ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十九話 「信頼」

「さあ、ここが僕の家だよ!」

「帰るわ」

 

 

いつかどこかで聞いたような台詞を吐くヒンメルを残したまま踵を返す。ここに用はない。向かうは王都の入り口。

 

 

「っ!? ちょっと待ってくれ! 何で帰るんだ!? 確かに一年間留守にしていたから汚れているかもしれないけど大丈夫さ。それに魔導書や……そうだ! 珍しい暗黒竜の角もあるんだ!」

「何でそんな物があるのよ。どうでもいいわ。騙されてこんなところに連れてこられたから帰るだけよ」

 

 

見るからに慌てながら引き留めようとしてくるヒンメルに呆れ、冷たい視線を送りながら応える。こいつは魔導書を出せば私が言うことを聞くとでも思っているのだろうか。それが通じないと見るや暗黒竜の角。一体私を何だと思っているのか。そもそも何でそんな物が家にあるのか。突っ込みたいところは山ほどあるが今はどうでもいい。ただ一刻も早くこの場を去らなければ。

 

 

「そ、それは謝るよ! だって言えば君は来てくれなかっただろう?」

「そうね。処刑されるかもしれない場所に行きたい馬鹿なんているわけないじゃない」

「すまない……でも大丈夫だ! この日のために僕も色々準備してきたからね! 大船に乗ったつもりでいてくれたまえ!」

「それが一番心配なのよ。そもそも私が一緒に来る意味なんてないでしょ。あんただけ行けばいいじゃない。いいから早く服従の魔法(アゼリューゼ)の命令を書き換えなさい」

 

 

流石にバツが悪かったのか、珍しく平謝りしてくるヒンメル。しかしこっちはたまったものではない。一年振りの外出で連れ出されたかと思えば何故か王都へ連行されることに。確かに嘘はついていない。だが本当のことも言っていない。いつものヒンメルらしくない用意周到さ。してやられたことにも怒りはあるが、それ以上にここ王都に連れてこられるということは自分が処刑される危険があることを意味する。

 

 

(処刑されるなんて絶対御免だわ……!)

 

 

知らず今の軟禁生活に馴染んできてしまっていたが、今の私は人間で言うなら処刑されるのを保留されている罪人同然。一年前ヒンメル自身も言っていた。私を王都に連れて行けば処刑は免れないだろうと。だが流石に勇者でもこれ以上私を匿うのは難しくなったのだろう。そういえば村に届く手紙も王都からの物が多くなってきていた。隠しきれなくなったのかもしれない。何の勝算もなくここに来るほどヒンメルも馬鹿ではないはずだがそれとこれとは話が別だ。そもそも何故自分を。服従の魔法(アゼリューゼ)によって私はヒンメルから離れることができないが、命令を上書きすればその限りではない。村に留まるように書き換えればいいだけ。なので村に帰るように命令を加えればあとは一人で村に帰ることができる。なのでさっさと命令しなさいと迫るもヒンメルは一向に動こうとしない。黙り込んだまま。それがいつまで続いたのか

 

 

「…………怖いんだ」

「は?」

 

 

ヒンメルはぽつりと、そんな意味が分からない本音を漏らした。

 

 

「だから怖いんだ。王様が。前に話したことがあっただろう? タメ口をきいて処刑されかけたことがあったって。それ以来王様と会うのが怖いんだ」

「馬鹿じゃないの」

 

 

恐らく今までで一番情けない理由を勇者が吐露してくる。見れば顔は青く、体は震えている。どうやらトラウマになっているのは本当らしい。心の底から呆れるしかない。本当にこいつは勇者なのか。なんにせよこれ以上付き合ってはいられない。そんな下らない理由で王都まで連れてこられたこっちの身になってほしい。とりあえず王都の外まで退避しなければ。おそらくそのぐらいの距離までなら離れても大丈夫なはず。そのまま足早に出発しようとするも

 

 

「待ってくれ!? どこに行くつもりなんだ! 一人だけずるいぞ! 僕だってできるならそうしたいんだ! でも流石にこれ以上誤魔化すことができなくて……そもそもこれは君の問題でもあるんだ! なら少しぐらい協力してくれてもいいじゃないか!」

