ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十九話 「称号」

「……思い通りにならなくて残念だったわね」

 

 

自分以外誰もいない庭園。そこにある小さな墓石の前でそう独り言を口にしてしまう。他に誰もいなかったからなのもあるだろう。もし魔族にでも見られたら、奇異の目で見られたに違いない。魔族にとっては命乞いよりも理解できない無駄なことを。

 

 

「……いいえ、あんたならきっと、それはそれで楽しむんでしょうね。本当に厄介な奴だわ」

 

 

あえて言葉に出しながら、告げる。喋ることで、声に出すことで自らの思考を整理する。それが人間がもういない相手に話しかける理由なのだろう。ある意味合理的な、研究的な見方。それを私もかつて経験している。あいつならきっと嬉々として話し続けるに違いない。いや、聞きたがるのだろう。自分が楽しみにしていた実験の結果、曰く悲劇的な結末を。

 

レルネンの依頼から端を発した、黄金郷にまつわる騒動はつい先日終結した。同じように、レルネンからの報告が届いたことによって。

 

 

(本当に厄介事に巻き込んでくれたものね……)

 

 

今思い出しても肝が冷える。当初はここまで厄介なことになるなど想像していなかった。まさか国家の存続に関わる規模での危機に繋がるなど。マハトとソリテール。二人の大魔族によって文字通り、フリージアは滅びかねなかったのだから。

 

ソリテールの企みに気づいてから、ここフリージアは厳戒態勢だった。もっともソリテールの時のように国民全てにではなく、兵たちにのみ伝えられる形だったが。でなければ余計な混乱を招きかねない。そう何度も戒厳令を発令しては意味がない。何よりも、マハトがやってくるなどと知られれば、あの時以上の混乱になるのは避けられない。しかし、それもようやく解除され、ここフリージアは平穏を取り戻した。

 

 

(やっぱり勇者一行は化け物ね……余計な心配だったわ)

 

 

他ならぬ勇者一行、葬送のフリーレンによって。レルネンからの報告だけでは又聞きになるため、詳細は分からなかったが、同時に送られてきた宮廷魔法使いのデンケンの手紙によって、その顛末を知ることができた。こんなことなら、あんな手紙を送る必要もなかったかもしれない。届いた時にはもう事態は終わっていたらしい。しかも焦って書いたからか、内容も誤字脱字も酷かったのだとレルネンはおろか、シュトロにもからかわれてしまった。完全な失態だ。私も冷静さを欠いていたのだろう。それはともかく。

 

 

(ゼーリエの奴は悔しがってるでしょうね……)

 

 

子供みたいに不機嫌になっているゼーリエが目に浮かぶ。意図したわけではないだろうが、自分の特権がようやくあのエルフの手に渡ったのだから。それがマハトとの戦いにおいて勝機となった。弟子の成長に内心は喜んでいるだろうに、きっとおくびにも出さないのだろう。面倒な師弟だ。

 

それを抜きにしても、やはりフリーレンが化け物であることは変わらない。それは私が身を以て知っているのだから。八十年準備して、ようやく一度きりの騙し討ちができたが、それすらも奇跡に近かった。ようするにフリーレンはそれと同じことを魔族にやっているのだ。しかも失敗することなく。私の魔法だけではなく、マハトの魔法まで解析して見せた。その一点においてのみはゼーリエすら凌駕するのだろう。

 

 

(葬送……ね。よく言ったものだわ)

 

 

葬送。これ以上の二つ名はあのエルフにはないだろう。魔族にとっては畏怖する、死神に相当する称号でもある。千年以上、魔族を葬り続けているあいつだからこそ得られたもの。それを言い出したのは果たしてどちらだったのか。人類か、魔族か。恐らくは人類だろう。私たちはそれを真似ることでしか生きていけないのだから。

 

 

(私たち魔族にも二つ名はあるけど……どれも皮肉な物ね)

 

 

二つ名、称号といってもいい。それは人間だけでなく、私たちにもある。むしろ私たち魔族の方が多いのだろう。本来それは恐れや畏怖から付けられるものなのだから。かつての私の二つ名である断頭台もそれだ。私が使う服従の天秤とその首を落とされた死者の軍勢から生まれた物。しかしそれは見方を変えれば、そのまま私への皮肉になる。事実、私は断頭台のままであったなら、あのエルフに首を落とされていたに違いないのだから。

