「これはこれは。珍しいお客様がいらっしゃいましたね」
無駄話ばかりする偽物の賢者に振り回されながらも、ようやく目的地である大聖堂にたどり着く。同時に聞きなじみのある声が迎え入れてくれる。私よりも小柄な、どこか頼りない風体。法衣を纏っていなければそこらにいる老人の一人でしかないだろう。それも頭に被っている麦わら帽子で台無しだ。リュグナーの予想通り、農業科で畑でもいじっていたに違いない。こいつほどフリージアでの生活を謳歌している奴はいないだろう。
「国王が帰ってきたっていうのに挨拶もなし? 少し見ない間にずいぶん偉くなったのね、シュトロ」
「そんなことは。祈りを捧げてもアウラ様の機嫌を損ねるだけでしょうから」
「ふん。まあいいわ。あんたの言う通り、珍しいものを拾ってきたわ。面倒を見ることになるから挨拶なさい」
売り言葉に買い言葉。ああ言えばこう言う。仮にも国王である私に対する態度とは思えない。本物の国王であったのならその場で不敬罪で処刑されてしまうに違いない。その図太さは私が拾ってきた、今も後ろにいる生臭坊主に匹敵するだろう。このまま無駄なやり取りをしていても仕方ないのでそのまま挨拶を促すことにする。もっとも、そんなものは必要ないのだろうが形式として。もしかしたら老いぼれて忘れてしまっているかもしれない。人間はすぐに忘れる生き物なのだから。
「それでは。シュトロと言います。ここでは司祭の真似事をさせてもらっております。見ての通り、農業の方が得意なのですが。お久しぶりです。ハイター様。二十年ぶりでしょうか。お元気そうで何よりです」
だがそれは無用な心配だったらしい。どこか楽しげにしながらシュトロはそうハイターに挨拶する。確かこいつはハイターに世話になっていたはず。神父つながりだっただろうか。ある意味師弟関係のようなものだろう。それにしても二十年か。人間でいえば長い年月になるはずだが、それを感じさせない。偽名の件はまだいいだろう。何にせよこの場なら何の問題もない。
「お互い歳を取りましたね。立派にやっているようですね、シュトロ。お世話になります。この子はフェルン。私の……そうですね。娘のようなものでしょうか」
「……っ! フェルンです。よろしくお願いします……」
「可愛らしいお客さんですな。リリーがいればきっと大喜びしたでしょう」
そんなシュトロを見ながらも、いつかのようにやり取りをしているハイター。違うのは互いに老いぼれてしまっているということ。あんなに歳が離れていたというのに。やはりハイターは無駄に長生きなのだろう。それを指摘すると調子に乗るので口にはしないが。
状況についていけず呆気に取られているフェルンも慌てて挨拶している。こういうところはまだまだ子供なのだろう。もしかしたらハイターに娘扱いされていることの方に焦っているのかもしれない。
「しかし何故ここフリージアに?」
「アウラに従わされてしまったのですよ。まさかこんなことになるとは。歳は取りたくないものです」
「懐かしいですな。私も出合い頭に服従させられたのはいい思い出です」
「あんたたちを拾ったのは間違いだったわね」
すぐさま拾ったことを後悔するしかない。考えが足りなかったか。そう、こいつらが揃うということは煩わしさが、賑やかさが倍になるということなのだから。まるで息があったかのように、下らないことを口にしてくる。紛らわしいことこの上ない。今からでも捨ててきたい気分だ。本当に私に従っているのかも疑わしい。
「とりあえずこいつには教典科の手伝いをさせるわ。腐っても司祭だった奴よ。少しは役に立ってもらうわ」
「それは心強い。私もまだまだ未熟なので助かります。教典と言えばそういえば、酒は百薬の長という教義の見直しについてはどうなりましたか?」
「もちろん残してありますとも。聖典にも健やかに生きよとあります。飲酒はその最たるものですから」
「なるほど。ハイター様が仰ると説得力が違いますな」
「あんたたちね……」
本当にこいつらは二十年ぶりに会ったのか。とてもそうとは思えない。騙されているのではないか。そして私の国の教典で何をしてくれているのか。完全に私物化している。酒を控えているというのにこれだ。そういえば段々思い出してきた。こいつの酒狂いを。何度その後始末に付き合わされたか。唯一の救いはフェルンがそれを知らないことか。もっともそれはそれで違う誤解を生んでいるのだが。何にせよあの子にも酒は禁止すべきだろう。嫌な予感しかしない。そんな中
