ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第四話 『服従』

手を握っては開くのを繰り返す。魔力を体中に巡らせる。意識もはっきりと覚醒できた。十全な状態へと。どうやら封印は完全に解けたらしい。これ以上無駄な話をする必要もない。

 

しかし未だ自分はその場から動けないでいた。目の前にいる一人の魔族、同族のために。

 

 

(まさか目覚めて初めて会うのがこやつとはのう……一体何を考えておる?)

 

 

断頭台のアウラ。

 

魔王様に認められた七人の大魔族。七崩賢の一人。五百年以上を生きている魔族。格で言えば儂と同格と言える存在を前にすれば当然だろうが。それ以上に違和感がその理由だった。

 

目の前にいるのは本当のあのアウラなのか。そんな疑問。疑念。

 

こいつは魔族らしい魔族だった。服従の魔法を使って、人間どもを手足として本能の赴くままに相手を蹂躙する。何度か会って話をしたこともあるが、およそ策を弄するような者ではなかった。しかし明らかに目の前にいるアウラは当時とは違う。

 

言葉の節々に、所作に違和感がある。およそ魔族とは思えないような、まるで人間と話しているかのような異物感が。それを隠そうとしているようだが、隠しきれていない。

 

儂を従わせようとしている。それは事実なのだろう。しかしその方法がそもそもおかしい。言葉を使い、利害関係を結ぼうなどと。かつてのアウラではあり得ない。そんな無駄なことをするなら、その前に不死の軍勢をけしかけてくるだろう。だというのにそれを連れず、あろうことか低級の魔物程度の魔力しかない魔族を連れ歩いている。戯れだとしても理解できない。

 

 

「どうしたの。さっさとかかってきなさい。それとも怖気づいたかしら?」

 

 

動かない自分をどう見たのか。アウラはその手に天秤を持ちながら、こちらを挑発するように笑みを浮かべている。記憶にあるのと同じ笑み。それに乗せられるわけではないが、やることは決まっている。魔族として、魔法使いとして。もう魔王様はいない。その支配の下では大魔族同士の争いは禁じられていたが、それはもはやない。表向きの物でしかなかった。何よりも

 

「では始めるとしようかのう」

 

魔法使いとしての誇り。その欲求を満たすことこそが儂らの生きる意味なのだから。

 

 

その掌をかざしながら、間髪入れずに魔力を、魔法を解き放つ。

 

 

人を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 

その名の通り、人を殺すことに特化した、自分が生み出した魔法。例え八十年封印されていたとしても、それを仕損じることなどあり得ない。儂らが息をし、空を飛ぶように。

 

その黒い極光が獲物を飲み込む。それから逃れる術はない。儂がその生涯をかけて開発した、史上初の貫通魔法。いかなる人類の魔法耐性をもってしても防ぐことができない魔法。それによって数えきれないほどの人間どもを葬ってきた、戦士も、魔法使いも。そこに例外はない。それはあの勇者一行とて同じだった。

 

確かに人類の中では抜きんでた実力を持ってはいたが、儂を殺すことはできなかった。しかし、今思えば油断と驕りがあったのだろう。罠に嵌められ、隙をつかれ儂は封印された。否、封印することしかできなかったのだ。その封印ももはやなく。勇者も死んだ。なら恐れるものはもういない。

 

例えそれが同じ大魔族であったとしても。人を殺す魔法(ゾルトラーク)であったとしても、魔族は例外ではない。元々人類が脅威ではなくなったのなら、魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を開発する気でいたのだから。それには至ってはいないが、魔族を葬るのにも十分な威力を誇っている。無駄な威力など必要ない。それを削ぎ落した、芸術品を目指したのがこの魔法なのだから。

 

 

だがその不可避の魔法を、目の前の魔族に覆されてしまった────

 

 

粉塵が収まった先には、五体満足のアウラが立っていた。身動き一つしていない。違うのはその前面に展開されている見たことのない魔法術式だけ。

 

 

「ほう、驚いた。人を殺す魔法(ゾルトラーク)を防ぐとは。随分、高度な防御術式じゃのう。お前がそんな物を使うとは」

 

 

