ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十二話 『宝箱』 

「あんた、何してるのよ?」

 

 

相変わらず飽きもせずに鍛冶をしているアイゼンにそう尋ねる。普段ならいつものことだと気にしないのだが、今は事情が違う。何故なら今私たちはこの地を離れる準備の真っ最中だからだ。

 

つい先日のシュタルクとリーニエの家出騒動。色々あったものの、それは終結した。それはそのまま私がここに来た目的、ドワーフ狩りが終わったことを意味している。私は勇者一行の戦士を従え、手に入れたのだ。しかもその弟子も一緒に。望外の成果だろう。魔族としての欲求も満たされた。

 

後はそれを引き連れて帰るだけだというのに、何故かその従者は鍛冶に勤しんでいる。リーニエやシュタルクは引っ越しの準備をしているというのに。一体何をしているのか。そんな私の問いに

 

 

「見て分からないか。墓を作っている」

 

 

こちらに振り向くことなく、作業を続けながらアイゼンはそう答えてくる。それにますます困惑するしかない。何故こんな時に墓を作っているのか。墓を持っていくつもりなのか。リーニエではあるまいし。意味が分からない。そもそも

 

 

「誰のよ?」

「俺のだ」

「はぁ?」

 

 

誰の墓なのか、と問いかけた瞬間。理解できない答えが返ってくる。本当にこいつは人類なのか。言葉が通じていないのか。もうそこまで老いぼれてしまったのか。崖から頭を打ちつけすぎて、とうとうおかしくなってしまったのかもしれない。だが

 

 

「ハイターから聞いたぞ。死んだ振りをさせられたとな。そのためだ」

 

 

どうやら頭の筋肉はまだ無事だったらしい。それでもその単細胞ぶりは変わらない。そこでようやく理解する。それがあの生臭坊主からの入れ知恵だったことに。私の命令への意趣返しだったのだろう。そしてそれに便乗している筋肉馬鹿。私に命じられる前に自分の墓を作っているなんて。本当に小癪な奴らだ。

 

 

「誰があんたにそんなこと命令したのよ。そんな必要ないわ。そもそもあんたは引きこもりでしょ。死んでも誰も気づかないわよ」

 

 

呆れて鼻を鳴らしながらそう告げてやる。それが無駄なことであることを。そう、そもそも最初から私はこいつに死んだ振りをさせる気などなかったのだから。あれはハイターだからこそ必要なことだった。聖都の司祭という、人間社会で大きな地位を持っているあいつだからこそ。隠居という名で引きこもり、悠々自適に生活していたこいつにはそんな偽装は必要ない。死んでも誰も気づかないに違いない。そういう意味ではあのエルフも同じだ。もっともあっちは生きているのかも知られていないだろうが。

 

 

「……そうか。作らなくていいのか」

 

 

自らの早とちりに気づいたのか。目に見えてアイゼンは落ち込んでいる。一体何なのか。そんなに死んだ振りがしたかったのだろうか。どんな物好きなのか。いや、違う。こいつが考えそうなことと言えば

 

 

「……あんた、自分の墓が作りたかっただけでしょ」

「バレたか。中々できる経験じゃないからな」

 

 

そんなところだろう。人類をして理解できない精神構造だ。ようするにこいつは自分の墓を作ってみたかったのだ。馬鹿なのか。あのハイターでさえ自分の墓を前にして戸惑っていたというのに。やはり同じ人類でも人間とドワーフは違うのだろう。そもそもこいつをドワーフの基準にするのは間違っているのかもしれない。私たちと同じぐらい異端に違いない。

 

 

「なら偽名もないのか」

「何よ。そんなものが欲しかったわけ?」

「当然だ。ハイターの奴は賢者の名前をもらっていたからな」

 

 

名残惜しそうに自分の墓作りを中断しながら、今度はそんなことを私に確認してくる。偽名。なるほど。それも考えてはいなかった。必要性を感じていなかった。こいつに関しては。

 

