ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第七話 「懐古」

「あんた、本当に私に従ってるわけ?」

「当然だ」

 

 

私のそもそもの疑問に、何の迷いもなく淡々と答えてくるアイゼン。今も悠々自適に鍛冶に勤しんでいるその姿はまさに自由そのものだ。対して私はようやく家事を終えたところ。

 

リーニエたちはここにはいない。今頃修行をしているのだろう。そのせいで洗濯物だらけになってしまっている。川での洗濯はこいつにやらせたが、それ以外は私がしている始末。私は本当にこいつを従えたのか。

 

口答えは当たり前。まともに言うことを聞かせられない。これではまだリーニエの方がマシだろう。私の魔法で服従させた方が良かったかと本気で考えてしまうほど。それに

 

 

「思い出してみろ。俺たちはリーダーのヒンメルの言うことを聞いていたか?」

「……聞いてないわね」

「だろう?」

 

 

これ以上にない答えをアイゼンは口にしてくる。目から鱗どころではない。そう、私も知らず毒されてしまっていたのだろう。アイゼンもハイターも。従える者であるはずのリーダー、ヒンメルの言うことを全く聞いていなかったことを。どころか逆に従わされていたこともあった。実際に見たことはないがあのエルフも同じだろう。日記を読んで知りたくもないことも知ってしまっていた。ようするに勇者一行の連中を従わせることなど誰にもできないということ。なら私は早まってしまったのだろう。油断と驕りか。

 

 

「……今だけはあいつに同情してやるわ」

「これが俺たちなりのパーティの形だった。ヒンメルも言っていた。こういうのはパーティによって違っていいんだとな」

「私はあんたたちをパーティに誘ったわけじゃないわよ」

「同じようなものだ。ハイターもそう思っているだろう。はしゃいでいるのが手紙からも伝わってきた」

「そういえばフェルンもそんなこと言ってたわね」

 

 

呆れるしかないアイゼンの言い分。どうやらこいつにとって先日のやり取りは、私にパーティに誘われたのと同じだったらしい。何の冗談なのか。服従を、主従を何だと思っているのか。きっとこいつらにとってはそうなのだろう。こいつが利用という言葉を頼るに言い換えさせたように。こいつらにとっての服従の形。ハイターもそれは同じらしい。そういえばフェルンも言っていた。ハイターが元気になっていると嬉しそうに。ならはしゃいでいるというのも満更嘘でもないのだろう。

 

 

「そういうあんたはどうなのよ」

「見て分からないか」

「分からないわ」

 

 

見れば分かるだろうとばかりに胸を張っているが、全く分からない。相変わらずの仏頂面でしかない。それが見抜けるのはヒンメルぐらいだろう。

 

 

「年甲斐もなくワクワクしている。俺たちの冒険は一度終わった。それがもう一度始まるとはな。ヒンメルもそうだったに違いない」

「私の国をダンジョンみたいに言うんじゃないわよ」

 

 

どうやらもこいつもハイター同様はしゃでいるらしい。老いぼれ二人が揃いも揃って子供のように。冒険という言葉によって。それが勇者一行の根幹。ヒンメルならそうした、か。冒険に誘った気は毛頭ないが、そう騙されているのなら都合はいい。せいぜい利用させてもらおう。私の国に行くのを、ダンジョンを攻略するかのように言われるのは癪だが。きっとヒンメルがいれば同じように言ったに違いない。

 

 

「そういえばそのこと、シュタルクには伝えたの?」

 

 

下らない話はここまで。改めてそうアイゼンに確かめる。私がこいつを従えたのもそのため。ある意味、主人としてこいつに下した初めての命令。それに

 

 

「……いいや」

 

 

一拍置いてから、どこか目を逸らすように、言い淀んでしまう我が従者。本当にこういうところは分かりやすい奴だ。リーニエではなくてもバレバレだろう。

 

 

「相変わらず不器用なのね。勇者一行ってのはどいつもこいつも。言葉で伝えるだけじゃない」

 

 

やはりこいつはヒンメルと同じ、勇者一行なのだろう。頑固者、似た者同士。いや、こいつに倣うなら臆病者か。こいつらは言葉にしなくても、伝わっていると勘違いしている悪癖がある。

 

フェルンやハイターの時とは事情が違う。あの時はハイターの方からフェルンを預けようとしてきた。それに対抗する形で、私の方から先にフェルンに本音を問い質したのだが、今回は違う。もうアイゼンは従えている。後はシュタルクのみ。私から口説いてもいいのだが、それでは命令になってしまう。あの子も怯えてしまうに違いない。本音を引き出せない。ならそれは師匠であるこいつの役目だ。いや、『お父さん』のか。だというのに

