ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十三話 「良薬」

勇者ヒンメルの死から二十一年後。中央諸国ブレット地方。

 

 

記憶を頼りに山道を進んでいく。確か前に来たのは七十年以上前だったか。少し景色も変わっている。人間だけでなく自然にとってもそれは長い年月らしい。徐々にその場所が見えてくる。相変わらず飾り気のない家だ。ドワーフというのはみんなそうなのかもしれない。それに合わせるように、小さなお墓が並んでいる。アイゼンの家族の墓。

 

それを前にしたやり取りを思い出す。天国があってもなくてもいいと暴露する生臭坊主に、どっちでもいいじゃないかと答えるヒンメル。その方が都合が良いからだと、みんなで祈った思い出。

 

 

 

「アイゼン。遊びに来たよ」

 

 

そう、いつものように声をかける。言った後に気づいた。そういえば二十年ぶりになるのか。いくらアイゼンがドワーフでもそっけなさすぎたか。まあ、いいだろう。たった二十年なのだから。私はエルフで、アイゼンはドワーフ。同じ長命種として。

 

 

「アイゼン……?」

 

 

でも返事がない。しばらく待ってみるも、物音一つしない。何度か声をかけるもそれは同じ。なので仕方なく勝手にお邪魔するも

 

 

「アイゼン……いないの?」

 

 

アイゼンは家のどこにもいない。まるで最初からいなかったみたいに。しばらく散策するも見つからない。でも気づいた。その斧がなくなっていることに。それはアイゼンにとってヒンメルの剣のような物。戦士の魂だろうか。それを持ち出しているのだろう。もう振れないと言っていたくせに。相変わらず都合の良い奴だ。

 

 

「出かけてるのかな……」

 

 

水汲みか、薪拾いか。それとも狩りか。もしかしたら修行かもしれない。なら待たせてもらおう。ハイターのところから持ってきた魔導書もある。その内帰ってくるだろう────

 

 

 

「もう夕方か」

 

 

本を閉じながら窓の外を眺める。夕日が差し込んできている。時間の流れは本当に早い。一日が三日ぐらいあればいいのに。それにしてもアイゼンが帰ってくる気配はない。もしかして泊りがけだろうか。買出しにでも行っているのだろう。

 

 

「勝手に泊まらせてもらうよ、アイゼン」

 

 

なのでそうさせてもらう。後で怒られるかもしれないけど、きっと許してくれるだろう。いつもみたいに。私たちは仲間なのだから────

 

 

 

 

 

「もう一週間か」

 

 

どうやら思ったよりも長旅のようだ。でも焦る必要はない。私はエルフなのだから。時間はいくらでもある。アイゼンはドワーフだ。お迎えにはまだ早い。ヒンメルやハイターとは違う。人間ではないのだから。アイゼンも色々あるのだろう────

 

 

 

 

 

 

「もう一月か」

 

 

どうしたものか。いいかげん探しに行くべきか。いや、入れ違いになってもいけない。なら、待つことにしよう。どうせ当てのない旅だ。

 

目の端には、私の知らない場所があった。鍛冶場だろう。アイゼンが作ったであろう剣や斧が置いてある。その中に、作りかけの墓があった。それが何を意味するのか。目を逸らしながら────

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれから……そうか。もう三年か」

 

 

あれから三年経った。アイゼンは帰ってこない。何の音沙汰もない。心配することはない。まだ、たった三年だ。私にとっては何でもない時間。なのに、どうしてこんなに長く感じるのか。

 

 

(そうか……私、待つのは初めてなんだ)

 

 

待つのは初めての経験だったから。いつも、みんなが待ってくれていた。私に合わせてくれていたのだ。

 

 

いつ帰ってくるのか。明日か。明後日か。一年後か、十年後か。百年後か。千年後か。もっと先か。それが分からないから、こんなにも長く感じるのだ。

 

 

『人間には寿命がある。私たちよりも、死に近い場所にいるんだ』

 

 

いつかの光景が、声が蘇る。気まぐれに誘われた散歩で聞かされた、あいつの言葉。

 

 

『人生には重大な決断をしなければならない時がいくつもあるが、あの子たちはそれを先送りにできないんだ』

 

 

らしくなく、まるで師のようにゼーリエは私にそう告げてくる。今思えば、あれは教えだったのだろう。忠告だったのだろう。人間が、どんなものであるか。

 

 

『私たちはそれを百年後にやっても二百年後にやってもいい、千年ほったらかしにしたところでなんの支障もない。私たちの時間は永遠に近いのだから』

 

 

私たちはエルフなのだと。その意味を。それはきっと予言だったのだ。私がこの先、過ちを犯すことを見越しての。

 

 

エルフ(わたしたち)は人間に追い抜かれる。鍛錬を怠るなよフリーレン』

 

 

人間たちに置いて行かれるなと。忘れるなと。その歩幅を合わせろと言っていたのだ。本当に不器用な人だ。ならそう言ってくれればいいのに。格好をつけて。

 

 

(みんな、こんな気持ちだったのかな……)

 

 

────動悸がする。眩暈がする。立ち眩みがする。

 

 

