ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第八話 『人間』

「できたわよ。さっさと運びなさい」

「分かった」

 

 

出来上がった料理を運ぶように命令を下す。それに抗うことなく大人しく従っているアイゼン。どうやらこの命令には反抗する気がないらしい。現金な奴だ。それとも先のやりとりで少しは主を敬う気になったのか。

 

 

「ルフオムレツか」

「何よ。文句があるわけ?」

「いや、何でもない」

 

 

だがそれはやはり勘違いだったらしい。こいつは本当に何か言わないと気が済まないのか。何でもないと言いながら、その先に何を続けて言おうとしていたのかも丸わかりだ。魔族でも、もう少しまともな嘘をつくだろう。

 

今は夕食の準備をしている最中。ハイターのところに滞在していた時と同じ状況。私にとっては日課でもあり暇つぶしだ。水浴びならぬ、水遊びを済ませたのもある。その二人は今は外で何やら遊んでいる。本当に元気な子たちだ。せっかく体を洗ったというのに。無駄にならないことを祈るしかない。

 

 

「シュタルクはどうだった? ちゃんと修行をしていたか?」

「ええ。変わらずリーニエに振り回されてたわ。あの調子じゃその内、あんたみたいになるわね」

「そうか。あいつは戦士だからな」

 

 

どこか満足げに。いつものように都合の良いことを口にしている戦士という名の化け物。何様のつもりなのか。気になるなら自分で見に行けばいいだろうに。こいつはこいつでよく分からないこだわりがある。全く人間の男というのは無駄なことが好きな連中だ。こいつはその中での極めつけだろう。

 

 

「それはどうでもいいけど、私が言ったこと忘れてないでしょうね」

「何のことだ?」

「とぼけるんじゃないわよ。フリージアのことよ。いい加減シュタルクに伝えなさい。私たちは人間たちのように暇じゃないのよ。あんたが言ってたことでしょ」

 

 

エプロンを脱ぎながら、そう改めて釘を刺す。つい先ほど言ったこともである。誤魔化される気はない。こいつはあの生臭坊主ほど口が回るわけではない。単刀直入に言う方が効果がある。同時にかつて私に偉そうに語っていたことを利用する。人間たち短命種が暇人だという話。

 

その意味を理解した上で、今度は言い返す。こいつを従えた時のように。言い逃れを許す気はない。かつてと同じ間違いを犯す気も。今もそれに気づかないでいる、あの薄情者のようにならないために。

 

 

「……本当にお前は逞しくなったな。まるで戦士だ」

「あんたにだけは言われたくないわ」

 

 

まるで自分よりも強い戦士を見るような目でこちらを見つめてくるアイゼンに辟易する。こいつに逞しくなった、なんて言われるとは。私はこいつらのような化け物ではないのだから────

 

 

 

「いただきます」

 

 

ここ最近の日常となった光景。四人揃って食卓を囲んでいる。違うのはハイターとフェルンが、アイゼンとシュタルクに変わったことか。そういう意味では勇者一行はやはり似通っているのだろう。今頃ハイターたちは上手くやっているだろうか。シュトロもいるので問題はないだろうが、念には念を。懸念材料は他にもいくらでもある。できるだけ早く戻る必要があるだろう。

 

 

「うまいな、これ」

「ルフオムレツって言うんだよ。ヒンメルが好きな料理で、いつもアウラ様が作ってくれてたの。でも最近は作ってくれなくて」

「リーニエ」

「……うん」

「え? 俺、何か悪いことした?」

 

 

だがその食卓の騒々しさは変わらない。先日まではハイターが冗談を言ってはリーニエが振り回されていたが、ここに来てからはシュタルクがそれに巻き込まれている。そういう意味ではフェルンはやはり大人、子供らしくなかったのだろう。シュタルクが子供っぽいだけかもしれない。いや、シュタルクは子供なのだから当然か。ならそれはリーニエの方だろう。頭が痛くなってくる。

 

いつものようにいらないことを言うリーニエを大人しくさせる。それだけで食卓は静けさを取り戻す。そんなリーニエに合わせるようにシュタルクはどこか怯えながら黙々と食べている。自分が怒られたわけでもないのに。本当に臆病な子だ。

