ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十六話 「報い」

(条件は整った。これからが正念場だね)

 

 

息をつき、額の汗を拭いながら片手で杖を握り直す。万全とは程遠い状態。本来ならマハトと戦うなど自殺行為、無駄死にでしかない。だがそれは私一人ならの話だ。自分の前にいるデンケン。そのおかげで私はまだ戦えている。予想よりも遥かに善戦する形で。及第点以上だろう。それはマハトを師としている、弟子であるデンケンだからこそ。その動きを先読みできている。私はそのデンケンの動きを援護すればいい。後衛を務める形。奇しくも、かつてのリーニエとの共闘を思い出す。まさかまたこんな戦いを大魔族相手にするとは。運命というのは面白い。

 

だが決してそれは楽観できるものではない。自分たちが劣勢、挑む側であることは変わらないのだから。

 

 

万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)……やっぱりとんでもない魔法だね。だから大魔族との戦いは嫌いなんだ)

 

 

かつてのアウラやソリテール。大魔族との戦いと同じだ。特に七崩賢の魔法はそれが顕著だ。戦いのルールを捻じ曲げる、押し付けてくるような戦い方。それによってこちらの動きは制限されてしまう。呪い返しの魔法(ミスティルジーラ)の魔力の消費とリソースを奪われる形で。奇しくもソリテールの時と同じ。短期決戦しか自分たちに勝機はない。

 

 

(あいつとの戦いも無駄にはならなかったかな)

 

 

かつてのアウラへの対策。魔力の消費の偽装と体外に放出される魔力の偽装の解除。こちらの魔力を晒し、油断を誘い、騙すため。それが私の戦い方。マハトに対してもそれは有効だ。現にそれは上手くいっている。その証拠にマハトは正面から、逃げることなく戦いを挑んできている。逃げれば、消耗戦に持ち込めば戦いにすらならないというのに。それが逃れられない魔族の性。魔法使いとしての誇り。師匠(せんせい)曰く、クソみたいな油断と驕りによって。

 

 

(でも油断は禁物だね。もう同じ失敗は繰り返せない)

 

 

自らを戒める。かつての敗戦。それによって自分も例外ではないことを思い知らされた。目の前のマハトもまた異端なのだから。既に条件は整った。私には二つの切り札がある。

 

一つが人を殺す魔法(ゾルトラーク)。通常のものではない、高圧縮のゾルトラークだ。それをあえてまだ一度も使ってない。デンケンとも打ち合わせ済み。初見の騙し討ちのため。マハトの防御はある意味ソリテールすら超えている。黄金の盾は絶対破壊できない硬度を誇る。加えて人類の防御魔法まで使ってくる。それを掻い潜り打ち抜かなければならない。本当の切り札は勝てると確信した時に使う物。かつてマハト自身がデンケンに教えたことでもある。

 

二つ目が万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)の解除、いや解呪だ。その解析が今完了した。目の前でそれを使い続けてくれたおかげで。記憶の解析とは比べ物にならない、実際の目視での観測によって。今の私は右腕だけではない、ここ黄金郷すら元に戻せる。それによって油断を、隙を作り出す。いきなり右腕を使うことで、それまでの動きと誤認させ、欺いて殺す。魔力の偽装と理屈は同じだ。

 

後はタイミングだ。戦闘の最中、極限状態の中でこそそれが生きる。獲物を狩る瞬間が、勝利を確信した瞬間こそが最大の隙だからだ。それまで耐えること。マハトに対する問答もそれが目的だ。マハトをこの場に留めるための、いわば命乞い。人の心がないと揶揄されかねない行い。それでも。マハトに自分が捕食者であると思い込ませ、騙す事。それが今の私たちの戦い。

 

 

「魔王軍、七崩賢黄金郷のマハト。参る」

 

 

宣言と共に、マハトはその手に巨大な黄金の矛を手に取る。同時に、絶大な魔力が一帯を支配する。並みの魔法使いならそれだけで戦意を喪失しかねないもの。その矛を地面に叩きつけた瞬間、無数の金片が辺りに舞い散る。まるで満開の桜の花びらのように。だがそれは決してそんな生易しいものではない。その証拠に、その欠片一つ一つにマハトの魔力が込められている。

 

それが七崩賢黄金郷のマハトの本気、全力だった。

 

