ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

189 / 253
第四話 「収斂」

「ドラートか」

 

 

いつの間にやってきていたのか。普段ならそれに気づかないことなどあり得ないのだが。魔力探知を怠ってしまっていたのだろう。先ほどの下らない騒動のせいか。

 

そこには私の配下にもあたるドラートの姿があった。魔族の中では若輩ではあるが、人間の冒険者程度なら瞬殺できるだけの実力の持ち主。利用価値はあるため、手駒としている存在。だというのに

 

 

「おはようございます。ドラート様」

 

 

それに臆することなく、礼を失することなく隣にいる小娘は挨拶し頭を下げている。私の時と同様。いや、こいつにとっては全てが敬意を払う対象なのだろう。例えそれが

 

 

「お前か。またリュグナー様の手を煩わせていたのか。身の程を知るんだな」

 

 

自らにとって害、敵にあたるような存在であっても。その証拠に、ドラートから言葉だけではなく、魔力でも威嚇されている。見下されている。それは魔族としての、魔法使いとしての貌。

 

 

「申し訳ありません。ドラート様たち魔族の方々は、私たちよりも優れた魔法使いなので。学ばせてもらっています」

 

 

それに気づかないほどこいつは未熟ではない。だというのに、それを微塵も表に出すことなく、そう受け流している。騙している。魔法使いという、私たちにとっての誇りを刺激し、おだてながら。

 

それに少なからず感心してしまった。この私が。いや、嫌悪なのか。先ほどの魔族の子供とのやり取りを見たせいもあるだろう。もしかしたら、気づいていなかっただけで私もまた同じように扱われていたのかもしれない。

 

 

「それでは私はこれで。アウラ様に呼ばれているので」

 

 

改めて私にもそう言い残しながら、足早に去っていく。アウラ様、という存在を匂わせながら。そう、それはある種の脅しだった。自分は大魔族であるアウラ様の庇護下にあるのだと暗に示すための物。言葉を話す猛獣である我らにとっては、これ以上にない威嚇行為。

 

 

「……ふん」

 

 

だがそれすらも、自分があしらわれたことにすら気づいていないのだろう。ドラートはどこか留飲を下げている。手玉に取られ、騙されていることに気づけていない。魔族が人間に騙されるという、恥を晒していることすら。

 

 

「アウラ様も何を考えているのか。何故あんな人間の子供を。リーニエと同じで、かどわかされているのでは。何が両天秤だ。あんな卑怯者」

 

 

小娘が去っていったのを見届けた後、ドラートはそう不満を漏らしている。それは私も、いやここフリージアで暮らす魔族の代弁、総意でもあった。魔法使いとはいえ、人間の子供がその寵愛を受けているのだから。人間の習慣で言うなら弟子だったか。理解できない師弟関係。魔法は己の物だというのに、何故他人に、別の個体にそれを指南しなければならないのか。戯れだとしても理解に苦しむ。私ですらそうなのだから。こいつらからすれば尚のことだろう。

 

何よりもその前例とも言えるのが、ここにはいない例外のリーニエだ。あの娘はそれを想起させる。リーニエもまたアウラ様のお気に入りであり、例外だからだ。魔族にとっては魔力を欺いている卑怯者でもある。むしろそちらの方が嫌悪されている理由だ。それと私は一緒くたにされてしまっている。両天秤などと呼ばれているらしい。侮辱でしかない。天秤というアウラ様を象徴する二つ名は誉れだが、不快感の方が勝ってしまうほど。

 

 

「口を慎め、ドラート」

「お言葉ですが。リュグナー様もそうでしょう? あんな魔力の小娘、邪魔なら消してしまえばいい。リュグナー様は神官なのですから。言い訳なんていくらでもできる」

 

 

そんな内心を欺きながら、黙れと警告する。確か口は災いの元だったか。しかし抑えきれないのだろう。ドラートはそう続けてくる。ある種感心してしまうほどに実に魔族らしい答えだ。奇しくもそれは先の謁見で私がアウラ様に忠言したことと同じだったのだから。しかし、こいつはそれとは比べ物にならないほど短慮だ。

 

 

(人も魔族も若い奴は短慮だな……血の気が多くて困る)

 

 

それは人も魔族も同じなのだろう。こいつは糸を操る魔法を使う。自称首切り役人だったか。その一点のみなら断頭台であるアウラ様の配下には相応しいとも言える。事実、並みの魔法使いなら訳も分からないまま首を落とされてしまうだろう。

 

しかし稚拙なのだ。考えが及んでいない。先が読めていない。

 

神官。それはここフリージアであっても人間を傷つけることが、手にかけることが許されている魔族のこと。アウラ様に認められた魔族だけが得ることができる称号だ。しかしそれはどんなことをしても許される存在ではない。

 

