウラの共存の理由。あり得ない。何だそれは。理解できない。何故そんなことで。互いに理解し合えなければ、共存などできないはずなのに。魔族には理解できない悪意や罪悪感。それを知ることができれば、知らなければ共存などできるはずがない。だから俺は求めた。そのためにあいつを利用した。そんな俺をあいつも利用したのだ。なのに

 

 

『楽しかったよ。マハト』

 

 

俺が全てをぶち壊そうとしたあの時、あいつは笑っていた。自分が黄金にされようとしているというのに。それを最初から分かっていたかのように。それに心底驚いた。意外だった。その瞬間、命乞いを、罵られると思っていたのに。あいつは楽しそうに笑っていたのだ。あの時俺は何と答えたのか。それは────

 

 

「形は違えどマハト、お前も同じだ」

 

 

フリーレンの声によって現実に呼び戻される。まるで夢から覚めたように。いや、それは今も続いているのかもしれない。

 

 

「認めよう。お前は他の魔族達(ばけもの)とは違う」

 

 

そう疑ってしまうような言葉が、目の前の女から告げられる。恐らく、それは賞賛なのだろう。いや、敬意か。それは嘘なのか本当なのか。俺には分からない。分かるのは

 

 

「私の知る限り、人類にこれほど歩み寄った魔族はお前で三人目だ」

 

 

今自分が、葬送のフリーレンに認められたということだけ。アウラと同じように。そしてもう一人、同じように認められた魔族がいたのだと。

 

 

「でもお前は理想郷(フリージア)に辿り着くことはない。私がそれを許さない。お前に、あの二人の夢を黄金に変えさせるわけにはいかない」

 

 

だがそれは共存を意味しない。少なくとも、俺とフリーレンの間にそれはない。あるのは争いだけ。デンケン様と同じように杖を持ち、それを突きつけながらの宣戦布告。共存という名の殺し合い。恐らくはソリテールが望んでいるであろう実験の結末。

 

 

「なるほど、面白い。ならこれは五十年前の、あのエルフとの戦いの続きということか」

 

 

ならばそれに乗ってやろう。そうだ。そうすれば、さっき辿り着きかけた答えを得ることができる。そんな予感がある。今俺は戦いを前にしてそれが楽しいと感じている。五十年振りだ。ならこれはあの時の続き。その答えを見せてほしい。

 

 

「残念だけどそれは違うよ。私にとっては六百年振りかな。思い出させてあげるよ、マハト」

 

 

マハトは知らなかった。忘れてしまっていた。これは再開ではなく、再現。そしてフリーレンにとっては再戦なのだということを。

 

 

それが『黄金』の戦いの始まり。かつて『全知』が、『無名』が挑み敗れた、魔族の存亡を懸けた戦いであり、敗戦処理であり、千年後の魔族のための戦いの続きだった────

 

 

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