 

他の魔族達も同じだ。その二つ名に、いやその大元である自らの魔法、在り方に縛られている。マハトはその名の通り黄金に、自らの魔法に縛られ黄金郷に封じられた。ソリテールは二つ名を持たない、無名であるが故に何者にもなれなかった。魔族も人間も関係ない。魔法使いは皆、それに縛られている。まるで呪いのように。

 

 

(なら、フリーレンも同じでしょうね……)

 

 

それはきっと、あのエルフも同じなのだろう。魔族を葬り去る、という意味ではなく。自分よりも先に逝ってしまう者たちを見送る運命を指すもの。きっとこの二つ名を付けた者も、そこまでは予想できなかったに違いない。悪意はないが故のもの。それをきっと、あいつ自身が身に染みて痛感しているに違いない。

 

 

(さしものあいつも、魔族を送ることになるなんて思わなかったでしょうけど)

 

 

マハトの最期も、それに影響されての物かもしれない。どこまでが嘘で、どこまでが本当かは分からないが。マハトは利用していたヴァイゼの領主に看取られたらしい。あのフリーレンがそれをお膳立てしたのだと。天地がひっくり返るようなことが起きたのだろう。

 

人類と魔族の共存。ソリテールから言わせれば、ただの夢物語。私のそれと、マハトのそれが同じだったのかは分からない。だがきっと、何かは残したのだろう。魔族らしくなく。私は残された側だが、あいつは残した側だったのだろう。そのどちらが良かったのかは、まだ分からないが。

 

 

「そう……これで七崩賢は私だけになったってことね」

 

 

今更ながらにそう気づく。魔族における数少ない称号。魔王様に認められた七人の大魔族にのみ許される物。かつては人類にとって最大級の畏怖を以て呼ばれていた集団。それが今や、私一人になってしまったのだと。今となってはただの飾りに近いものになっていたとしても、やはり執着はあったのか。そのことに幾ばくかの感傷を抱きかけるも

 

 

「あ! アウラ様だ! やっぱりここにいた!」

 

 

それはあらゆる意味で例外の申し子によって吹き飛ばされてしまった。

 

 

「探したんだよ、アウラ様? こんなところで何してたの? 散歩? それともまたすとれす発散?」

「……うるさいわね。ただの散歩よ。それよりもスカートを直しなさい。はしたないわよ」

「むぅ……」

 

 

本当にこの子は変わらない。見た目もだが、中身もそうだ。最近は教導をするようになって少しは成長したかと思っていたが、まだまだなのだろう。少なくともお淑やかさについては落第だ。リュグナーと共に他国に赴くことも多くなってきているのにこれでは示しがつかない。もっともそれすらも利用するのがリュグナーの手腕なのだが、それはそれ。渋々言われるがままに身なりを整えている。そもそもどれだけ急いできたのか。

 

 

「……そういえば、あんたは自分の二つ名をどう思ってるの?」

「ふたつな? 何のこと?」

「もう一つの呼ばれ方のことよ。あんたの場合は『例外』ね。嫌になったりしないわけ?」

 

 

そんなリーニエを見ながら、ふと思ったことをそのまま問い質す。つい先ほどまで考えていたことの続き。自らの二つ名をどう思うのか。魔族からすればどうでもいいであろう質問。この子もまたそれは同じなのだろうか。そんな純粋な、無駄な疑問に

 

 

「うん! 私はそう呼ばれるの好きだもん! だってアウラ様とヒンメルがつけくれた物だから!」

 

 

偽ることなく、疑うことなくリーニエは答えを口にする。あまりにも単純すぎるが故に、忘れてしまっていた答えを。

 

 

「────」

 

 

それに思わず放心してしまう。そうか。忘れてしまっていた。この子の二つ名は私がつけたことを。正確には、ヒンメルが考えた候補の中から、私が選んだ形。何でもいいじゃない、と拒む私に、あいつは強引にそれを迫ってきた。大事なことだからと。相変わらずの勢いで。それが人間の名づけという行為を私にさせたかったのだと気づいたのは、それからしばらく経ってからだったが。

 

この子はそれを知っていたのだろう。いや、ヒンメルに教え込まれていたのか。本当に癪な奴。

 

 