マハトがその矛を振るった瞬間、無数の金片がまるで意思を持っているかのように動き出し、デンケンへと襲い掛かっていく。その速度と威力は計り知れない。何よりもその攻撃範囲だ。まるで大海の波が襲い掛かってくるような、圧倒的な質量の暴力。万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)とは対となる、単純であるが故に強力なもう一つのマハトの切り札。

 

それが絶え間なくデンケンを飲み込んでいく。防御魔法すら意味を為さない。まるで紙屑のようにその防御を貫通してくる。デンケンに合わせるように私も防御魔法を展開させることで紙一重で回避できたものの、その威力は凄まじい。かつてのソリテールの魔法に匹敵するもの。攻撃魔法としての領域を超えている。奇しくもそれは、現代の魔法戦の基礎である、物質を操る魔法に類似している。ここ黄金郷に封じられ、人類の魔法の歴史など知る由もないマハトが、それに至っている。どころかそれを遥かに超えた頂にいる。これが七崩賢最強と呼ばれるマハトの力。

 

そんなこちらの思考すら寄せ付けない。圧倒的な猛攻。攻撃だけではない。その金の波は、その身を守る盾にもなる。まさに攻防一体の奥義。その前には、例え万全の状態の自分でも勝機は薄かっただろう。この場にデンケンがいなければ。

 

 

(弟子は師を超えるもの、か。私も他人のことは言えないかな)

 

 

デンケンの動きに、成長に感嘆し、目を奪われてしまう。翻弄されていたのは最初だけ。すぐさま立て直し、デンケンはマハトの猛攻を凌いでいる。魔力探知でも探知し切れない、マハトの攻撃を、その予備動作だけで先読みしている。紙一重でそれを躱し、捌いている。私はそれに合わせてその僅かな隙を埋めていく。マハトの動きではなく、デンケンの動きに合わせることで。それはデンケンだからこそできることだ。数えきれないほど、マハトと戦ってきた、鍛錬を積んできたデンケンの為せる業。加えて、その動きがさらに洗練されていく。それは成長だ。戦いの最中で、デンケンは魔法使いとして高みに登って行っている。マハトに導かれるように。年齢など何の関係もないのだと証明するかのように。まさに人間の可能性。

 

 

『人間を舐めるな』

 

 

かつてのヒンメルの言葉が蘇る。不死なるベーゼとの戦いの時のもの。結界を解除した私ばかりを警戒し、人間を侮っていたこと。それがベーゼの敗因だった。ならそれが今のマハトにとっても当て嵌るのだろう。師として、弟子を甘く見てしまう。それは私にも言えること。一級魔法使いの第二次試験。自らの複製体と戦った時と同じだ。私もまた、弟子であるフェルンを舐めていた。それが複製体の敗因となった。

 

 

エルフ(私たち)は人間に追い抜かれる。鍛錬を怠るなよフリーレン』

 

 

同時にいつかのゼーリエの忠告が聞こえてくる。本当に知ったようなことを言う人だ。いつだってゼーリエの直感は正しい。それが何を意味しているかも。ようするに

 

 

(分かってるよ。私が未熟者だってことは)

 

 

私が未熟者だと戒めているのだ。まるで師匠のように。本当に癪に障る奴。言われるまでもない。それでも、私も成長しているのだ。あの頃よりも。たった五十年前よりも。人間の歩みの速さには敵わなくとも、少しずつ。誰かの背中を守れるように。

 

それを示すように、デンケンのフォローに全力を注ぐ。いくらデンケンが人間の可能性を示したとしても、マハトが魔法の極みに近い者であることは変わらない。ならその差を埋めるのが、覆すのが私の役目。

 

息つく暇も、瞬きする間もないほどの一進一退の攻防。少しでも隙を見せれば、その天秤が傾いてしまうほどの綱渡りの命のやり取り。その最中であっても恐れはなかった。かつての勇者一行の頃を思い出すかのように。それを証明するように、こちらの攻撃もマハトに通り始める。針の糸を通すような隙を掻い潜って、マハトに手傷を負わせる。やはりゾルトラークは魔族に対して有効だ。私も含めて、長命種にとってそれは新しい魔法であり、対処にどうしても僅かな隙ができる。マハトも例外ではない。

 

