ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第二話 『再会』

「いらっしゃい……じゃなかった、おかえりフェルン! ここが私たちの家だよ!」

「お、お邪魔します……」

「違うよ。ここはフェルンの家なんだから、ほら!」

「………ただいま

 

 

我先に玄関から帰宅し、すぐさま振り返りながら両手を広げてフェルンを歓迎しているリーニエ。それを前にして、二つ名の名乗りの時と同じぐらいに顔を赤くし、戸惑っているフェルン。リーニエからすれば妹であるフェルンが家に帰ってきたのだから当然なのだろうが、フェルンにとってはそうではないのだろう。悪意が、善意がないのだから始末が悪い。人たらしだのなんだと言われていたあいつに瓜二つだ。

 

 

「いつまでやってるの。さっさと入りなさい」

 

 

仕方なくそう助け船を出してやる。ずっとこのまま玄関先で突っ立っているわけにもいかない。もう夕刻。もたもたしていれば日が暮れてしまうのだから。

 

ようやくここまで辿り着けた。村に帰ってきたはいいものの、その後が大変だった。リリーとゆっくり話す間もなく、村はちょっとしたお祭り騒ぎになってしまったからだ。王都や聖都とはまた違う賑やかさ。人間にとって二十年は長い時間だったのだろう。中には私のことを知らない村人もいた。リリーにはもう曾孫ができたらしい。本当に人間達は忙しない。付いて行くのがやっとだ。

 

 

(ようやく念願叶ったってところかしら……)

 

 

そんなこんなでリーニエはそれに大はしゃぎ。年に一度は帰って来ていたはずだが、今回はまた違うのだろう。私が一緒だったのもあるが、やはりフェルンがいるのが大きい。まるでこれまでの鬱憤を晴らすかのように、みなに妹を見せびらかしていた。それに引っ張り回され、フェルンは息も絶え絶え。その姿にかつての自分が重なる。好き勝手にこっちを振り回してくれた勇者の姿。やはりこの子はその弟子なのだろう。いや、あいつが子供なだけか。そんな中であっても変わらない物もある。

 

 

(相変わらずだったわね……)

 

 

その最たるものがヒンメルの銅像だろう。自らの老いを認めることができずに悪あがきをしていた頃の産物。それは今も村の広場に陣取ったまま。邪魔なことこの上ない。私のために遺したものだったとはシュトロの言だったか。本当にいい迷惑だ。先の話の影響か。リーニエがヒンメルの像の鼻っ柱を折ろうとし始める始末。自称イケメンのあいつの戯言に免じて、髭を毟り取る……ではなかった、削り取るだけにしてやるよう命じるも、あたふたしているフェルンと苦笑いしているリリーの説得によってそれは未遂に終わった。

 

その後は夕食会。私たちが帰ってくることはシュトロから手紙で知らされていたらしい。私が帰ってきたことなどただの口実だったのだろう。そう思えるほどの賑やかさ。最後には抱えきれないほどのリンゴの山が贈られ、リーニエはその一つも落とすまいと必死にここまで運んできた形。旅路よりも、村に帰ってからの方がよほど疲れてしまった。

 

 

「フェルンこっちこっち! 私の部屋を見せてあげる!」

「あ、待って下さい、リーニエ姉さん」

 

 

疲れ知らずのリーニエはそのままお姉ちゃん振り、フェルンを連れ出してしまう。まるで飛び跳ねるように二階へと駆け上がっていってしまう。それに置いて行かれまいと必死について行こうとしているフェルン。まるで人間の姉妹のよう。どっちがどっちかはあえて言うまい。

 

残された私はそのままリビングへと足を向ける。見慣れたはずの光景なのに、違和感がある。妙な感覚。どこか現実感がない。まるで精神魔法でもかけられているかのようだ。

 

そのまま手でテーブルに触れる。感触がある。温かさも、匂いも。何もかも。

 

 

(やっぱり整えられてる……リリーの仕業ね)

 

 

軽く見渡しただけだが、すぐに分かった。この家が管理されていることに。掃除が行き届いている。整えられている。私たちがやってくるのが分かって慌ててしたわけではない。長年、手がかけられている。そんなことが分かる魔族は私ぐらいだろう。ソリテール曰く、最も人間と共に過ごしている魔族だったか。

 

 

(変わってないわね……この家も)

 

 

この家が建てられてもう八十年。だというのに、それは変わらずここにある。馬鹿みたいに目立つ赤い屋根の家。このローブと同じ、私の髪の色に合わせられたもの。あいつは分かりやすくていいじゃないか、なんて言っていたが。

 

そう、変わっていない。あの日から。まるで時間が止まってしまったかのように。そんな魔法、魔族だって使えないだろうに。

 

