ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十一話 『父』

「何にもないね。誰もいないし。こんなところに来たかったの?」

「ああ……何でだろうな」

 

 

姉ちゃんの心ない言葉に、何でもなくそう答える。それは姉ちゃんにとっては当たり前。悪意がない。俺を傷つけるつもりもない。でも、だからこそ胸に響くものがある。

 

 

────動悸がする。眩暈がする。立ち眩みがする。

 

 

そこは俺の知っている故郷ではなかった。

 

 

俺が育った家も。俺が遊んだ場所も。俺が修行していた場所も。みんなみんな、なくなってしまっていた。

 

 

残っているのは、燃え残った廃墟だけ。

 

 

もう誰も残っていない。その声も。匂いも。

 

 

俺はこの村が嫌いだった。ここで暮らすのが苦しかった。なのにどうして────

 

 

「シュタルク! こっちこっち!」

「姉ちゃん……?」

 

 

いつまでそうしていたのか。知らずそのまま倒れ込んでしまいそうだった俺を、姉ちゃんは強引に呼び戻してくれた。そのまま姉ちゃんはまるで子供のように俺を引っ張って行ってしまう。珍しい物を見つけたかのように。これではどっちが年上か分からない。弟として、されるがままに連れて行かされた先には

 

 

「これは……」

「ね、すごいでしょ? こんなにたくさん」

 

 

辺り一面に建てられている、たくさんのお墓があった────

 

 

一つや二つではない。数えきれないほどの。それに思わず目を奪われる。姉ちゃんもそれは同じだった。でも俺は違う。だって俺はこんな場所は、墓地は知らなかったのだから。

 

この村に、こんな墓地はなかった。間違いない。なら、これは俺がここを逃げ出してから、村が滅ぼされてから建てられたものなのだ。一体誰が。何のために。それは

 

 

「これ、アイゼンが作ったお墓だ」

「え?」

「だって、アイゼンの家のお墓と同じだもん」

 

 

当然のようにあっさりと姉ちゃんに教えられてしまう。どうしてそんなことにも気づけなかったのか。そう、それは師匠のところにあるお墓と同じものだった。魔族に襲われて亡くなってしまった、師匠の家族が眠る場所。そのお墓と同じものが、そこにはあった。きっと姉ちゃんも何度も見て、祈って知っていたのだろう。

 

 

「そっか……師匠らしいな」

 

 

思わずそう笑みを零してしまう。脳裏には黙々とそれをしていたであろう師匠の姿が浮かぶ。俺が拾われてからしばらく、師匠は用事で家を留守にすることが多かった。泊りがけになることも珍しくなかった。理由を聞いても戦士だからの一点張り。きっと恥ずかしかったのだろう。いや、もしかしたら。

 

 

────本当に不器用で、頑固なクソ親父だ。

 

 

 

「シュタルク……どうして泣いてるの?」

「それは……」

 

 

言われて初めて気づいた。自分が泣いていることに。その涙の理由が、俺には分からない。嬉しいからなのか。悲しいからなのか。墓前に立ちながら。

 

そうか。俺はようやく、みんなが死んだことを受け入れたのかもしれない。それを目の当たりにすることで。薄情でしかない。今更帰ったところで、許されるわけもないのに。自分勝手に。

 

それでも泣いているところを見られるのが恥ずかしくて、顔を俯きかけた時

 

 

「やっぱりアウラ様と一緒だね。アウラ様もお墓の前で泣いてたの。そこにヒンメルはいないのに」

 

 

そんな俺を見つめながら、姉ちゃんはそう教えてくれた。さっきと同じように。俺とアウラが同じだと。アウラもお墓の前で泣いていたのだと。きっとそれは勇者ヒンメルの墓のことだろう。魔族でも泣くことがあるなんて。でもそれはきっと例外だ。もしかしたら、姉ちゃんよりもアウラの方がずっとそうなのかもしれない。

 

その証拠に、姉ちゃんの声がいつもと違っていた。どこか物悲しさを、寂しさを感じさせるもの。もしかしたら、姉ちゃんも分からなかったのかもしれない。アウラがどうして泣いていたのか。それでも

 

 

