ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三話 「寄生」

(一体こいつらは何を……?)

 

 

目の前の状況は不可思議だった。魔族の子供はまだ分かる。それは観察だった。目の前の獲物、人間の子供を前にした獣のように。

 

問題は人間の子供の方。泣き喚いていてまともに会話が成立しない。ただその手に鳥の死骸を抱えている。それがこの状況の原因であることは疑いようがない。

 

何故そんな物を。食べるつもりなのか。だとすれば説明もつく。その食料を魔族の子供に奪われかけたので命乞いをしていたのか。だがそれは

 

 

「娘が死んだ鳥を弔おうとしたのですが、あの子はそんな物は捨てればいいと言うんです。何度言っても分かってもらえなくて……リュグナー様からも叱っていただけないでしょうか?」

 

 

大げさに騒ぎながら、捲し立ててくる女によって明かされる。本当に使えない人間だ。最初からそう言えば、こんな無駄な時間を使わずとも済んだものを。

 

 

(そういうことか……本当に人間は下らない生き物だ。そんな無駄なことに固執するなど……)

 

 

ようやくこの茶番の正体を理解した。なるほど。本当に下らない。人間はいなくなった、死んだ物に執着する習性がある。墓石なる石の下に死体を埋め、その場所に通うという理解できない行動。それを魔族の子供に否定されたのだろう。

 

自分ではない別の個体、どころか種族すら異なる動物に執着する。理解しがたい行動原理。

 

死んだ鳥は鳥ではない。ただの鳥の形をした肉だ。そんな単純なことが、人間どもには理解できないのだ。

 

それを叱れと目の前の人間は私に乞うてくる。笑い話だ。魔族を人間だと勘違いしているのだろう。愚かでしかない。魔王様が討たれてからまだ八十年ほどだというのに、もう人間は忘れてしまっているのだろう。騙されてしまっている。我々が人間と同じであると。

 

それこそがアウラ様の偉業なのだ。共存を謳って、人間共を騙し、支配している。かつての魔王すら超える存在。だからこそ、目の前の魔族の醜態は度し難い。

 

 

「私は何か間違えてしまったのでしょうか……?」

 

 

同族である私がやってきたことに気づいたのか。それともこの状況に危機感を抱いたのか。魔族の子は私にそう問いかけてくる。魔力の高い方に従う。魔族の本能。人間の親子もだが、この個体もまた愚かでしかない。

 

 

(こいつもまた愚かだ。まだ幼いからだろうが、人間を欺くことができていない。我らは人の声真似をする人食いだというのに。それすらできぬとは)

 

 

これは紛れもなく、目の前の魔族の失態だ。人間を騙すことができず、警戒させてしまったのだから。幼く、経験不足なのもあるだろう。だからこそ『お母さん』という声真似で命乞いをするのだが、この場ではそれに意味はない。命の危機ではないのだから。

 

ただこいつは選択を間違えたのだ。人間の習性を読み損なった。利用できなかった。ただそれだけ。

 

ここフリージアでなければ人間に淘汰されておかしくない失態だが、運のいい奴だ。もっとも、その後始末に利用される私からすればいい迷惑でしかない。

 

人間相手なら、説諭の真似事で済ませられるが魔族相手にそんなことをしても意味はない。そもそも間違っているのは人間共の方なのだから。なら魔族の習性を利用して魔族の子供を連れ出し、この場を収めるのが最善。そう命じようとするも

 

 

「いいえ。貴方は何も間違えていません。貴方は魔族なのですから」

 

 

それよりも早く、まるで最初からそこにいたかのように。人間の小娘によって私の行動は遮られてしまった。

 

 

(こいつ……一体何を)

 

 

思わず声を上げそうになるも、人間の親子の手前それもできない。見れば魔族の子の前に屈み、何やら話しかけている。何を考えているのか。もしや叱る気なのか。人間が魔族を。

 

正気の沙汰ではない。魔族にとって言葉はただの声真似でしかないというのに。アウラ様のお手を煩わせておきながら、そんなことすら理解できていないのか。しかしそれは

 

 

「でも覚えておいて。私たち人間は、いなくなってしまった人や物を大切にするの。貴方たちが魔法を大切にするように」

「魔法と同じ……?」

 

 

私の想像をはるかに超える物だった。小娘の言葉によって、魔族の子が反応を示している。まるで人間の姉に諭される妹のように。魔法という言葉によって。その意味を、私自身も感じ取る。

 

