「ん……」
温かい日差しと共に目が覚めていく。それだけではない。自分ではない温もりが感じられる。そのおかげか、すごく目覚めが良い。ゆっくりと体を起こしながら、ふとそちらに目を向ける。そこには
「うぅん……リリー……待ってよ……」
隣で布団に包まったまま、幸せそうに寝言を言っているリーニエ様がいた。一体どんな夢を見ているのか。きっと楽しい夢に違いない。ようやく慣れてきたここ最近の私の朝、一日の始まり。
今私はリーニエ様と一緒に寝ている。もちろんリーニエ様のお願いによって。お姉さんとしてだろうか。最初は恥ずかしくて断っていたのだが、結局そうなった。期待しているリーニエ様を前にしてはどうしようもない。何よりも本当は私もしてみたかったことでもあったから。誰かと一緒に寝るのはやっぱり安心する。子供っぽいと言われてしまいそうだけど。リーニエ様は本当はアウラ様も一緒に寝てほしかったようなのだが断られてしまった。
『あんたが一緒に寝たいだけでしょう。もっと大人になりなさい』
そんなアウラ様の言葉によって。何でも今リーニエ様は独り立ちの一環で一人で寝ているらしい。それで寂しかったのかもしれない。でもほっとしていた。もしアウラ様と一緒に寝るなんてことになったら、緊張して眠れないに違いない。流石に三人で同じベッドに寝るのは難しいだろう。
そのままリーニエ様を起こさないように身支度を整えてから、静かに台所に向かう。慣れた足取りで。もう慌てることはない。少し気を引き締めながら。間違っても同じことを繰り返さないために。
「おはようございます。アウラ様」
「おはよう、フェルン。今朝も早いのね」
いつものように、朝食を作って下さっているアウラ様に挨拶する。アウラ様もそれに少し振り返りながら応えて下さる。どこか淡々とした、それでも安心できるやり取り。それにもようやく慣れてきた。
「手伝います」
「そう。なら皿を並べて頂戴」
「はい」
言葉数は多くないが、それがどこか心地いい。私もそうだからか。最初は子供らしくしろと言われていたが、やはり気になってしまう。遊んでいろということなのだろうが、落ち着かない。そんな私に気づいたのか、それとも呆れたのか。今は食事の準備を手伝うようになっている。私の新しい日常。
「もういいわ。代わりにリーニエを起こしてきて頂戴。ついでにハイターもね」
「はい。分かりました」
それが一段落したからか。今度はそうお願いされる。私の大事なもう一つのお手伝い。もうハイター様は起きているので、リーニエ様を起こすだけ。昨日洗濯してくれた新しい服があるので、それを持って行かなくては。そんなことを考えていると
「……どっちがお姉さんか分かったものじゃないわね」
「リーニエ様ですから」
どこか呆れ気味にアウラ様はそう仰られている。きっとリーニエ様が聞けば、落ち込んでしまうようなこと。それに思わず微笑んでしまう。それがきっとリーニエ様なのだ。頑張って私のお姉さんになろうとしてくれている方。
それを起こしに行くと同時に、賑やかな一日が始まる。ハイター様がいて、アウラ様がいて、リーニエ様がいる。まるで家族のような、四人での不思議な生活が────
『掃除をするわ』
アウラ様の鶴の一声からそれは始まった。大掃除だった。その証拠にアウラ様は作業着のような服を着られている。何だか似合っていないが、それを口には出せない。きっとリーニエ様に見抜かれてしまう。
そんな私は杖の代わりに箒を持っている。今日は修行もお休み。私が自分でそう決めた。アウラ様はいつものように修行に行けばいいと仰ってくれたのだが、そういうわけにはいかない。リーニエ様もそれは同じだ。どころか一番張り切っている。