しかし明らかにこいつの様子はおかしい。まるで子供のようにはしゃいでいる。そうか。以前言っていたが、年甲斐にもなく興奮しているというのは嘘ではなかったのだろう。謂わばこいつは今、冒険の準備をしているのだ。先を越されたハイターに負けじとしているのだ。きっと偽名も期待していたに違いない。何故なら

 

 

「ようするに?」

「恰好いいからだ」

「でしょうね。聞いた私が馬鹿だったわ」

 

 

こいつは根っからの子供なのだから。ヒンメルと同じで。その理由も同じく下らないものでしかない。リーニエと良い勝負だろう。

 

 

「何なに? 何か楽しいこと?」

 

 

それを嗅ぎつけたように、その本人がやってくる。この子もアイゼンに負けず劣らず興奮している。念願叶って、いやそれ以上か。アイゼンに加えて、弟まで手に入れたのだから。早く帰ってシュトロやハイターに自慢したくて堪らないのだろう。それに振り回されるであろうシュタルクには同情するしかない。

 

 

「ちょうど良かったわ。リーニエ。私の代わりにこいつに二つ名をつけてやりなさい」

 

 

ふと思いつき、そうリーニエに託す。私の代わりに。面倒臭かったのもあるが、この子の方が適任だろう。私はフェルンの二つ名も考えなければいけないのだから。偽名と二つ名は違うものだが、この子にとっては似たようなものだろう。

 

 

「アイゼンの二つ名? うーん……筋肉? お父さん? えーっと……あ! じゃあアゴヒゲはどう? ヒンメルも言ってたよ。アイゼンの髭は格好いいって」

「戦士アゴヒゲか……悪くないな」

「でしょ? 格好いいもん」

 

 

そして始まる親子の下らないやり取り。冗談ではなく、本気でそう思っているのだから質が悪い。リーニエが反応していないのが何よりの証拠だ。照れているのか、そのまま満更でもなさそうに髭を撫でている。こいつらの、戦士の美的感覚はどうなっているのだろうか。人間と魔族のそれ以上にかけ離れているに違いない。二つ名ではなく、あだ名になってしまっている。一度聞けば忘れられないに違いない。

 

 

「そう。好きにしなさい」

「薄情なお母さんだな」

「ねー」

「あんたたちね……」

 

 

いつかを思い出させるような、息の合った下らないやり取りを見せつけてくる二人の従者に、ただただ呆れることしかできなかった────

 

 

 

「あんたたち、忘れ物はないわね」

 

 

荷物を手に、振り返りながらそう確かめる。そこには各々の準備を済ませた三人の姿がある。出立前の最終確認。つい最近全く同じやり取りをしたような気がするが無視する。違うのは

 

 

「うん! 大丈夫だよ! ちゃんとシュタルクは持ってるから」

「俺は物じゃねえよ、姉ちゃん!? 犬みたいに持たないでくれよ!?」

「? 私は猫の方が好きだよ?」

「何の話だよ!?」

「相変わらずうるさい奴ね」

 

 

その内の一人、シュタルクが荷物扱いされているということ。忘れないように犬のようにリーニエに持たれている。忘れてはいけない大切な物扱いされている、という意味では悪くないのかもしれない。当の本人はそれどころではないのだろうが。私たちにも慣れてきたのか、物言いに遠慮がなくなっている。それはいいのだが、うるさすぎる。フリージアに行けばさらに酷くなるのだろう。今から頭が痛くなってくる。

 

 

「いつでもいいぞ。魔法をかけてくれ」

 

 

その保護者は保護者でせがむように背中をこちらに向けている。早く体が軽くなる魔法をかけろとせがんでいるのだろう。あの一件以降、それが癖になってしまっている。何でも本当に体の調子が良くなるのだと。冗談だとばかり思っていたのだが、新たな崖堀りをしているのを一度目撃してしまったので、笑い飛ばせない。私は知らず化け物を蘇らせてしまったのかもしれない。 

 

 

「それで? 置手紙の一つでも残したわけ?」

 

