「助けてくれよ、アウラぁ!?」
涙目でこちらに縋り付いて来ようとしてくるシュタルクに目を細めるしかない。これが勇者一行の戦士の一番弟子だというのだから世も末だ。しかしここは教会で私はその主。救いを求めるのはある意味間違ってはいないのかもしれない。もっとも女神であってもこの有様では見放されてしまうかもしれないが。そう呆れているも
「あ」
シュタルクは唐突に動きを止めてしまう。まるでお姉さん、リーニエに見つかってしまったかのように。いや、リーニエが私に叱られてしまった時のようにか。目を見開き、口をパクパクさせている。やはり姉弟は似る物なのか。これもまた収斂進化なのかもしれない。欠片も役に立たないだろうが。
「……何ですか、シュタルク様?」
その理由、原因であるフェルンが私以上に冷たい視線を向けながらシュタルクに告げる。まるで厄介者がやってきたかのような、悪意のある瞳だ。魔族が人間を見るのに匹敵するものがある。
「いや、フェルンもいたんだなって思って……」
「私がいたらいけないんですか?」
「そ、そんなこと言ってねえだろ!?」
それに息を呑みながら弁明するも無駄だったのだろう。フェルンからの容赦ない追撃を受けてさっきまでとは違う意味でシュタルクは涙目になっている。頭が上がらないのだろう。アイゼンたちに言わせれば尻に敷かれているとのことだが、どっちでもいい。私にとっては見慣れた光景でありながら、煩わしい日常の象徴でもある。
「相変わらずうるさいわね……それで? また教導から逃げ出してきたってわけ?」
フェルンとシュタルク。
二人が出会ってから一年経つが、こんな風になるとは思っていなかった。同じ勇者一行に拾われた、救われた者同士もっと仲良くなるかと思っていたのだが。ある意味仲が良いとも言えるのか。魔族からすれば理解できないのだろうが。
元々そういう性格だったのか、それとも相手がシュタルクだからか。それを前にするとフェルンはたちまち子供になってしまう。この年頃の人間の女の子はそういうものなのかもしれない。かつてのリリーもそうだった。あれはスカート捲りばかりしていたシュトロの自業自得だった気もするがそれはともかく。
「仕方ねえだろ!? 姉ちゃんの教導、マジで魔族の心がないんだっつーの!? そろそろ崖から落としても大丈夫とか言い出すし、師匠も止めてくれねえし……もう頼りになるのはアウラだけなんだよ! 頼むよ、母ちゃんだろ!?」
「私はあんたの母ちゃんじゃないわ。それとそれはリーニエの前では禁句よ」
あろうことか、私をお母さん呼びしてくるシュタルク。本当に怖いもの知らずだ。それを口にしてくるのはハイターとアイゼンぐらいだというのに。その意味合いも、母親ではなく主人なのだろう。ようするにリーニエとアイゼンは私の従者なのだから何とかしてくれと言っているのだ。小賢しいことを。お袋だの母ちゃんだの、どれだけ言い換えがあるのか。本当に人間はお母さんが大好きなのだろう。
そしてそれを決して口にはできない我が従者は絶賛教導の真っ最中らしい。魔族の心がない、か。言い得て妙だろう。大好きなお父さんと一緒に弟を鍛えられるのだから。その点においてはシュタルクの言い分にも理はあるのだろう。私の天秤でも測りかねる。さてどうしたものか思案するも
「……へたれ」
それはこれ以上ない、天秤の私よりも、残酷な判決が下された。小声なのだろうが、全く隠せていない。ここには私たち以外誰もいないのだから。そも隠す気もなかったのだろう。
「今へたれって言った!? もっと優しくしてくれよ!?」
「シュタルク様が臆病すぎるんです。少しはアイゼン様を見倣ってください。戦士なんですから」
それによって急所をえぐられ、さらに泣き叫びながら慈悲を乞うシュタルクに、フェルンは全く容赦がない。人の心がないとはこういうことなのだろう。悪意の塊。やはり私たちは人類には敵わないに違いない。
そしてやはりこの娘もどこかおかしいのだ。勇者一行に連なる者だからこそか。そもそもこの環境のせいか。戦士の基準がアイゼンになってしまっているのだ。全盛期からは程遠いとはいえ、そのでたらめさに毒されてしまっている。私の魔法のせいで、あいつの戦士としての寿命を延ばしてしまったせいもあるだろう。何にせよ、シュタルクにとっては悪夢でしかない。
「無茶言うなよ! それにフェルンは全然姉ちゃんのこと分かってねえよ!? 稽古つけられたことないから知らないだろうけど」
「……私だってリーニエ姉さんのことは分かってます」
気づけば今度は違うことで言い争いを始めてしまう。議題はリーニエ。それを取り合うかのように。この子たちにとっては共通の話題であると同時に地雷でもある。特にフェルンにとっては。フェルンからすればいつも一緒にいる、稽古をつけてもらっているシュタルクが羨ましいのだろう。フェルンからすればシュタルクの方がリーニエに可愛がってもらっているように見えるらしい。ようするに嫉妬なのだ。それに気づけていないシュタルクはそうとは知らず火に油を注いでいる。
