ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三話 『師弟』

見慣れた森の中を進んでいく。その山道も全く変わっていない。私にとっては二十年振りになるのか。それが久しいと感じてしまうぐらいには、私の時間感覚もあいつらに近づいてしまっているのだろう。

 

そんな中、さらに聞き慣れた音が聞こえてくる。まるで鐘の音のように。一定のリズムで金属音が響き渡る。どこか心地よさを感じてしまう音色。どうやら目的地が近づいてきたらしい。誰よりもそれを聞き慣れているであろう、我が従者は飛び出して行ってしまう。我慢できなかったのだろう。それに釣られるように早足になりながらその後についていく。

 

 

「アイゼン、頼りに来たよ!」

 

 

まるで娘が久しぶりに父に会いに来たかのように、リーニエはアイゼンの元へと駆けていく。いや、孫が祖父に、の方が合っているだろうか。飽きもせずに鍛冶をしていたであろう手を止めながら、アイゼンもリーニエを迎えている。全く動揺することなく、無表情のまま。知らない奴が見れば、不愛想、無表情と思われるような振る舞い。

 

だが私は知っている。こいつがヒンメルやハイター同様、食えない奴だということを。当たり前だ。こいつはあの勇者一行なのだから。

 

 

「相変わらず無駄なことをしてるわね。何が楽しいのよ、それ?」

 

 

意図せず、いつかと全く同じ台詞を吐いてしまった。嘘偽りない本音。そんなことをして何が楽しいのか理解できない。こいつらからすれば、魔法の鍛錬をする魔族もそんな風に見えるのかもしれないが。

 

 

「二十年振りとは思えん態度だな」

「たった二十年じゃない」

「そうだな」

 

 

立ち上がり、その長い髭を触りながら素っ気なく返事をしてくるアイゼン。白々しい。魔族やエルフほどではなにしても、自分も長命種のくせに。私たちにとってはたった二十年でしかない。たったそれだけ。なのにこうも変わってしまうのだから。やはりヒンメルのせいでしかない。

 

 

「ねえねえアイゼン聞いて聞いて! 私、とうとうお姉ちゃんになったの! 頑張り屋さんの妹なんだから! それとこれ! ヒンメルの剣を研ぎ直して!」

「そうか。お前も元気そうだな。リーニエ」

「うん! アイゼンは老いぼれたね。また少し老けた?」

「その言い方は良くないな。貫禄が出てきたと言え」

「カンロク?」

 

 

その申し子が矢継ぎ早にアイゼンに突っ込んでいく。言いたいことを思いつくままに。いつものことなのだろう。動じることなく受け止めているアイゼン。リーニエの言動も気にすることなく、どころか教育している。やはりこいつは変わっていない。人間で言うお父さんなのだろう。

 

 

「つまらないわね……少しは驚くかと思ったのに」

 

 

それはそれとして意外だった。リーニエはともかく、私がここにやってくることは予想外だったはず。なのに全く動じていない。そう振舞っているだけなのかもしれないが面白くない。だが

 

 

「そうだな。何も知らなければそうだったろう」

「? どういうことよ?」

「死者から手紙が届いた。どうやら俺は偉大な賢者と知り合いだったらしい」

 

 

その種明かしをされて、全てを理解した。

 

 

「……そういえばあんたたちは文通してたわね。甘かったわ」

 

 

目を細めながら鼻を鳴らすしかない。やはりあいつは生臭坊主なのだろう。こいつらは気持ち悪いぐらい仲が良かった。文通までしていたほどだ。ハイターのことだ。フリージアに向かう前には手紙をアイゼンに出していたに違いない。本当に抜け目のないやつ。従わせたとしても油断ならない。二重の意味でこいつを驚かせてやろうと思っていたのに。

 

 

「目を疑ったぞ。あいつが死んだという噂を耳にした日にそれが届いたからな。近くお前がやってくるだろうから気をつけろとな。夜逃げしようかと考えていたところだ」

「そう……あの生臭坊主、余計なことを。帰ったらお仕置きね」

 

 

そして当然のように私の狙いもお見通しなのだろう。その証拠にご丁寧に葡萄酒を持たされてしまった。行先も告げていないというのに。やはりこいつらは勇者一行なのだ。気の置けない関係。その方が私たちらしい。

 

 

「ハイターを連れ出したらしいな。どういう風の吹き回しだ? 今更魔王にでもなる気か?」

「冗談でしょ? 私は勇者に殺される趣味はないわ。まだ女神の方がマシね」

「お前が言うと冗談に聞こえんな。それで? どうやってあいつを口説いた? あいつは頑固者だからな。口八丁では誰も敵わんはずだが」

「気持ち悪いこと言うんじゃないわよ。吐き気がするわ」

 

 

私にとっては侮辱にも等しい妄言を口にしてくるアイゼンに呆れるしかない。あんな奴を口説くぐらいならまだ石に話しかけた方がマシだろう。あいつも同じことを言うに違いない。だがあいつのせいで、私の目論見はとうにアイゼンにはバレてしまっているのだろう。逃げられる前に間に合ったのは僥倖だが。

