「分かってはいましたが、やはり目の前にすると違いますね」
皴だらけの顔をさらにしかめて、苦笑いしながらハイターはそんなことを口にしている。その前には一つの石があった。形が整えられた、その名を刻まれた墓石が。主にリーニエが担当して作り出した物。急造にしては上出来だろう。こういうところはやはりヒンメル仕込みなのだろう。器用というか何というか。あいつは一体魔族を何だと思っていたのか。それはともかく
「何を気にしてるのよ。ただの石じゃない。そもそもこれは偽物よ」
自分の墓を死ぬ前に目にすることで戸惑っているハイターにそう告げる。人間からすれば不可解な事態なのだろう。だが仕方がない。死ぬ振りをする以上、このぐらいの偽装は大前提だ。まさか本物のこいつの死体を晒すわけにもいかない。人間には死体に固執する習性がある。わざわざ本物の死体が埋められているかどうか掘り起こすような奴はいないだろう。
何よりもこれは魔族にとってはただの石だ。何の意味もない。死んだ物にもう意味はない。もういないのだから気にしても仕方ない。それを私は知っている。理解している。あえてそうハイターに伝えるも
「違うよアウラ様。これは形見……じゃなかった、お墓だから! これを見たらみんなハイターのことを思い出せるんだって。アイゼンが教えてくれたの!」
それはリーニエによって否定されてしまう。それに思わず呆気に取られる。この子が口答えしてくるなんて珍しかったのもある。いや、きっと自慢したかったのだろう。子供が親に自慢するように。アイゼンめ。余計なことを。でもそうか。この子もあの時とは変わっているのだ。分かっているのだ。あの時、ヒンメルがもういないのに、私が墓石の前で佇んでいた理由が。
「────そうだったわね。どこかの偽物の司教よりよっぽど頼りになるわ」
「うん!」
「はて、誰のことでしょうか。それよりいいのですか、リーニエ? 嘘をつくのはいけないことなのでは?」
どこまで本気なのか。相変わらず飄々としながらもハイターはそうリーニエに問いかけている。きっとこいつは自分よりも、リーニエを気にかけていたのだろう。嘘をつかない、つけない存在であるからこそ。それに加担させてしまっては綻びが出てしまうのではないかと。しかしそれは
「いいの。アウラ様がそう言うなら。きっとヒンメルもそう言うから」
どうやら余計なお世話だったらしい。しれっと、何でもないことのようにリーニエは嘘をつく。誤魔化す。私を理由にして。まるで抜け道を見つけたかのように。ハイターのように。その方が都合が良いからなのだ。それはアイゼンの教えでもあるのだろう。事あるごとに都合が悪くなると戦士だからだと嘘をついていたあいつの。やはりあいつはお父さんなのだろう。きっとまたヒンメルに嫉妬されてしまうに違いない。
「なるほど。貴方にそう言われては仕方ありません。心が痛みますが、嘘をつくことにしましょう」
「よく言うわよ」
心にもないことを口している元司教に辟易するしかない。そもそもこいつに痛む心とやらがあるのか。甚だ疑問だが。
「あの……何か供えた方がいいでしょうか?」
そんな私たちの下らないやり取りに呆れていたのか、それとも。どこか遠慮した様子でフェルンがそう進言してくる。まともなのはこの子だけなのだろう。いや、本人の前でその墓に供え物をしようとしているこの子も大概か。やはり親子は似るものなのだろう。余計なところまで似ないことを願うしかない。
「そうね……本人に聞けばいいわ。何が欲しいか言ってみなさい」
だが偽装という意味では無駄ではない。何がいいか思案しかけるもすぐに止める。それこそ無駄でしかない。その張本人が目の前にいるのだから。聞けばいいだけ。しかし
「もちろん決まっています。ぜひお酒を」
「聞いた私が馬鹿だったわ」
