ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十六話 「物語」

ただ自然体を装って帰宅する。いつも通りの所作。ここで殺気を出せば、普段と違う行動をすれば勘付かれてしまうかもしれない。相手はフェルンではない。私と同じ魔王を倒した勇者一行の僧侶だった人間。このパーティには化け物しかいないのか思うほどに卓越した実力の持ち主。高齢になり全盛期からは程遠いとしても女神様の魔法を使われれば厄介なことになりかねない。つまり私がすべき行動は一つだけ。

 

 

「ただいま」

 

 

ここ数日、ここに滞在するようになってからこの言葉を口にするようになった。そのせいか未だに違和感は拭えない。扉を開け、そのまま家の中に。そこには机に向かい、何か書き物をしている白髪の老人の姿。僧侶ハイター。二十年前、ヒンメルの葬儀の後に別れた時よりも老いぼれてしまっている。だが油断はできない。失敗は許されない。

 

 

「おや、フリーレン。早かったですね。フェルンとはちゃんと会えました……か?」

 

 

そう言い終わるよりも早く杖を構え、魔法を解き放つ。反撃も回避も許さない騙し討ち。魔族ではなく人間に、仲間にこんなことをしなければいけない。そんな葛藤を切り捨てながらただ冷徹な魔法使いとして為すべきことを為す。その魔力光が全てを包み込む。そして

 

 

「まぶしっ!? 一体何をするんですか? 同じ老人なのですからもっと体を労わって下さい」

 

 

自分の決死の覚悟がただの取り越し苦労であると、いつも通りの生臭坊主の反応で思い知らされるのだった。

 

 

「……その様子だとハイターも大丈夫みたいだね。ごめん……でもそれ今度言ったら許さないからね」

「これは失礼。もう三日三晩泣かれるのは勘弁ですからね」

 

 

はっはっはっ、とこちらの気も知らずにいつものように笑い飛ばしてくるハイターに呆れるしかない。ただとりあえずは無事だったことに安堵する。もっともそれで老人扱いを許すつもりは毛頭ない。今度言ったら本当に泣き喚いてやる。

 

 

「それで、さっきのは一体何の魔法だったのですか?」

「解呪の魔法だよ。フェルンにも使ったんだけど、問題なかったみたいだね」

 

 

杖をしまいながら種明かしをする。解呪。それがさっき私が使った魔法の正体。もっともただの解呪魔法ではない。アウラの使う服従の魔法(アゼリューゼ)に対策したもの。アウラをはじめとした七崩賢の扱う魔法は人知も人の理も超える。その原理を解明することはできない。それは魔法ではなく呪いに近い。だがそれは決して解除ができないというわけではない。現象である以上、観測することができれば対処ができる。私は以前の戦いでアウラが服従の魔法(アゼリューゼ)を使用するのを観測している。服従の魔法(アゼリューゼ)によって操られてしまった英傑たちの亡骸も。その結果をもとにこの八十年で私は服従の魔法(アゼリューゼ)を解除する魔法を生み出した。もう二度と、ヒンメルに怒られることがないように。

 

もっとも実際に試したわけではないので絶対とは言い切れないが、少なくともハイターたちには呪いはかかっていないと見ていい。呪いを解除する手ごたえもなかった。

 

 

「なるほど……そういうことですか。私たちが服従の魔法にかけられていると思ったのですね」

 

 

そんな私の心情、状況を察したようにハイターはそう口にする。流石はハイターと言ったところか。歳をとっても最高の僧侶と呼ばれていたのは伊達ではない。もしかしたら酒を辞めたのが効いているのかもしれない。

 

 

「……やっぱりフェルンが言っていたことは本当だったんだね。アウラがここに来ていたこと。何で黙っていたの?」

 

 

知らずいつもより強い口調でそう尋ねてしまう。だが仕方がないだろう。知らなかったでは済まされない内容だったのだから。いくら緊急時とはいえフェルンには悪いことをしてしまった。今は森で待機してもらっている。もし本当にハイターが操られていたとしたら戦闘になってもおかしくなかったのだから。後でもう一度きちんと謝っておかなければ。

 

 