どうやらアウラ様は家が汚れているのをずっと気にされていたらしい。私のせいで、ずっと部屋に籠られていたのもあるのだろう。私たちも掃除はしているつもりだが、私は背が小さくて高いところには手が届かない。ハイター様も無理はできない。そこでこんな行事が行われることになった。口には出せないが、やっぱりお母さんみたいだ。
「何やら大事になりましたね。助かります。なら私も」
「邪魔よ。あんたは自分の部屋だけ掃除しなさい。外は私がやるわ」
そんなアウラ様の姿をどこか楽し気に見つめながらハイター様もやる気をみせるも、そんな風に断られてしまう。最初からそのつもりだったのだろう。知らない人が見れば、仲が悪いかのようなやり取り。しかしそれは
「なるほど。では従うとしましょうか。また天秤を持ち出されては敵いませんから」
「……根に持ってるわね、あんた」
お二人にとってはそうではない。まるでからかうように、子供みたいにハイター様はそうよく分からないことを口にされている。二人の間ではそれで通じるのだろう。やっぱり大人はすごい。それにちょっと羨ましい。私もあんな風に誰かとやり取りができるようになれるだろうか。人見知りの私にはまだまだ難しそう。
そんなこんなで、総出での大掃除が始まった。でもそれは、私が想像しているような掃除ではなかった。私は分かっていなかったのだ。アウラ様が魔族、ではなく魔法使いなのだということを。
「すごい……」
その光景に思わず目を奪われる。それは魔法であっという間に掃除をしていくアウラ様。埃を、落ち葉を集め、汚れを洗い流していく。庭に生えていたたくさんの雑草も簡単に抜かれていく。魔法使いだからこそできること。便利で役立つ魔法の数々。それが魔法の本来の使い方なのだ。そんなことすら自分は気づけなかった。魔法はイメージだ。だとしたら、アウラ様はきっとそれができているのだろう。そんな生活をアウラ様はされていたに違いない。きっと私が物欲しそうに見ていたからだろう。
『もう魔導書は持ってないわよ』
アウラ様にそう言われてしまった。思わず恥ずかしくて顔が赤くなってしまった。そんなに顔に出ていただろうか。でも残念だが仕方ない。まだ花畑を出す魔法も習得できていないのだから。何よりも驚いたのは
(本当に空を飛んでる……!)
アウラ様が当たり前のように空を飛んでいることだった。今も宙に浮いたまま。屋根の掃除をするために。空を飛ぶことは、魔法使いの醍醐味でもある。実際に見るとやはりすごい。憧れてしまう。
「私も飛べるんだから! フェルンも連れて行ってあげようか?」
「いいのですか?」
そんな私の様子を見ていたからか。まるで自慢するように胸を張られているリーニエ様。そうか。まだ見たことはなかったが、魔族であり魔法使いであるリーニエ様もそれは同じなのだろう。一緒に連れて行ってあげると私に向かって手を伸ばしてくれる。まるで妹の手を引いてくれるお姉さんのように。それに思わず私も手を伸ばす。空を飛ぶことに憧れがあったからだ。一体どんな感じなのだろう。怖いのか、楽しいのか。でもリーニエ様と一緒なら大丈夫なはず。でもそれは
「もちろん! 私はお姉さんだか……ら……」
「────」
リーニエ様を見つめているアウラ様の物言わぬ視線によって終わりを告げる。きっと言葉はいらなかったのだろう。どこか見覚えがある。そう、まるで一緒に水浴びをしていて叱られてしまった時のよう。私を連れて空を飛ぶことはきっと、アウラ様からすればしてはいけないことだったのだ。
「……うん。アウラ様の邪魔になったらいけないから、私たちは中を掃除しようか!」
「はい。お願いします」
まるで借りてきた猫のように大人しくなりながら。それでもすぐに切り替えてリーニエ様は家の掃除へと向かっていく。それに振り回されながら、外の掃除はアウラ様に任せて私もまたそれに続く。いや続こうとしたのだがやはり置いて行かれてしまう。