「騒々しいわね……姉弟喧嘩なら他所でやりなさい」
それを鎮火、もとい仲裁するのが今の私の役目の一つだ。本当に下らない。やる気なく、その手にある天秤を振って合図する。どちらに傾ける気も起きない。そう、これはただの姉弟喧嘩なのだ。血は繋がってはいないが、似たようなものだ。人間で言えば、幼馴染だったか。ようするにリリーとシュトロのような関係。ならこれはこれからも続くのだろう。きっと痴話喧嘩から夫婦喧嘩まで。
「私たちは姉弟ではありません」
「そう? 私は魔族だから分からないのよ」
「……むぅ」
魔族のように知らない振りをするも、納得いかないのかフェルンは頬を膨らめて黙り込んでしまう。リーニエの真似だろう。あの子も真似される側になったのだ。もっと違うことを見倣ってほしいものだが。
フェルンも変わった。少し子供らしくなったのだろうか。変わらず鍛錬には打ち込んでいるが、会ったばかりの頃ほどの危うさはなくなっている。ハイターの調子が良いのもあるだろうが、安心できる環境に身を置いた、慣れたのも大きいのかもしれない。
(順調ね……見ているこっちが怖いぐらいだわ)
その魔力からフェルンの成長を感じ取る。リーニエほどではないが、魔族としての本能で。流麗な魔力のコントロール。それはここに来てからさらに洗練されてきている。魔力量もそれに比例するように増え続けている。
この子には魔力の制限はさせていない。色々と理由はあるが、一つが魔族に嫌悪されてしまうから。ここフリージアで暮らしていく上でそれは好ましくない。ただでさえ魔族からは人間は見下されてしまう、ようするに嘗められてしまう。そういう意味ではリーニエについては仕方ない。そもそもこれはヒンメルの入れ知恵。リーニエはあいつの一番弟子なのだから。基礎的な魔法は教えはしたものの、その戦い方も何もかもあいつが教え込んでいる。いらないことまでも。本当に癪な奴。
もっとも最近の教導のおかげでそれも改善されては来ているようだが。アイゼンのおかげでもあるのだろう。あいつはやはりお父さんなのだ。
何よりそこまでリーニエに倣う必要はない。この子は私の弟子なのだから。その分他の鍛錬にあてた方が遥かに強くなれる。魔族殺しに特化させる必要もない。
この一年はひたすらに基礎を磨かせてきた。一般攻撃魔法と防御魔法。それだけでも十分すぎるほどだ。やはりこの子は天才、化け物なのだろう。乾いた布のように、何でも吸い込んでいく。
魔族にはない、他者を育てるという概念。魔族で言うなら配下が強くなるようなものか。自ら超えることを望む人間の理解できない習性。その危機感、焦燥は私ですらあるが、それを上回る愉悦がある。それを従えている優越感か。
ようやくヒンメルがリーニエに剣を託した気持ちが分かった気がした。いや、もしかしたらゼーリエの方か。人間の知恵を利用するためだのなんだの言っていたが、何のことはない。あいつは楽しいから他者に魔法を教えているのだろう。魔族よりよっぽど嘘つきに違いない。
魔法使いとして高みを目指すのならあの老害に預けるのが最善なのだが、そんな気は毛頭ない。この子は私の物なのだから。誰にも渡すつもりはない。
(魔族として、この子に魔法を教える……それが私のやり方よ)
魔族の技術を、魔法を受け継がせる。それが私だけができる、この子の育て方だ。人間にもエルフにもできないこと。その手始めとして、リュグナーに教導させている。飛行魔法の指南も。望外の結果を生み出しているが、リュグナー本人は気づいていない。本当の意味で空は魔族の独壇場ではなくなる日も近いかもしれない。
何よりもこの子には特別な才がある。その一点において私やフリーレン、恐らくゼーリエすらも超える。だからこそ、その特性を生かすための魔法を生み出す必要がある。魔族が一つの魔法を探求するように。この子のための魔法が。
しかしそれには途方もない時間がかかる。新たな魔法を生み出すとはそういうことだ。魔族が何百年もそれを探求するように。人間の集合知を利用しても、数十年はかかってしまう。それこそ特権でもなければ。
だがその例外を私は知っている。奇しくもそれは天才だ。この子と同じ。違うのは、それが魔族だということ。人類は忘れてしまっているのだろう。たった八十年で。かつて人よりも遥かに魔法の高みにある魔族の中にあっても、天才と認め、称された怪物がいたことを。
他者を騙し、利用する。
『そうかもね。でもこの村を見捨てるほど薄情じゃないよ。封印が解ける頃にはやってくるさ』
────覚えている。あの姿を。あの声を。
思い出したくなかった、思い出せないでいた、あの夜の記憶。勝手に私を従えて、勝手に解放してしまった勇者の言葉。