「別に特段隠していたわけではありませんよ。フェルンにも口止めはしていませんし。ただ……そうですね、あなたにどう説明したものか困っていた、というのが正しいでしょうか」

「どういうこと……?」

 

 

ただただ困惑するしかない。魔族であるアウラがここにやってきていたことは事実であるらしい。だがそれを自分に伝えない理由が理解できない。服従させられていたわけでもないのに。そもそも何でアウラがここに来るのか。懇意にしているとはどういうことなのか。どこから質問したらいいのか、分からないことだらけ。そんな中

 

 

「そうですね……フリーレン、フリージアという国の話は聞いたことがありますか?」

 

 

さらに私を混乱させる話題が振られてくる。なぜ今そんな話が出てくるのか。しかしハイターはこちらをからかっている様子はない。こういう時は素直に答えた方がいい。何だかんだ言いながらもハイターは僧侶。人付き合いを苦手としている私よりもよっぽど話術に長けているのだから。

 

 

「ああ……人間が魔族と一緒に暮らしてるっていうあれでしょ。本当に人間はそういう作り話が好きだよね。噂になるなら何でもいいんだから」

 

 

若干呆れ気味にそう答える。フリージア。確かここ最近、二十年ぐらい前からちらほら耳にすることがあった噂話。北側に人間と魔族が共に暮らしている、楽園のような国があるとか何とか。馬鹿らしい。本当に人間はこういう噂話が好きな種族だ。今でも魔王が復活しただの、勇者が魔族に篭絡されただのあり得ない噂話が溢れている。もう少し信憑性のある話にはならないのだろうか。しかし

 

 

「いいえ、本当にその国は実在しているのですよフリーレン。それを治めているのが断頭台の……いえ、天秤のアウラなのです」

 

 

そんな私とは対照的に、真剣な声色と表情でハイターは告げてくる。それは真実である、と。あまつさえそれを統治しているのがあのアウラである、と。何故断頭台ではなく天秤と言い換えているのかも気になるが、何よりもその国自体があり得ない。それならまだ魔王が復活したと言われる方が信じられる。

 

 

「信じられないといった顔ですね。無理もない。かくいう私もそうでしたから。これがその国で使われている教典です。私も作成には携わっていましてね。彼女たちは先日、その改定に来ていたのですよ」

 

 

こっちの動揺を知りながら、そのままハイターは一冊の本をこちらに渡してくる。言われるがままにそれを受け取り、中身を覗く。そこには

 

 

『魔族は人間を食べてはならない』『魔族も人間も争ってはならない。』『それが守れるのなら全ての者に平等を与えよう』

 

 

あり得ない、冗談のような言葉の羅列が綴られていた。

 

 

「……ふざけているの? こんな教義、魔族の連中が守れるわけないでしょ。みんな騙されてしまっているのか。悪手だね。人間と魔族が共存するなんて夢物語でしかないのに」

 

 

見るに堪えないと乱雑に本を閉じ、机に置きながらそう呆れ果てるしかない。一体魔族を何だと思っているのか。魔王が死んで八十年。たったそれだけで人間はもう忘れてしまったのか。魔族がどんな存在であるかを。この本に書かれているのはそう、子供が考えるような夢物語でしかない。

 

 

「夢物語ですか……」

「そうでしょ。ハイターだって覚えてるでしょ。あの村での結末を。同じことをまた繰り返すだけなのに、どうしてハイターは魔族に協力するようなことをしているの?」

 

 

どこか要領を得ないハイターに問いかける。それは旅を始めて間もなくの頃。魔族の子供を見逃したことで起こってしまった悲劇。私たちにとって、ヒンメルにとって忘れることができない過ち。あの時、もっと私が強く反対していれば、問答無用で魔族を殺していればあんなことは起きなかった。今もあの日を悔やまないことはない。なのに、またそれを繰り返そうとしている。何でそんなことに協力しているのか。今はまだ何も起きていないのかもしれない。でもそれは騙されているだけ。魔族は必ず人間を欺いてくる。その時になってからでは遅いのに。

 

 

「そうですね……確かにあなたの言う通りかもしれません。ですが私は彼女を……いえ、ヒンメルが信じる彼女を信じてみようと思ったのです」

「ヒンメルが……?」

 

