ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第六話 『叱責』

『私をお姉ちゃんと呼びなさい!』

 

 

目を輝かせ、意気揚々に例外のリーニエは宣言した。私同様に、自らの欲求を、願望を実現するために。いきなりのことだったので静止していたが、それを私は解禁した。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だったか。実際はもう将は服従させているのだがそれはともかく。馬にあたるあの子、シュタルクを懐柔するためにリーニエに命じた形。実績もあった。時間はかかっても、上手くいくだろうと。だが

 

 

「お姉ちゃんもいいけど……ほどほどにしなさい。あの子は人間よ」

「……ごめんなさい」

 

 

その結果がこのざまだった。

 

アイゼンによって生み出された渓谷。その上にリーニエとシュタルクは座り込んでいた。それぞれ違う理由で。リーニエは明白だ。私に叱られてしまい、正座をしているからだ。同じように叱られる時に正座をしていたヒンメルの真似。あいつは本当に余計なことばかりリーニエに教えている。本当に師匠だったのか。

 

 

「……あ、あの」

 

 

しどろもどろになっているシュタルク。見れば涙目になり、体が震えている。当たり前だろう。ついさっきまで、崖から落とされかけてしまっていたのだから。腰が抜けてしまっているのか。座り込んでしまっている。背筋に嫌な汗が流れる。あのまま誰も制止しなかったらどうなっていたか。

 

 

(甘かったかしらね……)

 

 

散々な惨状に頭を痛めるしかない。こんな失態はいつ以来か。油断と驕りだろうか。シュタルクは怯え切ってしまっている。無理もない。ただでさえ臆病な性格であり、目の前には魔族。それが無茶な修行を課してくるのだから。

 

 

(……フェルンの時のようにはいかないわね)

 

 

知らず私はシュタルクをフェルンと同一視してしまっていたのだろう。同じ孤児であり、同じように勇者一行に育てられていたからこそ。二人は別人だというのに。これではハイターのことも言えない。

 

それはリーニエも同じなのだろう。なまじフェルンを先に妹にしてしまった、できてしまった弊害。これも油断と慢心か。普段のリーニエにはないもの。シュタルクがアイゼンの弟子だというのもあるのかもしれない。この子はヒンメルの一番弟子だが、実質的にはアイゼンの弟子でもあるのだから。ようするにリーニエは姉弟子でもあるのだ。きっとアイゼンの真似をして稽古をつけていたのだろう。ある意味、アイゼンのせいと言えなくもない。男の子ということで、シュトロを重ねているのかもしれない。

 

シュタルクはリーニエのことを姉ちゃんと呼んでいる。だがリーニエは満足していない。シュタルクは嘘をついている。本心からそう呼ばれていないから。リーニエにはそれが分かってしまうのだ。己の魔法が故に。嘘を見抜く目を持つ弊害。その焦りがあったのだろう。

 

 

「今日はここまでよ。あんたは先に帰っていなさい。リーニエ」

「…………うん」

 

 

角ではなく尻尾がついていればきっと下がってしまっていただろう。丸わかりの落ち込みっぷりでとぼとぼと家に帰っていくリーニエ。私に叱られたこともだろうが、シュタルクに懐いてもらえていないことの方が堪えているのだろう。やる気が空回りしてしまっている。少し頭を冷やさせた方がいいだろう。私も放任しすぎていたかもしれない。家にはアイゼンがいる。あいつが何とかするだろう。お父さんなのだから。なので私はこちらを何とかするしかない。

 

 

「……怯えなくても取って食ったりしないわよ」

 

 

少し距離を置きながらそう声をかける。怯えさせないために。そういえばこの子と二人きりになるのは初めてだったか。もう一週間ほどになるが、いつもアイゼンの背中にしがみついたまま。私としてもこの子との接し方、距離感が掴めないでいたからだ。孤児なのは同じだが、その境遇は全く違う。家族を奪ったのが人間か魔族かの違い。だからこそ私はこの子に関わるのを無意識に避けてしまっていた。

 