「ねえねえシュトロ聞いて! フェルンはすごいんだよ! 頑張り屋さんで花畑を出す魔法が使えるの! アウラ様に教えてもらったんだから!」
私が話していたから待っていたのか。それとももう我慢できなくなったのか。旅行から帰ってきた気分の我が従者はそのままシュトロに向かって捲し立てていく。まるで親に自慢する人間の子供のように。いや、この場合は兄弟になるのか。しかも自分ではなくフェルンのことを。
「それは凄いですな。小さいのに魔法使いなのですか。それにしても、花畑を出す魔法ですか……」
そんなリーニエを慣れた様子であしらいながらシュトロはフェルンを見つめながらも、私に視線を向けてくる。意味ありげに。言葉にせずとも伝わってくる。こいつが私に何を言いたいのか。
「……何よ」
「いえ、何か良いことがあったのかもしれませんな。そういえばちょうど街の整備を考えておりまして。関所の入り口に彩が欲しいと思っていたのです。久しぶりに姉さんの花畑が見てみたいですな。フェルン様にも手伝ってもらえると助かります」
「あ、はい。私でよければ……」
それすらお見通しなのだろう。あえて深く聞くことなく、そんな提案をしてくる。恐らくはずっと考えていたことだったのだろう。しかもそれにフェルンを巻き込み、利用しようとしている。その手練手管は隣にいるハイターに近い。本当にこいつはいつまで経ってもクソガキのままだ。
「どうかしましたか?」
「いえ……その、シュトロ様がアウラ様のことをお姉さんと呼ばれていたので」
事情が分からないまま巻き込まれてしまっているフェルンだが、それとは違う理由で戸惑ってしまっていたらしい。無理もない。種族としても、ここフリージアであってもあり得ない呼び方をシュトロは私にしているのだから。もっとも私もフェルンに言われるまで、こいつにそう呼ばれたことに気づけなかったのだから慣れというのは恐ろしい。人間も魔族もそれは同じなのだろう。
「なるほど。確かに不思議に見えるかもしれませんな。私は小さい頃からアウラ様と一緒に暮らしておりまして。私にとってはお姉さんなのですよ。何度か間違えてお母さんと呼んでしまったこともあります」
「あんたね……そのうち本当に不敬罪で処刑するわよ」
「それは勘弁ですな。なので私にとってはリーニエも妹のようなものなのです。知らない人から見れば祖父と孫に間違えられてしまいますが」
人間特有の昔を懐かしむ空気を纏いながら、シュトロは自らの醜態を晒している。私にとってもそれは同じか。今思い返せば異常でしかなかった。魔族である私が人間の村で暮らすだけでもそうだというのに。それもこれもあのお人好しの勇者のせいだろう。間違えてお母さんと呼ばれてしまうのはリリーも、フェルンも同じだ。思い出したのか、フェルンもどこか気まずそうにしている。
何よりも種族の違い、寿命の違いが大きいだろう。端から見れば年老いた男性が、若い女性相手に姉さん呼びしているのだから。リーニエに至っては孫でもおかしくない。知らない人間に見られれば、違う罪で投獄されかねない。
見た目が同じでも中身は全く違う。短命種と長命種の違い。それをフェルンは目の当たりにしたのだ。この子だけではない。ここフリージアで暮らしていくからには避けて通れない違いであり、差別でもある。目下私の頭を悩ます種でもあるのだがそれはそれ。
「シュトロのくせに生意気。私の方がお姉さんなんだぞ。それに私はフェルンのお姉ちゃんになったんだから! ね、フェルン?」
「は、はい……」
「ほう。それはそれは」
妹扱いされてしまい不満げに頬を膨らませるが今日のリーニエは一味違う。何故ならリーニエはとうとう念願を叶えたのだから。あまりにも強引なやり口だったが、まあいいだろう。フェルンが嘘をついていないのはリーニエ自身が証明している。シュトロもすぐに察したのだろう。この場にいればリリーもそうだったに違いない。
「気を付けてね、フェルン。油断するとスカート捲られちゃうんだから」
「そ、そんなことは……フェルン様。それは時効でですな」