 

その名が出てきたことで知らずそんな声が出てしまう。何でそこでヒンメルが出てくるのか。それもアウラを信じる、なんて言葉と共に。やはりハイターは操られてしまっているのではないか。それとも私の魔法が失敗してしまったのか。

 

 

「覚えていますか、フリーレン? 私たちが王都を旅立った日のことを」

 

 

理解できないことの連続に、ただ目の前のハイターの問いに答えることだけに終始することしかできない。

 

 

「忘れるわけないよ。旅立つ前にヒンメルたちが処刑されそうになって大変だったんだから」

 

 

思い出すのは旅立ちの日。ヒンメルとアイゼンが王様にため口をきいて処刑されかけてしまったこと。下手をしたらあそこで冒険が終わっていたかもしれない。

 

 

「そんなこともありましたね。何よりも私たちは王様に銅貨十枚しかいただけませんでした。期待されていなかったのもありますが、きっと誰も信じていなかったのでしょう。魔王を倒すなんて夢物語でしかない、と」

「…………」

 

 

ただ黙ってハイターの言葉を聞き続ける。ハイターが何を言わんとしているか、それが分かってきたからこそ。夢物語。私がさっき口にした、あきらめの言葉。当時の王様も、国民も、全ての人々があきらめてしまっていた。私もそれは同じ。魔族を根絶やしにすると、復讐のために研鑽を積んでいたのに、七崩賢の一人、黄金のマハトに敗北してしまったことで魔王に挑むことが怖くなりあきらめてしまっていた私。でも

 

 

「でも私たちは……ヒンメルは成し遂げました。夢物語を、本当の物語にしてしまったのですよ」

 

 

そんな私にヒンメルは手を伸ばしてくれた。立ち上がらせてくれた。多くの人の願いを背負いながら、魔王を倒すという夢物語を成し遂げたのだ。そう、私は誰よりもそれを知っている。同時に悟る。なぜこんな話をハイターがしてきたのか。それは

 

 

「……ヒンメルは、魔族との共存を夢見てたっていうの?」

 

 

人間と魔族の共存。そんな夢物語をヒンメルもまた夢見ていた、ということ。奇しくも私たちが倒した魔王と同じ思想。勇者と魔王が同じ夢を持っていたなんて、誰が信じられるだろうか。

 

 

「ええ。もっとも旅の途中であきらめてしまっていた夢だったようですが。きっと私たちにも言いづらいものだったのでしょう。特にあなたには」

 

 

どこか困った表情をしながらハイターはそう明かしてくる。それはきっとそうだろう。そんな夢を持ちながら戦い抜けるほど、魔王軍との戦いは生易しいものではなかったのだから。何よりも私は魔族に関して人一倍嫌悪と憎しみを抱いている。だからこそヒンメルは私達にもその胸の内を明かすことはなかったのだろう。それでも

 

 

「いくらヒンメルでもできることとできないことがある。きっとそれは魔王を倒すよりも困難なことだ」

 

 

それとこれとは話が違う。いくらヒンメルが夢物語を成し遂げた勇者でも、絶対に越えることができない物がある。人類と魔族という種族の壁が。魔王ですらそれは叶わなかった。その結果がどちらかが滅ぶしかないほどにまで激化した生存競争だった。もしその夢を成し遂げることができたとしたら、それは魔王を倒すよりも遥かに偉業と言えるはず。

 

 

「そうかもしれません。ですがヒンメルはその夢を彼女に託したのでしょう。彼女もそれを受け継いでいる。私たちやあなたと同じように」

 

 

それを理解した上で、ハイターは私にそう伝えてくる。ヒンメルの意思を、私やハイター、アイゼンが受け継いでいるように。魔族であるアウラもまたそれを受け継いているのだと。

 

正直に言えば全く理解できない。何故そこでアウラが出てくるのか。ヒンメルとアウラの間に何があったのか。聞きたいこと、知りたいことが山のようにある。もしこの場にヒンメルがいれば三日三晩泣き喚いてやりたいぐらいの苛立ち。だが同時に同じぐらい、あのヒンメルならやりかねないと思ってしまう自分がいる。何故なら