「アウラ様は違うの? アウラ様の『天秤』もヒンメルと飴坊主がつけてくれたんでしょ?」

「……ええ、そうだったわね。すっかり忘れてたわ」

 

 

だからこそ、それは本当に目から鱗だった。なるほど。本当にあいつらは余計なことしかしない。私が知らないから好き放題していたのだろう。本人たちが面白がっていたのもあるに違いない。あいつらは勝手に私の名づけをしたに等しいのだ。他人の気も知らないで。

 

いつか聞いたことがある。何でそんな無駄なことをするのかと。それにあいつは子供のように、目を輝かせながら答えた。それは

 

 

「それに格好いいから! 私は天秤のアウラの従者にして、勇者ヒンメルの一番弟子! 『例外』のリーニエ!」

 

『格好いいからに決まってるじゃないか!』

 

 

格好いいからだと。聞いたこっちが馬鹿だったと思えるような、下らない理由。それは間違いなく、自意識過剰の勇者から弟子に受け継がれている。

 

恐れや畏怖から付けられる呪いではなく、親愛から贈られる祝福として。その余計なポーズと共に。

 

 

「あんたは間違いなくあいつの弟子ね……まあいいわ。それで? 何の用があったの?」

「あ、忘れてた! えっとね、これこれ! フリーレンから手紙が来てたの! アウラ様にって!」

「あいつから私に……?」

 

 

ようやく用事を思い出しのか。既にくしゃくしゃになってしまっている便箋らしきものをリーニエが手渡してくる。それを仕方なく受け取る。あいつから私に手紙、か。碌なことではない。そもそも黄金郷の件を伝えてくるにしては遅すぎる。恐らくフェルン辺りに言われて渋々書いたのだろう。容易に想像できる。隣で目を輝かせながら今か今かと待っているリーニエの手前、放置するわけにもいかない。渋々それを開封し、それに目を通すも

 

 

「…………やっぱり人類様には敵わないわね」

 

 

すぐにそれを閉じ、リーニエに突き返す。何が人の心を知ろうとしている、だ。鏡を見てみればいい。これに比べれば、私が送った手紙など子供騙しだろう。

 

 

「え? アウラ様、これってどういうことなの? よく分かんない」

「知らないわ。シュトロにでも聞いてみなさい。それかアイゼンね」

 

 

それを何度も読み返すも、リーニエにはその意味が読み解けず首を捻っている。無理もない。それほどまでに、この手紙には悪意が込められているのだから。私たちでは太刀打ちできないほどの物が。ようするに、人類様には敵わないということなのだ。そもそもあいつは本当に人類なのか。手紙には短くこう綴られていた。

 

 

 

これで七崩賢はいなくなったよ。残念だったね

 

 

                                  逆転の聖母へ 

                          日記でしか知らない薄情者より

 

 

 




作者です。今話で黄金郷編が完結となります。本編もそうでしたが、こちらも思ったより長くなってしまい申し訳ありませんでした。

ここからは少しあとがきという名の裏話を。

『歩み寄ること』

それがこの黄金郷編での大きなテーマでした。この作品の根幹でもある人類と魔族の共存に対しての答えでもあります。

その最たるものがマハトとフリーレンです。マハトに関しては原作よりも人類に歩み寄ってくれています。アウラ、フリージアによる影響によるものですね。正確にはそれに影響を受けたフリーレンによってです。フリージアでの経験によって魔族に僅かでありますが、歩み寄ったフリーレンの行動によってマハトも変わったわけです。図らずもアウラの依頼したフリーレンによる交渉によって。ヒンメルが言っていたように「誰かの人生を少しだけでも変えてあげればいい」をアウラとフリーレンが果たした形です。

マハトの最期に関してはこの作品のプロットから決まっていました。デンケンに胸を貫かれ、グリュックに看取られながら逝く。原作と結果は同じでも過程を変えることで、マハトにほんの少し人類に歩み寄った終わりを迎えさせる。それが目的でした。感想欄を見る限り、好意的に捉えて下さっている方が多いようで安心しました。

マハトとグリュックの最期のやり取りに関しては第三十五話「告白」と第百二十三話『葬送』の対比。同時に寄生獣という作品のオマージュにもなっています。比べてもらうのも面白いかもしれません。

長くなりましたが、ここまでお付き合い下さりありがとうございました。良いお年を。
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