ただ感嘆する。儂の魔法を防ぐ防御術式が存在するなど。しかもそれは魔族の魔法ではない。目を凝らし、分析する。間違いない。それは人類の魔法体系のもの。すなわち人類の魔法だ。その事実に、己の魔法を防がれたことに魔法使いとしての誇りが傷つけられると同時に感嘆する。

 

何よりも、人類の魔法を目の前のアウラが使ったことに。まるでそう、ソリテールのようだ。魔族は人類の使う魔法を見下し、使うことはない。そもそも魔族は自分の魔法以外には興味を抱かない。儂やソリテールのような変わり者でなければ。

 

 

「これは防御魔法と呼ばれていてね。今の人間の魔法使いなら誰でも使える基礎よ」

 

 

だがその事実にアウラは気づかない。気づけていない。そんな当たり前の、魔族が何たるかまで忘れてしまっている。その手の上に、人類の魔法を弄びながら、愉しそうにそんなことを教えてくる。それが当たり前であるかのように。

 

 

「あんたの魔法は強すぎたのよ。あんたが封印されてから、大陸中の魔法使いが人を殺す魔法(ゾルトラーク)を挙って研究、解析した。僅か数年で人を殺す魔法(ゾルトラーク)は人類の魔法体系に組み込まれ、新しい防御術式による強力な防御魔法が開発された。装備による魔法耐性も格段に向上し、人を殺す魔法(ゾルトラーク)は人を殺す魔法ではなくなった。今では一般攻撃魔法と呼ばれている……だ、そうよ」

 

 

油断なく身構えながら、どこか淡々と講釈をしてくるアウラの言葉に耳を傾ける。それはいわば人類の魔法史だった。儂が封印されてから目覚めるまでの八十年。何が起こっていたのか。

 

なるほど。そういうことか。確かにそれならば有り得る。魔法技術を共有進化させる、人類の群れとしての強さ。千年以上をかけて、儂らに対抗するまでに魔法の技術を進化させてきた事実。しかし、まさかたった八十年で儂の魔法を防ぐまでに至るとは。

 

 

「まるで書物でも読み上げているようじゃの」

「ええ。人間の魔法史にそう書かれているわ。良かったわね? 魔王様の次に人間を殺した魔族かしら。人類の歴史に名を刻んだわよ」

 

 

どうやら人類の書物をそのまま読み上げていたらしい。だが理解できない。何故儂がそうなるのか。確かに儂はこの地を蹂躙したが、魔王様の次といわれるほど人間を殺してはいない。何を指してそんなことを。名を刻む、か。それに何の意味があるのか。本当に人間のようなことを言う。

 

 

「あんたの魔法は人間を殺す魔法ではなくなったけど、歴史上で最も人間を殺した魔法となったわ。フリーレンのおかげでね」

「フリーレンが?」

「そうよ。人類の人を殺す魔法(ゾルトラーク)の研究解析に協力したのはあいつだもの。そのおかげで、魔王様が死んだ後、人間は人を殺す魔法(ゾルトラーク)を使ってずっと殺し合いをしてたの。それはもう酷い有様だったわよ? あいつに感謝するのね」

 

 

だがその理由を、ようやく理解する。同時に、目の前の魔族が、儂ら以上の変わり者。異端であることを。

 

 

「なるほど、なるほどのう」

 

 

こやつは、儂の魔法によって人類が殺されたことを、儂が殺したと思っておるのか。儂が手を下したわけではないというのに。魔王様にしてもそうだ。魔王様自身が殺したのではなく、その命令によって殺された人間全てを含めている。継承、いや歴史か。人間が好む思考であり、習性。

 

 

「どう? 自分の魔法が貶められて、奪われた気分は?」

 

 

獲物を前にした、それを甚振る愉悦を見せながら、アウラはそう問うてくる。それは魔法使いに対する最大の侮辱だ。その瞬間、殺し合いが始まって当然の。

 

 

「まるでソリテールのようなことを聞くのう」

「……怒らないのね。つまらないわ。てっきりそうなると思っていたのに」

 

 