この手にある教典。教義という名のルール。それに従った裁きしか許されてはいない。逆を言えばそれ以外で力を振るえば、この資格は瞬く間に剝奪されてしまう。どころか処刑されかねない。事実、それを勘違いして首を落とされた魔族は一匹や二匹ではない。

 

そう、こいつは知らないのだ。大魔族であり、七崩賢であるアウラ様の恐ろしさを。恐怖を。己の快不快だけで、気紛れに命を蹂躙できるあのお方の無慈悲さを。

 

もしこの教典がなければ、どれだけの者がその首を落とされているか。ドラートたち若い魔族は気づけていない。以前はどうだったかは知らないが、今のアウラ様はまさに天秤なのだと。人間も、魔族もあの方の前では等しいのだ。機械のように、この教典という名の命令に逆らえば、魔族であっても、神官であっても首を落とされてしまう。例外はない。

 

その戯れ、お気に入りの獲物であるあの小娘を横取りし、手にかけるなどもってのほかだ。ただの自殺行為でしかない。

 

何よりもこいつは本当に気づけていないのだ。あの小娘の成長を。あと数年も経てば自分が追い抜かれることに気づいていない。本当に愚かだ。

 

 

「そもそもこの国の仕組みがおかしいんですよ。何故俺たちが人間に合わせなければならないんですか。あいつらは食糧でしかない。勇者一行だか何だか知らないけど、邪魔なら排除してしまえばいいだけなのに。アウラ様は一体何を考えているのか分かりません」

 

 

だがそれはこいつに限った話ではないのだろう。他の多くの魔族も同じ認識に違いない。事実、私もそれに漏れない。それは先の自らの考えと等しい。なのに何故愚かだと今は感じているのか。自分ではない、他者だからか。それとも。

 

 

「気持ちは分からないではないが、それ以上は止めておけ。アウラ様への侮辱だ。不敬罪で処刑されたくないならな」

「ですが……」

 

 

それを誤魔化すように命じる。今は誰もいないが、誰かの耳に入れば面倒だ。こいつが口にしているそれはアウラ様への侮辱と取られかねない。教典に記す必要すらない大前提。アウラ様への不敬となってしまう。極刑は免れない大罪。何よりも

 

 

「二度言わせるな。特にリーニエの前では控えることだ。首を落とされたくなければな」

 

 

この場にリーニエがいれば、次の瞬間、こいつの首は落とされかねない。首切り役人が首を切り落とされるなど笑い話にもならない。同時に、リーニエを侮るなという警告も含めて。

 

そう、あれは例外であり、天秤の代行者でもあるのだ。アウラ様を侮辱する者、敵には一切の容赦も躊躇いもない。その愚かな人間のような振る舞いと魔力の偽装で騙されてしまうが、あれはある意味誰よりも魔族なのだ。

 

 

「っ!?」

 

 

今更それに気づいたのか。ドラートは辺りを見渡しながら、息を呑み、自らの首をさすっている。とりあえずはこれでいいだろう。恐怖が足りないのなら、もう少し脅してやろうと思ったが。

 

 

「そんなことよりも、教典は読み込んだのか」

 

 

戯れはここまで。これ以上無駄なことに時間を割く暇はない。今の私がこいつに求めているのは、全く別のことなのだから。それを促すように手にある教典を晒すも

 

 

「進めています。ですが、こんな物を覚えて何の意味があるんです? 人間どもを騙すためとはいえ、無駄が過ぎます。アウラ様に逆らう者を処刑するだけでしょう?」

 

それに対しての返事はまさに呆れるしかないものだった。まるで今の今まで忘れていたのではと勘ぐってしまうほどに、乏しい反応。

 

 

(能なしめ……これではリーニエと変わらん)

 

 

内心で舌打ちするしかない。本当にこいつは愚か、能なしなのだろう。その答えは教典を読むように咎めた際のリーニエのそれと全く同じだった。いや、もしかしたらそれ以下かもしれない。神官の役目を何だと思っているのか。

 

いわばこの教典はアウラ様の命令を形にした物。布告なのだ。その本当の意味を、私は知ることになってしまった。他ならぬ勇者一行の僧侶によって。

 

魔族の教典の理解度を知るため、いや翻訳のためだったか。アウラ様の命もあり、私は教典科で下らない実験とやらに付き合わされることになってしまった。渋々従っていたのだが、それはある意味、私にとっては利用できるものだったのだろう。

 

そう、この教本は、教義は選別なのだ。人間どもを振るいにかけるための。家畜として、傀儡として利用価値があるかどうかの。同時にそれは我々魔族にも当て嵌まる。信仰と忠誠だったか。言葉遊びでしかないが、それは魔族と人類で似たものなのだろう。

 