「離しなさい!? 子供じゃないんだからそのぐらい一人で何とかしなさいよ!? いつもの自信家っぷりはどこにいったのよ!?」

 

 

いつものナルシストっぷりはどこにいったのか、知らない間に私のローブを掴んで離そうとしないヒンメル。まさかここまで見越して私にローブを渡してきたのではと思ってしまうほどの必死っぷり。それに抗おうとするもヒンメルもまたあきらめない。ぎゃあぎゃあと騒ぐ私たちのせいでいつの間にか周りには人だかりができてしまっている。もはや収拾がつかない。傍から見れば勇者が逃げようとしている女性を無理やり引き留めようとしているという大惨事な状況。

 

結局小一時間格闘したところで衛兵に声をかけられ、二人そろって城へと出頭することになったのだった――――

 

 

 

「久しいな、よくぞ参った勇者ヒンメル。一年振りかの。民たちも待ちわびておったぞ」

 

 

見るからに着飾った偉そうな人間の老人がそうヒンメルに話しかけてくる。いや、偉そうなではなく実際偉いのだろう。それを示すようにヒンメルは頭を下げ、片膝をつき忠誠を見せている。普段は絶対見せないような変わり身だがそれが様になっているのは腐っても勇者だからなのか。仕方なく私もそれに倣うように頭を下げるしかない。屈辱でしかないが耐えるしかない。命には代えられないのだから。正面の玉座には人間の王、国王の姿。そこから少し離れた場所に十名ほどの人間が控えている。恐らくは国王の配下、臣下なのだろう。それに加えて多くの衛兵の姿もある。なるほど、国王というのは嘘ではないらしい。

 

 

「お久しぶりです、王様。申し訳ありません。ご心配をおかけしました」

「よい、お主が健在であるならな。堅苦しくなることはない、面を上げよ」

「はい」

 

 

勇者の猫を被っているヒンメルを横目で見ながらも、やはり違和感は拭えない。それは今の状況、ヒンメルと国王の関係だった。

 

 

(やっぱり何の力も感じない……ただの雑魚ね)

 

 

被っているローブの隙間から盗み見るも、やはり国王からは何の魔力も、強者の風格も感じ取れない。ただ恰幅が良いだけの老人でしかない。それに頭を下げて忠誠を見せている勇者。異常でしかない。私から見れば下級以下の魔族に魔王様が従っているに等しい光景。およそ理解できないもの。

 

 

(これが人間社会……お金や血統ってやつの力なのかしら……?)

 

 

お金に血統。魔族にはない、人間たちの社会の概念であり強さではない指標。それによってあの国王や臣下どもは勇者の上に立っているのだろう。狂気の沙汰だ。勇者の機嫌を損ねれば、いつ自分が殺されてもおかしくないのにあんな態度をとるなど。やはり人間社会は不合理の塊。書物だけでは俄かに信じがたかったがこう目の前で見せられては信じるほかない。

 

そんなことを考えている間にヒンメルと国王は様々な話題で盛り上がっている。社交辞令、というやつだろうか。南側諸国で戦争が起こりそうになっているので仲介に向かって欲しいだの、北側の魔族の討伐、はては縁談話まで。本当に勇者というのは多忙らしい。この一年私にかまけているせいでそれが滞っていたとするなら確かに呼び出しに戦々恐々とするのは分からなくもない。当のヒンメルは最後の縁談話に一番四苦八苦していたが。自分には小さい頃から狙っているエルフがいるので結構ですと正直に答える勇気は流石にないらしい。

 

 

「それで? 今回余に謁見を求めてきたのは何用じゃ。ただの挨拶というわけではあるまい。その隣に控えておる者に関係があると見えるが」

「はい。この者に拝謁することを許していただけますか」

「よい、許す」

 

 

そんな中、ようやく私に話題が移ってくる。どうやらヒンメルから謁見に訪れたことになっているらしい。王都からの圧に耐えかねて、衛兵に連れてこられた事実はなかったことになったらしい。ふと見れば横目でこちらに目配せしてくるヒンメル。本当に癪に障る奴。言われなくとも私が何を求められているかなんて分かっている。業腹だが従うほかない。

 