それがすぐに無駄であることに気づくことができなかった。愚かなのは聞いた私の方。天国で酒を飲むのが楽しみだと豪語するこいつに何を聞くことがあるというのか。今すぐ頭から酒をぶちまけてやってもいい。もしくは目の前でか。いつかのヒンメルのように右往左往するに違いない。
(そういえば、そうだったわね……)
それによって思い出す。同じように。かつてこの場所でヒンメルに命令、お願いされたこと。遺言という名の約束。未だ果たせていないものの一つ。ならいいだろう。その真似事ではなく、代わりとして。
「……もういいわ。フェルン、こいつの周りを花畑にしてやりなさい」
こいつの墓の周りを花畑にすること。ヒンメルではないが、こいつも同じだろう。勇者一行であり、親友なのだから。揃いも揃って花好きな奴らなのだから。本当に気持ちが悪いぐらい仲が良い。そんなところまで一緒でなくてもいいだろうに。
「はい。分かりました、アウラ様」
「いいないいなー、ねえフェルン。私にも出してくれる?」
きっと私の意図も感じ取ったのだろう。フェルンは慣れた様子で、それでも集中しながらその花を咲かす。文句のつけどころのない、完璧な魔法。蒼月草の花畑を生み出していく。ハイターはただその光景に見惚れ、目を奪われている。我が子の成長にか。それともかつての記憶にか。それは私も同じだ。これでは私もこいつらのことは言えないかもしれない。
これがこの子の、フェルンの才能であり力なのだ。ハイターの言う通り、この子には魔法使いとしての才がある。よもすれば魔族よりも遥か高みに至れるほどの。一番岩を打ち抜くことはまだできていない。だがそれは時間の問題だ。私たちからすれば瞬きにも似た時間。たった一月足らずでこれなのだ。一年。十年経てばどうなるのか。
知らずそれに高揚する自分がいる。それを手に入れた、支配した達成感。いつかヒンメルを服従させ、己が物としたことに歓喜した時のように。それがきっと私の魔族の性なのだ。業腹だが、あの老害の気持ちが少しだけ理解できた気がする。もう少し成長すれば、見せびらかしてやっても良いかもしれない。きっと悔しがるに違いない。だが
「もう少しお淑やかにしなさい。お姉さんじゃなかったの?」
「…………はい」
頭に花の冠を被って走り回っている自らの従者の教育が先かもしれない。これではどちらが姉か分かったものではないのだから────
「あんたたち、忘れ物はないわね」
荷物を手に、振り返りながらそう確かめる。そこには各々の準備を済ませた三人の姿がある。出立前の最終確認。どこか遠足じみた感はあるが仕方ない。これから向かうのは遠足でも旅行でもないのだから。人間で言うなら移住だろうか。魔族で言うなら新しい縄張りに向かうようなもの。
もっとも人間のように徒歩や馬車を使うことはない。そんな無駄なことをしなくても私たちは飛んでいけるのだから。時間もかからない。人間たちはそれに莫大な魔力を消費してしまうため、滅多にしないようだが私たちには関係ない。目下その辺りを睨んでの飛行魔法の研究を進めているのだがそれはそれ。ヒンメルがいればつまらないと言われてしまいそうだが、幸いここにはもういない。
何よりも普通に旅をすれば、この老いぼれの従者がどうなってしまうか分からない。空を飛んでいくことに、背負われていくことに戸惑いはあるようだが黙らせた。こいつにできることはせいぜい落とされないようにしがみつくことだけ。
「うん! 大丈夫だよ! ちゃんとヒンメルの剣は持ってるから」
「私も大丈夫です」
その意味が分かっているのか怪しいリーニエはその手にある剣をこれみよがしに掲げている。この子にとってはそれが一番大事な物なのだろう。ここには持って来ていないが、アイゼンに作ってもらった剣もそうだろう。それとは対照的にどこか遠慮気味に、恥ずかしそうにしながらフェルンはその手にある杖と、鞄を確認している。その中には私が渡した魔導書が仕舞われているのだろう。物好きな子だ。もう覚えているというのに。
そして残った一人は特に何かを手にしているわけではない。最低限の私物しか持っていない。こいつにとっての大事な物なんて一つしかないだろうに。