 

 

「あんたこそ忘れてるわけ? 私が誰かってことを」

 

 

代わりにこれ以上のない答えを見せつける。その手に天秤を顕現させながら。私が誰であるのか。魔族である証。かつて他ならぬこいつ自身が言っていたことでもある。ヒンメルやハイターではない。こいつが私が魔族であることを忘れるなどあり得ない。分かった上で私を試しているのだろう。ならそれに応えてやろう。私なりのやり方で。

 

 

「そうだったな……ちゃんと首はついているのか?」

「さあ、どうかしら? 落とせば静かにはなるでしょうね」

「酒が飲めなくなる方が堪えるだろう」

 

 

それだけで十分だった。私が魔法を使わずにハイターを従わせたことを。同時に首を失くした生臭坊主が酒を探して徘徊しているのが脳裏に浮かんだのは間違いない。そんな役立たずは不死の軍勢でもお断りだ。

 

 

「何なら試してみる? ちょうどドワーフの配下が欲しかったのよ」

「命乞いをしてもいいか? それとも祈った方がいいか。見ろ、もう手が震えている」

 

 

口元を吊り上げながら、宣告を待つ被告を前にした時のように天秤を見せつける。獲物を前にした魔族の感覚。それを感じ取っているのか。それともおどけているのか。ふざけたことを口にするアイゼンだが、その手だけは震えている。どれだけ臆病者なのか。

 

 

「相変わらず食えない奴ね。嘘よ。どうせあんたには効かないもの。こっちの首を落とされるのがオチね」

「もう斧を振れるような歳じゃないんだ。こんな老いぼれを従えても意味はないぞ」

 

 

天秤をしまいながらそう悪態をつく。そう、私の魔法はこいつには通用しないだろう。強い精神力を持つ相手なら一時的に抵抗されてしまう。こいつ相手ならそれは致命的な欠陥だ。そのまま苦も無く私の方が首を落とされてしまうだろう。そもそもこいつの首なんて落とせるわけがない。

 

だというのに今度は自分の衰えを主張してくる始末。腕をまくり、その腕を見せつけてくる。八十年前とは比べ物にならないほど細くなってしまった腕。だがそれが見た目通りではないことを私は知っている。

 

何が斧が振れなくなった、だ。そもそも基準がおかしいのだ。そんな戯言はヒンメルのように剣の代わりに杖を使うようになってから言えばいい。何よりも

 

 

「今でも私ぐらい素手で殺せるでしょ」

「お前は俺を何だと思っている」

「化け物よ」

「照れるな」

「褒めてないわよ」

 

 

私を殺すのに、斧なんて必要ない。素手で十分だろう。こいつらは化け物なのだから。だというのに何故かそれに照れて頭を搔いている筋肉馬鹿。化け物を戦士に聞き違えているのかもしれない。

 

 

「……変わったな。お前はここまで強引な奴じゃなかった」

「あんたは相変わらず臆病者のままね」

 

 

改めてその瞳で私を見据えながらアイゼンはそう告げてくる。変わった、か。それは本当なのだろう。ハイターにも言われたことでもある。こいつらの中では、私は雨の中、墓石の前で佇んでいた私のままだったのだろう。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが。

 

 

「ねえねえアイゼン! これって誰のなの? 私のじゃないよね?」

 

 

そんな中、私たちの話を邪魔してはいけないと思ったのか。それとも退屈だったのか。アイゼンの鍛冶場で遊んでいたリーニエが何かを持ってこっちにやってくる。その手にしてる物に私も目を奪われる。

 

それは木剣と斧だった。だが普通のものではない。木剣は短かった。かつてリーニエが幼い頃に使っていたような物。でも明らかに新しい。そもそもリーニエが使っていたものは家に置いてある。その斧も手斧のような小さい物。アイゼンが使っているような大斧ではない。ならそれは誰が使っている物なのか。

 

 

「……あ」

 

 

その答えが、主が姿を現す。まるで肉食獣に、魔族に見つかってしまった子供のように。

 

 

「何よ、この子……?」

 

 

激しい既視感。まるでフェルンと初めて会った時のような感覚。違うのはそこにいたのは男の子だったということ。年の頃はフェルンと同じぐらいだろうか。赤い髪が目立つ子だ。その手には薪が抱えられている。きっとそれを取りに森に入っていたのだろう。何故そんなことをしていたのか。こんなところにいるのか。

 

 

「シュタルクだ。俺の弟子だ」

「…………はぁ?」

 

 

淡々と、それでもはっきりとアイゼンはそう明かしてくる。別に隠していたわけでもないだろうが。それによって私の方が驚かされてしまう。これでは立場があべこべだ。仕方ないだろう。まさかこいつがそんなことをしているなんて。ハイターなら知っていたはず。間違いない。あいつは知っていて黙っていたのだ。本当に小癪な奴。

 