そのまま立ち上がり。被っていたフードを脱ぎ素顔を晒す。いや、本当の意味で晒したのは二本の角。私が人間ではない、魔族であることを示す証であり誇り。それを目の当たりにすることで周りがどよめいていく。それは恐怖と奇異の視線。それを新鮮に感じてしまうあたり、私も随分変わってしまったのかもしれない。本当に慣れというのは恐ろしい。そんな中であっても全く動揺を見せずこちらを値踏みしている国王。なるほど、他の臣下どもとは少しは違うらしい。

 

 

「やはり魔族か……貴様、名は?」

「……七崩賢の一人、断頭台のアウラよ」

 

 

淡々とそう答える。ヒンメルのように媚びへつらうことも考えたが止めた。相手は何の力は感じずとも国王。魔族が人間を欺く生き物であることを知っているのなら擬態するのは意味がない。必要最低限の礼儀だけ取れば問題ないだろう。その証拠に私の言葉遣いなど何の問題にもなっていない。魔族がこの場に連れてこられている、その事実だけで精一杯なのだろう。

 

 

「貴様が……そうか。にわかには信じられなかったがヒンメル、お主が魔族と共に暮らしているという噂は本当であったらしいな」

「はい。報告が遅くなり申し訳ありません。それを含めて今日はご説明をさせていただきたく」

「許す。申してみよ」

 

 

ざわつく謁見の間の空気を引き締めるように、国王はヒンメルにそう命じてくる。どこか儀式めいた空気を感じるやり取り。もしかしたらこの二人は互いの事情が分かっているのかもしれない。そう思えるような流れで話が進んでいく。

 

私と勇者の再会から、服従の魔法による主従関係へ。村での軟禁生活とその内容。これまでに至る経緯を簡潔に、分かりやすくヒンメルは説明していく。私からすれば屈辱でしかない恥辱の限り。それを晒されることに思うところはあるが耐え忍ぶしかない。

 

だが準備をしてきたというだけはあったのか、ヒンメルの弁明という名の言い訳は順調に進んでいく。途中には村長から預かった手紙が国王に読み上げられるくだりもあった。第三者の、村人たちからの言葉、意見も加えて説得力を持たせたかったのだろう。締めは私の魔力によって村が守られていたというつい先日判明した事実まで。それを踏まえて自分の身柄を預けてほしい、というのがヒンメルの要望だった。素直に感心するしかない。人を欺くことに長けた魔族である私からしても無駄のない、無理のない弁明。初めからそう説明してくれていればあんな無様な押し問答をせずに済んだろうに。よっぽど殺されかけたのがトラウマだったと見える。

 

 

「事情はおおよそ理解した。それにしても魔族を、しかもあの七崩賢を従えてしまうとは……流石は勇者。魔王を倒すだけでは満足しないのは流石よの。実にお主らしい」

 

 

ヒンメルの説明を聞いた後、どこか納得が言った風に国王はそう告げる。その事実に思うところはあるがヒンメルらしい、という一点のみはこの国王と意見が一致する。本当に、どうしてこんなことになってしまったのか。

 

 

「それで、アウラよ。そなたはどうなのだ。勇者ヒンメルに、人間に従う気があるのか?」

「……命令なら従うだけよ」

 

 

それまでのヒンメルと会話していた時は違う、王としての風格を見せながら国王は私に問い質してくる。魔力ではその強さや地位が判断できない人間はこうやって自分の優位性を主張するのだろう。問いに関してはさらさらそんな気はないのだが、そんな馬鹿なことを言えるほど私に自殺願望はない。なのでただ事実だけを述べる。ヒンメルに対してもいつも言う、今の私の答え。

 

 

「魔族は人を欺く。今は従っているが、いつ裏切るかは分からぬ。もしそうなった時、ヒンメルお主はどうする?」

 

 

それ自体はどうでもよかったのか。私の答えや態度に全く触れることなく国王はその問いをヒンメルへと向ける。事ここに至って確信した。この謁見はもう流れが決まっているのだと。これはいわば国王とヒンメルのやり取りが全て。私は儀礼的に必要な存在でしかない。この謁見そのものを行い、周りに見せることがその目的なのだろう。

 

その問いも至極当り前の物。魔族を従えるという、人間からすればあり得ないこと。裏切られることなど火を見るよりも明らか。そうなればどうするのか。答えに窮して当然の問いかけに