「あんた、酒はどうしたわけ?」
「心外ですね。まるで私が酒好きのようではありませんか」
「どうしてそんな嘘つくの?」
「鏡を見て見なさい。女神の奴も許しちゃくれないでしょうね」
子供でも分かるような嘘をついている生臭坊主。一体どういうつもりなのか。こいつが酒を持ち出さないなど。明日にでもお迎えがやってきかねない。
「これは手厳しい。ですが忘れてはいませんよ。貴方に教えてもらいましたから」
そんな私をよそに、ハイターは隣にいるフェルンの肩に手を置いている。それだけで十分なのだと示すように。あれだけ言葉で伝えろと言っているのにこいつは。晩酌をしたあの夜の意趣返しなのだろう。本当に小癪な奴。
それを無視しながら、自分の荷物も確認する。といっても私はハイターたちと違ってここに住んでいたわけではない。持ってきた荷物をそのまま持って行けばいいだけ。しかし、一つ大きな荷物が増えていた。それは
「しかし意外でした。てっきりそれはここに置いていくものかと」
勇者が遺した宝箱の中身。日記だった。一冊だけではない。その全て。ほぼ五十年分なのでその厚さも重さも比ではない。魔族である私でも骨が折れる。それを見ながらハイターはそう尋ねてくる。なるほど。それもそうか。確かに私もそれは考えた。この日記を元の場所に戻すことを。これは日記であり手紙でもあった。それが誰に宛てたものであるかなどもはや問うまでもない。
ならこれを手に入れる、読む資格はあのエルフにもあるのだろう。ヒンメルならきっとそうしたに違いない。それでも
「────これは私の物よ。誰にも渡すつもりはないわ」
あいつとの五十年の時間だけは、私の物だ。誰にも渡さない。だからあいつに教えてやることなんて何もない。せいぜい自分の薄情さを呪うがいい。
「……何よ。文句があるわけ?」
「まさか。罪な男だと思っただけです」
そんな私の答えをどう受け取ったのか。どこか知った風な顔をしているハイター。ご丁寧にアイゼンの真似まで。文句があるなら言えばいい。もっとも倍にして返してやるが。私とこいつは主従なのだから。なので
「……あんたが考えてることを当ててやりましょうか。あのエルフがここに来た時のことを考えてる。そうでしょう?」
倍ではないが、仕返しをしてやろう。さっきからこいつがどこか上の空だった理由。ここを旅立つことではなく、旅立った後のことを考えているであろうこいつの心の内を。自分の死んだ後、いなくなった後ばかりを気にするこいつらの習性を。
「……お見通しでしたか。その通りです。何か置手紙でもと考えたのですが……」
「馬鹿ね。そんなことしたらあんたが死んだ振りする意味がなくなるわ」
「違いありません」
その浅はかさを自覚していたのか。それとも私に見抜かれてしまったからか。そう白状するハイターの姿はどこか力がない。こいつならそんなことすぐに分かるだろうに。せっかく死んだ振りをしたのに、生きていると知らせる手紙を残すなんて本末転倒だ。それでは取引に反する。そんなことは許さない。もう服従させた後なのだから。そもそもそれは無駄な心配だ。何故なら
「あのエルフの二つ名は知ってるでしょ? どうせあんたのお迎えが近くなったら勝手にやってくるわ。フリージアにね」
あのエルフは『葬送』のフリーレンなのだから。その二つ名の意味を、私は身を以て知っている。魔族としてではなく、人類としての意味を。遠からずあの薄情者はやってくるだろう。かつてのヒンメルの時がそうであったように。人間たちの言う死神のような存在。ならそれを待てばいい。ミミックでも用意した方がよほど有意義だろう。もっとも、私はそんな程度で済ます気はないが。
「貴方が言うと説得力が違いますね。ならそれに従うとしましょう。私は貴方の従者ですから」
「そうね。肝に銘じておきなさい。こき使ってやるわ。後でフリーレンの方が良かったと後悔するぐらいにね」
