「そっちはどうだ、アウラ?」
「いいえ。見当たらないわね」
互いに顔を見合わせながら、互いに成果がなかったことを報告し合う。陽はとうに昇ってしまっている。いつもなら朝食を済ませ、各々の生業に向かうところだが今日は違っていた。
「そうか……やはりシュタルクはいないか」
何故ならこいつの一番弟子である、シュタルクの姿が見当たらなかったのだから。いつもなら起きてくる時間になってもやってこない。仕方なく起こしに行ったのだが、もぬけの殻だった。昨夜就寝しているのは確認しているので、それ以降だろうか。もちろん周囲は探し尽くした。家の中はもちろん、修行場や、アイゼンが思いつく場所まで。ここまで探して、見つからないのであれば確定だろう。
ようやくそれを察したのか。それともとっくに分かっていたのか。目に見えてアイゼンが動揺している。いつもはその仏頂面と髭のせいで何を考えているか分からないくせに。師匠というのはそういうものなのだろうか。
あの臆病な子が夜出歩くだけでも驚きだが、そういうこともあるのだろう。珍しいことでもない。本当に人間の子供というのは愚かだ。ある種の習性だろうか。同じようなことばかりするのだから。教えられてもいないのに人間の言葉を真似、命乞いをする私たちのようなものか。もっとも
「それだけじゃないわ。リーニエもいないのよ」
私も人間のことを、アイゼンのことも言えない。シュタルクばかりに気を取られていたが、リーニエの姿も見当たらない。初めはリーニエがあの子をどこか遊びに連れ出したのかとも思ったが、それにしてもやはりおかしい。何よりもあの子は魔族であり、私の従者なのだ。シュタルクとは全く事情が違う。
「リーニエが? あいつがお前に何も言わずにいなくなることがあるのか?」
「ないわね。初めてのことよ」
その意味をアイゼンも感じ取っているのだろう。先ほどまでとは違う意味で困惑しているのが見て取れる。やはりこいつは私の次にリーニエを理解している。あの子は例外的な振る舞いで誤解されがちだが、私よりも遥かに魔族らしい。その在り方も、行動原理も。その証拠に、従わせてからあの子は私の命令に背くことはなかった。私の傍を離れることも。そういう意味では、私もアイゼンと同じ状況と言えるのかもしれない。もっとも
「…………」
その焦り具合は全く違うようだが。一度逡巡した後、アイゼンはそのまま歩き出す。森の方向へ。他には目もくれない。
「待ちなさい。どこに行くつもり?」
「決まっているだろう。探しに行く。これは俺のせいだ」
それに声をかけるも焼け石に水だった。やはりこいつの頭は筋肉でできているのだろう。愚かでしかない。男というのは何故こうも短絡的なのか。単純なのか。頭に血が上ってしまっている。周りが見えていない。シュタルクの安否を気にしているのだろう。もしくはこの事態を招いてしまった罪悪感か。子を見失った親が取る行動。無駄だと頭では理解していても、何かをしなければいけない衝動に駆られている。見れば手が震えている。本当にこいつは臆病者だ。
「……それは結構だけど、闇雲に探してどうする気? 少し頭を冷やしなさい」
あえて淡々と、冷淡に告げる。まるで魔族を演じるように、感情を排して。人間から見れば、人でなしだと見えるような態度を見せつける。人間の理解できない行動を目の当たりにした魔族を装って。薄情者の真似事。もっとも、あのエルフには到底及ばないだろうが。
「……そうだな。ヒンメルにもよく言われた。俺とフリーレンは血の気が多いとな」
それが功を奏したのか、それとも。少しは頭の筋肉の使い方を思い出したらしい。その理由もこいつらしい。ヒンメルのせいだったらしい。あのヒンメルにそんなことを言われるとは。こいつらはどれだけ猪突猛進だったのか。言うことを聞かないこいつらを十年従えていたというだけでも、十分勇者と言えるだろう。私には真似できそうもない。やはり早まってしまったか。この先を思うと頭が痛くなってくる。
「……しかし、お前は落ち着いているな。シュタルクもだが、リーニエもいなくなっているんだぞ」
ようやく私のことを気にかけるほどには平静さを取り戻したらしい。もっともその内容は侮辱でしかない。ようするに私を薄情者だと言っているに等しいのだから。業腹だがこの場は許してやろう。
「そうね。リーニエに関しては驚いてるわよ。こんなに早くになるなんてね」