それを示すように、あの僧侶は嘘つきだった。よもすれば我々よりもはるかに狡猾で老獪な。知らず都合の良いように操られてしまっている。そもそも大多数の魔族は操られていることにすら気づけていないだろう。あの脳なしのように。その手練手管はどこかアウラ様に近い。

 

そのせいもあって、この教典の意味を、私は読み解くことができるようになりつつある。業腹だが、あの僧侶によって通訳してもらった形なのか。騙すためだけの声真似だったはずの言葉を利用して。

 

そこでようやく理解した。この教典が、ある種の美しさ、論理的に完成された美術品であることに。理と言ってもいい。あの僧侶は己を律するためだの何だの囀っていたが、大きな間違いだ。

 

これはアウラ様の支配であり服従の形なのだ。平等や平和に見せかけた、嘘なのだ。アウラ様は、人間だけでなく、魔族すらも騙している。まさにその天秤の下に。

 

 

「余計なことを考える必要はない。お前は私に従っていればいい。差し当たっては神官に必要な知識と振る舞いを身に着けろ。あとは私が押し上げてやる」

「分かりました。全てはアウラ様の天秤の下に」

 

 

その崇高なお考えなど、こいつに理解できるはずもない。期待するべくもない。こいつに求めるのは、魔族として私の駒としての利用価値だけ。ただ意味も分からず声真似をするように、教典の内容を理解する必要もない。

 

そんな私の内心を知ることもなく、能なしのドラートはそのままその場を後にする。何も考えず、ただ今を生きている。ある意味魔族らしいのかもしれないが、それだけではここフリージアでは停滞することになりかねないというのに。

 

 

(私も、考えを改める必要があるか……)

 

 

改めてその醜態を目にしたせいもあるが、思案するしかない。このフリージアが建国してからわずか二十年足らず。しかしフリージアも、魔族も変わりつつある。

 

 

教典科や魔法科に属している連中がその最たるものだ。人間だけでなく、魔族の中にもそれに属する、惹かれていく連中が出てきている。その契機になっているのがあの僧侶だ。言葉巧みに魔族に取り入り、利用している。当初はその魔力の大きさから忌避されていたというのに。それよりも僧侶に従う方が利用価値があると見做されたのだろう。

 

あの戦士もそうだ。リーニエと一緒になって教導という名の支配を行っている。元々が魔物であり、好戦的な本能がある魔族にとっては本能的にも、欲求不満を解消する意味でも利用価値があるのだろう。魔力だけでは分からない、人間の戦士や剣士の強さを理解し始めているのかもしれない。

 

極めつけが第二世代と呼ばれている魔族たちだ。まだ幼いが、その分順応していく速度は我々の比ではない。下手をすれば何百年生きた魔族よりも狡猾に人間を騙すことができるようになりつつある。

 

先の魔族の子供もそれに当て嵌まる。人間を騙すことができなければ淘汰されるであろう個体も、ここフリージアでは生き残ることができる。経験を積みながら。まるで実験のように失敗を繰り返しながら、さらに高度な擬態を身に着けることすら。

 

本来群れることなく、生まれ落ちてから一人で生きていく魔族を孤児院なる施設に閉じ込め、人間の騙し方を指南している。里親なる人間の下で育っている個体もいるほどだ。

 

騙すこと。人間を騙すために、我らは言葉を覚えた。人間を騙し、捕食するために。だがここフリージアではその必要はもうなくなってしまっている。なら我々魔族は何故人間を欺くのか。

 

 

『ただ騙すのではなく、利用しなさい。人間だけでなく、魔族も。あんたならそれができるはずよ。頼りにしてるわよ、リュグナー』

 

 

思い出すのはかつてあの小娘を押し付けられた時のアウラ様の言葉。その時には理解できなかった言葉を、今、理解できた気がした。この教典が、意味をなさない文字の羅列から、天秤からの啓示と変わったように。

 

 

「アウラ様ならそうした、か」

 

 

あの小娘の真似ではないが、一理ある。アウラ様がそう仰るのなら、それに従うのみ。私たちはあのお方の掌の上なのだから。

 

いいだろう。せいぜい利用してやろう。あの小娘も。この国も。この私のために。忠義で後れを取るわけにはいかない。小娘如きに。

 

 

アウラ様の信頼を得るために。騙すために。忠誠を誓う(利用する)ために────

 

 

 

リュグナーは知らなかった。アウラの行っていること。それは支配ではなく、政治であることに。

 

リュグナーは気づけなかった。フェルンと同じように、己も教え、導かれていることに。

 

 

アウラにとって、自らが魔族国家フリージアの行く末を占う試金石であることを。

 

アウラの思惑通り、自らもその領域に足を踏み入れようとしていることを。

 

 

収斂進化。魔族という名の人類へと至るために。今は亡き勇者と、それを引き継ぐ天秤の夢の果てへと────

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。