ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十二話 『本音』

────夢を見る。

 

 

懐かしい夢を。覚えている。あの姿を。あの声を。

 

 

でもきっと、色褪せていくのだろう。思い出せなくなっていくのだろう。

 

 

それでもきっと私は────

 

 

 

「…………ん」

 

 

ふと、目を覚ます。目の前には見慣れない……いや、見慣れてきた自分の部屋。知らずうたた寝をしてしまっていたらしい。何か懐かしい夢を見ていた気がする。今思い出せば笑ってしまうような、下らない夢。ここ最近は見ることはなくなっていたのに、何故なのか。思い出すのは──

 

 

『君に、フリーレンと友達になってほしいんだ』

 

 

そんな、どこまでもお人好しだった誰かの言葉。

 

  

 

(────馬鹿じゃないの)

 

 

ヒンメルへの呆れと共に自嘲するしかない。ついさっきまで日記を読んでいた影響だろう。悪夢でしかない。

 

溜息を吐きながら、改めてそれに目を向ける。机の上に置かれている一冊の本。フェルンたちによって発見されたヒンメルの日記。あの場で私が没収した物だった。

 

それを手に取りながら後悔するしかない。きっかけは私自身が提案した大掃除だった。まさかそれでこんな物が見つかるなんて誰が想像できるのか。きっとヒンメルですら想像できていなかったに違いない。書斎をダンジョンだとでも勘違いしていたのだろう。ならそれを一番弟子であるリーニエに暴かれるのは必然だったのかもしれないが。いや、それに気づいたのはフェルンだったようだがそれはともかく。 

 

 

(やっぱり探し出して燃やしておくべきだったわね……)

 

 

真偽と内容を確かめるために仕方なくそれに目を通したのだが、自伝と日記の違いどころではない。あいつは日記と手紙の違いも理解していなかったに違いない。これはあいつのあのエルフへのラブレターだった。それを読まされるなんて一体何の冗談なのか。質が悪すぎる。その部分については流し読み、読み飛ばすしかなかった。こんな物を掘り出されるなんて。恥でしかない。私だから良かったようなものの、何も知らない人間の目に触れれば勇者といえど、あいつも憤死してしまうに違いない。今更燃やしても手遅れだろう。

 

 

(もう私は忘れ始めてたってことね……)

 

 

そう、私はもう忘れ始めていたのだ。あいつがどんな奴だったのかを。あいつが私よりも私のことを理解しているのだということを。あいつが、私にとっての友達であることを。

 

この本には、私ですら知らないあいつのことが記されていた。私が解放されてからの、私の知らないあいつが。私が覚えているままのあいつが。そうだ。あいつが気にしていないはずがなかったのだ。私たちが流星を見たかどうか。真っ先に聞いてくるに決まっている。その返事まで見透かされていたのだから。その極めつけがこれだ。

 

 

(……何が親愛なる、嘘つきの友達へ、よ。相変わらず格好ばかりつけているわね)

 

 

知らずフリージアのアクセサリを手に取りながら呆れるしかない。読んでいるこっちが恥ずかしくなるような締めくくりだった。いつから日記は手紙になったのか。格好つけてばかりの勇者様は死んでも変わらないのだろう。

 

ならこれも形見になるのか。いや、遺書だろうか。何にせよ自分にとっては呪いの書なのだろう。ある意味教典なのか。どちらにせよ碌な物ではない。

 

 

(どうしたものかしらね……)

 

 

頬杖を突きながら途方に暮れる。この日記を見つけてから十日が過ぎようとしている。リーニエとフェルンにはこのことは他言無用だと命じてある。日記の存在を知られることもだが、何よりもそれがハイターに知られるのを防ぐために。それは直感に近いもの。このことを知られればあいつに良いように利用されてしまうのは目に見えている。

 