 

だがちょうどいい。今ならアイゼンもシュタルクと話すことができるだろう。私たちが来てから、二人で話す機会がなくなってしまったのもある。主にリーニエのせいでもあるのだがそれはさておき。

 

 

「…………」

 

 

しかしいつまで経ってもそれは始まらない。聞こえてくるのは食器の音だけ。動く気配が見られない。そのままアイゼンに視線を向けると目が合った。しかしすぐにそれを逸らしてしまう。ふざけているのか。まだここにも大きな子供がいたらしい。そのまま睨みつけながら、何度も目配せする。私は一体何をさせられているのか。それに根負けしたのか。それとも逆らえないと思ったのか。アイゼンはようやくその重い腰を上げるも

 

 

「……最近はどうだ。シュタルク?」

 

 

それは不器用を通り越した、愚か者がようやく絞り出した言葉だった。

 

 

「え……? 何のことだよ?」

「……アウラたちが来てからだ。ちゃんとできているか」

 

 

シュタルクの困惑も当然だろう。私もいきなりそんなことを聞かれたらそうなるに決まっている。私ならすぐに言い返すだろうが。ぎこちないどころではない。本当にこいつは言葉を理解しているのか。まだ魔族の方が上手く喋れるのではないか。まるでそう、人間の親が久しぶりに子供と会話を試みようとしているかのよう。実験ではないだろうに。ソリテールがいればきっと喜んで研究対象にしたに違いない。

 

 

「よく分からねえけど、できてるんじゃねえかな。二人ともおっかな……じゃなくて厳しいけど」

「……そうか」

「……いきなりどうしたんだよ。気持ち悪いぜ」

 

 

恐らくは私以上に戸惑っているであろうシュタルクは何とかそう返事をする。その際に何故か私を見て縮こまっていたが今は許してやろう。この場に限っては。しかも気持ち悪いとまで言われてしまうアイゼン。その通りだろう。気持ち悪い奴でしかない。会話のきっかけを作りたかったのだろう。無理をしているのが丸わかりだ。今出会ったばかりでもあるまいに。しかしようやく本題に入るかと思いきや

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

そのままアイゼンは黙り込んでしまう。それ以上会話が続かない。シュタルクもまたそれは同じ。そのまま会話が途切れてしまう。残されたのはそれに気づくことなく一心不乱に料理にかぶりついている我が従者だけ。

 

 

(何なのよ……これ?)

 

 

私は一体何を見せられているのか。思わず肩を落としてしまいそうになる。そこでようやく気付く。そう。これが二人にとっては日常なのだ。なまじ私やリーニエがいるからこそ気づくことができなかった。臆病者の師弟の関係。

 

 

『師匠ってあんなに喋るんだな。俺、初めて見たよ』

 

 

いつかシュタルクが言っていたことを思い出す。その時は何の気にも留めていなかったが、それが答えだったのだ。この臆病者の師匠は、まともに弟子と会話していないのだと。

 

私は買い被ってしまっていたのだ。最初からそんなこと分かっていただろうに。こいつが師匠なんて柄ではないことに。何が男は背中で語る、だ。ただ正面から語るのを怖がっていただけのくせに。本当に都合が良い奴。

 

それを前にして、どうしたものかと思案するもそれは無駄な徒労に終わる。

 

 

「あ、そういえばアイゼンはアウラ様に頼りにされたの?」

 

 

空気を読まない、悪意がない例外によって。

 

 

「……む」

「頼りに? 何のことだよ、姉ちゃん?」

「アウラ様はね、アイゼンを頼りにするためにここに来たんだよ。ハイターもそうだったんだから。アイゼンはどうだったの?」

 

 

食事が終わってしまったからか。それとも黙り込んでしまっている状況が退屈だったからか。恐らくは思い出したからなのだろう。リーニエはそのままアイゼンに問い質す。無邪気に、神官のように。この場合は娘のようにか。予想外だったからか。アイゼンも黙り込んでしまう。事情が分からない、その言葉の意味が理解できないシュタルクは置いてけぼりになってしまっている。無理もない。端から聞けば二人が何を言っているか分からない。きっと魔族の言葉が理解できない人間の気持ちに違いない。