 

 

「もしそうなった時には自分が手を下します。この命が尽きる時まで」

 

 

全く間を置かずにヒンメルは即答する。あらかじめ考えていても出ないであろう答え。それを当然のように口にするヒンメル。本当にこの人間はどうかしている。知らず胸にあるアクセサリに目がいく。それがヒンメルの答えが世迷言ではない証明でもある。以前も口にしていたが、本当に自分が死ぬまで私を従えるつもりらしい。一体どこまで愚かなのか。私にとっては処刑されるよりはマシ程度でしかない、実質死刑宣告にも等しい宣言。

 

 

「生涯を懸けて……か。相変わらず真っすぐな男よな」

 

 

それが国王に通じたのかは分からないが、呆れながらも讃えている辺り、あの男もヒンメルに劣らず愚か者らしい。それはともかく、そのやり取りによって空気が和らいでいく。どうやらこれで謁見は終わりらしい。どうなることかと戦々恐々としていたが処刑は免れた形。違う問題は山積みだがとりあえずは安堵しかけるもそれは

 

 

「恐れながら国王、申し上げたいことが」

 

 

それまで口を噤んでいた一人の取り巻きの人間によって遮られてしまった。

 

 

「……許す。申してみよ」

「はい。いささか話が性急すぎるのではないかと。そもそも魔族は信用なりません。しかも相手はあの七崩賢。聞くところによるとそのアウラの魔法は相手を永遠に服従させることができるとか」

 

 

国王からの許しを得てその取り巻きはごく当然のことを蒸し返してくる。違うのは私の魔法について触れている点。そういえば先程のヒンメルと国王のやり取りでは服従の魔法(アゼリューゼ)のことにあまり触れていなかった。偶々かと思っていたが、それがそうではなかったことをようやく私は理解する。

 

 

「信じたくはありませんが、勇者ヒンメルはそれによって操られているのではないでしょうか。そうでしょう? あの魔王を倒した勇者が魔族を従えるなど。明らかに常軌を逸しています」

「そうです。もしそうならこの国にとって、いえ人間にとってとてつもない脅威となります。下手をすれば私たちも、国そのものが乗っ取られてしまうことに……!」

「私も聞いたことがあります。勇者が魔族に篭絡されてしまっていると……まさか本当に」

 

 

まるで伝染病が広がるように、恐怖が、疑念が伝播していく。そう、それは至極当然の思考。人間たちからすれば勇者が魔族を従えようとする、命を見逃すなどあり得ないこと。なら魔族である私に操られていると考えるのが普通だろう。何よりも問題なのはそれが可能な力を私が持っているということ。ようやく悟る。そう、ただの魔族であればそこまで問題にはならなかっただろう。私が他ならぬ七崩賢、断頭台のアウラであるということが、一番の問題だったのだ。

 

 

「それは違います! 確かにアウラの魔法は脅威ですが、今は僕に従うことで封じています。人間を食べることも、傷つけることもできません!」

 

 

私同様、そのことに気づいたのかそれとも。ヒンメルは明らかに焦りながらも私の安全性を主張する。魔族が恐れられる理由、人食いと暴力。それらを私は封じられているということを。それは正しく、事実でもある。だが事ここに至ってはそれは些事に過ぎない。その前提すら覆してしまうのが私の魔法なのだから。

 

 

「それを証明することができるのか!? 魔法でそう思わされているだけではないのか!?」

「それは……! しかし、村の人々の話も合わせれば」

「その村も既にその魔族の手に落ちてしまっているのではないのか? 何の証拠にもなりはせん。王よ、やはりその魔族は処刑すべきです。欺かれてからでは遅い。今この瞬間にも我らが操られてしまうかもしれないのですぞ!?」

 

 

自分が操られていないこと。それを証明することはヒンメルにもできない。魔族はおろか、天地創造をしたとされる女神ですらそれは不可能だろう。他者からの証言も同じ。服従の魔法(アゼリューゼ)があればそれすらも欺くことが可能。私ですら自らの魔法の本当の恐ろしさをヒンメルに囚われるまで理解できていなかったのだから。人間社会にとっては死の軍勢よりも、一人の愚王。服従の魔法(アゼリューゼ)によって目の前にいる国王を操ってしまえばそれだけで一国を滅ぼすことができるのだから。取り巻きまで操ることができれば国をそのまま乗っ取ることもできる。何よりも自分が知らず操られてしまっているかもしれない恐怖と不安は計り知れない。