それはリーニエ様がものすごく手際が良かったから。私が一つの場所を掃除している間にその何倍も進んでいる。しかも私よりもずっと綺麗に掃除している。私が小さいからだけではない。アウラ様の魔法に匹敵するのではないかと思うほど。それにリーニエ様は得意そうに教えてくれた。家でもよくやっていたのだと。何よりも
『これはヒンメルの動きを真似してるの。頼りにならないけど、掃除は上手だったから』
それはリーニエ様の魔法でもあったのだ。リーニエ様の魔法は模倣、誰かの真似をすること。ヒンメル様の剣を真似されているのは知っていたが、まさか掃除の仕方もなんて。何でも料理はアウラ様の真似をしているので得意だが、アウラ様の方が上手いので任せているとか。リーニエ様らしい。
(魔族の方にとって、魔法は当たり前の物なのですね……)
改めて実感する。私たち人間と、リーニエ様たち魔族の違いを。魔法に対する感覚がきっと違うのだ。私たちが手を動かしたり、歩いたりするように魔法を使っている。アウラ様が自分に魔法を教えられないと言ったのはそういう意味もあったのだろう。何でも魔族はみんな一つ自分だけの魔法を持っているらしい。それを鍛錬することが目的なのだと。リーニエ様の真似もその一環なのだろう。ならアウラ様の魔法は一体何なのか。一度それを尋ねたことがあったが
『……下らない魔法よ。気にしなくていいわ』
そう言って教えては下さらなかった。何か気に障ることだったのだろうか。リーニエ様に聞こうかと思ったが、できないでいた。今度ハイター様に聞いてみよう。そんなことを考えていると
「じゃあ次は書斎にしようか!」
仕事を終わらせたリーニエ様が次の目的地へと向かおうとされていた。本当にすごい。このままいけばきっと家中があっという間に綺麗になってしまうに違いない。でも、私は思わず尻込みしてしまった。
「書斎……ですか」
その向かう場所によって。それは、私にとってはあまり触れたくない場所でもあった。
「どうかしたの?」
「えっと……書斎はちょっと怖くて……苦手なんです」
思わず嘘をつきそうになるもすぐに止める。この方を前に嘘をつくのは意味がない。そもそもそんな嘘をつく必要もない。ただ恥ずかしいからなのだから。書斎は家の地下にある。そのせいもあってか、薄暗い。特に夜は怖い。どこかお化けでも出てきそうな雰囲気がある。たくさんの本棚や、石の壁でできているせいもあるだろう。一人ではできるだけ近づかないようにしている。子供っぽいと言われても仕方ない恥ずかしい理由。でもそれは
「そうなんだー。確かに薄暗くて、何だかダンジョンみたいだもんね」
「ダンジョン……ですか?」
リーニエ様にとっては、全く違うように見えているらしい。私からは想像もつかないような発想。思わず目を丸くしてしまう。
ダンジョン。冒険者が探検する場所のことだったはず。見たことはないが、それは知っている。勇者様一行の冒険譚にも何度も出てくる場所なのだから。奥には金銀財宝があり、それを守るようにたくさんの仕掛けや強い魔物が待ち構えている。どこかわくわくしてしまうような、憧れの場所。考えつきもしなかった。そんな風にリーニエ様にはあの書斎が見えているのだ。そう思えば、怖くないのかもしれない。何よりも
「でも大丈夫! 私、ヒンメルと一緒にたくさんダンジョン攻略してきたから得意なの! 任せて!」
リーニエ様と一緒なら、きっと本物のダンジョンでも平気に違いない。この方はアウラ様の従者であり、勇者ヒンメル様の一番弟子。そして
「────はい。頼りにさせてもらいます。リーニエ様」
私にとっては頼りになるお姉さんなのだから。
そのまま二人は掃除という名の探検へと進んでいく。そこに何が眠っているのか知らぬまま────