 

 

「……そうだ。俺もアウラに頼りにされることにした」

 

 

言い逃れはできないと悟ったのか。それともリーニエには嘘をつけないからか。甘いだけなのか。正直にアイゼンは白状するしかない。ヒンメル同様、こいつもリーニエには敵わないのだろう。対抗できそうなのはハイターぐらい、いや駄目か。あいつが一番リーニエには甘い。

 

 

「ほんと!? やった! これでここに来なくてもずっと一緒だね、アイゼン! ハイターもフリージアで待ってるんだから!」

 

 

その告白によってリーニエはまるで我が世の春が来たとばかりに目を輝かせ喜びを爆発させている。この子からすれば無理もない。ここ最近はこの子にとって嬉しいことばかりが続いているのだから。頼りにしているアイゼンがやってくるとなればなおのこと。

 

 

「ならシュタルクも一緒だね! 心配しなくても大丈夫だよ! フリージアはアウラ様の国だから! 私も神官として働いてるんだよ? あ、それとフェルンもいるの。私の妹で、とっても頑張り屋さんでね、シュタルクもきっと仲良くなれるよ。同じぐらいだし」

 

 

加えてそれが最も大きな理由かもしれない。フェルンだけではなく、シュタルクという弟を手に入れたのだから。それと一緒に暮らすことができる。それはこの子にとっては念願が叶う瞬間でもあるのだから。興奮が抑えられないのか。そのまま矢継ぎ早にシュタルクに捲し立てていく。その勢いにシュタルクはされるがまま。事情も理解し切れていないだろうに。席から立ち、そのままシュタルクの手を握っておおはしゃぎ。そのまま抱き抱えてしまいそうな勢い。

 

 

「どうしたの? 嬉しくないの? シュタルクは私たちと一緒に暮らすのは嫌?」

「そ、そんなことねえよ! 師匠が行くって言うんなら、俺もついて行くさ」

 

 

どぎまぎしながらも、息も絶え絶えにシュタルクはそう答える。やはり弟というのは姉には逆らえないのだろう。シュトロは例外だが。それはともかく、予定とは違ったがとりあえずは目的は果たせた。結局役に立たなかったお父さんには言いたいことは山ほどあるが。見れば目を逸らしている。本当に食えない奴。そう安堵するも

 

 

「────どうしてそんな嘘つくの?」

 

 

それは例外の審判によって、覆されてしまった────

 

 

「────」

 

 

それによって、その場は静まり返ってしまう。まるで裁判で、予想外の判決に静まり返ってしまうかのように。フリージアと違うのは、それが私の天秤によるものではなく、例外の真贋によるものであるということ。この場においては、私の魔法を超える裁決。

 

 

「……何言ってるんだ、姉ちゃん。俺は嘘なんて」

「言ったでしょ? 私、嘘が分かるんだって。どうしてそんな嘘をつくの? 嘘はついちゃいけないってアウラ様も言ってるよ」

 

 

それを被告は否認するも、それは認められない。見透かされてしまっている。悪意のない言葉によって。嘘をついてはいけない。そんな当たり前の言葉を、嘘つきの魔族から諭されるという皮肉。天地がひっくり返ってしまっている。

 

 

「……シュタルク」

「っ! とにかく、俺は嘘なんてついてねえよ! 疲れたからもう寝る!」

 

 

手を伸ばしかけるように、アイゼンがその名を呼ぶもそれを振り払うようにシュタルクはその場を逃げ去っていく。臆病者のように。かつての私のように。たった一人で。それを追いかけることがアイゼンにはできない。同じ臆病者である戦士には。天秤はただそれを見つめるだけ。そして例外は────

 

 

 

翌朝、そこにシュタルクの姿はなかった────

 

 




作者です。
園内いつか様よりAIイラストを頂きました。あらすじに掲載しています。作者のイメージともピッタリだったのでぜひご覧いただければ。特にアウラの私服姿は小説では表現し切れないのであえて描写していなかった部分なので、よりイメージしやすくなるかと思います。
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