私が感じているこれは、きっとみんなの百分の一にも満たない。ならヒンメルは、みんなはこの百倍辛かったはずなのだ。なのに、五十年も待ってくれていた。待たせてしまった。その本当の意味。私の犯した、許されない罪の証。

 

 

何が人の心を知ろうと思う、だ。私は、私の心も分かっていなかったのだ。

 

 

「アイゼンも、死んじゃったのかな……」

 

 

今まで口にしなかったこと。それが漏れてしまう。ドワーフは人間よりも長寿だ。でもそれだけだ。いつ死んでもおかしくない。ハイターたちと同じだ。いや、そもそも別れは死別だけではないのだ。

 

 

『後悔がないようにするためさ。今生の別れっていうのは死別だけじゃないからね』

 

 

ヒンメルの言葉。その意味。十年の旅の中で出会って、もう二度と会うことがない人がどれだけいるのか。それは、身近な人でも同じなのに。それに気づけなかった。それじゃあ、また。その言葉にどれだけの意味が込められていたのか。

 

 

「────」

 

 

知らず涙が流れていた。最近は泣いてばかりだ。今まで泣いていなかった分なのか。薄情だと言われていたのに、それすらできない。取り返しのつかない過ちを、私は何度繰り返すのか。

 

 

『お前はいつか大きな過ちを犯し、人を知りたいと考えるようになる』

 

 

師匠(せんせい)の言葉を思い出す。いつものように、不敵な態度を取りながら。師匠(せんせい)はいつも判断が早かった。何かに急かされるように。私とは真逆の生き方。それでもそこには温かさがあった。

 

らしくなく、そんな説教をしてくる。もしかしたらゼーリエの真似事だったのかもしれない。予言だったのか。いやそうじゃない。師匠(せんせい)は分かっていたのだ。私のことを。師匠として。そして、母として。

 

 

『そん時はここに帰ってこいって言ってんだ。手助けしてやる。この大魔法使い、フランメ様が』

 

 

偉そうにしながら、頭を撫でられたのを覚えている。いつも知った風なこと言う人だった。嫌味な奴だ。千年経っても、私はあの人の掌の上なのだから。

 

 

「……帰ってみようかな」

 

 

私にも、帰る場所があったのか。花畑の魔法と同じで、思い出すのが辛くて避けていた場所。私にとってのもう一つの故郷。でもそれを思い出してもいいことを、私は知っている。ヒンメルにそう教えてもらったから。そう涙をぬぐっていると

 

 

「おや、もしかして貴方は……フリーレン様なのでは?」

 

 

そんな知らない男の人の声がかけられた。

 

 

「誰……?」

「失礼しました。私はコニー。行商人でして。偶然近くに寄ったので、久しぶりにアイゼン様にお会いしに来たのです」

 

 

泣いていたところを見られたかもしれないと、内心焦りながらも平静を装う。どうやら大丈夫だったらしい。話しぶりからするとアイゼンの知り合いだろうか。歳は二十代から三十代だろうか。人間は見た目で年齢が分かりにくい。

 

 

「そう。アイゼンは留守だよ。最近はずっとね」

「そうですか。それは残念です」

 

 

とりあえずそう教えてあげる。どうやらアイゼンの居場所はこの人も知らないのだろう。最近、か。とっさに出た言葉なのに、それに思わず考え込んでしまう。私は、こんなことを気にするような性格じゃなかったのに。

 

 

「ですが、こうしてお会いできて光栄です。私はグレーゼ地方の生まれでして、祖父たちからフリーレン様たちのことを聞かされていたのです」

「そうなんだ。話半分に聞いておいた方がいいよ」

 

 

こうして勇者一行の魔法使いとして扱われるのは珍しい。何でも祖父が私たちに助けてもらったことがあるのだとか。誰のことかは思い出せないが、きっとそうなのだろう。あのお人好しで、寄り道好きの勇者のせいで、助けた人の数なんて数えきれないのだから。そんな思ってもみない感覚。もしかしたら、これが懐かしいという気持ちなのかもしれない。そんならしくないことを考えるも

 

 

「そんなことは。それにお礼を言いたかったのです。腐敗の賢老クヴァールを討伐して下さり、ありがとうございました。これで皆、安心して暮らせます」

 

 

それは、何でもないことのように贈られたお礼に言葉によって終わりを告げた。

 

 

「……討伐? 封印じゃなくて?」

 

 

思わずそう聞き返す。聞き違いだろうか。同時に思い出す。もうすぐクヴァールの封印が解けてしまうことを。その対処のために、この地方にやってきたのもあるのだから。封印と討伐を間違えてしまっているのだろう。目の前の行商人は、まだ生まれてもいなかった頃のことなのだから。でもそれは

 

 

「はい。数年前に、フリーレン様が討伐して下さったとお聞きしたのですが、違うのですか?」

「…………え?」

 

 

私の方が間違っていたらしい。いつもなら、根も葉もない、いつもの人間の下らない噂だと聞き逃すところだ。でも今の私にはそれができない。噂なら、嘘ならあまりにもできすぎている。

 

 

私は何も知らない。知ろうとしていなかった。それが追い縋ってくる。突きつけられてしまう。

 

 

私が果たすべき約束が、先を越されてしまったことに────

 

 

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