「何の話だ?」
「こっちの話よ。今はシュタルクの方ね。もっとも無関係ではないでしょうけど」
少なからず、私も驚いているのだから。リーニエの反抗期に。人間のそれとは違う、あの子にとっては避けて通れない、いずれ訪れるであろうもの。私の命令に背く時が。
『私から離れないこと』
ヒンメルに架せられていた私への命令。それを模した物を私はリーニエに架していた。もっとも今は服従の魔法によるものではない。魔族としての主従関係。もちろん用事で私から離れることはあっても、私の許可を得てのものだった。
それにあの子は背いたのだ。自らの意思で。人間で言う独り立ちだろうか。まだまだ先だと思っていたが。やはりあの子にとって『お姉ちゃん』は特別だったのだろう。私にとってのそれと同じように。
そのまま一度、大きく息を吐きながら意識を切り替える。天秤としての私でもなく、断頭台としての私でもない。奇しくも八十年前。この場所で勇者一行に仕込まれてしまった、染み込まされてしまった私の習性。それに倣い、思い出しながら右手に魔力を込める。術式を思い描く。やはり私は大魔族、魔法使いなのだろう。一度覚えた魔法を忘れたりはしない。
「何をしている?」
「あんたたちが散々教え込んだんじゃない。私は『お母さん』なのよ」
そう嘘をつく。欺く。アイゼンを。私自身を。リーニエには決して聞かせられない魔法の言葉。こいつの前でしか晒さないであろう、私の擬態。その本質。
「知らないの? 子供は目を離すとどこに行くか分からないのよ」
それを見せつけながら、魔法を解き放つ。そう、人間の子供は目を離すとどこに行くのか分からないのだ。一人では生きていない脆弱な生物のくせに、己を庇護する親から勝手に離れていく。村から、街から出てしまえば、森にでも迷い込んでしまえば見つけ出すのは困難だ。何度それに振り回されたか分からない。だからこそ
「それは……」
「迷子を見つける魔法よ」
こんな魔法を覚える羽目になった。それを誰が探してきたかなんて言うまでもない。本当に癪な奴。
「村で子供が迷子になるのも、家出するのも日常茶飯事だったのよ。おかげでこんな魔法を覚える羽目になったけど。一番これを使ったのはシュトロだったわね」
幼い個体だけではない。思春期、だったか。本当に人間の子供は面倒だ。迷子だけではなく、家出なるものも成人するまでには必要な習性らしい。私の村だけではない。近隣の村や、聖都にいた時ですらこれを頼りにされたことがあった。
厳密には迷子と家出は異なるが、似たようなものだ。この魔法で探せるのだから。本当に人類は魔法を何だと思っているのか。こんな下らない魔法ばかり。それが役に立ってしまうのだから質が悪い。
発動条件もおおざっぱなものが多い。鳥を捕まえる魔法も、鳥らしいものなら何でも捕まえられる。ようはイメージの問題だ。この魔法も色々な発動条件はあるが、シュタルクはそれに含まれる。どころか未だシュトロもその対象だ。そういえば一度、ヒンメルにも使ったことがあったか。あいつは本当に何をしているのか。
これであのエルフの居場所が分かれば手っ取り早いのだが、そう上手くはいかないか。いよいよとなればあの老害にもらい損ねた特権をせびりに行くしかなくなるが、それはともかく。
「……大体分かったわ。ここから北に十キロほど先にいるわ。どこか心当たりはある?」
その居場所を探知する。魔力探知と感覚は同じだ。この魔法はつぎ込んだ魔力の多寡で効果範囲も精度も変わってくる。私の魔力なら周辺国まで探ることができるだろう。もっともその必要はなかったようだが。そして
「……恐らく、戦士の村だ」
その行き先をアイゼンは静かに明かしてくる。半ば悟っていたのだろう。シュタルクがどこに家出したのか。あの子が知っている場所なんて、そうあるわけないのだから。
「そう。迷子よりは家出の方だったわけね。帰巣本能かしら。昨日のやり取りでそれを刺激してしまったってところかしら。心当たりはある?」
「……分かって言っているな」
「私は魔族よ。人の心なんて分からないわ。あんたは人類でしょ」
「自信がなくなってきたな」
あえて魔族のように、いやソリテールの真似事で分析しながら問い質す。思ったよりも効果はあったのだろう。髭を撫でながら、降参だとばかりに零すアイゼン。人類のくせに情けない奴だ。二百年は生きているはずなのにこれではあのエルフのことも言えないだろうに。