いや、止まっていたのは私の方。変わっていなかったのか。変わるのを恐れていたのか。

 

 

『いずれ私は思い出せなくなるだろう。あの子の顔も、声も、眼差しも』

 

 

かつてのゼーリエの言葉が蘇る。覚えている。あの傲慢不遜な生ける魔導書が見せた、憂いの表情を。

 

そう、私はただ忘れるのが怖かったのだ。思い出すのが怖かった。ただそれだけ。

 

でも今は違う。もう私は思い出せる。思い出していいのだと、教えられた。師匠が弟子に教えられるなんて。これではゼーリエやアイゼンのことも言えはしないだろう。師弟とは、そういうものなのかもしれない。

 

そのまま、胸元のアクセサリを手に取る。あいつからもらった贈り物。それは形見に変わってしまっている。そういう物なのだろう。纏っているこのローブも、贈られた服も、本も、家も、銅像も。

 

 

『ならアクセサリ以外の物も贈るとしようかな。失くすことができないくらいね』

 

 

いつかあいつ自身が言っていた。言葉だけでなく、たくさん物を贈ろう、と。魔族である私にはそれぐらいでちょうどいいと。やりすぎだ。これでは形見だらけで身動きが取れなくなってしまう。本当に、馬鹿な奴。

 

 

「そのぐらいにしておきなさい。家を壊すとヒンメルに怒られるわよ」

「え? ヒンメルはもういないよ?」

「すみません……アウラ様」

 

 

家が壊れかねない音が二階から響き渡り、仕方なくヒンメルの代わりにそう諫める。きっとこの場にいれば気が気ではなかっただろう。それに首を傾げているリーニエ。それが魔族としての疑問なのか、それを超えた物なのかは分からない。珍しく子供らしくしていたので叱ったつもりはないのだが、勘違いしてしまっているフェルン。何にせよ、ここに馴染んだのならちょうどいい。

 

 

「フェルン。こっちにいらっしゃい」

「え? 何なに? 美味しいもの?」

「あんたじゃないわよ」

 

 

そのままフェルンを呼びつける。そして呼んでもいないのに真っ先に付いてくるお姉さん。本気でもう少し教育し直す必要があるかもしれない。

 

 

「これは……」

「私の書斎よ。好きにしていいわ。気に入ったものがあれば持って帰りなさい」

 

 

それを前にしてフェルンは立ち尽くしている。目を奪われているのか。そこは私の書斎だった。一階同様、埃一つない。リリーの仕業だろう。所狭しと本が並んでいる。見ようによっては小さな図書館だろうか。

 

それが私がここに帰ってきた理由の一つ。この子に好きな本を見繕うために。花畑を出す魔法の魔導書は譲ったが、あれは実用的な物ではない。フリージアにも図書館はあるが、気軽に利用できるものではなく、何よりもここにしかない魔導書もある。民間魔法でありながら、伝説級の魔法も。ヒンメルたちが大人げなくその威光や権力、行動力で集めた物。私が個人的に収集した物もあるが、それに比べれば微々たるものだろう。

 

 

「────はい。ありがとうございます」

「すごいでしょ? 私が集めた物もあるんだよ? えっとね」

 

 

言葉にしなくても伝わったのだろう。頭を下げながら、お礼を述べてくるフェルン。この子も私との付き合い方が分かってきたのか。遠慮がなくなってきている。気を付けなければ、私も良いように騙されてしまうかもしれない。この子はあの生臭坊主の秘蔵っ子なのだから。

 

書斎という名のダンジョンの探検に切り替わったのか。二人はそのまま本を漁り始める。騒がしいのは変わらないが、さっきまでよりはマシだろう。そのまま何の気はなしに私も本を手に取っていく。その一冊一冊のことを覚えている。本の内容ではなく、もらった経緯を。この調子では百年、二百年では忘れられないに違いない。

 

 

(木を隠すなら森の中、だったかしら……あいつらしいわね)

 

 

以前あってここにないものはあいつの日記ぐらいだろう。小賢しくここに隠してはいたものの、そのままでは私に処分されると危惧し、ハイターのところに避難させていたのだから。本当に小癪な奴だ。本気でフリージアの図書館に置いてやろうか。いや、あんな物を借りに来る奴なんていやしないだろう。

 

そんな中、フェルンが妙な動きをしている。どこか困惑するような様子で。何だろうか。開けて呪われるような魔導書は置いていなかったはずだが。だがそれは

 

 

「何かあった?」

「いえ……この棚にあるのだけ、その、変な魔導書ばかりなので」

 

 

ある意味、呪われた魔導書よりも厄介な物だった。それは書斎の隅の一角。そこにある本たちは下らないものばかりだった。役に立たないどころか、邪魔になるものばかり。いわば暗黒竜の角のようなもの。置き場所に困る、厄介物でしかない。