あのまま書斎の掃除を引き継ぎ、この一冊以外は元の場所に戻してきた。何せ五十年分だ。それを全て私の部屋に持ち込めばいくら何でも気づかれてしまう。いや、ただ私は恥ずかしかったのかもしれない。それを知られることが、読んでいることを知られることが、か。

 

本当ならもっと先で辿り着くはずだった答えを知ってしまった。物語を読み終わらずに結末を見せられてしまった気がする。死んだ後も私を振り回すなんて。本当にあいつらしい。本当に癪な奴。

 

 

『ヒンメルならそうした』

 

 

それが勇者一行が揃って口にする言葉で、私の行動原理だった。もういないのに、それを続けている私の矛盾。そうではない。ヒンメルにもできなかったことをする。人類と魔族の共存。あいつの夢のために。そのために私はフリージアを作った。けれど

 

 

『アウラ。それは本当にお前がしたいことなのか? ヒンメルならそうしたから、そうしているだけじゃないのか』

 

 

いつかのアイゼンの言葉を思い出す。あの時、答えることができなかった。答えを先送りにした問い。それはアイゼンが正しかったからなのだろう。いや、それに言い返すことがあの時の自分にはできなかった。

 

囚われてしまっていた私には。自分で自分を縛っていたのだろう。笑い話だ。この私が。皮肉でしかない。

 

今更止めることなどあり得ない。飽きたから止めるのでは子供と変わらない。リーニエにすら怒られてしまうに違いない。ならどうするべきなのか。その答えにようやく辿り着きかけながらも、最後の一歩が踏み出せないでいる中

 

 

「……アウラ様。いらっしゃいますか?」

 

 

控えめなノックと共に、聞き慣れた少女の声が響き渡った。

 

 

「……ええ。いいわよ。入りなさい」

 

 

一瞬体が反応しながらも、そのまま机の上に置いていた日記を引き出しにしまう。まるで子供が失敗を隠すように。これではこの子たちのことも言えない。すぐさま平静を装いながら、欺きながらフェルンを迎え入れる。

 

 

「早かったのね。それともリーニエがまた何かしでかしたってわけ?」

 

 

そこにはいつものようにローブを纏ったフェルンの姿がある。その様子から、いつものように鍛錬に打ち込んでいたのだろう。少しはリーニエに見倣わせたいぐらいだ。しかし珍しい。いつもなら夕方になるまで帰ってこないというのに。まだそんな時間ではない。だとすればまたリーニエがやらかしたのか。それとも振り回されているのか。これではどちらが姉か分かったものではない。そう呆れるも

 

 

「あの………」

「……? 何よ?」

 

 

何やら様子がおかしい。フェルンはどこかもじもじとしたまま要領を得ない。目がどこか泳いでしまっている。まるで初めて会った頃のように。確かに人見知りで、感情をあまり表に出さない子だったが最近は慣れてきたのか。それともリーニエの影響か。私ともそれなりに会話できるようになっていたはずなのに。何かあっただろうか。その意味を。

 

 

「……アウラ様。よかったら、これを……」

 

 

どこか意を決しながら、私に何かを差し出してきたフェルンによって、ようやく私は理解した。

 

 

「それは……」

 

 

それは蒼月草だった。私が出した物ではない。花畑ではない、一輪の青い花。思わずそれに目を奪われる。花の美しさだけではない。それを差し出してくる小さな両の手に。何かに耐えるように、緊張しながら私にそれを贈ってくれるフェルンの姿に。

 

 

「────」

 

 

かつてのリリーを思い出す。同じように、何でもない白い花を贈ってきたあの子。私をお姉さん呼ばわりしてくる、リーニエのお姉さんであり、私の妹。今頃何をしているのか。考えるまでもない。あの子もシュトロと同じで昔と変わっていないのだから。花が好きな、私の魔法が好きだと言ってくれたあの子のままなのだろう。

 