 

それを思考の隅に追いやりながら、改めて問い質す。かつてのハイターにそうしたように。何故なら

 

 

「何のことだ?」

「とぼけるんじゃないわよ。あの薄情者への伝言よ。どうせ残したんでしょ?」

 

 

こいつもまた勇者一行なのだから。その行動は似通っている。気持ち悪いぐらいに。習性と言い換えてもいい。ならこいつもまた同じことをしているに違いない。だが

 

 

「……なるほど。ハイターの奴がしそうなことだな。だが俺はあいつほどフリーレンには甘くない」

「よく言うわよ」

「照れるな」

「褒めてないわよ」

 

 

それは少し違っていたらしい。てっきりそうだと思っていたのに。それでもハイターがしそうなことだとすぐに見抜く辺りは流石なのだろうが。あいつに甘くない云々は全くあてにならないが。私も知らず思い込んでしまっていたのかもしれない。こいつら勇者一行はみんな同じなのだと。でも違うのだ。こいつらはそれでも別人。それぞれの考えがあるのだ。

 

かつての私に対する態度がそれだ。フリージアを建国する時の、二人の態度。

 

ハイターはそれを尊重し、後押しし。

 

アイゼンはそれを戒め、忠告してきた。

 

それと同じように

 

 

「お前には敵わんな。だが本当だ。あいつにとってはこの方が良い薬になるかもしれん」

 

 

それがアイゼンなりの、あのエルフへの対応なのだ。ドワーフという長命種だからこそ。ある意味では、ハイターよりもずっと甘いのだろう。

 

 

「そう。毒薬にならないことをせいぜい祈ってやるのね」

「心配ない。解毒はハイターの得意分野だからな」

「そうね。あんたもその内の一つよ。解毒じゃなくて、特効薬かしら。せいぜい私の役に立ちなさい」

「捨て石じゃなかったのか」

「同じような物よ」

 

 

そこまで考えているのなら、もう言うことはない。好きにすればいい。元々止める気もなかった。ただの確認だったのだから。ただの毒なら僧侶でも解毒できるだろうが、あいにくそんな生易しいものではない。特効薬が必要だろう。だからそれを手に入れたのだ。来る日に備えて。

 

知らず高揚して、興奮している自分がいる。自分が欲しい物を手に入れたからか。いや、違う。それだけではない。それは期待だ。私は愉しんでいる。今の状況を。以前の私なら、考えられなかったこと。

 

知らず笑みが零れる。最後の獲物を待ち詫びて。これまでのように、一筋縄ではいかないだろう。今日明日でどうにかなるものでもない。あの勇者ですら成し遂げられなかった偉業なのだから。

 

油断も慢心も今の私にはない。魔族らしく、無慈悲に、容赦なく、あの渡り鳥を陥れてやろう。宝箱(人質)は用意してやった。あとは引っかかるのを待つのみ。時間がかかるならそれでも構わない。その分、宝箱の中身が豪華になっていくだけだ。

 

 

「それで? お前はこれからどうするつもりだ?」

 

 

それを感じ取ったのかそれとも。アイゼンが問いかけてくる。いつかのように。これからどうするのか、と。今更な愚問を。そんなこと、考えるまでもない。脳裏に蘇るのはかつての約束。最後までお人好しだった、愚かな勇者の、下らない遺言。

 

 

『君に、フリーレンと友達になってほしいんだ』

 

「────決まってるでしょう? エルフ狩りよ」

 

 

あの薄情者のエルフを従わせる(友達にする)ために。

 

 

それが今の私の行動原理。人間とは違う、ヒンメルとも違う、魔族としての私の答え。

 

 

「────本当に罪な女だ」

 

 

戦士はその体を震わせながら、ただ同情する。この場にはいない、今もどこかで道草を食っているであろう葬送の魔法使いに。ただ願う。自らがそれに巻き込まれないことを。

 

 

勇者一行────残るは一人。

 

 




次話はフリーレンパートになります。お楽しみに。
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