ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十五話 『師弟』

(……やりにくいな)

 

 

目の前の魔法使い、フリーレンを相手にしながらそう感じる。脅威を感じているのではない。ただやりにくい。

 

あれだけの大見得を切ったにも関わらず。フリーレンは戦いが始まってから防戦一方。自分から距離を取り続けている。決して俺の間合いに入り込んでこない。後方に下がりながら、ゾルトラークを放ち続けている。瞬時に自らの外套を黄金に変え、盾にしてそれを捌いていく。人間とは違い、物であれば俺は黄金に変えた物を自在に変化させられる。それは決して破壊されない盾にも矛にもなる。本物ではない、偽物の黄金だからこそ。

 

盾から矛。剣に黄金を変じながらフリーレンへと斬りかかるも、それは防御魔法によって防がれる。同時に接近を嫌うように、再びゾルトラークで自分をいなし、距離を取る。もう何度目になるか分からないやり取り。

 

 

(これは敵を殺すための戦い方ではない……何か別の狙いがある。それにまるでこれは)

 

 

この戦い方に覚えがある。そうだ。つい先日、似たような戦い方をしてきた魔法使いがいた。命知らずにも黄金郷に入り込んできたゴーレム使い。それとフリーレンの動きが重なる。なら狙いは時間稼ぎか。あの魔法使いも、俺の記憶を盗むことを目的としていた。ならフリーレンも直接俺を倒すのではなく、何か他の狙いがあるのか。

 

しかしそれも時間の問題だ。右腕が使えなくなっている影響は計り知れない。使えないだけではなく、重しとなっている。動きに制限が、洗練さが欠けている。これを狙って右腕を黄金に変えたわけではないが、皮肉な物だ。結果的にフリーレンはそれによって追い詰められている。本来の実力を発揮できれば、もっと善戦できただろうが。その戦い方もただやりにくいだけだ。すぐに決着がつく。やはり戦いなどつまらない。そう落胆しかけるも

 

 

「よそ見している余裕がお前にあるの? お前の相手は私だけじゃない」

 

 

それを見抜いているかのような、葬送の魔法使いの忠告によってそれは破られた。

 

 

「────」

 

 

それは光の矢だった。絶え間のない無数の矢が自分に向かって放たれてくる。瞬時にその場を離れながら、剣を盾に変え矢を払っていく。驚きはなかった。何故ならその魔法を、俺は数えきれないほど見てきたのだから。裁きの光を放つ魔法(カタストラーヴィア)。デンケン様が得意としている魔法。

 

フリーレンを庇うように、そしてフリーレンとは対照的に。デンケン様はこちらへと攻め込んでくる。一見すれば無謀とも言える猛攻。それを前に今度はこちらが守勢に回る。だがそれは追いつめられてのものではない。確実にその隙を突くためのもの。同時に懐かしさを感じたからこそ。

 

 

「指導試合を思い出しますね。デンケン様」

 

 

デンケン様との攻防。それは五十年前、飽きるほどに繰り返してきた指導試合を思い出させるものだった。だからこそ、その結末も決まっている。その魔法も、動きも自分は熟知している。故に結果は決まっている。一度たりとも、デンケン様は自分に勝てたことはなかったのだから。

 

その隙もまた同じ。守勢から攻勢へ。刹那の隙を狙い、その背後を取る。手には黄金の剣。もはや回避は不可能。いつもならここで手を止めて終わるが、今は違う。これは指導ではない。本当の殺し合いなのだから。そのまま黄金の剣の裁きを振り下ろすも

 

 

「儂もだ。その動きも数えきれないほど見てきた」

 

 

それはまるで予知していたかのような防御魔法によって阻まれてしまった。そのことに少なからず驚いてしまう。以前はこんなことはなかった。しかしかつての記憶を上回る動きをデンケン様は見せてくる。だがその技術も、魔力のコントロールも格段に上がっている。俺の動きに付いてきている。黄金郷に封じられてからも鍛錬は怠っていない。つまりデンケン様の方が魔法使いとして五十年前よりも成長しているということ。魔族と人間の生きる時間の違いか。

 

それでもまだ俺には及ばない。元々の実力差に加えて、魔力の差、身体能力の差は如何ともし難い。純粋な魔法使いとしての実力の差。しかしそれを補い、覆し得るのが葬送のフリーレンだった。

 

その魔法が俺の動きを制限し、邪魔してくる。届き得る俺の攻撃を防ぎ、届かないはずのデンケン様の攻撃を導く。俺とデンケン様の溝を埋めるかのように。その手練手管は間違いなく熟練の魔法使いのそれだ。片腕を失っているとは思えないもの。それを防ぐためにフリーレンを狙えばその隙をデンケン様が。デンケン様を狙えばフリーレンがその隙を突いてくる。本当にやりにくい。前衛と後衛。人類が得意とする連携だったか。

 

久しく忘れてしまっていた。万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)があれば、その全てが無意味になる。戦いにすらならなかった。俺は本当に久方ぶりに戦いに身を置いている。

 

 

(面白い。俺は今、戦いを楽しいと感じている)

 

 

