ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第五話 「教育」

(リュグナーの奴、どこまで分かってるのかしら……?)

 

 

自分以外誰もいない教会。その玉座に腰かけたまま、頬杖を突く。頭を悩ませているのは、先ほどまで自分と謁見していたリュグナーについてだ。

 

私、魔族国家フリージアとしてはグラナトと事を構えるつもりはない。あちらから手を出してくるなら話は別だが、こちらから手を出す気は毛頭ない。そもそも手を出すまでもない。現状維持こそが私たちにとっての最適解。待つという長命種の特権。遠からず、和平を向こうから提案してくるだろう。ハイターの見立ても同じだ。なら間違いはない。

 

 

(最近は考えが読みにくい魔族が増えてきたわね)

 

 

それがここ最近のフリージアの魔族の変化であり、リュグナーもその例に漏れない。魔族の行動は至極読みやすい。本能に従っているからだ。己の魔法の探求と魔力の高い方に従う習性。それと食人欲求と破壊衝動か。そのどれも私は枷をはめ、支配している。

 

リュグナーにフェルンを教導させている理由もまたそれだ。人間の魔法使いがいかなるものか。身をもって教えるため。

 

その最初のサンプルがフェルンなのは劇薬にすぎるかもしれないが、いい薬になるだろう。他の魔族にとっても。魔法使いとしての誇りを、本能を刺激するために。それに追い抜かれてしまうかもしれないことを。

 

油断と驕り。それを自覚させ、克服させるために。言葉で伝えるより、実際に体験させる方が魔族には手っ取り早い。刷り込みに近いものだろうか。

 

そのせいもあるのだろう。リュグナーの行動もまた変化してきている。本人は自覚していないようだが。かつて私が真似をしている内に、知らずそうなっていったように。だとしてもここまで早くそうなるとは思ってもいなかったが。その理由もおおよそ見当がついている。

 

 

(あいつらも好き勝手やってくれるわ。流石は勇者一行ね……)

 

 

一年前、私が従えてここに連れてきた勇者一行。その影響のせいだろう。収斂進化。あいつに教えられた受け売りだが、それが私がこの国を作った目的であり、最終目標でもある。だがそれが夢物語であることも自覚している。それは数年、数十年で実現できるような類ではない。何百年、何千年、何万年という時間が必要となる、私が見届けることなど不可能な領域の話。それができるのはシュラハトか、エルフの連中ぐらいだろう。

 

しかしそれを覆しかねないのが、勇者に連なる連中のでたらめさだ。

 

私自身が命じたこととはいえ、あの生臭坊主と筋肉馬鹿はまるで冒険を愉しむように好き勝手をしている。その加減を知らないように。

 

ハイターは教典の魔族への翻訳を開始し、魔族の連中を騙し、手玉に取りながら支配している。流石は腐っても司祭だった奴だ。人心掌握ならぬ、魔族の心まで掌握してしまっている。あいつにとっては人間よりも魔族の方がよっぽど騙しやすいに違いない。

 

アイゼンはそのでたらめさで魔族連中ですらドン引きさせ、支配してしまった。かつて私がそうであったように。魔力の高い方に従う、魔法至上主義である魔族に、物理的な、原始的な強さ。理不尽さを突き付けた形。ようするに戦士なのだろう。

 

それによって徐々にではあるが、人間に対する認識を改める魔族が出始めている。それに倣う者から、警戒する者まで。それを見越してはいたものの、まさかここまでとは。私もまた見誤っていたのだろう。五十年一緒にいたとしても、あいつらの非常識さを。化け物は、自分が化け物だと気づけないように。収斂進化を、百年単位で縮めているに違いない。

 

だがそれが多少行き過ぎている嫌いはある。奇しくも先のリュグナーの忠言の通りだ。人間に、人類に寄りすぎている。ここは魔族国家なのだ。平和や平等を謳ってはいるが、魔族が主であるのは変わらない。魔族である私が国王であり、教主であるのもそれが理由だ。

 

 

(友達、ね……あいつもどこで何をしているのかしら)

 

 

思い浮かぶのは私の友達を自称している共犯者の魔族の姿。あいつもまた渡り鳥と言えるかもしれない。もっとも気紛れに城塞都市を攻め落とすような渡り鳥などあいつぐらいだろうが。人の声真似をするだけなら害はないだろうに。今もどこかでお話をしているのだろう。自分を騙しながら。