後は仕掛けるタイミングだ。いける。そう確信した瞬間、

 

 

マハトの黄金の動きが止まった。

 

 

「…………」

 

 

無言のまま。何も言葉を発することなく、マハトはこちらを見据えている。一体何が。こちらがその意図を図り切れず、困惑するも、マハトはその黄金を身に纏いながらその場を退いていく。

 

 

「……っ!?」

 

 

瞬間、悟る。私の油断、いや誤算を。そう、上手く行きすぎてしまった(・・・・・・・・・・・・)のだと。皮肉にもデンケンの覚醒によって。

 

 

そのまま飛び立ち、その場を離脱していくマハト。デンケンの善戦が、マハトに逃げることを想起させた。魔族の、獣の本能。魔法使いとしての誇りを持っていようと、魔族は所詮獣だ。かつてのアウラのように、逃げることには何の躊躇もない、生き延びることこそが生物の欲求。それとも、自分が騙されていると違和感を覚えたのか。

 

どちらにせよ、マハトにそれを選ばせた、退けたこと。それは勝利だ。しかしこの場において、この戦いにおいてのみ、それは私たちの敗北となる。

 

 

「デンケン!」

「分かっている!」

 

 

すぐさま自分たちも飛び立ち、追撃するも追いつけない。こと飛行魔法において、魔族は人類よりも遥か高みにいる。歩くように飛行魔法を使う連中だ。それに比べれば私たちはまだ歩き始めの子供に過ぎない。

 

それでも逃がすわけにはいかない。あの時、フェルンにもデンケンにも明かせなかったこと。黙っていたことが理由だ。

 

私が万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)を解除できても、マハトを黄金郷から逃がせば取り返しがつかなくなってしまう可能性がある。奇しくもそれはシュタルクがあの場で触れていたことが答えだ。

 

それはマハトが、かつてのアウラのように、第二の断頭台となってしまうこと。悪意を知るために、黄金にせずに相手の命を断つ。首から下を黄金に変え、その首を跳ねることによって。もしくはその逆か。そうなれば、私がいくら黄金を元に戻せても意味がない。残るのは物言わぬ、かつての死者の軍勢と同じ骸だけ。かつてのアウラよりも最悪で、惨いことになる。

 

そのきっかけを私は与えてしまった。この右腕、相手の体を一部分だけ黄金にすることのメリットと、悪意を知る方法。その可能性を教えてしまったことで。結界が解除されてしまう。その可能性を考慮できなかった私の油断と驕り。

 

かつてのヴァイゼ、黄金郷の街を縫うようにマハトは駆ける。私たちを撒くために。私たちの動きから、その狙いを見抜いたのだろう。魔力を隠匿し、潜伏する構えを見せる。この黄金郷の影響で、魔力探知は狂わされてしまう。見失えば、見つけ出すことは至難の業だ。絶対に見失うわけにはいかない。

 

 

(駄目だ……! 私じゃ追いつけない……!)

 

 

それでも、徐々に離されて行ってしまう。まるで迷路のような都市の建物を隠れ蓑にしながら、マハトは逃亡していく。地の利はマハトにある。頼みの綱は同じくそれがあるデンケンのみ。もう自分からはマハトが見えなくなってしまった。できるのはデンケンの後ろを追従することだけ。いや、まだ自分には残された手がある。もはや躊躇うこともできない。全てを懸けた博打。この右腕を治し、ここ黄金郷の解放によってマハトに隙を生み出すしかないと判断しかけるも

 

 

それよりも早く、マハトの姿が視界に映り込んできた。

 

 

マハトはその場に立ち止まっていた。何をするでもなく。一瞬にも似た刹那。あり得ない光景。一体何故。何かの罠なのか。しかしこちらを全く見ていない。何かに目を奪われている。その視線の先には

 

 

一体の、黄金と化している一人の老人の像があった────

 

 

瞬間、一条の光がマハトの胸を貫く。呆気なく、何の感慨もなく。まるでそうなることが決まっていたかのように。デンケンの手によって。だがそれすらも気づいていないかのように、マハトはただ立ち尽くしていた。

 

 

それが百年の歳月をかけ、黄金郷のマハトが獣を脱した瞬間。そして待ち望んでいた報いを受けた瞬間だった────

 

 

 

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