そんな私の様子を勘違いしたのか。フェルンはますます縮こまってしまっている。怒られると思っているのか。それとも失望されていると思っているのか。改めて、その花を目にする。私以外の魔法使いが咲かせた、初めての蒼月草。

 

 

「……悪くないわ。まだまだ粗削りだけどね」

 

 

その花を受け取りながらそう評価する。ありがとう、という言葉の代わりに。きっとこの方がこの子には伝わるだろう。私の嘘が。この短時間で、ここまでの花を咲かせるなんて。私でさえ四苦八苦したというのに。魔法はイメージだ。なら、この子の想像は私を超えるのだろう。ゼーリエの奴が見れば羨ましがるに違いない。

 

 

「────はい。ありがとうございます」

 

 

それによって静かに、それでもまるで満開の花が咲くように笑みを見せるフェルン。そうか。きっとこの子は私たちがもうすぐここを去ることを察したのだろう。だからこそ、この花を、成果を見せたかったのだ。一番岩を打ち抜くのには、何の役にも立たない下らない魔法だというのに。私が魔導書を渡したからこそ。

 

 

『だから僕たちは誰かにそれを託すんだ。自分がいなくなっても、残り続けるように。君もその魔法を誰かに継承させる、伝えるのもいいかもね』

 

 

ヒンメルからすれば、私は託したのだろう。その魔法を、繋がりを。知らず、自分が今、それを為し遂げたのだと。魔族にはない、継承という概念。

 

 

(そう……ハイターも同じだったってことね)

 

 

今更それに気づくなんて、私もまだまだ魔族なのだろう。人類を分かった気になるのは千年早い。ハイターのやろうとしていたことも同じなのだ。

 

自分が拾ったくせに、面倒を押し付けようとしている。託そうとしている。本当にいい迷惑だ。私にとっても、この子にとっても。

 

 

「……ちょうどよかったわ。フェルン。あんたに聞いておきたいことがあったの」

「私に、ですか?」

 

 

この子は犬や猫ではない。ましてや魔族ではない。人間なのだ。なら、私がすべきことは決まっている。天秤として公平であるために。

 

 

「────フェルン。あんた、私たちの国で暮らす気はある?」

 

 

この子の願い(本音)を確かめること。

 

天秤をかざすことなくそれを問う。この子はきっと嘘をつくだろう。自分のためではなく、ハイターのために。人間のくせに、魔族のように。ハイターもそれは同じだ。自分のためではなく、フェルンのために嘘をつくのだろう。ヒンメルが言っていたように、人間は魔族よりも嘘つきなのだから。

 

 

「────正直に答えなさい。偽ることは許さないわ」

 

 

なら私が暴いてやろう。私は魔族だ。そんな嘘に縛られることもない。そんな無駄な、下らないことに付き合う義理もない。

 

『断頭台』として。己の欲望のために。それを満たすために。それがあの時のアイゼンの問いへの私の答え。

 

これは私の復讐なのだ。勇者一行をこの手で■■させる。あの時できなかったことを。もうヒンメルはいない。勇者はいない。なら残りの三人を。僧侶を、戦士を、そして魔法使いを。

 

まずは僧侶から。手強い相手だが、勝算はある。伊達にヒンメルよりも長く付き合っているわけではない。

 

あいつを騙してみせる。あいつを■■させるために。それが今の私の在り方。

 

それによって本能が刺激される。魔族としての私の性が。この二十年間で失われていた熱が。魔力が体を巡るように。

 

なら見せてやろう。『天秤』であり『断頭台』でもある私のやり方で。欲望のまま蹂躙してくれる。ヒンメルならそうしたからではない。もっと利己的な、魔族(わたし)らしい理由のために。何故なら

 

 

「あんたが先に約束を破ったのよ、ヒンメル。残念だったわね」

 

 

だから今度は私の番。好きにさせてもらう。私がしたいように。何の躊躇もなく、本音(本能)のままに。もう私を止められる者はいない。ヒンメルはもういないのだから────

 

 

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