だがそんな思考のせいで反応が遅れてしまう。そう、この状況であれば何が起こってしまうのか。火を見るよりも明らかだったというのに。それは

 

 

「────私をお姉ちゃんと呼びなさい!」

 

 

リーニエにとっては、魔族の前に人間の子供を晒すぐらい危険なことだったのだから。

 

 

大好きなリンゴを前にしたように目を輝かせて飛び掛かっていくリーニエ。どうやらフェルンの件で満足するどころか味を占めてしまったらしい。しかも今度は男の子でありアイゼンの弟子。これ以上にない獲物だろう。

 

 

「ひっ!?」

 

 

それによって男の子、シュタルクは悲鳴を上げて逃げ出してしまう。無理もない。魔族が襲い掛かってきているのだから。食べられてしまうかもしれない。まさかそれが自分の弟にするためだと言っても誰も信じてはくれないだろう。なので

 

 

「────待ちなさい、リーニエ」

 

 

制止の命令を下す。まるで走り出した馬の手綱を引くように。いや、この場合は子犬だろうか。それによって引っ張られたようにリーニエは動きを止める。魔族だからこそ逆らえない、主従の形。

 

 

「あの子に近づくのを禁ずるわ。それと私がいいと言うまで黙ってここにいなさい。いいわね?」

「…………はい」

「なるほど。やはりお前はお母さんだな」

「うるさいわよ、お父さん」

 

 

待てと命令された、お預けをされた子犬のように大人しくなってしまうリーニエ。本当にこの子はもう少し大人になれないのか。それをいつものようにお母さん扱いしてくるアイゼンにそう言い返す。他人のことを言える立場じゃないくせに偉そうに。

 

 

 

閑話休題。とりあえず家の中に場所を移した。リーニエは黙り込んだまま従っている。もっともその目が何かを訴えているがあえて無視する。甘やかすと碌なことにならない。ハイターの一件でそれは嫌というほど実感した。同じ轍を踏む気はない。

 

シュタルクの姿はない。どこかに隠れているのだろう。実に賢い。魔族を前にした反応としては満点だ。この場にいれば褒めてやってもいい。わざわざ魔族の振りをする必要もなさそうだ。

 

 

「あんたが弟子を取るなんてね。どういう風の吹き回し?」

「……ヒンメルならそうしたからだ」

 

 

私のもっともな問いに、アイゼンはそう答える。それに呆れるしかない。アイゼンだけではない。ハイターもそれは同じだった。何でも魔族によって村を滅ぼされたあの子を預かっているらしい。本当にこいつらは似た者同士なのだろう。ともに死に瀕していた小さな子供を拾った。ただそれだけ。

 

 

「そう。ハイターといい、揃いも揃って同じね」

 

 

らしくないことを。どうやら勇者一行は勇者が死んだ後もそれに振り回される運命にあるらしい。本当にいい迷惑だ。

 

 

「お前がそれを言うのか。聞いたぞ。人間の女の子を弟子にしたらしいな」

「……そうね。いい迷惑だわ」

 

 

藪蛇だったか。そのまま私にも返ってきてしまう。しかも今はフェルンの弟子入りまで増えてしまっている。ハイターを従えるためだったとはいえ、らしくないことをしてしまった感は否めない。そういう意味ではこいつのことも言えないだろう。それでも

 

 

「あんたに弟子を育てるなんてできるわけ? 頭まで筋肉でできてそうなくせに」

 

 

そう突っ込まざるを得ない。私とはまた違う理由。魔族が人間を育てることができないのは当たり前だが、こいつはドワーフ。一応人類だ。魔族よりはマシなはずなのにそうは見えない。そもそもこいつに弟子を育てるなんてことができるのか。まだヒンメルの方がマシだろう。

 

 

「同じようなことをシュタルクにも言われたな。少し厳しすぎたらしい。今はシュタルクと相談しながら鍛えている」

「そう……ちなみにどんなことさせようとしたわけ?」

 

 

どうやら自覚はなかったが、今は気づけたらしい。弟子に教わる師匠というのはどうかと思うが。少し厳しすぎた、か。半ば察しながらもあえてそれを問いかける。それに

 

 

「あの岩を割らせようとした。それと岩を背負ってのスクワット千回だ」

 

 

当然のように、何の迷いもなく答えてくる筋肉馬鹿。指差した先にはシュタルクの何倍もあるような大岩がある。どうやらこいつはそれを斧で割らせ、背負わせて鍛えようとしていたらしい。もはや言葉もない。何が衰えているだ。魔族でももう少しマシな嘘をつくだろう。嘘をついている気がないのだから、ますます質が悪い。

 

 

「…………やっぱりあんたは化け物ね」

「俺は戦士だからな。当然だ」

「…………むぅ」

 

 

何故か誇らしげに、満足げにしているアイゼンと、何か言いたいのに言えず、頬を膨らませているリーニエ。そんなもう一つの師妹と姿が見えない戦士の卵。

 

 

前途多難。一筋縄ではいかないであろうドワーフ狩りを前に、アウラはため息をつくしかなかった────

 

 

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