「シュタルク教えてあげる。お墓はね、形見なの。嬉しかったことも、楽しかったことも思い出せるんだよ。アイゼンもそう言ってたんだから」

 

 

俺を慰めるように、励ますようにそう教えてくれる。お墓の意味を。それが亡くなった人を思い出すことができる形見なのだと。子供のように、お姉さんのように。きっと師匠も、その時の姉ちゃんにそう教えたに違いない。それが今、俺にも伝わってきた。何よりも

 

 

「嬉しかったこと……」

 

 

それに心を奪われる。そうだ。お墓は亡くなった人たちのことを悲しむだけではない。嬉しかった、楽しかった記憶を思い出すことができる物なのだ。なら────

 

 

『ハンバーグ。誕生日だろ。親父たちには内緒だぜ』

 

 

誕生日にハンバーグを、親父たちには内緒で作ってくれた兄貴。

 

 

覚えている。その言葉を。姿を。声を。匂いを。

 

 

なのに忘れてしまっていた。思い出さないようにしていた。記憶に蓋をして。逃げていた。

 

 

でもそれを思い出すことができたのだ。師匠のおかげで、姉ちゃんのおかげで。俺にとっての、大切な形見を。

 

 

「でも形見が見つからないね。あ、このお墓持って帰ろうか?」

「人の心がねえよ、姉ちゃん……」

「私は魔族だよ?」

「なら魔族の心もかな」

「むぅ……シュタルクのくせに生意気」

 

 

でもそんなこと、姉ちゃんには分かりっこない。俺の頭の中のことなんだから。それでもこれはやりすぎだ。人の心がない。魔族なのだから。いや、魔族としてもどうなのか。そう突っ込むも、姉ちゃんはそのまま拗ねて頬を膨らませてしまう。さっきまでの気分が台無しだ。とっくに涙なんて止まってしまっていた。違う意味で涙が出てしまいかねない。

 

 

「だったらアイゼンから形見をもらおっか。ヒンメルの剣みたいに。アイゼンなら斧かな?」

「師匠はまだ死んでねえよ、姉ちゃん……」

「あ、そっか。難しいなー」

 

 

ついに誰の形見でもよくなったのか。縁起でもないことを言い始める姉ちゃん。ここに師匠がいたら、きっとお迎えにはまだ早いと言い返したに違いない。きっと形見は魔族にとっては理解できない、難しいことなのだ。それでも姉ちゃんはあきらめずに知ろうとしている。それだけできっと十分なんだ。だから今度は俺の番。

 

 

「大丈夫だよ、姉ちゃん。形見は見つからなかったけど、ちゃんと思い出せたから」

「何のこと?」

「ハンバーグを作ってもらったこと、かな」

 

 

自分の想いを、言葉にして伝える。いつもなら恥ずかしくてできなかったこと。魔族の姉ちゃんには伝わらないかもしれないけど、それでも。俺も、姉ちゃんのことを知りたいと思った。

 

 

「なんだ、シュタルク、ハンバーグを食べたかったの? 早く言えばいいのに」

 

 

残念ながら、それはまだまだ難しそうだが。俺の話し方も悪かったのだろうが、姉ちゃんはそう勘違いしてしまっている。きっと魔族は言葉をそのまま信じてしまうのだろう。嘘つきなのに。相手の嘘を見抜くことはできない。本当に不思議な生き物だ。

 

 

「ハンバーグはね、頑張った戦士へのご褒美なの。アイゼンも誕生日に作ってくれるんだから」

「頑張った戦士への……」

 

 

そんな不思議な姉が、もう一つ教えてくれた。俺が知らなかったことを。これでは魔族のことは言えない。俺たち人間も、ちゃんと言葉で理解し合えていないのだから。誕生日のハンバーグにそんな意味があったなんて。誰も教えてくれなかった。親父も、兄貴も、師匠も。

 

きっと戦士というのはみんな不器用なのだろう。魔族に負けないぐらい。きっと俺もそうだ。

 

 

「それでね、アウラ様のハンバーグもおいしくて……ね……?」

「姉ちゃん……?」

 

 

そのままずっとハンバーグの話をしてくれていた姉ちゃんが、急に黙り込んでしまう。見ればその手が震えてしまっている。どうしたのか。

 