魔法は魔族にとっては誇りであり生きる意味だ。それを刺激している。まるでそう、魔族が人間相手に『お母さん』という言葉を使うように。我らにとってはそれは『魔法』にあたるのだろう。

 

 

「……分かりません。どうしてそんなことを」

「それでもいいです。分からなくて当たり前なのですから。だから、真似をしてあげてください。それがきっと、あなたが平穏に暮らすために役に立ちます」

 

 

それすらも理解できないのだろう。愚かな魔族の子。それを前にしても動じることなく、黙々と小娘は言葉を紡いでいく。

 

魔族にも分かるように。利用するように。真似をしろと。それが己の利益になるのだと。

 

 

「……利用すればいいの?」

「そうです。でも言い方が良くありません。頼りにする、でしょうか。その方がアウラ様も喜ばれます」

「アウラ様が……」

 

 

ようやくその意味を理解したのか。露骨に反応を示す魔族の子。言葉の言い換え。それはリーニエの口癖でもあった。その真似事だろう。しかもそれにアウラ様を利用している。そうすればアウラ様も喜ぶと。

 

その効果は覿面だった。アウラ様に従うことこそが、ここフリージアで暮らす魔族の本能でもあるのだから。

 

 

「貴方も怖がらないであげて。魔族の人たちに悪気はないの。ただ分からないだけ」

 

 

それを感じ取ったのか。小娘は今度は人間の子供に話しかける。その手の中にある死骸を見つめながら。

 

 

「もしかしたらこれからも同じようなことがあるかもしれない。言葉が届かないかもしれない。でも寄り添ってあげてほしい。ここはフリージア。魔族の人たちは私たちと同じ住民だから」

「同じ……?」

「はい。だから一緒にお墓を作ってあげましょう。私も手伝います」

「……うん」

 

 

今度は人間の習性を利用した言葉によって、小娘は人間の子を懐柔してしまう。平和と平等。教典に記された教えのままに。

 

そのまま小娘は一緒に墓を作って埋め始める。人間も、魔族の子供もそれに従っている。それはある種異様な光景だった。

 

魔力の多寡ではない。強さでもない。あの小娘は言葉で騙している、従えている。支配しているのだ。我々には理解できない、価値観に基づくもの。

 

だというのにその光景に目を奪われてしまう。私はそれを知っている。小娘の所作には面影があった。それにアウラ様が重なる。あり得ない。どうしてそんなことが。この私が。

 

 

「素晴らしいです。リュグナー様が導かれているだけはありますね」

「いえ……」

 

 

その光景の、行動の意味を勘違いしたのか。何やら興奮している女の言葉に答えることもできない。否定することも肯定することも。私自身が、目の前の出来事が理解できていないからか。

 

 

「……フェルン。何故あのようなことを」

 

 

その場を収め、何事もなかったかのように淡々としながらこちらへと戻ってきたこいつにそう問いかける。何故あんなことを。そんなことをしてもこいつには何の得もないのに。同時に、何故あんな真似ができたのか。それに

 

 

「────アウラ様ならそうされたでしょうから」

 

 

当たり前のように、それでもここにはいないアウラ様を思い出しているのだろう。それでようやく理解した。私が何故先程、こいつにアウラ様の面影を見たのか。何故アウラ様がこいつを特別扱いしているのか。

 

 

「────」

 

 

こいつはアウラ様の真似をしているのだ。アウラ様曰く、一番弟子として。人間が魔族の真似をするなど。天地がひっくり返るどころではない。捕食者としてあり得ないこと。これでは立場があべこべだ。確か実験だったか。その結果がここにある。互いに利用している。己の利益のために。かつて断頭台が死の軍勢を率いたように。天秤は生きた人間を使役することができる。服従の魔法を使わずとも。

 

なら、私はどうなのか。そういえば、この小娘を教導するように命じられた時、アウラ様に何か言われた気がする。あれは何だったか。それを思い出さんとするも

 

 

「リュグナー様。こんなところで何をされているんですか」

 

 

それを邪魔するように、新たな来訪者が現れる。今日はどうなっているのか。千客万来。願ってもいないというのに。だが振り返るまでもない。その魔力だけで十分だった。相手は魔族なのだから。

 

 

そこには人間で言う執事のような出で立ちをした青年がいた。その角が青年が人間ではなく、魔族であることを示している。その容姿と同じく、魔族としてはまだ若さが見て取れる。

 

 

ドラート。

 

 

それがその魔族の名前。リュグナーにとっての配下であり、ここフリージアにおいて、魔族らしい魔族と言ってもいい存在だった────

 

 

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