「減らず口が叩けるぐらいにはなったみたいね。ひとまずシュタルクは無事よ。リーニエと一緒ならね」
「分かるのか?」
「少し考えれば分かるじゃない。子供のシュタルクじゃ、一晩であんなところまで行けないわ。リーニエに連れて行ってもらったんでしょうね。いいえ、連れて行かれたの間違いかもしれないけど」
調子が戻ってきつつあるアイゼンに、さらに畳みかける。そう、少し考えれば分かることだ。いくら戦士の村の出身でも、あの子はまだ子供だ。一晩でそんな山道を踏破できるわけがない。リーニエが飛んで連れて行ったと考えるのが妥当だろう。こいつは自分の基準で考えていたに違いない。水の上を走る奴と一緒にされては敵わない。唯一の懸念点はリーニエに落っことされていないかだが、言わぬが花だろう。
「まだ不安? 本当に臆病なのね。忘れたの? あの子はヒンメルの一番弟子なのよ。あいつ曰く、一人前の冒険者、だったかしら」
なので勇者一行に一番効果がある、魔法の言葉を使うことにする。ヒンメルならそうした。認めたのだと。
その剣技だけではない。生き方をヒンメルはあの子に受け継がせた。冒険の仕方も。火種の起こし方から料理の仕方、ダンジョンの攻略の仕方から魔物の討伐まで。あの子はそのほとんどをヒンメルと冒険して過ごしていたのだから。
いつかリーニエが誰かと旅をして、冒険をする時のために。きっと姉として、弟にいいところを見せようとしたに違いない。
「そうだったな。なら安心だ」
「あんたたちは過保護すぎるのよ。魔族にも人間にもね」
「お前がそれを言うのか」
「そうよ。文句ある?」
「ないぞ」
「リーニエがいなくて良かったわね」
売り言葉に買い言葉。もういいだろう。この場にリーニエがいれば問い詰めることもできるが、それは後だ。
「これ以上は時間の無駄ね。さっさと迎えに行くわよ。じっとしていなさい」
「何をする気だ? 俺は食っても美味くないぞ」
「勘違いするんじゃないわよ。体を軽くする魔法よ。あんたを連れて飛ぶのは骨が折れるのよ」
さっきまでとは違う意味で怯えている臆病者の戦士に魔法をかける。体を軽くする魔法。正確には物を軽くする魔法か。飛行魔法の応用でもある。動いている相手には使えないので戦闘では役に立たないが、運搬には有用だ。新たな飛行魔法と並行して研究されているもの。実用できれば、物流は大きく変わるだろう。この場に限ってはこの老いぼれを運ぶ手間を減らすことに役に立つはず。しかし
「これは……」
「何よ? 何かおかしいわけ?」
ビビッてしばらく身じろぎしていなかったが、アイゼンはそのまま目を丸くしながら体を動かしている。まるで準備運動のように。魔法に不手際があったのか。いや、私に限ってそれはあり得ない。間違えて頭を花畑にする魔法でもかけてしまったのだろうか。訝しむも
「まるで若返ったようだ。今なら岩を背負ってのスクワット千回もできる気がするぞ」
「はぁ? 冗談でしょ」
「本当だ。お前を担いで走ってもいいぐらいだ。ここにリーニエがいないのが残念だな」
「あんたね……」
むん、と謎のポーズを取りながら冗談にもならない冗談を口にするアイゼン。ヒンメルのイケメンポーズ集の真似でもしているのか。こいつなら……そう、ダンディだったか。全盛期のこいつに担がれながら森を駆け抜けるのを想像して怖気が走る。きっと体が保たないに違いない。絶対に御免だ。
「そんなことはどうでもいいわ。さっさと掴まりなさい」
「いいのか? あとでお仕置きは御免だぞ」
「余計なことを言ったら地面に落とすわよ」
そのままアイゼンの手を掴む。本当に口の減らない奴だ。その手の感触も変わらない。リーニエと同じもの。シュタルクもいずれそうなっていくのだろう。何故私がこいつを連れ出さなくてはいけないのか。これもヒンメルのせいだろう。あいつがいないせいでこんなことを。
「随分余裕そうだけど、あの子を説得するのはあんたの役目よ。分かってるでしょうね?」
「…………当然だ」
「そう。せいぜい頼りにさせてもらうわ」
何故か上機嫌になりつつあるアイゼンにそう釘を刺す。瞬間、目を逸らしながら縮こまっている情けない『お父さん』
それに呆れながらも飛び立つ。家出をしている二人の子供を迎えに行くために────