それは偽りない俺の感情だ。つまらなさも、退屈もない。俺は今楽しんでいる。狩りを楽しむ獣のように。魔法を競い合うことを魔族として。だがそれだけではない。今まで感じたことのない感情がそれに含まれている。それが何なのか。分からない。もどかしい。だがそれが楽しい。目の前の二人の魔法使いたち。その強さ、扱う魔法が俺をそうさせるのか。

 

 

人を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 

旧友が生み出した偉大なる魔族の魔法。人間たちが一般攻撃魔法だとしているもの。それが人間の戦場を席巻しているというのは本当らしい。俺はそれを人類よりも遥かに上手く扱える自負があった。しかしそれは驕りだったのだろう。

 

二人が扱うそれは最早別物だ。その速度も、精度も。自分が知るそれとは。俺でも反応し切れない物が出てしまうほどに。

 

 

『魔法技術を共有し、進化させる群れとしての強さ。それこそが人類の素晴らしさなの』

 

 

得意げに高説を垂れていたソリテールの姿が脳裏に浮かぶ。人類の魔法の歴史。その進化。その時は世迷言だと聞き流していたが、どうやら間違いだったらしい。俺の相手は目の前の二人だけではない。人類の魔法の歴史そのもの。魔族(俺たち)にはないもの。

 

 

「何を驚いているの? 言ったはずだよ。私たちが相手だって。嘘はついていない」

「なるほど。しかし驚いたのは別のことです。まるで初めてとは思えない連携だったので」

 

 

そんな俺の逡巡をどう捉えたのか。デンケン様の後ろに控えながら、一部の隙も見せずにこちらを捉えているフリーレン。なるほど。ソリテールの忠告通りなら、俺を殺せる可能性があるというのも満更嘘でもないのだろう。右腕を封じているなら恐れるに足らないと考えていたが、それも改める必要がある。デンケン様との連携。それによってまるで一つの生き物のように完成されている。一朝一夕でできることではない。確かフリーレンがここへやってきたのはつい数日前のはず。なのにそんなことが可能なのか。

 

 

「そうだね。私も昔は得意じゃなかったんだけどね。最近こういう戦い方も慣れてきたんだよ」

 

 

動かない右腕を庇いながらも、左手で杖を扱いながらフリーレンはそう答えてくる。そのことに少なからず違和感を覚える。そう、それは言葉だ。会話だと言い換えても良い。目の前の葬送のフリーレンは人類の中で最も魔族に近い存在だろう。俺たちが言葉を発するだけの獣だと知っている。なのに何故まだそれを続けているのか。無駄でしかないというのに。

 

 

「それにデンケンが私に背中を預けてくれてるからね。それに応えるだけだ」

 

 

まるでそれを伝えるように、フリーレンは言葉を口にしてくる。背中を預ける。他者に命を預ける行為。魔族ではあり得ない愚かなこと。だがそれが今、目の前で起きている。それによって本来なら及ばないはずの自分と争うことができている。否定することができない結果として。

 

 

「強くなりましたね。デンケン様」

 

 

それに思わず笑みが零れてしまう。魔法使いとして。魔族として。目の前の一人の魔法使いとして、魔法を究めんとする者同士として。デンケン様が高みに登っていることを。それと競い合えることに。殺し合えることに。

 

 

「儂はこの時のために研鑽を積んできた。だが儂は一人ではない。それが儂ら人類の強さでもある」

 

 

それを前にして、油断も驕りもなくデンケン様は告げる。本当に昔と変わらない。魔族であればもっと自らの力を誇示するというのに。この方はそれがない。それが魔族ではない、人類の強さ。

 

 

「種としての、群体としての強さ、でしたか。だがそれでも私には届かない。例えフリーレンがいたとしても」

 

 

かつてソリテールに学んだ人類の生態。それは確かにあるのだろう。だがそれでも俺には届かない。大魔族として、生物として俺に劣っているのは覆しようのない事実だ。例え葬送のフリーレンがいたとしてもそれは変わらない。そもそも今こうして話しているだけで、俺は優勢なのだから。

 

持久戦。消耗戦になればフリーレンたちに勝ち目はない。今も俺は万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)を使い続けている。フリーレンに呪い返しを使わせるために。それが見えない、探知できないフリーレンは常にそれを展開し、相殺し続けるしかない。見れば分かる。膨大な魔力が消費されていることが。当然だ。二人分の呪い返しに加え、俺との戦闘における魔法の消費。既に魔力の三割は失われている。このままでは半刻も保たないだろう。そうなればその瞬間、決着がつく。その連携も、俺の魔法の前では意味を為さない。

 

 

だというのに、デンケン様の目は変わっていない。かつて何度自分に敗れても挑んできた、あの頃と同じ瞳。勝ちに行く目だ。

 

 

「やっぱり魔族は駄目だね。弟子は師匠を超えていくものだ」

 

 

まるでそれを見透かしたように、フリーレンはそう伝えてくる。弟子は師を超えるのだと。そんな荒唐無稽な、何の根拠も合理性もない主張。しかしそれに思わず耳を傾けてしまう。それが言葉であるが故に、俺はそれを理解しようとしてしまう。ただの鳴き真似でしかないはずの言葉に。

