ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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新奏 第一節 蒼月草を受け継ぐ者
第一話 「遥」


呼吸を整え、意識を集中する。体に巡る魔力の流れをコントロールする。手に持つ、一本の杖に魔力を流す。もう手に馴染んできた、私にとっては体の一部。それを意識しながら、目を見開き狙いを定める。遥か彼方にある、大きな岩。崖を挟んだ先にある、私では到底届かない場所に向かって。

 

自分を砲台に見立てるように魔力を放つ。一般攻撃魔法と呼ばれる、攻撃魔法の基礎。打ち出された魔力は杖から一直線に大岩、一番岩へと向かっていくも、それは道半ばで霧散していく。もう何度見たか分からない光景。

 

 

「……届かない」

 

 

それに落胆してしまう。やっぱり駄目だった。それもそうだ。昨日も駄目だったのだから。それが今日いきなりできるわけがない。子供の自分にも分かること。それでも、やっぱり落ち込んでしまう。私はやっぱり子供なのだ。

 

私の体には不釣り合いな、大きな杖を抱えながらその場に座り込む。ここ半年ほどずっと続けている、日課になっていること。ここは私の魔法の鍛錬、修行場だった。ここから離れた、崖を挟んだ先にあるあの一番岩を打ち抜くこと。それができれば、私は一人前の魔法使いになれる。そうハイター様が教えてくれたあの日から。一日もそれを欠かしたことはない。

 

 

(もうあれから半年……私も、少しは成長できたのでしょうか)

 

 

初めは怖かった、この崖の高さにも慣れてしまった。それでも、その底を覗き込むと思い出してしまう。あの日のことを。ただ緩やかに、全てを諦めて死に誘われてしまっていた時のことを。

 

私は戦争で何もかもなくしてしまった。父も母も、家族も。家も。故郷も。戦災孤児、と言うらしい。そんな呼び方すら知らなかった。ただ私にとっては、そこが終わりだったのだ。楽しかったことも、嬉しかったことも、全部なくなってしまった。もう戻ってくることはない。帰ってくることはない。小さな子供の私にも、それは分かった。ならもう。

 

 

『今死ぬのは勿体ないと思いますよ』

 

 

そんな時だった。ハイター様と出会ったのは。あのお方に、私は救って頂いた。その時のやり取りは今でも覚えている。正直に言えば、その全てを理解できたわけではなかった。それでも、ハイター様が、私と同じように何かを後悔されているのは分かった。だからこそ、私に生きる道を諭して下さった。だからもう少し、頑張ってみようと、生きてみようと思った。ハイター様が言うように、私がいなくなったら、私が覚えている大切な思い出もきっとなくなってしまうから。

 

ハイター様が、あの勇者様一行の僧侶様だと知ったのは、それからずいぶん経った後だった。とても大事なことなのに、そういえばそうでしたね、なんて少し恥ずかしそうに笑いながら。

 

それからはあっという間の日々だった。毎日が忙しくて、目が回りそうだった。少しでも新しい生活に慣れるために。ハイター様に迷惑をかけないために。でもそれが上手くできない。迷惑をかけてばかり。

 

この方の力になりたい。恩返しがしたい。あの時、救ってもらえたことが間違いではなかったのだと。それが私の今の願い。

 

それが魔法使いとして一人前になること。きっかけはハイター様が私の魔法を褒めてくれたことだった。見様見真似、またまた書庫にあった、光る蝶を出す魔法を見せた時に、ハイター様は本当に喜んで下さった。私には魔法使いとしての素質があるのだと。なら魔法使いとして一人前になることが、一番岩を打ち抜くことがきっとそれに繋がるはず。

 

本当は魔法でなくてもいい。それでも一人でも生きていけるのだと、ただハイター様に安心してほしい。そのためにただ必死に修行をしている。なのに

 

 

(やっぱり、私一人じゃ無理なのでしょうか……)

 

 

今私は行き詰ってしまっている。成長はしているのだろう。間違いなく半年前よりも魔法は強く打ち出せるようになっている。それでも一番岩までは程遠い。あとどれだけの時間がかかるのか。ハイター様は魔法に詳しいが、僧侶だった。普通の魔法ではなく、女神様の魔法を扱う方。普通の、攻撃魔法を教えるのは不得手だと本人も仰っていた。

 

 

『いつか、貴方の前にいい魔法使いが現れたら、その時は遠慮なく教えを請いなさい』

 

 

だからこそそんなことを仰ったのだろう。私の頭を撫でながら。自分ではなく、いい魔法使いに教えてもらいなさいと。いい魔法使いということは悪い魔法使いもいるのだろうか。でも私も分かっている。本を読んだり聞いたりして。魔法使いには、師匠と弟子という関係があるのだと。先生と生徒だろうか。

 

でも私にはそんな人はいない。どこにいるのかも分からない。魔法使いとも会ったことがない。でも読んで知っている魔法使いはいた。きっと私よりも、ハイター様の方がずっと知っている魔法使いが。

 

 

『そうですね。私が知る限り、彼女は最高の魔法使いです』

 