 

 

「……騙されているだけだよ。ヒンメルは本当にお人好しだから」

「ははは、それは否定できませんね。彼女も同じことを言いそうです」

 

 

私と同じことを考えていたのか、ハイターは本当に楽しそうにしている。そこであの魔族と一緒にされるのはどういうことなのか。私が知らない八十年の間に世界が変わってしまったのかと勘違いしてしまうような気すらする。

 

 

「私からはこれ以上は何も言いません。なのでいつかあなた自身の目で確かめてきてほしいのです。ヒンメルの夢の続きがどうなっていたのかを」

 

 

そんな私の心境を知ってか知らずか。そんな自分勝手なお願いをハイターは私にしてくる。本当にこの生臭坊主も変わっていない。そんな言い方をされて断ることなんてできるわけがない。なのでできるのは私なりの精一杯の抵抗であり皮肉。

 

 

「その時にはもうハイターはいなくなってるかもしれないよ」

「その時には天国で教えてください。ヒンメルと一緒に待っていますよ」

 

 

それすらも見越していたかのようにハイターに返されてしまう。きっと千年経っても口八丁でこの僧侶に勝つことはできないに違いない。

 

 

「相変わらずだね……それはともかく、魔族については正しい知識をフェルンに教え込むよ? このままじゃ危ないからね」

「それは是非。私からも彼女たちが特別だと言い聞かせてはいるのですが、あなたから教えてもらった方がきっといいでしょうから」

 

 

忘れないうちにそう宣言するもさもありなん。お願いしますとばかりのハイターの態度に拍子抜けしてしまう。というかさっきから当然のように使われている彼女『たち』という言葉。アウラ以外にもそんな訳の分からない魔族がいるというのか。こっちの頭がおかしくなってしまいそうだ。

 

 

これ以上続けても無駄だと判断し、踵を返す。違う問題は山積みだが、ひとまず最悪の事態は去った。とりあえず森で待ちぼうけをしているフェルンを迎えに行かなければ。そんな中

 

 

「そういえば忘れてた」

 

 

一つ忘れ物をしてしまっていたことを思い出し、鞄からそれを取り出し、ぽんとハイターの頭の上にのせる。

 

 

「これは?」

「プレゼントだよ。フェルンが魔法で出した花で作ったんだ。前アイゼンと楽しそうにはしゃいでたでしょ」

 

 

それは花の冠。あの旅の途中で、私が出した花畑の中でそれを被り合ってはしゃいでいたハイターとアイゼンの姿。はっきり言って見ていて気持ち悪かったが、本当に楽しそうだった。本当に下らなくて、楽しかった思い出。

 

実はさっきの解呪魔法の件で舌打ちでもされた時のお詫びの品でもあったのだが言わぬが花だろう。

 

 

「そうですか。ありがとうございます。やはりあなたは優しい子です」

 

 

知らず、頭を撫でられていた。あの時と同じように、同じ言葉を添えながら。私の頭をこんな風に撫でてくるのはこいつぐらいだろう。ふと思い出すのは遠い昔の記憶。同じように優しく頭を撫でてくれた、今は亡き師匠(フランメ)の手の温もり。

 

 

「頭なでんな。子供扱いしないでよ」

「老人扱いよりはいいでしょう?」

「生臭坊主」

 

 

いつも通りのやり取りをしながら家を後にする。これが昔と変わらない私とハイターの関係。私にとってはついこの間、でもハイターにとっては久しぶりのやり取り。時間が経っても変わらないもの。でも、時間が経って変わるものもあることを今の私は知っている。私が知らない時間の、私の知らないみんなもいる。だからそれも知らなければ。

 

まずはハイターとの約束を。魔導書の解析と、その間フェルンに魔法を教えること。そしてそれが終わった後にやるべきことができた。ヒンメルたちとの旅の足跡を辿るのと対となる、新たな旅の目的。

 

 

私の知らない、魔王を倒した後の、勇者(ヒンメル)後日譚(ものがたり)を知ること。

 

 

それが葬送のフリーレンの新たな旅路の始まりだった――――

 

 

 

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