 

 

『君はあの子の師であり、打ち倒すべき敵だ。そうあり続けてくれ』

 

 

それがグリュックの言葉だった。その時にはその意味が分からなかった。人間にはそういう習性があるのだとしか。しかし今は違う。そうか。こうなることを、あいつは分かっていたのか。まるでシュラハトのような予言を。いや、これは魔法ではない。経験と知識だ。魔族にはないもの。短命種だからこそ持ち得る概念。

 

ならこの感情もそうなのか。デンケン様の成長を喜び、楽しいと思うこの感情は。人間なら師として、弟子の成長を喜ぶものなのだろう。魔族の俺が。魔族として、競うべき、倒すべき相手がいることの喜びとそれのどこか違うのか。

 

 

「デンケン様……なぜ今戻ってこられたのですか? もっと若かりし頃であれば、今よりも可能性はあったでしょうに」

 

 

それはただの疑問だった。相手を騙すための物ではない。魔族らしからぬ、本音の吐露。デンケン様がここ黄金郷に戻られてから、疑問に思いながら尋ねることができないでいたこと。この方が諦めが悪いことは分かっている。いずれ戻ってくるであろうことは分かっていた。でもなぜ今なのか。もっと若い頃であれば、今よりもその可能性は上がっただろうに。技術や経験は別としても、人間は寿命が限られている。老化するにつれて、身体能力も思考力も衰えていく。短命種の宿命。それが分からないデンケン様ではない。なのに何故。

 

 

「随分お喋りだね。話し合いなんて無駄なんじゃなかったの」

 

 

そんな俺の疑問にフリーレンが指摘してくる。俺らしくない、いや魔族らしくないと。その通りだ。これではまるでソリテールのようだ。意味のない言葉のやり取り。会話など無駄でしかない。ましてや戦いの最中に。

 

 

「ただの興味です。悪くはないでしょう? そちらとしても寿命が延びるのですから」

「まったく、慈悲深くて涙が出そうだ」

 

 

それに嘘をつく。誤魔化す。体のいい言い訳をする。息を吐くように。それに

 

 

「……思い出したからだ」

 

 

一度目を閉じながら、デンケン様はその答えを口にした。

 

 

「思い出した……? 何をです?」

「かつてのここ、ヴァイゼでの日々を。レクテューレがいて、グリュック様がいた。そこでお前と共に過ごした日々が、俺にとっては幸せな日々だったことを。ようやくだ」

 

 

それは俺には理解できないことだった。その言葉の意味だけではない。それがどうしてここに戻ってこない理由になるのか。それが理解できない。いや違う。それを理解できないことに、何かを感じている。

 

 

「幸せ……ですか? ならなぜそんな顔をするのです。グリュック様も仰っていました。デンケン様はここへ戻ってくるのが辛いから戻ってこないのだと。なら」

 

 

幸せ。幸福。楽しい。それが人間の概念だったはず。それは魔族にもある。自らの欲求が、本能が満たされる感覚。デンケン様にとって、それはかつてのここヴァイゼでの日々だったのだろう。だからこそ分からない。何故それが戻ってこない理由になるのか。かつてグリュックが言っていた。デンケン様は妻であるレクテューレ様が死んだのが辛く、戻ってこないのだと。

 

俺には分からなかった。もういなくなってしまった人間をどうして気にするのか。グリュックに言われるがままに行動しても。これもまた同じなのか。幸せなら、楽しかったのならどうして戻ってこないのか。グリュックは俺に嘘をついていたのか。

 

 

「…………そうか。分からないのか。哀れだね。デンケン。ヒンメルならきっと思い出してもいいんだって、言ってくれるよ」

 

 

それにフリーレンはそう漏らしている。哀れだと。その言葉にかつての記憶が蘇る。俺にとっては始まりでもある、あの日の光景。魔族である俺を憐れんでいた、神父の姿。それを前にして、何かが騒ぎ出す。何かが掴めそうな、あの感覚。今目の前にそれが、手の届く場所にある。それは

 

 

「ああ、感謝する。フリーレン」

 

 

やはり自分にとってデンケン様は特別だったのだ。そう、全てはこの時のため。親しい者を殺せば、それに手が届く。そうすれば俺は知ることができるはずなのだ。葬送のフリーレンがそう言っていたように。そのためなら命も惜しくはない。知らない感情のためなら。共存のためなら。報いを受けるためなら。

 

 

「ならばデンケン様……貴方を殺した時にこそ、私は罪を知ることができるのかもしれません」

 

 

そのためになら、弟子である、俺にとって残された唯一の親しい者となったこの方を手にかけることも。黄金に変えることなく、自らの手で。

 

 

「それは叶いはせん。勝つのは儂らだからだ」

「魔王軍、七崩賢黄金郷のマハト。参る」

 

 

それは五十年前の続き。魔族の存亡を懸けた戦いでも、敗戦処理でも、千年後の魔族のための戦いでもない。二人の師弟の戦いだった────

 

 

 

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