しかしそれに応じるほど自分は若くなく、浅慮でもない。それが挑発であるのは明らか。いや、それ以上に儂はそれに覚えがあった。奇しくも口にした通り。それは実験だった。お話と称して、人間に刺激を与えて反応を観察する。二つ名を持たぬ無名の大魔族の。

 

それが失敗したからか。予想した反応が得られなかったからか。こちらをからかうように口角を吊り上げているアウラ。恐らくは間違いではない。こやつは、儂を試しているのだ。まるで上から見下すように。支配するように。

 

 

「怒りはあるが、それ以上に興味深いのう。確かにお前の言う通り、人間の八十年は儂が思うよりもずっと長いものらしい」

 

 

前言を撤回する必要がある。人間の、人類の八十年に加え、目の前の魔族にとっての八十年も、儂の想像を超えるものであることを。

 

 

「だがそれだけで勝った気になるのは早計じゃのう。その防御魔法とやら。攻撃魔法に同調し、威力を分散する仕組みか。複雑な術式じゃのう」

 

 

しかしそれは儂の敗北を意味するものではない。確かにその防御魔法は優れているが、それ故に避けられない問題、欠点を内包している。複雑化しすぎた術式には、大量の魔力を消費する。人を殺す魔法(ゾルトラーク)とは真逆の弱点。

 

 

「────魔力の消費もさぞつらかろう」

 

 

それこそが、防御魔法の弱点。

 

その隙を突くために、複数の人を殺す魔法(ゾルトラーク)を展開し、解き放つ。点ではなく面で襲い掛かる。四方八方。前面に展開しただけでは防ぎきれない魔力光の嵐。

 

それが小柄なアウラを飲み込んでいく。逃げ場はない。まともに受ければ、亡骸すら残らない猛攻。それでもなお

 

 

「流石ね。人類が八十年かけた魔法をもう見抜くなんて」

 

 

アウラはその場に君臨していた。先の焼き回し。息一つ、汗一つ流さずに。涼し気に、愉し気に。その足場だけがくり抜かれたように残っている。周囲には球状。全面に展開された防御魔法。それで攻撃を防いだのだろう。すなわち、儂がどう攻めてくるか。防御魔法の弱点をアウラも把握していたということ。

 

 

「お互い様じゃのう。驚きもせずに捌いておいてよく言う。一体どういう風の吹き回しかのう? お前が人類の魔法を使うなど」

「……ああ、そうだったわね。普通の魔族はそう思うわよね。私も他人のことは言えないわ」

 

 

状況を分析するための時間稼ぎにそう言葉を投げかける。やはり儂の読み通り。あの防御魔法には大量の魔力を消費する。部分展開ではなく、全面展開し続ければ、魔族である儂らでもその消費は膨大なものになる。人間であれば数分で魔力切れを起こしてしまうほど。ならそれはアウラにとっては諸刃の剣だ。魔力量こそが、この戦いの全てを決するのだから。

 

その手にしている天秤。それが傾いた方が勝者となる。断頭台のアウラの必勝法。その条件を満たさせないことが、儂の勝利条件でもある。だというのに

 

 

「簡単な話よ。利用できるなら何でも利用する。例えそれが人類の魔法だろうが何だろうがね。それが今の私の戦い方よ」

 

 

その言葉に、欺いていたはずの自分が今度は耳を疑ってしまう。目を奪われてしまった。いや、欺かれてしまっているのか。この儂が。そんな戯言、真に受けることはない。しかし、そう切り捨てることができない。目の前でそれを見せつけられてしまったのだから。

 

 

「…………」

「信じられないって顔ね。でもそれだけじゃないわ。見せてあげる」

 

 

そんな儂の戸惑いを見て取ったのか。瞬間、閃光が自分に向かって放たれた。それを間一髪のところで体を捻り、回避する。死の気配が掠めていく。もし油断していれば、そのまま頭を、心臓を打ち抜かれていたに違いない一撃。見間違うはずもない。

 

それは人を殺す魔法(ゾルトラーク)、儂の魔法だった。

 

 

「アウラ……儂の魔法を」

魔族(あんた)の魔法も例外じゃないわ。極めて汎用性の高い優れた攻撃魔法。唯一の欠点が人類でも理解し、扱えるほど洗練された美しい術式構造をしていたこと、だったかしら。ソリテールの奴の言葉よ。もしここにいたら喜んでお話ししてくれたでしょうね」