そしてここでも種族間格差を学ぶことになるフェルン。いや、シュトロもか。珍しく狼狽している。こいつにとっても忘れたい過去なのだろうが、残念ながらそうはいかない。リーニエにとっては最近までスカート捲りをされていた感覚なのだから。私にとってこいつがずっと生意気なクソガキのままであるように。
「下らない話はそこまでにしなさい。とりあえずこの二人は大聖堂で暮らさせるわ。部屋を準備しなさい、シュトロ」
手を叩き、意識を切り替えながらシュトロにそう命令を下す。老いぼれても司祭なのだろう。すぐさま司祭の顔に戻るシュトロ。いつまでもここでお喋りしている暇はない。私は短命種ではないのだから。
「ここでですか? こんな豪華な場所でなくとも私たちなら」
「あんたのせいよ。その無駄に大きな魔力が厄介なのよ。魔族の連中を刺激するだけ。面倒事は御免だわ」
珍しく察しが悪いハイターにそう釘を刺す。無理もないか。これは魔族の、魔法使いの問題だ。一言でいえばこいつの魔力が大きすぎるのだ。今は私の方が上回っているが、それでもかつての私に匹敵する魔力を有している。今はあきらめ……ではなく慣れてしまったが、当時の私ですらそれを前にすれば平静ではいられなかった。魔法使いとしての誇り。驕り、嫉妬だろうか。
その証拠にここに入国してから、魔族の視線はハイターに注がれていた。リュグナーですらそれは隠しきれていなかった。抑えられない魔族の性。あの場では私がいたことで何の問題も起きてはいないが、リスクが高すぎる。いくら人間を傷つけられない制約を課していても、油断はできない。むしろそれがない神官の連中の方が危うい。少なくともその存在が周知されるまでは手元に置かせてもらう。
「それが嫌なら魔力を制限して過ごしなさい。四六時中ね。あんたにそれができる? できないならここで暮らしなさい」
それが私の条件だ。魔力を制限して暮らすこと。それができるのなら考えてやってもいい。それがあのエルフと同じことを強いる形になってしまうのは皮肉でしかない。こいつには魔族のように魔力を誇示する理由も何もない。だがそれ以上に、避けられない問題があった。生き物である以上、避けることができないもの。
常に魔力を制限するなど、常に体を強張らせるようなものだ。まともな精神ではできはしない。生き物である限り魔力の揺らぎを消すことなどできない。だがそれを限りなくゼロに近づけることはできる。そんな無駄なことをしているのはリーニエと、あの老害。薄情者ぐらいだ。老い先短いこいつにできることではない。
「参りましたね……流石にそれは無理ですね。フリーレンのようにはいきません。従いましょう。同じ老人なのですからもっと体を労わって下さい」
「最初からそう言いなさい。それと、今度それを言ったら許さないわよ」
「これは失礼。もう一週間口をきいてもらえないのは勘弁ですからね」
降参とばかりに手を挙げながらも笑っているハイター。全く懲りていないのだろう。なので警告しておく。私なりの最終通告を。かつてヒンメルも音を上げた刑罰。こいつも身に覚えはあるのだろう。私はあのエルフほど甘くはない。次はない。
「時間が惜しいわ。シュトロ。溜まっている祝福と裁判の予定を組みなさい。一週間で片づけるわ」
纏っていたあいつにもらったローブを脱ぎながら自室に向かう。煩わしいが、法衣を纏うために。この国の王であり、教主を演じるために。国民を騙すために。
二人のことは後はシュトロに任せればいい。上手くやるだろう。まずはここでの生活に慣れさせてからだ。その間に、私は私のやりたいことを。
「それはまた性急ですな。またどこかに出かけるのですか?」
シュトロの至極当然の問いに足を止めて振り返る。当たり前だ。一月かけてようやく戻ってきたのに、一週間でまた出かけると言っているに等しいのだから。それでも迷いはない。もう我慢することも、遠慮することもない。私は私なのだから。知らず私の本能が疼いてくる。久しく忘れていた、獲物を狩る魔族の本性。思わず笑みを零しながら、シュトロの問いに答える。
「────決まってるでしょう? ドワーフ狩りよ」
私の次の獲物はとうに決まっているのだから。先を越されては堪らない。問題はそれが食えない奴だということだけだった────