「はっはっはっ。それは楽しみです」
後悔してももう遅い。運がなかったとあきらめるといい。静かな余生など期待するのが間違いだ。せいぜいこき使ってやろう。頭を落とされなかっただけマシだと思うほどに。
「…………」
「どうかしたの、フェルン? フリージアに行くのが怖くなったの?」
そんな私たちは裏腹に、どこか緊張した面持ちのフェルン。フリージアに行くことに不安があるのか。それともリーニエに背負われていくことへの恐怖か。もっともその対策に落とされないように括り付けていく手筈にはなっているのだがやはり足りなかったか。
「いえ……そうではなくて、聖都で上手くできるかどうか心配で」
リーニエの前だからか。嘘をつくことなく素直にフェルンはそう打ち明ける。なるほど。無理もない。私たちはフリージアに直行はせず、一旦聖都に寄る手筈になっていた。それはハイターの死を伝えるために。もちろん、ハイターが一緒に付いて行くなど論外だ。笑い話にもならない。
同じく私たちもそれは同じ。魔族である私たちが聖都に入れるわけがない。いや、入ることはできるだろうがその方が厄介だ。天秤扱いされてしまってはハイターどころではなくなってしまうだろう。なのでフェルンにとっては自分一人で、一世一代の嘘をつかなくてはいけない。緊張するなという方が無理だろう。それに
「大丈夫だよ、フェルン! 私もアウラ様もいるから! 頼りにしてね!」
まるでお姉さんのように自信満々に応えるリーニエ。そこに嘘や偽りはない。私が命じたからではない、リーニエ自身の意思。頼りにするという、リーニエにとって特別な言葉。
「はい。頼りにさせてもらいます。リーニエ姉さん」
「うん! 任せて、私はお姉ちゃんだか……ら……?」
それを感じ取ったからか。安堵した笑みを浮かべながら、同時にどこか気恥ずかしそうにしながらもしっかりとフェルンは返事をする。それがあまりにも自然すぎたからか。リーニエはすぐには気づくことができない。それでもようやくその意味に気づいたのか。徐々に目を見開き、口をパクパクさせてしまっている。まるで私に叱られてしまったかのように。しかしそれとは真逆の理由で。
その後はもうお祭り騒ぎだった。リーニエにとっては念願が叶った瞬間だったのだから。リリーたちの時から考えれば八十年近くか。そのままフェルンを抱き抱えたままくるくると踊り始めてしまう。そのまま空に飛び上がってしまいかねないほどの喜びっぷり。
「そういえば忘れてたわね。少し待ってなさい」
それにあてられて、忘れてしまうところだった。そのまま三人を待たせて家へと向かう。それに向かって手をかざす。恐れはない。不安もない。もう私はその魔法を使えたのだから。何よりも、少しは師匠らしいところを見せなくては。頼まれたからとはいえ、魔族とはいえ。私はフェルンを弟子にしたのだから。真似ではなく、学んでいかなくては。
そのままいつかのように、家に彩を加える。かつてあいつに言われてそうしたように。今度は私自身の意思で。
「────アウラ。きっとヒンメルも喜んでいますよ」
それを見ながらハイターがそう告げてくる。まるで代弁するように。今もあいつが、それを見ているかのように。どこか僧侶のように、らしくないことを。
「下らないこと言ってないで、さっさと帰るわよ。付いてきなさい」
それを無視しながら歩き出す。行きとは違い、帰りは四人で。道中騒がしくなるのは避けられない。フリージアに帰ってからもそれは同じだろう。それに頭を悩ませながらも
(────さて。あいつはどう服従させてやろうかしらね)
アウラは次なる獲物に狙いを定める。魔族のように。人類のように。断頭台のように。天秤のように。悠々自適に暮らしているであろう、都合の良い筋肉馬鹿へと────
勇者一行────残るは二人。
作者です。
長くなりましたが、次話で一区切り。フリーレン視点のエピソードになります。お楽しみに。