 

 

その魔法術式をあえて見せつけ、愉しげに笑いながらアウラはそう告げてくる。儂の魔法を貶め、奪っている。ソリテールの真似事までして。本当に魔族を侮辱することに長けている。ソリテールと違うのは、こいつはわざとそれをしているということ。まるで人間のように。

 

 

「面白い。なら儂の人を殺す魔法(ゾルトラーク)とお前の人を殺す魔法(ゾルトラーク)。どちらが上か、試すとしようかの」

 

 

ならその屈辱を晴らす方法は一つだけ。魔法を以てして自らを証明する。本物と偽物。その差を分からせるのみ。

 

 

それはさながら演奏だった。合図はいらない。互いの魔力に呼応するように魔法が飛び交う。人を殺す魔法(ゾルトラーク)が。この場には殺すべき人はいないというのに。

 

儂は演奏者でありながら、指揮者だった。その指を振り、魔法を操り相手に振るう。まるで人間が好む音楽を奏でるように。音を並べることで、そこに意味を見出すもの。魔族にとってはそれは魔法なのだろう。

 

それは相手がいるからこそ成立する。アウラもまたそれに合わせるように天秤を振るい、応えてくる。儂のリズムに合わせるように防御魔法を展開し、攻撃を裁いてくる。その手に持っている天秤からすれば、まるで裁判官のように。無慈悲に、寸分の狂いもなく。先のように全面展開することなく、部分展開によって。間違いない。さっきの全面展開はわざとだったのだ。儂を翻弄するための。

 

お返しとばかりに今度はアウラから死の光が降り注ぐ。それに対して、同じように儂もまた音色を奏でる。見様見真似。アウラの魔法を模倣することによって。防御魔法によってその全てを聞き流す。即興にしては上出来だろう。そして確信する。自分の見立てが間違っていなかったことに。やはりこの魔法は歪だ。過剰なのだ。人を殺す魔法(ゾルトラーク)に対して、消費魔力が大きすぎる。

 

ならこの攻防。魔法戦の行きつくところは、いかに相手より効率的に防御し、相手の隙を突くかにかかっている。単純に、魔法使いとしての技量の差が、そのまま勝敗に直結するということ。

 

その事実に、魔力に、空気に、疲労感に陶酔する。封印されていたからなのか。久方ぶりに感じる闘争の滾り。魔法使いとしての充足感。魔法を競い合うという悦び。これだから魔法は、戦いは止められない。それに興じるも

 

 

「防御魔法まで使いこなすなんてね。なら、これならどうかしら?」

 

 

そんなアウラの言葉と共に、それまで一定だった戦闘(楽曲)のリズムが変わった。

 

 

「……っ!」

 

 

それは圧倒的な質量だった。大地という質量が雪崩のように、槍の雨のように儂の足元から、空から降り注いでくる。反射が遅れた儂にそれを回避する術はない。できるのは防御魔法で耐えることだけ。しかしその質量によって防御魔法は耐えきれず、ひび割れていく。それをさらなる魔力で無理やり構築し直し、何とかその場を脱する。

 

 

「なるほどのう……防御魔法の魔力消費を抑えるための攻撃魔法、ということか。よく考えられておる。それも人類の魔法の歴史ということかの」

「ええ。現代の人類の魔法戦の基礎よ。どう? 中々理に適ってるでしょう? 私たちにはない概念ね」

 

 

体勢を整えながら、再びアウラと向かい合う。なるほど。歴史とは良く言ったものだ。つまり人間たちは既にこれを経験し、その対策を講じてきているということ。いわば儂よりも先の地点にいるのだ。防御魔法の弱点などとうに把握している。より効率的に防御魔法の魔力消費を強いる戦法。魔力の消費を逆手に取ったものか。面白い。だからこそ

 

 

「だからこそ残念じゃのう。それを明かさなければ、お前の優位は揺るがなかったじゃろうに」

 

 