 

 

「男は背中で語るものだ」

「どんな生き物なのよ。口で言いなさい」

 

 

そのみすぼらしい背中をこちらに晒しながら下らないことを口にしている臆病者。どこに背中で喋る化け物がいるのか。魔族でもそんな奴はいない。

 

 

「とにかくさっさと伝えなさい。私もいつまでもここにいる気はないわ。早くしないと五十年経つわよ」

「俺はフリーレンじゃないぞ」

「あらそう。私はそんなこと一言も言ってないわ」

「……罪な女だ」

 

 

まんまと私に謀られ、いつものように誤魔化しているアイゼン。あのエルフが聞けば三日三晩は泣き喚きかねない失言だというのに。本当に口が減らない奴だ。ハイターとは違う意味でやりにくいことこの上ない。

 

 

「どこに行く?」

「あの子たちの様子を見てくるわ。ついでに水浴びにね」

 

 

これ以上は時間の無駄。そのままリーニエとシュタルクの様子を見に行くことにする。最近あの二人は一緒に稽古をしている。アイゼンは師匠のくせにそれについて行っていない。どうやらリーニエを頼りにしているらしい。姉弟子としてか、娘としてか。いい気なものだ。だが私はそこまで楽観的ではない。主にリーニエに関しては。ついでに水浴びもしてこよう。自分もだが、あの子たちも。ある意味洗濯のようなものかもしれない。

 

 

「そうか。アクセサリを失くさないようにな」

「うるさいわね。あんたこそ覗くんじゃないわよ」

「俺はヒンメルじゃない。まだ死にたくはないからな」

 

 

恐らく私と同じことを思い出したのだろう。そんなふざけたことを忠告してくるアイゼン。余計なお世話だ。そんなことを言ってくるのはこいつぐらいだろう。本当に食えない奴だ────

 

 

 

慣れた山道を登っていく。その先には開けた渓谷がある。いや、開かれたといった方が正しいか。何度見てもふざけている。見渡す限りの絶景。崖の谷間。それが一人の戦士、生物によって生み出されたものだというのだから。ハイターがその度に絶句するのも当然だ。かくいう私も初めてそれを知ったときは同じだった。だが慣れというのは恐ろしい。どんなにおかしいことでも、繰り返せばそれは当たり前に、日常になる。

 

 

「もう、そんなに怖がらないの。戦士なんだから」

「無茶言うなよ!? 怖いものは怖いっつーの!?」

 

 

その結果が、醜態があれだ。見上げた先には二人の人影。飛んでいるが鳥ではない。親鳥が雛鳥を抱えて飛んでいる。さえずりは聞くに堪えない叫びだが。ぎゃあぎゃあと騒がしいことこの上ない。どうやら様子を見に来て正解だったようだ。

 

 

「っ! 助けてくれよ、アウラぁ!?」

 

 

ようやく私の姿に気づいたのか。まるで藁にも縋る勢いで、泣きながら私に助けを求めてくるシュタルク。情けないことこの上ない。流石はアイゼンの弟子なだけはある。あの程度で音を上げるなんて、と一瞬考えてしまっている私も人のことは言えない。勇者一行の連中に染められてしまっている。

 

 

「あ、アウラ様だ! あ」

「え? うわぁぁぁぁ!?」

 

 

その申し子であるリーニエは、私を見つけたことに気を取られて大切な弟を手放してしまう。やはり本当のお姉さんになるのはまだまだ先のようだ。悲鳴を上げながら為すすべなく落下していくシュタルク。戦士なら、アイゼンならそのまま落下しても無傷のままむくりと起き上がるのだろうが、残念ながら今のシュタルクでは無理だろう。なので手を、魔法を貸してやることにする。

 

 

「え……? 浮いてる……?」

 

 

手をかざし、シュタルクを浮かび上がらせる。落下速度を計算に入れなければいけないのが面倒だったが、まあ及第点だろう。飛行魔法の応用。フリージアで魔法科が研究している技術でもある。まさかこんな形で実践する羽目になるとは思わなかったが。それはともかく

 

 

「あんたたち……何やってるわけ?」

 

 

悪い子にはお仕置きが必要だろう────

 

 

 

「…………ごめんなさい」

 

 

意気消沈し、再び正座しているリーニエ。その動きには無駄がない。そんなところまでヒンメルに近づかなくてもいいだろうに。シュタルクの前だからだろうか。最近この子も余計に子供っぽくなったような気がする。