 

あいつなら、魔族寄りの政策を行うのに役に立つだろう。かつて教典の作成に利用したように。今のフリージアはあいつにとっては格好の実験対象に違いない。それを利用するために、今度は魔族として友達になってやってもいいかもしれない。

 

 

(驕りと油断……私も見誤ってたのね)

 

 

下らない妄想を切り捨てながら、自らを戒める。いや呆れていると言い換えてもいい。一年経ったものの、最後の勇者一行の気配はない。魔法収集という名の習性によって渡り歩いているのだろう。巣に引きこもっているのかもしれない。今でもそれを捕まえる……ではなかった、従える準備は整えているが。さらに万全を期す必要がある。

 

元々一年や二年でどうこうなるとは思っていなかったが、自分が当事者になるとまた違うものなのだろう。これを五十年待ち続けたあいつに比べれば、私のそれなど。そう感傷に浸りかけるも

 

 

「失礼します、アウラ様。よろしいでしょうか」

 

 

ノックと共に、聞き慣れた声が響いてくる。それに合わせるように自らを切り替える。擬態する。魔族としての、教主としての私ではなく。ここ最近演じることになった、師匠という名の皮を被る。

 

 

「ええ。入りなさい」

 

 

許可すると同時に、一人の少女がやってくる。短かった髪は少し伸び、身長も同じように伸びている。やはり人間の成長は早い。たった一年でこれなのだ。かつてのシュトロやリリーを思い出す。きっとリーニエもすぐに追い抜かれてしまうに違いない。

 

 

「おはようございます。アウラ様」

 

 

だが子供らしくないのは変わらない。大人顔負けの礼儀正しさを見せ、私に頭を下げながら挨拶してくる。他の信徒がこの場にいれば、きっと祈りを捧げてきたに違いない。

 

 

「おはようフェルン。今日は遅かったのね」

 

 

挨拶を返しながら、フェルンにそう問いかける。蒼月のフェルン。それがフリージアでのこの子の二つ名だ。半年ほど前に私が与えた名でもある。

 

紆余曲折はあったが、結局それに落ち着いた形。花言葉ではないが、言葉で伝えない意味を込めたもの。それを知らない私に、勝手にこのアクセサリを贈ってきたヒンメルの真似でもある。もっとも、この子にはお見通しなのだろうが。

 

しかし見通せないこともあるのだろう。この子は知らなかったのだ。二つ名を持つというのが勇者とその弟子にとってはどういうことなのか。後悔してももう遅い。私は一応忠告したのだから。きっと私に見えないところで隠れて、リーニエに特訓させられているに違いない。

 

 

「申し訳ありません。リュグナー様とお会いしたもので」

 

 

あえてそれには触れないまま、話を続ける。フェルンは基本的に私と行動を共にしている。立場的にはリーニエに近い。師弟関係に倣っているのもあるが、他の連中に見せつけるためでもある。ようするに威嚇行為でもあるのだ。この子は私の物であると。人間はもちろん、魔族の者たちに示すために。

 

 

「そう。ちゃんと教導は受けられてる?」

「はい。それと、ドラート様ともお会いしました」

「ドラート……? ああ、リュグナーが推している魔族ね。どうだった?」

「はい。魔族らしい方でした」

「ふぅん……まだ先は長そうね」

 

 

報告という名の世間話を耳にしながら、少なからず感心するしかない。目の前の、魔法使いとしてではないフェルンの成長に。

 

魔族との付き合い方。騙し方。

 

それがこの一年間で私がフェルンに教え、叩き込んだ物の一つだ。ここフリージアで暮らしていく上で欠かすことができない物でありながら、人間でも多くの者が習得できていない物。

 

遠回しに言わない。嘘をつかないこと。

頼るのではなく利用する。利用価値を示し、利害関係を結ぶこと。

魔力の多寡によって態度を変えること。

 

大まかに分けて、それが魔族と会話する上でのルールだ。魔族の習性を逆手に取ったもの。いわば、人間が魔族の真似、振りをするようなものか。捕食者と捕食される者の立場が入れ替わってしまっているが、ここフリージアでは取るに足らないことだ。例外なのは嘘をつかないことか。魔族は言葉をそのまま受け取ってしまう。悪意がないからこそ、皮肉が通用しない。いらぬ誤解を招かないために。