愚かでしかない。一時の愉悦、優越感のためにそれを無駄にしてしまう愚かさが。やはりこやつは魔族なのだ。いくら異端であっても。人類の魔法に精通したとしてもその事実は変わらない。

 

 

「何のことよ?」

「油断……いや驕りかのう。不死の軍勢を連れておれば、危うかったのは儂の方だった。だというのに自分の手札を晒すなど。お前の魔法は魔力量が全て。もう勝負は見えておる」

 

 

それが結果だ。この魔法戦の。争いの。もうそれは見えている。もしこの場に不死の軍勢がいれば勝負は分からなかっただろう。魔力量は儂の方が上だが、それをけしかけられれば魔力を削られてしまう。それに加えてアウラの相手をするのは流石の儂でも骨が折れる。勝機は薄かっただろう。だというのにそれをみすみすこやつは捨てたのだ。油断と驕り。人類相手ではそれでよくとも、魔族、儂相手には通用しない。だがそれは

 

 

「油断? 驕り? 何のことかしら? 私はちゃんと言ったはずよ。代わりは連れて来てるってね」

 

 

まるで罠にかかった獲物を嘲笑うかのような、断頭台の宣告によってかき消される。そう、儂もまた魔族だったのだ。油断と驕り。八十年前に犯した過ちを、繰り返してしまうように。

 

 

「────」

 

 

それは違和感だった。あるはずのないものがない。微かな感覚。それが何であるか。思考が一瞬遅れる。その正体に至るまでに、数秒かかってしまった。

 

それは魔族だった。気に留めるほどのない脆弱な従者。その姿がない。先の魔法戦の最中も、全く動こうとしなかったお飾りの従者が。一体どこに。そんなことはどうでもいい。あんな魔族など。そんな魔法使いとしての本能、だがそれにもう一つの思考が警鐘を鳴らす。

 

そう、事ここに至って理解した。アウラの狡猾さを。これまでの手練手管。それを考えるなら、あいつが何の意味もなく役に立たない従者を傍に置くなどあり得ない。例えそれが、魔力に劣る者であったとしても

 

 

「…………」

 

 

それは猟犬だった。無言のまま。ただ命じられるがままに、相手の命を奪い去る獣。その存在を察知する。魔力探知ではなく、戦う者としての本能で。それが背後に迫っている。この一瞬で。死の気配が襲い掛かってくる。生き物であれば避けられない、己の命に指がかけられた感覚。

 

振り返るとそこには死神がいた。何の表情も見せないまま、こちらに剣を振り下ろさんとしてくる、ドレスを纏った死の使いが。

 

刹那。ただ感覚に任せて魔法を放つ。それが間一髪のところで間に合う。この魔法は速射性にも優れている。なら間に合う。だがそれは

 

まるでそうなるのが分かっていたかのように、紙一重で躱されてしまった。

 

 

(なっ────!?)

 

 

時間が止まってしまったかのような最中。脳裏にある光景が蘇る。走馬灯なのか。あり得ない幻を見た。

 

人を殺す魔法(ゾルトラーク)を前にして、一歩も怯むことなく挑みかかってきた勇者の面影。

 

それが目の前の小娘に重なる。その剣閃とともに、その剣が振り落とされる。まるであの時から遡ってきたかのように────

 

 

 

 

「────惜しかったわね。でも流石よ。驚いたわ。リーニエの擬態に反応できるなんてね。グロースの奴もできなかったのに」

 

 

それは賞賛だったのだろう。だが頭には全く入ってこない。あるのは冷たい、金属の感覚だけ。それが首筋に当てられている。それは剣だった。恐らくは百年も生きていないであろう小娘に追い詰められてしまっている。魔法使いとしても、魔族としてもあってはならない恥辱。

 

 

「擬態……? 何のことじゃ?」

「その子は魔力を制限してるのよ。日頃からずっとね」

 

 

しかしそれを上回る困惑が、アウラの口から語られる。それに比べれば、先ほどまで聞かされた人類の魔法史など取るに足らないものだろう。それほどまでに、アウラの言っていることは理解ができないものでしかない。魔力を制限するなど何の意味もない。そんなことをする魔族がいるなど。魔力は魔族の、魔法使いとしての誇りだ。それを捨てて、何の意味があるのか。