 

それだけではない。明らかに必要以上にそれを煽っている取り巻きが数名いる。謁見当初からヒンメルに対して妙な視線を送っていた連中。恐らくは勇者であるヒンメルを面白く思っていない勢力なのだろう。魔王を倒したお人好しの勇者という人間たちからすれば非の打ちどころのないヒンメルを貶める絶好の機会、ということなのかもしれない。

 

 

(流石のヒンメルもお手上げかしらね……)

 

 

自らの敵が人間の側にいたことを知っていたのか、気づいているのかは定かではないがヒンメルでもこの状況を覆すことができず苦闘している。これに関してはヒンメルの甘さだけとは言えない。私自身の甘さと油断もあった。人間たちにとって七崩賢の魔法がいかに危険なものか。その認識が足りなかったのだ。

 

だが不思議と落ち着いている自分がいる。このままでは処刑は避けられないであろう状況にもかかわらず。それは目の前の状況を識っていたから。ここ一年で読み漁ってきた、人間の書物によって。それは裁判と呼ばれる人間共の制度。およそ理解できない概念ではあったがあることに気づいてからはその意味が理解できてきた。

 

これはそう、いわば天秤なのだ。目に見えない、人間の重さをはかる天秤。互いの器に互いに有利になるものを載せて、天秤が傾いた者が勝者となる。私の持つ魔法、服従の魔法(アゼリューゼ)と本質的に同じもの。そう考えることで私はこの裁判という概念を理解することができた。

 

先程まではヒンメルと国王が私の身柄、命という命題において裁判を行っていた。国王は私の脅威を排除しながら、ヒンメルの力を借りたい。ヒンメルからすれば国王に協力する代わりに私の身柄を確保したい。両者の思惑を等しくし、天秤をあえて傾けないことで問題を先送りにして手打ちにしようとしていたのだがそこに横やりが入ってしまった。それによって天秤は大きく傾き、私は窮地に陥っている。なら私がするべきはその傾きを自分の側に覆す事。

 

 

(あの国王への命乞い……いいえ、無駄ね。あいつ自身もだけど、取り巻きが多すぎる。この流れは変えられない)

 

 

一つ目は命乞い。魔族にとっては常套手段であり、それによって人間共の天秤を傾けて私たちは生き残ってきた。だがその手はこの場では通じない。相手は魔族の危険性を理解している国王。しかも周りには鬱陶しい取り巻き連中もいる。命乞いをしたところでこの流れは、傾きは変えられない。

 

 

(あとできるのは私が従うことの有用性を説くことだけど……これも駄目ね。服従の魔法(アゼリューゼ)の存在がある以上、何を言っても騙すことはできない)

 

 

二つ目が自らの有用性を示す事。具体的には魔物や魔族の討伐、あるいは人間共の戦争に力を貸す事。大魔族である私の力は国からすれば喉から手が出るほど欲しい戦力になるはず。だが服従の魔法(アゼリューゼ)がある以上それは意味がない。いくら強力な戦力であっても、自分がいつ操られてしまうか分からないような危険な存在を手元に置くことなどできるわけがない。服従の魔法(アゼリューゼ)があるせいで、私は生き延びることができない。あまりにも皮肉な状況。詰んでしまっている。

 

 

(なら私に残された最後の手は……)

 

 

だが、それを覆せる手が一つだけ残っている。秤の重さを増やすのではない、天秤そのものを壊すに等しい行為。自らの破滅と隣り合わせの切り札。それが自分にはある。どうせこのままなら処刑されてしまう。一か八かの賭けに出るしかない。

 

いや、それは嘘だ。私は理解している。その方法なら自分は必ず助かることを。それを理解してしまっていることが腹立たしい。気づけばその手に銀のフリージアを握りしめていた。

 

それは魔族であれば当然の、人間を欺くという行為。だが私にとっては許しがたい、逆の意味を持つ行為。

 

 

二律背反。矛盾した思考を胸に抱きながらも、断頭台としてではなく、初めて天秤としてアウラは選択した――――

 

 

 

(どうしてこんなことに……!?)