 

この五十年で生み出した、私なりの処世術だったのだが、教えるまでもなくあの生臭坊主はそれを実践している。本当に小癪な奴だ。

 

それに加えてもう一つ。フリージアにおいては私に忠誠を誓っていると欺き、見せかけること。

 

ある意味それが最も重要だろう。人間も魔族も関係ない。絶対の戒律。その真偽は問題ではない。それに倣うように、この子は毎日礼拝堂に通い、そこにはいない私に祈りを捧げている。本質的には女神への信仰と変わらない。もしここに来ていなければ、きっと敬虔な女神の信徒になっていたのだろう。あの生臭坊主とは違って。

 

 

(やっぱりこの子はハイターの娘ってわけね)

 

 

この幼さで、それを理解し、魔族たちを魔力ではなく言葉で欺いている。そういう意味ではやはりこの子はハイターの娘なのだろう。見た目とは裏腹に図太いというか何というか。ドラートとかいう魔族と一悶着あったのだろう。魔族らしい方、なんて皮肉を口にしている。私以外の魔族には通じないであろう悪意を込めて。どうやらそいつもまだまだ魔族であることを欺けていないらしい。リュグナーの教育不足か。当分神官の地位に上げることはないだろう。

 

そもそも全ての魔族がリュグナーのようになれるわけではない。むしろドラートたちの方が多数派だろう。

 

だからこそ私は神官の地位を用意している。人間も魔族も欲望は同じだ。

 

他者より上へ。他者より先に。支配したい。従えたい。

 

それが叶う、満たされるのが神官の称号だ。魔族においては大魔族や将軍、七崩賢がそれにあたる。それを目指すために競い合わせ、真似させる。習性を利用して。平等とは相反するもの。

 

そう、それは私の嘘だ。魔族は最初から、ここフリージアでは平等ではないのだから。魔族はそれに気づけない。ソリテールの入れ知恵でもある。あいつはその仕組みを支配に利用するために作り出したようだが、私は違う。私の目的のためにそれを利用させてもらっている。私の魔法を祝福などと名付けてくれた意趣返しに。

 

 

「……まあいいわ。問題があるなら私の名前を出しなさい。それで事足りるわ」

 

 

人間にとっては神官にも注意が必要だ。そいつらには人間を処断する権利を与えているのだから。教義に則った裁きを強いてはいるものの、紛れがないとは言い切れない。しかしその全てに枷を嵌めていては本末転倒。私の一番弟子、寵愛を受けているこの子に神官連中が手を出さないとも限らない。それを抑制する上でも私の名を出すように教え込んでいる。魔族だけでなく、人間にもそれは有効だろう。地位を利用するというのは、どの種族であれ共通の武器だ。だというのに

 

 

「はい。もう頼りにさせてもらっています」

「……あんたも言うようになったわね」

「私はアウラ様の一番弟子ですから」

「そう……いい迷惑ね」

 

 

どうやらそれは余計なお世話だったらしい。どころか言い返されてしまう始末。末恐ろしい子だ。このまま成長すればどうなってしまうのか。リュグナーたちのことも言えないかもしれない。私たち魔族も、人間に追い抜かれないように、鍛錬を怠らないようにしなければ。そう自分を戒めていると

 

 

「助けてくれよ、アウラぁ!?」

 

 

そんな聞くに堪えない人間の鳴き声が教会に響き渡る。思わず耳を塞いでしまうほど。ここ最近は日常茶飯事になってしまったこと。見ればそこには逃げ出してきた子犬のように震えている少年の姿。体中が傷だらけのみすぼらしい有様。魔族に襲われてもこうはならないであろう醜態。知らない奴が見れば、とても勇者一行の戦士の一番弟子だとは思えないだろう。

 

 

『お姉ちゃん今日は森に行こうよ! 虫を捕れる魔法があるって言ってたでしょ?』

 

『わ、わたしはあれが見たいな。お花畑を出す魔法。昨日、珍しいお花を見つけたの』

 

 

その光景に、騒々しさにかつての光景が蘇る。事あるごとにこちらを振り回し、私の時間を奪っていった子たち。あの子たちにとっては私は今も姉なのだろう。それから八十年近く経っているというのに、私は同じことを繰り返している。これでは退屈する暇もない。本当に

 

 

「────本当にいい迷惑だわ」

 

 

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