 

 

「何故そんなことを……」

「魔力を包み隠して、騙し討ちするためよ。そうすれば今のあんたみたいに、魔族は騙される。魔法を愚弄した、卑怯者の戦い方ね。それを私が教え込んだのよ。どう? すっかり騙されたでしょう?」

 

 

まるで悪戯が成功した子供のようなその答えを、儂は受け入れることができなかった。いや、それ以上に目の前にいる魔族が。理屈としては、論理としては理解できる。事実、それによって儂は追い詰められた。だが生物として、本能は別だ。嫌悪感が拭えない。抗えない忌避感がある。だというのに、アウラはそれを嬉々として語っている。あり得ない。こいつは本当に魔族なのか。

 

 

「ちなみにこれはあのエルフ、フリーレンも同じよ。この子はその真似をしてるだけ。だから気を付けることね。あいつはこの子よりもずっと嘘つきよ。憎たらしいぐらいにね」

 

 

それはどうやらあのフリーレンの受け売り、模倣だったらしい。それに対抗するためなのだろう。だとしても理解できない。どうしてそこまでできるのか。魔族としての誇りも、矜持も。魔法さえも捨て去ってしまっている。狂気でしかない。

 

 

「……何故とどめを刺さない? 首を落とさないのか。お前の趣味だったはずじゃろう」

「そうねぇ。でも最初に言ったはずよ? あんたを従えるのが私の目的よ。首を落としたら意味ないわ。そもそも魔族は首を落としたら塵になっちゃうじゃない」

 

 

くすくすと笑いながら、アウラは答える。もはやこいつは断頭台ですらないのだ。なら目の前の女は一体何者なのか。あるのは疑問と恐怖だけ。

 

 

「今のあんたの考えてることをあててあげましょうか? 負けを認めてない。自分は騙されてしまっただけ。そうでしょう?」

 

 

まるでこちらの心が読めるかのように、アウラは指摘してくる。さながら人間の裁判官のように。精神魔法を使ったわけでも、服従の魔法を使ったわけでもないのに。魔族の心などお見通しだと言わんばかりに。

 

その通りだ。儂は負けを認めてはいない。認められるわけがない。これはただの不意打ち、騙し討ちだ。魔法使いの風上にも置けない。卑怯者の戦い方。正面から戦えば、誇り高き魔法使いとしての戦いであれば後れを取ることなどあり得ない。だがそれすらも

 

 

「ああ、そういえば忘れてたわ。私もあんたを騙してたのよ。教えてあげるわ」

 

 

こいつの掌の上でしかなかったのだから。

 

 

再び、人を殺す魔法(ゾルトラーク)が儂に向かって放たれ、そのまま後方へと逸れていく。先の攻防の再現。しかしそれは全く別物だった。その速さに、反応できなかった。同じ人を殺す魔法(ゾルトラーク)とは思えないような魔法。もはやそれは別物だった。瞬時に悟る。それが防御魔法に対抗するために、改良が重ねられた人類の魔法であることに。

 

ようやく理解した。アウラの言葉の意味を。儂の魔法が貶められ、奪われたという事実を。そして

 

 

「アウラ……お前は最初から儂を」

「当然でしょう? 私は魔族(嘘つき)なのよ。騙される方が悪いのよ」

 

 

最初から儂はアウラに騙されていたのだということを。

 

 

そう、最初からこの人を殺す魔法(ゾルトラーク)を使われていれば勝負にすらならなかった。なのにそれをあえて使わなかった。油断や驕りではない。これは教導、指導試合だったのだ。儂に人類の魔法の歴史を、八十年の年月の重さを教えるための。

 

それを前にして、片膝をつき、首を垂れる。命乞いではない。魔族にそんなことをしても意味はない。それによってかつての記憶が蘇る。忘れかけていた、かつての光景。同じように敗れ、忠誠を誓った。千年以上前、魔王様にそうしたように。

 

 

「────儂の負けじゃのう。お前に従うとしよう。アウラ」

 

 

それが『腐敗の賢老』が新たな『魔王(天秤)』に服従(忠誠)を誓った瞬間だった────

 

 

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