ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第五話 『追求』

「邪魔するわよ」

 

 

一歩一歩、階段を下りながらその場所に向かう。少し薄暗い書庫。自分にとっては慣れ親しんだ場所でもある。聖都で暮らしていた時にはここで調べ物や書き物をしていた。同じようにそこには机に向かい、何か書き物をしている白髪の老人の姿。以前よりもその白髪が増えているような気もする。だが手心を加えるつもりは毛頭ない。今の私はフリージアにいる時と同じ。罪人を裁く天秤なのだから。

 

 

「おや、アウラですか。珍しいですね。何かありました……か?」

 

 

その二つ名をつけた張本人は、こちらを見て呆気に取られている。当たり前だろう。家の中にも関わらず私が天秤を手にしているのだから。それだけではない。同時に光と共に、その魂が胸から取り出され、私の天秤に載せられる。正真正銘の服従の魔法(アゼリューゼ)。リーニエに命じて枷は外させている。載せているのはこいつの魂だけだが、すぐにでも私の魂も載せられる。そうなればこいつは私に服従せざるを得ない。私と魔力量が拮抗していたのは五十年以上前の話だ。今は私の魔力量の方が上回っている。かつてのヒンメルのように秤が狂わされることもない。今の私はそれを上回る怒りと不愉快さによって支配されているのだから。

 

 

「穏やかではありませんね。命乞いをしてもいいですか?」

 

 

飄々とした様子で誤魔化そうとするもそれは許さない。ある意味どんな人間や魔族よりも厄介なのが目の前にいる生臭坊主なのだから。こいつの命乞いなんて魔族よりも聞くだけ無駄だろう。今回ばかりはこいつの口車に乗せられる気はない。

 

 

「リーニエが白状したわ。これで全部分かるでしょ? それとも女神の奴にでも祈ってみる?」

 

 

かつての断頭台の頃を思い出せるような、愉悦に満ちた笑みを浮かべながら手に持った天秤をハイターに突きつける。まるでいつもの裁判の真似事のように。多くを語る必要はない。それだけでこいつには全て伝わるだろう。当のリーニエは自分の部屋で謹慎中。三日は拘留させるつもりだ。自白もとれている。そもそもあの子には偽ることはできない。目の前の生臭坊主とは違って。そういえばこいつは僧侶だったか。世も末だ。なら女神の奴に祈ってみればいい。女神の加護とやらで私の魔法を防げるかどうか試してやろう。

 

 

「参りましたね。今回ばかりは女神様も味方をしてくれないでしょうから」

 

 

そんな私の様子を見て察したのか、ハイターは降参とばかりに手を挙げて苦笑いを浮かべている。どうやら女神の寵愛を受けれないかもしれないと思うほどには後ろめたさがあったらしい。私たちのように悪意がないからではない。むしろ悪意があるからこそ厄介だ。

 

 

「それで? どういうつもりでリーニエを利用したわけ?」

 

 

だがそれで誤魔化されてやるほど私はお人好しではない。わざわざヒンメルのことを引き合いに出して私たちをここに引き留めるだけでは飽き足らず、リーニエを騙して利用するなど。散々好き勝手されていい加減こっちも我慢の限界だった。ただでさえ最近は苛ついているというのに。

 

 

「いやはや人聞きが悪いですね。私はリーニエを頼りにさせてもらったのですよ」

「よく言うわ。魔族を騙すなんてあんたぐらいよ」

 

 

そんな私の剣呑さも感じ取っているだろうに。いつもと変わらぬ対応を見せてくる生臭坊主。本当にこいつは変わらない。いや、私が変わってしまっているのか。それはこの際どうでもいい。

 

何が頼りにする、だ。アイゼンの真似事だろう。しかも自分の都合の良いように解釈している。それすらもアイゼンに倣っているのか。勇者一行というのはどいつもこいつも。

 

リーニエの騙し方もそうだ。こいつはリーニエの脆さを知っている。私はリーニエに対して命令する際にはあえて余地を残している。自分で考えさせるために。全てを私が決めてしまえば、あの子は自分で考えることができなくなってしまう。それではただの傀儡。かつての死者の軍勢と同じ。そうならないために、自分で考えさせるために。それはヒンメルの方針でもある。

 

いつかリーニエが自分の意志で、私の命令に背くことも織り込み済み。その時があの子が本当の意味で独り立ちできたことになるのだろう。だというのにまさかこんな形で背かれるとは夢にも思っていなかったが。

 

 

「────さっさと懺悔なさい、生臭坊主。何が目的?」

 

 

一方に傾いている天秤を改めてハイターにかざす。魔族である私が、人間の僧侶に懺悔を促す。一体何の冗談なのか。腸が煮えくり返りそうだ。これでもまだ嘘をつくようなら、誤魔化すようなら本気で服従させてやる。そんな私の気配を感じ取ったのかそれとも。