そこには今まで見たことのないような顔をしている姉ちゃんがいた。目を見開いたまま、何かに怯えるように口をパクパクさせている。まるで怖いお母さんに怒られてしまう子供のように。そこで思い出す。俺はこの姉ちゃんを見たことがあった。それは

 

 

「────見つけたわよ。二人とも」

 

 

スカート捲りのことで、アウラに叱られてしまった時の姉ちゃんだった。

 

 

そこには赤い『お母さん』がいた。それに思わず俺も姉ちゃんと同じように震えてしまう。その顔はいつも通り。怒っているかどうかも分からない。それが逆に怖い。その隣には一緒に来たのだろう。師匠の姿もある。でもこの場を支配しているのは間違いなくアウラだった。誰も逆らうことはできない。

 

 

「リーニエ。こっちに来なさい」

「…………はい」

 

 

その命令によって、姉ちゃんはまるで売られた子牛のようにとぼとぼとアウラに連れられて行く。それを前にしてできることは何もない。できるのは後で巻き込んでしまったことを謝ることだけ。

 

後には俺と師匠だけが残された。ただお互いに何も言わずに向かい合っているだけ。どうしたらいいのか分からない。気まずい。まだアウラのように叱ってくれた方が分かりやすい。いつまでそうしていたのか。

 

 

「……シュタルク」

「っ!」

 

 

ゆっくりと師匠がこっちに近づいてくる。その手が伸びてくる。俺に向かって。反射的に目を閉じてしまう。失望された。きっと殴られてしまう。その痛みに耐えるために。なのに、それはいつまでもやってこなかった。代わりに感じたのは

 

 

「────すまなかった、シュタルク」

 

 

頭に乗せられた、大きな手の温もりだけだった。それに撫でまわされる。ゴツゴツの手でされるもんだから、頭が痛くなってしまう。力加減もおかしい。でも、それだけで十分だった。言葉以上に、それだけで伝わってくる。師匠の気持ちが。

 

 

「俺の方こそごめん……勝手に家出して」

「かまわん。それは戦士になるなら当然のことだ」

「何だよ、それ」

 

 

俺もそう謝るが、師匠はまたそんな相変わらず都合が良いことを言ってくる。困ると、恥ずかしくなるとすぐにこれだ。戦士を何だと思っているのか。魔法の言葉だと思っているのかもしれない。

 

 

「それと、ありがとな。みんなのお墓、作ってくれて」

 

 

忘れないうちに、それも伝えておく。俺だけではない。村のみんなもそう思っているに違いない。本当なら、俺がしなくてしけないことだったのに。こうして弔ってもらえて。

 

 

「気づいたのか」

「姉ちゃんが先だったけどな」

「そうか」

 

 

言葉少なく、師匠は事情を理解したらしい。こういうところも不器用なのだろう。知らない人が見れば誤解されるに違いない。そのまま師匠は自分が作ったお墓を見ながら、黙り込んでしまう。何かを悩んでいるのか。それは

 

 

「……本当なら、もっと早くお前を連れてくるつもりだった。だが、できなかった。俺が弱かったからだ」

 

 

まるで女神様への懺悔だった。いつもの師匠なら、絶対に口にしないような弱音。それを俺にしてくる。俺をここに連れてきたかったのだと。里帰り、墓参りだろうか。それができなかったことを謝るもの。でもそれは弱さじゃない。優しさだったのだ。俺への。

 

 

「だがお前は違った。お前は自分でここに来た。俺にはできなかったことだ」

「それは……姉ちゃんがいたからだよ」

 

 

師匠はそう褒めてくれるけど、それを喜ぶことはできない。だってそれは嘘だから。ズルだから。姉ちゃんがいなかったら、俺はここまで来れなかっただろう。村に入ることも。俺は一人では何にもできない臆病者だ。

 

 

「俺は、俺が怖いんだ……また逃げ出しちまうんじゃねえかって。あんなに師匠に鍛えてもらっても……俺は、俺を信じられない」

 

 