 

「え……? でも魔族は人間を食べるんだろ?」

「……そうね。普通は取って食われるわね」

「…………」

「…………」

 

 

その結果がこの醜態だ。そのまま無言で互いに見つめ合ってしまう。これではリーニエのことも叱れない。自分でも何を言っているのか分からない。むしろ感心したぐらいだ。嘘ではないのに、嘘をついてしまっているよう。フェルンの時とは勝手が違う。あの時は魔族を誤解しないようにあえてそう振舞っていたが、今はその真逆。自分たちが異端であるとこの子に教えなければいけない。あべこべだ。リーニエが失敗続きな原因もこのあたりにあるのかもしれない。

 

 

「リーニエが迷惑かけたわ。悪気はないのよ。騙す気もね。あの子はあんたに稽古をつけたかっただけ。信じてもらえるかは分からないけど」

 

 

なので普段通りに私を演じることにする。どう繕っても違和感は拭えないだろうが。

 

 

「……分かってるよ。師匠と同じさ。師匠も同じように無茶な修行をさせようとしてくるからな。きっといつか同じことをさせられたと思う」

「そうね。あいつなら戦士だからって言うんでしょうね。そこらに穴があるでしょう。あれは全部あいつが崖から落ちた時にできた跡よ」

「マジかよ」

「化け物ね」

 

 

それが功を奏したのか。それともアイゼンという共通の話題だったからか。おどおどしながらもシュタルクは私と話し始める。少し安心した。まだこの子は人間なのだろう。だだ油断はできない。気づけばこの子も化け物になっていてもおかしくない。勇者一行の連中は自分が化け物だと気づけていないのだから。そういう意味ではフェルンも気を付けなければ。あの子にもその片鱗がある。

 

そのままぽつりぽつりと、当たり障りのない話を続ける。主に私のことを。どこから来たのか。何をしに来たのか。恐る恐る、それでも興味ありげに。ある意味フェルンよりも子供らしいのかもしれない。だからこそ分かりやすかった。

 

 

「何か聞きたいことがあるんじゃないの?」

 

 

この子が、シュタルクが何かを私に聞きたがっていたのが。きっと最初からそうだったのだろう。同時に既視感がある。いつだったか。遠くない過去。私はこれと同じ感覚を味わった、経験した。それが何だったのか。

 

 

「────どうして、魔族は俺の村を襲ったのかな」

『────どうして、魔族は村を襲ったんでしょうか』

 

 

それをようやく思い出す。ぽつりと、シュタルクが漏らした言葉によって。それによって脳裏に蘇る。その名前と姿。その容姿も、性格も、何もかもが違うのに。その疑問は同じだった。魔族に家族を奪われた人間が抱く疑問。でもそこにはあるべき感情がなかった。怒りや憎しみが。悲しみが。ただその理由が知りたい。そんな純粋な子供のような問い。

 

あの子は今、どこで何をしているのだろうか。変わらず鳥を探しているのかもしれない。今の私たちと同じように。

 

 

「理由なんてないわ。ただそうしたいからそうしただけよ」

 

 

ただ真実を告げる。嘘偽りなく。あの時と同じ答え。あれから二十年経っても、違う答えは見つかっていない。そもそもそれはないのかもしれない。

 

 

「えっと……アウラ、様も」

「アウラでいいわ。怒らないから言ってみなさい」

 

 

私の役に立たない答えをどう受け取ったのか。何かを続けようとするも、要領を得ない。よっぽど聞きづらいことなのだろうか。同時に様付けを止めさせる。きっとリーニエの真似だろう。フェルンにはいくら言っても直らなかったのであきらめたが、この子なら間に合うだろう。

 

静寂。息を飲む音が聞こえてくるほどの。ただそれを待ち続ける。それがいつまで続いたのか。

 

 

「アウラも、人間を殺してきたのか?」

 

 

シュタルクは人間として当然の、そして魔族にとっては無意味な問いを投げかけてきた。

 

 

「────ええ。数えきれないほどね。どう? 私が憎い? 許せない?」

 