あの薄情者がやってくると信じて疑っていなかったあいつの姿。それを覚えている。きっとそれはあいつにとっては一緒に流星を見る約束と同じだったのだろう。封印が解けていないか毎年確認に来るぐらい。本当はあのエルフが来ていないかの方が気になっていたくせに。嘘をついて。
『もし間に合わないようなら、君が何とかしてくれるんだろう? アウラ』
本当に都合の良い奴だ。もう私は服従させられていないのに。きっとあいつには分かっていたのだろう。私がどうするかなんて。あいつは私よりも私のことを分かっているのだから。
『────君を頼りにしているのさ』
わざわざ私にも分かるように、そんな言い方をしながら。そんな言い方をしなくても私には伝わるというのに。本当に馬鹿な奴。
でもそんなあいつでも、きっと今の私は見抜けなかったに違いない。自業自得だ。あんな日記を処分せずに残していたのだから。一生の不覚だろう。
そう、私にとってもあれは約束だったのだ。ただあいつの真似をして、放っておいただけ。でもそんな必要はない。私はもう自由なのだから。なら早い者勝ちだ。猶予は与えてやった。後は知ったことではない。
(先に約束を破ったのはあんたの方よ、ヒンメル)
私なりの方法で、約束を果たしてやろう。せいぜい天国で後悔すると良い。
「ふふっ」
思わず笑みが零れてしまう。そう、これはただの暇つぶしだ。退屈を紛らわすための。それが私の生きる目的でもある。エルフと同じように、魔族が魔法を探求するように。人類もまたそれは同じだろう。
「…………アウラ、またおっかないこと考えてるだろ?」
どうやら喧嘩は終わっていたのか。先ほどとは違う怯えを見せながらシュタルクはそう尋ねてくる。いけない。思わず物思いに耽っていたらしい。信徒には見せられない私の性。それを感じ取っているのだろう。シュタルクは震えている。きっとアイゼンがいても同じようになっただろう。見ればフェルンもどこか困ったような顔をしている。そうさせるほど、今の私は魔族らしかったのだろう。
「そうね。少なくともあんたが震えるようなことをね。それが嫌ならさっさと教導に戻りなさい。リーニエに言いつけるわよ」
「……分かったよ。おっかねえな」
そのまま判決を下す。反論は許さない。このままここにいる方が危険だと察知したのだろう。流石は戦士だ。それについては合格だろう。なので褒美を取らせることにする。
「ついでにハイターのところに寄って怪我を治してもらいなさい。崖から落とされてもいいようにね」
「悪魔かよ」
「魔族よ」
私なりの贈り物を。悪意を込めて。悪魔ではなく魔族として。何よりもそれはかつての勇者一行の戦法の再現でもある。戦士と僧侶の連携。魔物の群れに戦士を突っ込ませ、僧侶が回復し、また突っ込ませる。ゾンビ戦法だったか。もっともアイゼンを傷つけることができる奴などいないので体力を回復させるだけだったようだが。突っ込まれる方はたまったものではなかったに違いない。私の不死の軍勢でも敵わなかっただろう。
それから逃げ出すようにシュタルクはその場から去っていく。きっと気づいていないに違いない。フェルンと同じように、あの子もまた化け物に近づいていることを。
「やっと静かになったわね……少し遠出するわよ。準備なさい、フェルン。リーニエにもそう伝えなさい」
クソガキを追い払った後、重い腰を上げる。思い立ったならすぐに動くこと。それが今の私の方針であり生き方だ。忘れてしまう前に。覚えている内に。シュトロにも伝えておかなくては。留守になる前に裁判や祝福をできるだけ片づけておく必要がある。リュグナーに命じた討伐依頼をこなした後になるだろう。他にもやることが山積みだ。時間は無駄にできない。
「遠出、ですか? 一体どこへ……?」
そんな私の内心など知らないフェルンはきょとんとしている。年相応の顔で。さて、どう伝えたものか。この子には私の事情など分かるはずがない。教えていないのだから。あの日記を読ませれば手っ取り早いのだろうが、流石に恥が勝る。やはりあれは死ぬまで私以外に読ませることはないだろう。なので
「────そうね。勇者一行の後始末よ」
それだけ伝える。言葉でも、伝わらない言葉で。なら実際に見せる他ないだろう。この子は私の一番弟子なのだから。
アウラは再び旅立つ。勇者との約束を果たすために。破るために。二十年振りの故郷へと────
今回で第三節が終了になります。
今節は本編での第九章「魔族の魔族による魔族のための」の続編、解答編にもあたりました。読み比べてもらうとより分かりやすいかもしれません。
次節は本文でも触れたように、「勇者一行の後始末」
読者の皆様が気にされている、原作でも知名度があるキャラクターがようやく登場となります。同時にアウラにとっては帰郷、本編での最終話の続きにもなります。お楽しみに。