そのまま自分の弱さを白状する。師匠と同じように。呆れられるのが、失望されるのが怖くてずっと言えなかったこと。期待されなくなるのが怖い。それを誤魔化すように修行した。でも変われなかった。師匠に鍛えてもらっているのに。きっとそれはこれからも変わらない。俺は誰よりも、俺を信じられない。そんな奴が、誰を守れるというのか。それを

 

 

「なら俺が信じてやる」

 

 

まっすぐに俺を見つめながら、師匠は信じてくれた。

 

 

「お前が信じられないなら、俺が信じる。だからお前も、俺を信じればいい」

 

 

それはただの言葉だった。あまりにも子供っぽい、夢物語のような、都合の良い話。およそ師匠らしくない言葉。なのに、それが嬉しかった。それは俺がずっと欲しがっていた、誰かに言って欲しかった言葉だったのだから。

 

 

「────お前は凄い戦士になれる。俺の一番弟子だからな。だから一緒に来い、シュタルク」

 

 

俺を認めてくれる、信じてくれる言葉。師匠が認めてくれる、それだけで勇気が湧いてくる。手の震えも、とっくになくなってしまっていた。それがきっと、戦士なのだろう。自分のためではない、誰かのために。師匠がそうであったように。

 

 

「……分かったよ。最初からそう言ってくれればいいのにさ」

「む……」

 

 

でもそれとこれとは話が別だ。いくら戦士でも師匠はやりすぎだろう。もっと言葉にしてくれればいいのに。自分でも分かっているのだろう。師匠はそのまま黙り込んでしまう。もしかしたら姉ちゃんの真似なのかもしれない。全然似合っていない。

 

それに呆れていると、師匠はどこかこそこそとこっちに耳打ちしてくる。一体何なのか。それは

 

 

「…………それと、俺はあいつに従わされていてな。逆らえん。正直怖い。一緒に来てくれ」

 

 

俺と同じ、臆病者の戦士の弱音だった。

 

 

「そっちが本音かよ……俺はどっちも怖い」

「なら一緒に逃げるか。俺たちは師弟だからな」

「やだよ。絶対逃げられねえよ」

 

 

さっきまでのことが全部台無しだった。ようするに俺は道連れなのだ。俺はどっちも怖いというのに。師弟揃ってそんなところまで似なくてもいいだろうに。でも怖いものは怖い。きっと逃げても魔法で見つかってしまうに違いないのだから────

 

 

 

(何とかまとまったみたいね……)

 

 

遠目に見ているだけだが、何となくそれは感じ取れた。あの臆病者のことだ。この期に及んで逃げ出すのではないかと心配していたが杞憂だったらしい。どころか、こそこそ二人してこちらを盗み見ている。どうせ碌なことではない。気にするだけ無駄だろう。そんな中

 

 

「あの……」

 

 

そのまま、居心地が悪そうにこちらの様子を伺っているリーニエ。今にも正座してしまいそうな雰囲気。それもそうか。呼びつけたのはあの二人の邪魔にならないようにするためだったのだが、この子にそれが分かるはずもない。この子からすれば家出はスカート捲りに匹敵する、いやそれ以上の悪さだったのだから。

 

私の命令に反する、背くこと。主従においてはあってはならないこと。それでも

 

 

「────よくやったわね、リーニエ」

 

 

その頭を撫でてやる。アイゼンの真似をするようで癪だが仕方ない。ヒンメルもそうしただろう。そういえば久しぶりにこの子の頭を撫でた気がする。相変わらず角が邪魔だ。ヒンメルにもよくされたこと。今、私の頭を撫でてくるのはハイターぐらいだろう。

 

 

「うん! アウラ様大好き!」

「そう。良かったわね」

 

 

褒められたからか、それとも叱られないと分かったからか。さっきまでの落ち込みは嘘のように、目を輝かせながら喜んでいるお姉ちゃん。それが嘘なのかどうか、天秤で確かめるまでもない。この子は私の従者なのだから。

 

 

それが騒がしかった、リーニエのお姉ちゃん奮闘記の終わり。そして新たな始まりだった────

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、じっとしてるの。また落っこちちゃうよ」

「助けてくれよ、アウラぁ……!? 師匠も代わってくれよぉ!?」

「家出したお仕置きね。甘んじて受けなさい」

「罪な女たちだ……」

 

 

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