 

それに間を置かず、感情を排して、ただ天秤として問い返す。それを魔族に問いかける愚かさと、勇敢さに免じて。

 

そう。これがこの子の根幹なのだ。この子だけではない。魔族とはいかなるものか。人間にとってどんな存在か。共存における命題。その根源。悪意の源。魔族に限った話ではない。人間同士でも有り得ること。それを私はこれまで数えきれないほど見てきた。その最たるものがかつての人類と魔王軍との戦争であり、人間同士の南側諸国の戦争だった。

 

魔族への憎しみ、恨み。敵討ち。それは当然の感情であり、権利だ。私たち魔族は種族として人類に嫌悪されている。それがこの子の原動力だとしたら、リーニエがしていることも無駄だろう。ならそれは私が請け負う事柄だ。それがこの子が立ち上がるために必要な物なら、受けてやってもいい。この子の打ち倒すべき敵としてあり続けるも悪くない。

 

だがそれが無駄なことであることを私は知っている。何故なら

 

 

「魔族は怖いし、恨んでもいる……でも、俺の村は魔族に滅ぼされたけど、アウラや姉ちゃんがそれをしたわけじゃない。それで恨んだりはしないさ」

 

『お前は俺の家族を殺してはいない。それでお前を恨んだりはしない』

 

 

この子は勇者一行の戦士、アイゼンの一番弟子なのだから。

 

 

「……そう。許してもらう気なんてないけど、覚えておいてあげるわ。気が変わったらいつでも言いなさい。相手になってあげるわ」

「おっかねえな……やっぱりあんた、姉ちゃんのお袋だよ」

「……私はあの子のお母さんじゃないわ」

 

 

揃いも揃って同じ答えを口にしてくる師弟に呆れながら、お母さん扱いも否定する。お袋という呼び方が何なのか一瞬迷ってしまった。同じお母さんでも呼び方がいくつもあるのだからややこしいことこの上ない。本当に無駄なことばかりが好きな種族だ。

 

だがいつまでもここにいても仕方ない。日も暮れ始めている。帰らなければ。

 

 

「そろそろ帰るわよ。アイゼンの奴も心配するわ。立てる? それともおぶって帰ってあげましょうか?」

「っ!? だ、大丈夫だ。そこまで子供じゃねえよ」

 

 

流石に恥ずかしかったのか。それとも腰は抜けてはいなかったのか。慌ててシュタルクはその場を立ち上がる。自分の力で。なるほど。少しこの子との付き合い方が分かってきた気がする。ようするにアイゼンと同じでいいのだ。その最中、ふと気づく。

 

 

「手を見せなさい」

 

 

それは手だった。差し出しかけた私の手を拒むように、シュタルクがそれを隠したのを見逃さなかった。

 

 

「え……? あの」

「怯えなくても取って食ったりしないわ」

 

 

いきなり声をかけられたからか。それとも隠していたかったからか。シュタルクはまた怯えたように震えてしまう。それを無視しながら、その手を取る。

 

その手は血豆でボロボロだった。小さな子供には似つかわしくない物。ここ最近できたものではない。ここに来る前から、この子は研鑽を積んでいたのだろう。フェルンのように。私はその手に見覚えがあった。それはかつてのリーニエの手と同じだった。アイゼンも同じだろう。紛れもない、戦士の手。

 

気づけばそれを癒していた。使っているのは女神の魔法。何かの手違いか、女神の気紛れか。私が扱うことができた唯一の回復魔法。もっともハイターの扱うそれとは比べ物にならない。せいぜい擦り傷を癒す、痛みを和らげる程度の物。かつて幼いリーニエにもそうしていた。

 

無意識だったが、やはり体は覚えているのだろう。まるでそう、フェルンに花畑の魔法を見せた時のように。

 

 

「これでいいわ。やっぱりあんた、あいつの弟子ね」

「? どういうこと……?」

「戦士ってことよ」

 

 