 

 

「本当に大したことではないのですよ。私はただ、リーニエにフェルンと遊んでもらいたかったのです」

 

 

まるで手品の種明かしのように、何でもないことのようにハイターはそんな下らない理由を白状した。

 

 

「フェルンは本当に良い子で努力家なのですが、どうしても頑張りすぎてしまうところがありまして。きっと私が魔法使いの才能があると褒めてあげたからでしょう。それから毎日ずっと修行に打ち込んでいるのです」

 

 

まるで孫を心配する祖父のようにらしくない表情を見せながら、ハイターはそんなことを吐露していく。フェルン。それがあの子の名前だったか。あえてそれを覚えてはいなかったが、やはりそうか。初めて会った時から分かってはいた。あの子は卓越した魔力の操作技術を持っている。まるで存在感を感じられないほどに。あの歳で一体どれだけの研鑽を積んでいるのか。

 

その理由もまた同じだ。ハイターに褒められたから。喜んでくれるから。それがあの子の原動力なのか。それを笑うことは私にはできない。今の私にだけは。

 

 

「そう……子供らしくないのね」

 

 

まだ遊びたい盛りだろうに。あの歳の頃のシュトロやリリーとは比べ物にならない。散々こっちを振り回して手を焼かされた記憶しかない。あのリリーですらここまでではなかっただろう。子供らしくない。少しはリーニエに見倣わせたいぐらいだ。

 

 

「……何よ?」

「いえ、やはり貴方はお母さんですね」

「私はお母さんじゃないわよ」

 

 

気味の悪い笑みを浮かべているハイターに辟易するしかない。忘れかけていた、いつものやり取り。本当にこいつらはお母さんが好きなのだ。魔族の子供の命乞いではあるまいし。ヒンメルだけでない。こいつもまたお母さんが大好きなのだ。孤児というのはそういうものなのだろう。

 

 

「それはともかく、私としてはもっとフェルンに子供らしく遊んでほしかったのです。ちょうどリーニエもそうしたかったようなので頼りにさせてもらったということです。ですが悪いことをしてしまいました。お詫びにとっておきのリンゴを御馳走するとしましょう」

「相変わらずね、あんたは……」

 

 

どうやら私にバレるまで織り込み済みだったのだろう。さらっと報酬、もとい買収まで用意している。リーニエのことだ。ハイター大好きと言いながら騙されてしまうに違いない。本当に小癪な奴だ。年老いてもやはりその性根は変わらない。どころか悪化しているのではと思うほど。

 

 

「ですがそのおかげで最近のフェルンはとても楽しそうでして。あまり感情を表に出す子ではないのですが。よほどお姉さんができたのが嬉しかったのでしょう」

「むしろそれはリーニエの方でしょうね」

 

 

そんなハイターの思惑通りにどうやら事は進んでいるらしい。私があの子を見かけるのは食事を持ってくる時だけなので分からないが、ハイターがそう言うのならそうなのだろう。お姉さん、か。リーニエにとってそれは人間のお母さんに匹敵する魔法の言葉だろう。そのはしゃぎっぷりのせいで、私にもバレバレになってしまうほどに。

 

 

「……いいわ。とりあえずは執行猶予ね」

 

 

それに免じてではないが矛、ではなく天秤を下げる。同時にその魂も解放する。言いたいことは山ほどあるがまあいいだろう。これ以上下らないことに私の魔法を使いたくはない。時間の無駄だろう。女神の奴の加護で服従を跳ね返されでもしたら面倒だ。それはもう間に合っている。二度と御免だ。

 

 

「それは助かりました。ちなみに実刑だとどうなっていたので?」

「決まってるわ。一生酒を飲めなくしてやるだけよ」

「それはそれは。ですが残念ながらお酒はもう控えていまして」

「酒は百薬の長じゃなかったわけ? 心配ないわ。私の魔法は魂を服従させるもの。天国とやらでも酒を飲まなくて済むわよ」

「……それは勘弁ですね。天国で贅沢三昧するのが老い先短い私の楽しみですので」

 

 

本当に堪えているのか、これまでで一番情けない顔を晒している聖職者の風上にも置けない奴。全く懲りていないのだろう。酒を控えている云々も怪しい。やはり服従させてやるべきだったか。私の魔法ならこいつの魂を矯正することもできるだろう。なら天国とやらが本当にあったとしても禁酒を強いれるに違いない。

 

 

「だけどそれとこれとは話が別よ。リーニエのごっこ遊びはここまでね」

 

 

下らない話はここまで。これからは現実の話。何のことはない。リーニエのごっこ遊びはここで終わりだ。全く、主従揃って同じ遊びをするなんて。これではあの老害と命知らずの師弟のことも言えないかもしれない。