 

 

「……ああ、それはヒンメルの趣味よ。気にしなくていいわ」

「……? そうですか……」

 

 

事情を知らないこの子に、わざわざ下らないことを教える必要もない。なので簡潔に嘘をつく。嘘ではない嘘か。あの勇者の趣味の悪さは折り紙付きだ。ゼーリエ曰く物好きだったか。その点だけは同意してやっていい。

 

撒き餌。寄せ餌か。結局それに引っかかる前に、仕掛けた当人はいなくなってしまった。もし引っかかれば数十年は入り浸るに違いない。最悪だ。想像しただけで反吐が出る。何かの間違いでここに侵入してきた時のためにミミックでも仕掛けておくべきか。

 

 

そんなこんなで夜も更けていく。まるでかつてのように。結局興奮し、なかなか寝付かないリーニエを寝かしつけるのに苦労させられることになるのだった────

 

 

 

 

 

────村から離れた開かれた森の一角。そこには巨大な石像があった。

 

 

一歩一歩、それに近づいていく。口角が吊り上がるのを抑えきれない。どこか懐かしさすら感じる。そう、ここは私にとって始まりであり、終わりでもあった場所だ。間違えてしまった、の方が正しいのかもしれない。

 

過去に倣い、その身に装束を纏う。人間を装う村娘の出で立ちでもなく、女神を装う法衣でもない。魔族である、断頭台の私の姿。久方ぶりに、血が騒ぐ。欺いているわけでも、騙しているわけでもない。これが私なのだ。今も昔も。

 

 

その手に天秤を持ちながら、近づいていく。小柄な私はその石像を見上げるしかない。私でなくてもそうなるだろう。何故ならその石像は、人よりも遥かに巨大な体躯をしていたのだから。

 

 

その風貌は羊の仙人といった、人間らしさは微塵も感じられないもの。人間を欺く、という点においては魔族らしくない容姿でもある。だがそんなことをする必要がないほどに、封印されているその魔族が強力であったことを意味している。

 

 

『腐敗の賢老』クヴァール。

 

 

その異名の示す通り、同じ魔族からも天才と呼ばれるほどの実力者であり七崩賢ではなくとも、それと同格に扱われるほどの大魔族。

 

 

それに手を触れる。ざらざらとした、本当に石像かと思うような手触り。同時に感じ取る。魔法使いとして。その封印が不安定になっていることを。八十年前とは比べ物にならないほどに。もう十年も保たないだろう。放っておいても、解けてしまうに違いない。遅いか早いかの違いだろう。

 

 

そのままあの時のように、その封印を解こうとするも

 

 

『────そこまでだ』

 

 

そんな、あり得ない声が聞こえた────

 

 

 

「────ふふっ」

 

 

嗤いを堪え切れない。本当におかしなことだ。振り返ってもそこには誰もいない。かつてのトラウマだろうか。今でも覚えている。私にとっても忘れられない醜態であり屈辱。

 

でもそれを刻んだ勇者はもういない。私を止めることができる者などいない。そんな特権があるとすれば、やはりヒンメルだけなのだろう。

 

いや、もう一人だけいたか。私にとっての例外でもある存在が。あのエルフがいれば、同じように私を制止しただろうか。それはないか。あいつなら、魔族と話すなんて無駄なことをせず、そのまま不意打ちしてきただろう。薄情者であり、卑怯者のあの魔法使いは。

 

 

「────残念だったわね、フリーレン。私の勝ちよ」

 

 

ただ勝ち誇る。ここにはいない、現れない最後の勇者一行に。魔族として。魔法使いとして。そして──として。

 

 

天秤をかざし、解き放つ。まるで雪が溶けるように、封印が解かれていく。かつてこの地で悪逆の限りを尽くし、人類に恐れられた怪物を。

 

目覚めたのか、ゆっくりと体を起こしながらそいつは私を見下ろしてくる。本来なら、大魔族である私に対する許されざる不敬。フリージアであれば、どんな魔族であれ私に首を垂れ、忠誠を誓ってくるというのに。

 

だがそれを咎める気は私にはない。むしろ高揚している。愉しんでいる。本当に久方ぶりだ。私と対等に向き合うことができる同族と出会うのは。例外はあの名無しぐらいか。

 

 

「……ほう。久しいのう、アウラ」

「そうねぇ。八十年振りかしら、クヴァール」

 

 

ただ嘘をつく。嘘でもない嘘を。何故ならこうして会うのは(・・・・・・・・)八十年振りなのだから。

 

 

『腐敗の賢老』と『天秤』

 

 

それが、共にかつて人類に封じられていた、二人の大魔族のあり得ない再会だった────

 

 

 

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