 

勇者一行の伝説の魔法使いである、フリーレン様。私にとっては勇者ヒンメル様と同じ、御伽噺でしか知らない存在。でも間違いなくその方は存在する。ハイター様がそう仰るのだから。ならその方ならいい魔法使い。私にも魔法を教えて下さるのではないか。しかしそれは

 

 

『ですが困ったことに、彼女は渡り鳥でしてね。捕まえるのがとても難しいのです。あの勇者ヒンメルでもできなかったことですから』

 

 

どうやら難しいことらしい。どこか困ったように苦笑いしているハイター様からもそれが感じ取れる。よく分からないことも仰っている。何で渡り鳥なのだろうか。確かフリーレン様はエルフだったはず。それが何で鳥になってしまうのか。それを捕まえるのはあの勇者様でもできなかったらしい。どうすればいいのだろう。大きな網か、籠がいるのだろうか。それとも鳥を捕まえる魔法だろうか。何にせよ、私にはとてもできそうにはない。勇者様も、ハイター様もお手上げなのだから。なのに

 

 

『でもそうですね。もしかしたらふらっとやってくるかもしれません。彼女は気紛れですから』

 

 

ハイター様はどこかそれを楽しそうに話して下さる。まるでいつも、夜に楽しくて下らない旅の話をしてくれるように。きっとそれは、ハイター様にとって大切な思い出なのだろう。

 

 

「もっと、頑張らないと」

 

 

杖を支えにしながら立ち上がる。休憩もできた。焦ることはないと、ハイター様はいつも仰ってくれる。その通りだ。私は子供だから。まだ時間はたくさんある。でも、ハイター様はそうではない。だから、じっとなんてしていられない。ゆっくりなんてしていられない。

 

 

遠くない未来。それを振り払うように、ただ魔法を放ち続ける。聞き分けのない、子供のように────

 

 

 

(遅くなってしまいました……)

 

 

日が傾き始め、辺りが暗く、肌寒くなりかける中、ようやく我が家に帰ってくる。少し集中しすぎてしまったかもしれない。そのせいで魔力も体力も使い果たしてしまった。本当ならもっと早く帰宅して、夕食の準備をしようと思っていたのに。これではきっとハイター様にさせてしまっているだろう。申し訳ない。それでも少しでも準備を手伝わなくては。そう急いで早足になるも

 

 

(? 誰か来ている……? お客様でしょうか……)

 

 

思わず足を止めてしまう。それは違和感だった。この距離からでも分かる。家に誰か来ている。ハイター様以外の人の気配が。それ自体は珍しいことではない。ここで隠居生活を送られているハイター様だが、かつてお世話になったという方が訪ねてくることがある。今日もそうだったのだろうか。しかしそれだけではない。もう一つ、思わず体がのけ反ってしまうほどの力がそこにはあった。それは

 

 

(これは……凄い魔力!? ハイター様よりも……!?)

 

 

魔力だった。しかも普通の魔力ではない。ハイター様よりも大きい、絶大な魔力。思わずその場から逃げ出したいほどの、強力な魔力の持ち主があそこにはいる。ハイター様は僧侶だが、普通の魔法使いとは比べ物にならない魔力を持っているのだと教えられた。それを超える魔力を持っているなんて。一体誰が。思わず魔力を隠しながら、隠れながら近づく。知らず緊張していた。もしかしたら、悪い魔法使いがやってきたのかもしれないと。

 

 

「やはり貴方は変わりませんね。美しいままです」

「下らない世辞は良いわ。ちょっと前に同じことを言ってたのを忘れたわけ?」

「はて。そうでしたかな。歳をとると忘れっぽくなっていけません」

「よく言うわよ」

「ねえねえハイター! 私は!?」

「貴方も変わりませんね、リーニエ。元気そうで何よりです」

「むぅ……ハイター嫌い」

 

 

中でハイター様が誰かと話している。でも何を話しているかは聞き取れない。でも、喧嘩や言い争いをしている様子でもない。一人だけではない。来客は二人なのだろうか。もっと中の様子を。そう身を乗り出した瞬間

 

 

「あ……!」

 

 

思わず身を預けていたドアが開いてしまう。体がよろけて、そのまま家の中に入ってしまう。もはや誤魔化すこともできない。そのまま恐る恐る顔を上げる。そこには一人の女性がいた。

 

小柄な、一見すれば少女に見えるような出で立ち。深紅のローブを纏っている。それに合わせたような、薄紫色のウェーブがかった長い髪。だが何よりも目を奪われたのはその頭だった。

 

そこには人間にはない、大きな二本の角があった。その女性が人間ではない、そして人間にとって最も恐ろしい存在であることの証。

 

 

「何よ、この子……?」

 

 

人ではない、初めて見る魔族の瞳が私を射抜いてくる。まるで見下ろすように、睨みつけるように。私はただそれを前に、身じろぎすることができない。

 

 

それが後に、蒼月草を継ぐことになる魔法使い。フェルンとアウラの初めての出会いだった────

 

 

 

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