 

 

「その、アウラ。姉ちゃんも悪気があったわけじゃ……」

「この子に元々そんなものはないわ。魔族だもの」

「むぅ……」

 

 

あんな目にあったというのに、居たたまれなかったのか。シュタルクがリーニエを庇ってくる。それが最近の二人の関係。同じようにあの日、スカート捲りを叱られてしまったリーニエを見たのがきっかけだったのか、それとも私とのやり取りが原因だったのか。それは定かではないが、以来シュタルクはリーニエを姉として慕っている。嘘偽りなく。それが分かるからなのだろう。リーニエはいつも以上にお姉ちゃん振り、空回ってしまっている。ブレーキが利かないのだ。その肝心のブレーキは今も鍛冶をしているのだろう。

 

悪気がない、か。言いえて妙だ。それはブレーキでもある。魔族にはそれがない。だからこそ人類に滅ぼされかけている。そしてそれによって滅びかねないのもまた人類だ。厄介なことこの上ない。それはともかく

 

 

「とにかく高い所は禁止よ。私が許可するまではね」

「助かったよ、アウラ…………え?」

「分かった!」

 

 

そうリーニエたちに命令する。これでしばらくは大丈夫だろう。シュタルクがもう少し大きくなれば考えてもいい。せっかく助け舟を出してやったのに、シュタルクは目をぱちくりさせている。執行猶予だと気づいたのだろう。それに気づくことない姉弟子。本当に懲りない子だ。

 

 

「行くわよ。付いてきなさい」

「どこへ?」

「水浴びよ。自分たちの格好を見てみなさい」

「っ! やった! ほらシュタルクも早く早く! アウラ様が一緒に入ってくれるなんて珍しいんだから!」

「分かった! 分かったから引っ張らないでくれよ姉ちゃん!?」

 

 

見れば二人とも泥だらけだった。服はもちろん体中だ。朝から晩まで修行していればこうもなる。この子たちは戦士なのだから。魔法使いとは勝手が違う。いくら服を洗濯しても本人がこれでは意味がない。昨日の時点で見かねていた。私も水浴びをしようと思っていたのでちょうどいい。この子たちも洗濯してやろう。

 

久しぶりに一緒に水浴びできるからか。リーニエは目を輝かせて喜び、シュタルクを引っ張っている。シュタルクはされるがまま。これではどちらが子供か分かったものではない。そんな二人を引き連れながら川辺へ向かうことにするのだった────

 

 

 

「ほら、じっとして!」

「自分でできるって、姉ちゃん!?」

 

 

暴れる、もとい逃げ出そうとするシュタルクを無理やりリーニエが抑え込み、体を洗っている。端から見れば、少女が小さな男の子を襲っているように見えるだろう。魔族が人間の子供を襲っていると言っても信じてもらえないに違いない。何故なら二人とも何も身に纏っていない、生まれたままの姿だったのだから。

 

それに続くように、私も服を脱いで水に浸かる。別段汚れていたわけではないが、念のため。私たち魔族は人間を食べるため、死臭が漂ってしまう。肉食獣にも言えることか。曰く獣臭いのだと。私たちは人間を食べてはいないが、人間と共存する以上は最低限の身なりは整えなくてはいけない。どこかの研究者もどきは身なりは完璧だが、臭いまでは隠せていなかった。今度会うことがあれば指摘してやろう。

 

 

「そもそも男の俺が一緒に水浴びなんておかしいだろ!?」

「? 弟ならお姉ちゃんと一緒に入るのは当たり前でしょ。最近までシュトロとも一緒に入ってたんだから」

「シュトロって誰だよ!?」

「うるさいわね。黙って入りなさい、あんたたち」

 

 

川の浅瀬で水浴びを続けるも、騒々しい二人のせいで台無しだ。いつのまにか水浴びではなく、水遊びになってしまっている。尻に敷かれているのか。弟子としても姉弟しても、シュタルクはリーニエに頭が上がらないのだろう。いいようにされてしまっている。リーニエからすればシュトロと一緒に水浴びしているようなものなのか。もしリリーに聞かれればお仕置き間違いなしだ。そんな事情は知らないシュタルクからすればいい迷惑だろうが。

 

ようやく観念したのか。それとも疲れたのか。シュタルクは座り込み、そのままどこかまじましと私を見つめている。何なのか。どこかおかしいところがあっただろうか。特におかしいところはないはずだが。魔族の裸を見ることが珍しいのか。そこで気づく。その視線が私の胸に向けられていることに。