 

 

ただ目の前の光景に、流れに翻弄されるしかない。上手くいっていたはずだった。多少の予定外もあったが、王との謁見は順調だった。途中から王がこちらに合わせてくれていることに若干の心苦しさを感じながらも安堵していた。これでアウラの身の安全を確保できると。この一年間はそのために尽力してきたのだから。無理を言って村長や村人の協力も得てきた。そのおかげもありここまでこれた。なのに一人の臣下の忠言によってそれが全て覆ってしまった。それも最悪の方向に。

 

 

(どうすればこの状況を変えられる!? でも僕の言葉がみんなに届かない! 誰も僕の言葉を信じてくれない……これじゃあまるで)

 

 

必死に言葉を、説得しようとするもみんなに全く届かない。それを超える恐怖と疑念がこの場には渦巻いている。まるで自分が他人を欺く魔族になってしまったかのように。確かにきっかけを作ったのは僕のことをよく思っていない臣下の一人だったが、これはそれだけではない。根幹にあるのは人間にある魔族への恐怖であり忌避。極めつけがアウラの持つ魔法である服従の魔法(アゼリューゼ)の存在。その恐ろしさを自分はまだ甘く見てしまっていたのだろう。僕自身が自分が操られていないと証明することができないのだから。

 

ふと横目でアウラを見る。そこにはどこか他人事のように、無表情で成り行きを見つめているアウラの姿。ここ最近は見ることが少なくなっていた、魔族としての彼女の貌。そうさせてしまっている自分の不甲斐なさ。やはりここに連れてくるべきではなかった。一番に命の心配事がなくなったことを見てほしくて連れてきたのに。

 

 

「……ヒンメルよ。残念だがこの者たちの話の方が理がある。その魔族を認めることはできぬ。いくらお主が魔王を倒した勇者であったとしても、だ」

 

 

その真逆の判決が下される。死刑判決。王に非はない。僕が王であっても同じ判断を下すだろう。なら僕も下さなくては。勇者として正しい判断を。あの日、一年前に先送りにした答えを。あれは何だったのか。それを思い返すよりも早く

 

 

「ぎゃあぎゃあ五月蠅いことね。ここには頭の悪い魔物しかいないのかしら?」

 

 

聞き慣れた、それでも聞いたことのないような冷たい声色がその場に響き渡った。

 

 

「貴様、不敬であるぞ! 魔族の分際で我らを侮辱するなど」

「あら、ごめんなさい。でも可笑しくって。そうでしょう? そこの勇者がその気になればあんたたちの首なんて数秒で落とされる。なのに何であんたたちはそんなに偉そうにできるわけ?」

「なっ――!?」

 

 

喧騒の中、まるで愉しんでいるかのようにアウラは臣下たちを煽っていく。アウラの魔族としての貌。その内容に臣下はもちろん、僕も言葉を失ってしまう。当たり前だ。それは僕が考えもしないような内容だったのだから。人間ではない、魔族であるアウラだからこその思考。だがそれは決して世迷言ではない。事実、僕にはそれが可能な力があるのだから。それに思い至ったのか、臣下たちは顔を青くしながら絶句している。

 

 

「何? あんたたちまさか本気で勇者が自分たちの言うことを何でも聞くなんて勘違いしてるの? おめでたいことね。お金だか血統だか知らないけど、そんな物は強さの前では無力よ。あんたたちが生きてるのはただのヒンメルの気紛れよ」

 

 

それが余計に可笑しかったのか。獲物を見下すような視線と共にアウラは告げる。弱肉強食。暴力の前ではお金や地位は何の役にも立たないのだと。それが僕の気紛れによるものだと。あまりにも強引な論法。なのに誰もそれを否定できない。僕自身にもそれはできない。かつて魔王を倒した勇者として。共存という道をあきらめて、剣を取った僕には。

 

 

「そもそも本当にヒンメルが私に操られているのなら、この場に私たちを招き入れた時点でもう終わりよ? 私の魔法で全員を傀儡にして終わりだもの。いいえ、あんたたちみたいな役立たずはいらないからさっさと自害させるだけね」

 

 

アウラはただ責め立てていく。人間の、僕たちの浅はかさを、愚かさを。魔族からすればきっと理解できない人間の愚かさを。

 

 

(アウラ……君は一体何を……!?)