私の言葉の意味を理解し切れないシュタルクにそう告げる。無理もない。八十年付き合っていても、未だに私も理解し切れていないのだから。きっと本人もそうだろう。都合が良いからだと答えるに違いない。

 

 

「……アウラってお袋みたいだな」

「そう? よく言われるわ。何ならなってあげましょうか?」

「っ!? いや、いいよ。そんなことしたら……ね、姉ちゃんに怒られちまう」

 

 

二人で歩きながら帰路についていると、そんなことをシュタルクが言ってくる。本当なら否定するところだが、まあいいだろう。この子やフェルンが口にするお母さんは勇者一行の奴らとは違う。悪意がない。なので違う形でやり返すことにする。こちらの方が堪えるだろう。そのお姉さん呼びが嘘か本当かは私には分からないが。ここにリーニエがいないのが悔やまれる。

 

 

「そうね。私も調子が狂うわ。リーニエもね。あの子もお姉さんのように格好をつけたいだけなのよ。付き合ってあげて頂戴」

 

 

だがやはりその言葉は私たちには似合わない。何よりそれを見聞きすることはリーニエにとっては好ましくない。その言葉はリーニエにとっては違う意味でも魔法の言葉。トラウマでもあるのだから。

 

あの子のお姉さんへのこだわりもまた同じだ。あれはきっと、ヒンメルの真似なのだ。格好をつけたい勇者の。もしかしたらシュトロたちに姉扱いされていた私への憧れか。

 

 

「本当にいいのか……? 姉ちゃんの言う通りにして、後で怒ったりしないのか?」

「? 妙なこと聞くわね。そんなことで怒ったりはしないわよ。崖から落ちたり岩を背負ったりしなければ構わないわ」

 

 

そんな私にシュタルクはどこかびくびくしながら確認してくる。臆病者だとは思っていたがここまでとは。少しは慣れてきたかと思ったが気のせいだったのか。悪化している気すらする。リーニエの言うことを聞くと私に怒られるかもしれないと思っているらしい。どうしてそうなるのか。むしろ怒らなければいけないのはリーニエだろう。

 

今頃アイゼンに叱られているだろうが、私も言って聞かせなくては。いや、アイゼンのことだ。リーニエと同じように何がおかしいのか気づいていない可能性すらある。

 

 

「…………シュタルク?」

 

 

だがシュタルクは返事をすることなく、私の後ろにくっついている。さっきまでとは違う。一体何なのか。問いかけるよりも早く

 

 

「──えいっ!」

 

 

私のスカートはシュタルクによって勢いよく捲られてしまった。

 

 

「────」

 

 

瞬間、時間が止まる。無防備のまま、私の下着が露わになってしまう。完全に油断してしまっていた私の落ち度。振り返った先には怯え切った表情で、震えながら私のスカートを捲り上げているシュタルクがいた。

 

 

「……で? これは一体何なのシュタルク?」

 

 

そのまましばらく見つめ合った後、仕方なく淡々とシュタルクに問いかけることにする。

 

 

「え……? え、えっと……姉ちゃんが言ってたんだ。男の子はスカート捲りをしないといけないって……男のろまんだからってさ。本当に、怒ってないのか……?」

「ええ。別に気にすることでもないし。昔はよくされたわ。すっかり忘れてたわね。リーニエの入れ知恵ね」

 

 

知らず、自分でも恐ろしいほど冷たい声が出た。スカートを捲られたことも、下着を見られたこともどうでもいい。あるのは怒りと呆れだけ。

 

この場にはいない自らの従者と、それに下らない入れ知恵をしたクズ勇者への。

 

その諸悪の根源は今頃、フリージアで偽物の賢者とお茶でもしているに違いない。帰ったら罰が必要だろう。私の法に時効はない。とにもかくにも今は

 

 

「────悪い子にはお仕置きが必要ねぇ?」

 

 

弟に下らないことを継承させようとしている我が従者にお仕置きをする必要があるだろう。

 

 

その夜、主人による叱責によってリーニエの鳴き声が森中に響き渡ることになるのだった────

 

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