 

 

「そうですか……理由を伺っても?」

「白々しいわね。あんたが気づいてないはずないでしょ。あの子のせいよ。このままだとあの子は魔族を誤解する。その時になってからじゃ遅いわ」

 

 

わざわざ分かり切ったことを聞いてくるハイターに辟易するしかない。一々私の口から話させたいのだろう。こういうところは腐っても僧侶なのかもしれない。言うまでもない。それはあの子のためだ。リーニエという例外と接することは幼いあの子には危険すぎる。その危険性を私はシュトロとリリーで経験している。命に係わることだ。同じ轍を踏む気はない。

 

 

「貴方には敵いませんね。それでここに来てからずっと魔族の振りをしているということですか」

 

 

そんなハイターの当てつけのような言葉に思わず目を細めてしまう。まるで全てお見通しだと言わんばかりの得意顔。

 

 

「何よ。文句があるわけ?」

「とんでもない。頭が下がる思いです。私も久しぶりに貴方がそうだったと思い出せましたから」

 

 

こいつは本当に何様のつもりなのか。こっちの苦労も知らないで。おかげでここに来てから半分引き籠もりのような生活を強いられているというのに。本当に小癪な奴。だが

 

 

「────アウラ。フェルンに魔法を教えてあげてはくれませんか?」

 

 

今度こそ、私は言葉を失ってしまう。本気で力が抜けかねない、こいつもとうとう耄碌したのかと思えるような戯言によって。リーニエでももっとマシな嘘をつくだろう。

 

 

「…………あんた、話を聞いてたわけ?」

「もちろんです。フェルンには私から貴方たち二人が特別だとしっかり言い聞かせます。それにもうリーニエとフェルンは本当の姉妹のようになっていますから」

「……謀ったわね、ハイター」

 

 

深謀遠慮とはこのことか。こいつは初めからそれが狙いだったのだ。この流れに持って行くために。私があの子に関わらざるを得ない状況に追い込むために。その手練手管は全く衰えていない。やはりこいつは生臭坊主だ。何も変わっていない。

 

 

「あの子には魔法の才があります。ですが私は僧侶なのでどうも勝手が分からないのです。ここにいる間だけで構わないので」

 

 

もっともらしい理由を付けながらハイターは私に命令してくる。いや、お願いか。本当にこいつらは揃いも揃って。私を何だと思っているのか。魔族を何だと思っているのか。

 

 

(こいつ……まだ何か無駄なことを考えてるわね……)

 

 

だが私も無駄にこの八十年近く、こいつらと付き合っているわけではない。特にこいつは油断ならない。私の考えよりもずっと先、チェスでも私の二手、三手先を読んでいた。なら、まだ先がある。こいつらの習性も理解している。あいつならどうしたのか。それに倣う行動原理。そこから導き出される解答。私に何をさせたがっているのか。それをあえて口には出さず

 

 

「お断りよ。私は魔族よ。人間に魔法を教えられるわけないじゃない」

 

 

もっともらしい答えを口にする。嘘だが嘘ではない。今の私の答えを。表と裏。二つの意味を込めた答え。

 

 

「あんたは余計なことを考えずに、さっさと教典を作り直しなさい」

 

 

これ以上の問答は必要ないとそこで会話を打ち切る。こいつとお話でやり合うこと自体が無駄なのだ。勝ち目などない。あるとすればあのお喋り好きな魔族ぐらいだろう。今頃どこで何をしているのやら。きっと下らない実験を続けているのだろう。無駄であることに気づけないまま。

 

 

「……一つ聞きそびれてたことがあったわ」

「何でしょう?」

 

 

そのままその場を後にしようとするもふと思い出す。魔族の友達、いや共犯を思い出したからか。いや、魔が差したのだろう。この一週間、自分を悩ませていること。もしかしたら、それは懺悔だったのかもしれない。

 

 

「…………魔族はどんな風に振舞えばよかったかしら」

 

 

そんな、今更な問い。自分でも何を言っているのか分からないもの。だが仕方がない。本当に分からないのだから。いや、忘れて思い出せなくなってしまっているのか。人間を前にした魔族の振るまいが分からない。なので仕方なく無視して冷たくしているのだが、これで合っているのか。そんな下らない悩み。それに

 

 

「────はっはっはっ! これは一本取られました。まさか魔族である貴方からそんなことを聞かれるとは」

「…………笑うんじゃないわよ。殺すわよ」

 

 

まるで若かりし頃のように、酒に酔っ払った時のように大笑いしているハイター。やはり失態だった。何が迷える子羊を、だ。そのまま笑い死んでしまえばいい。

 

 

そのままアウラは顔を背けたままその場を去っていく。そんな友人の後姿を、ハイターはどこか懐かしみ、笑いながら見送るのだった────

 

 

 

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