 

 

だからこそ分からない。アウラの行動の意味が。そう、彼女は決して愚かではない。短慮でこんな暴言を撒き散らすような魔族ではない。そんなことをすればますます処刑の流れから逃れられなくなってしまう。なのに何故。自暴自棄になってしまったのか。

 

 

「聞いたわよ、王様? 銅貨十枚で魔王様を勇者一行に倒してもらったんですって? それなのにこの扱い? 恥ずかしくないの?」

 

 

その矛先がついに臣下から王に向けられる。その皮肉の内容にさらに戦々恐々とするしかない。図らずもそれは僕たち勇者一行の総意でもあり、王にとっても忘れられない愚挙だったのだから。

 

だがそんな最中、アウラと目が合う。瞬間、息が止まる。その瞳に魅入られる。今まで見たことのない、僕を試すような視線。

 

 

(――――そうか。アウラ、君は)

 

 

ようやくその意図に、気づく。そう、アウラは試していたのだ。臣下ではなく、王でもなく、僕を。さっきから口にしている暴言もそのため。自分の命を危険に晒してでも、僕に問いかけていたのだ。

 

 

――――それでも自分につくのか、と。

 

 

思い出す。それはかつての約束、誓い。一度はあきらめた夢を、彼女の命を救った責任。村長のかつての言葉。それに困難であればあるほどいいと答えた自分。

 

アウラ。彼女は魔族だ。だから彼女が僕を欺こうとしていることは分かっている。自らが追いつめられる状況を作り出して、僕に助けてもらおうと思っているんだろう。それは間違いなく魔族(彼女)の本能。

 

だけどそれだけでないことを僕は理解している。自分が処刑されてしまうこの状況であっても、僕なら味方になってくれる、庇ってくれるとアウラは信じてくれているのだ。僕ならそうするだろう、と。

 

 

分かり合えない人間と魔族。それでも互いが歩み寄った、これが僕とアウラ(彼女)の信頼の形。

 

 

「…………事ここに至っては仕方あるまい。王として命じる。勇者ヒンメルよ。そこにいる七崩賢、断頭台のアウラを今この場で処刑せよ」

 

 

王の宣告を前に、迷いはない。

 

相変わらずお人好しで格好つけてばかりだと、みんなに呆れられてしまうかもしれない。それでも、みんなが信じてくれた勇者としての自分を偽ることはできない。

 

 

 

「――――悪いね、王様。やっぱり僕は十年前とちっとも変わっていないらしい」

 

 

 

その答えを告げる。十年前と同じようにタメ口で。それが十年経っても変わらない僕の生き方だった。

 

 

「あら、そんなこと言っていいのヒンメル? タメ口をきいたら処刑されるんでしょ?」

「それは君も同じさ。それに言っただろ? 僕は嘘をつかないって。友達(きみ)との約束は守るさ」

「そう。いい迷惑だわ」

 

 

それが分かっていたにもかかわらず、相変わらずこっちを煽ってくる彼女。だがさっきまでの魔族としての貌ではない。この一年で変わった、いつもの彼女の表情。それが見れるのなら、こんなこときっと困難にもならないだろう。

 

 

「……それがそなたの答えか、勇者ヒンメル」

 

 

静かな逡巡の後、王はそのまま手を上げ衛兵たちに命令を下す。それに呼応するように衛兵たちは自分たちを取り囲む。前タメ口をきいた時とは違い庇ってくれる仲間はこの場にはいない。さてどうするかと心を躍らせた瞬間

 

 

「――――おや、何やら揉めているようですね。お邪魔だったでしょうか?」

 

 

この場に全く似つかわしくない、いつも通りのとぼけた声がその場に響き渡る。その場にいる、自分以外の全員がその声の主に目を奪われてしまう。だが僕は見るまでもなかった。当然だ。ここにいる誰よりもその声を聞いてきたのだから。

 

 

それがご丁寧に遅刻してきた、信頼できる親友の生臭坊主との一年ぶりの再会だった――――

 

 

 

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