 

 

「何? 女の裸に興味があるの? マセてるのね。シュトロといい勝負かしら」

 

 

まだまだ小さな子供だと思っていたが。そういう年頃なのだろうか。確か人間で言えばまだ母親と入浴してもおかしくない年頃のはず。シュトロともその頃は一緒は水浴びすることもあったのだが。だとしたら失敗だったか。シュトロに関してはスカート捲りばかりにこだわっていたので勘違いしてしまったのかもしれない。

 

 

「さっきからシュトロって誰だよっ!? 違ぇよ! 水浴びしてるのにアクセサリをしたままだから気になっただけで……」

 

 

だがどうやらそれは私の勘違いだったらしい。なるほど。胸ではなく、アクセサリを見ていたのか。シュトロが年老いたクソガキだと知ったらこの子はどんな反応をするのか。それを知ったシュトロはどうなるか。面白そうなので黙っておくことにする。

 

 

「ああ、これのこと。ただの習慣よ。気になるなら貸してあげましょうか」

 

 

その手にアクセサリを持ちながらそう告げる。確かに知らない奴から見れば奇妙に映ってもおかしくない。アクセサリをしたまま水浴びするのは私の習慣だったのだから。それを失くさないための。もっともそこまでしなくてもいいのだが。

 

今の私は『失くした装飾品を探す魔法』を使えるのだから。貸して失くされても問題ない。そういえばこれはアイゼンが贈ってきた魔導書だったか。本当に食えない奴だ。そんな下らないことを考えていると

 

 

「っ!? 駄目だよ、シュタルク!? 失くしたらすっごく怒られちゃうんだから!」

「ね、姉ちゃん!? 俺は別に……うぷっ!?」

 

 

まるでパニックを起こしたように慌てふためいているリーニエ。間違えてお母さんと口にしてしまったかのような混乱っぷり。そういえばこのアクセサリを失くした時のことは、この子にとってはトラウマだった。奇しくも今の状況はその時の再現になってしまっている。そんなことは知らず、ただそれに巻き込まれてしまっているシュタルクはそのままリーニエに抱き着かれ、頭を胸に押さえつけられながら引きずられていく。苦しいのか。そのまま体が震えている。そのままでは窒息しかねない。そろそろ止めるべきかと考えるも

 

 

「あ、思い出した。そういえばあの時もヒンメルに覗かれたんだった」

 

 

唐突に昔を思い出したリーニエによって、シュタルクは呆気なく解放された。

 

 

「ぷはっ!? ひ、ヒンメルって……勇者ヒンメルのことか? 嘘だろ。勇者だぜ。そんなことするわけ」

「私は嘘はつかないよ」

「そういえばそうだったわね。アイゼンに頭を押さえつけられたわね」

「え、マジなの?」

「ヒンメルはへんたいだから。あとばかでクズで女の敵なの」

 

 

しかし違う意味でシュタルクはさらに混乱してしまっている。無理もないだろう。人間にとって勇者ヒンメルは英雄だ。八十年経って、お伽噺になってしまいその本当の姿を知らない者の方が多いだろう。もっともその方がヒンメルにとっては良かったのかもしれない。この場に限っては。

 

思い出すのはここで幼いリーニエの体を洗っていたのを覗かれた記憶。それを覚えている。忘れたくても忘れられない下らない記憶。それはリーニエも同じなのだろう。この子は私と違って嘘をつかないのだから。それを知っているシュタルクはただ納得するしかない。その数々の二つ名と称号を。まだまだ他にもあった気がするが、言わぬが花だろう。もう手遅れかもしれないが。

 

 

(そう……思い出せるようになったのね)

 

 

そこでようやく気づく。私も他人のことは言えない。愚かなのだろう。いつの間にか、ヒンメルのことを思い出し、誰かに話している。いつからかしなくなってしまっていたこと。それを察したのか。ハイターやアイゼンはおろか、リーニエですら私にヒンメルの話はしてこなくなっていたのに。今頃そんなことに気づくなんて。

 

 

「……ヒンメルがもういなくて良かったわね、シュタルク。いたら殺されてたわよ」

「何で!? 怖いって!? 嘘だろ、姉ちゃん……?」

「本当だよ。シュトロもよくぶっ殺してやるって言われてた」

「俺、何か悪いことした……?」

 

 

いつかのあいつを思い出しながら、その醜態を晒す。きっとあいつがここにいれば、そうしたに違いない。大人げない、親馬鹿勇者なのだから────

 

 

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