「なるほど。なるほどのう。服従の魔法で複数のルールを強いて、あえて自由意思を残しておるということか。考えたものじゃのう」
まるで研究者のように、顎に手を当てながら感心しているクヴァール。だが魔法の研究ではあり得ない、自らを実験体としているかのような振る舞い。何故なら今、クヴァールは自らにかけられた魔法を分析しているのだから。人類の視点から見れば呪いだろうか。
『
それによって私はこいつの魂を束縛し、服従させた。その証拠に、こいつには枷が嵌められている。フリージアでは基本となる三箇条に加えて、魔法の使用と他者への手出しの禁止を。普通の魔族ではあり得ないほどの枷を。だが仕方がない。こいつはただの魔族ではなく、大魔族。ソリテールではないが、私の及びもしないルールの隙を突かれないとも限らない。魔族には悪意がないのだから。細かくはフリージアに戻ってから、ハイターと相談して決めるしかないだろう。
「ええ。同じことを勇者にされたのよ。それを利用させてもらってるってわけ。私の国では祝福と呼ばれてるわ。ソリテールの奴の仕業よ」
「なるほど。あやつらしいのう」
その名を明かしながら話を続ける。油断なく、驕りなく。ただ観察する。一挙手一投足。魔力の流れに至るまで。間違いない。こいつは私に従っている。欺かれてはいない。本当に笑い話だ。魔族が自分の魔法を疑うなど。覆されてしまうかもと怯えるなど。それもこれもヒンメルのせいだ。
「……随分余裕ね。従わされたっていうのに。私の機嫌を損ねたら、いつでも首を落とされるってことよ?」
しかしそれを抜きにしても、クヴァールの態度は私にとっても意外な物だった。もう少し抵抗するかと思っていたのだが。服従させたとはいえ、先の戦いはいわば騙し討ちもいいところ。魔法使いとしての誇りを汚し、愚弄するもの。保険として連れてきたリーニエを使ったほど。普通の魔族ならもっと感情を露わにしてもいいだろうに。事実、私も服従させられたばかりの頃は悪態ばかりついていた。いや、それはいつもだったか。それはともかく
「今更じゃのう。その気ならとっくにそうしておるだろうに」
「賢明ね。つまらないわ」
やはりこいつは賢者、いや賢老なのだ。無駄なことはしない。愚かな魔族でありながら、それらとは一線を画している。変わり者、異端とも言えるか。私としては愉しみが減って退屈ではあるのだが。
その最たるものが負けを認めた後のクヴァールの行動だった。首を垂れたかと思うと、クヴァールはそのまま手を空にかざし、そのまま魔力を放ち始めた。何も知らない者が見れば気が触れたような奇行。しかしそれは私を前にしたこれ以上にない服従の証だった。自らの魔力を消費し、私に下るための。私の魔法を知っているからこその行動。まさか脅し、命じるまでもなくそれをするとは。こっちが呆気にとられる羽目になった。私の方が主人だというのに。
「お前が言っていた通り。服従か死かなら、服従するのは当然じゃろう」
「そうね。そこで死を選ぶのは人間ぐらいね」
そう。それが魔族が魔族たる所以。魔法使いとしての誇りも習性も。生存本能の前には何の意味もない。この世の摂理でもある。それに従わない、抗うのは人間ぐらいだろう。下らない誇りや矜持で、命を落としていく愚かで暇な種族。
「そろそろこの物騒な物をのけてくれるとありがたいのう」
もしやそれをずっと待っていたのか。クヴァールは身じろぎしないまま、視線だけでそれを懇願してくる。そこには魔族の天敵たる、
「……ああ、そういえば忘れてたわ。もういいわよ、リーニエ」
それを手にしたまま、まるで人形のようにクヴァールを制しているリーニエ。それはさながら刑を執行する処刑人のよう。フリージアの住民ですら多くの者が知らない、神官としてのこの子の貌。しかしそれは
「……ほんと? アウラ様、どうだった!? 私上手く役に立ったでしょ?」
「ええ。良くやったわ」
「うん!」
私の命令によってすぐに解除される。そのどちらが本当なのか。この子にも、もう分からないに違いない。いや、どちらもこの子なのか。その証拠にまるで褒めて褒めてとせがむ子犬のように私に纏わりついてくる。珍しく戦闘で私の役に立ったからでもあるのだろう。それがこの子の本能でもある。
「……ふむ。興味深いのう」
「でしょう? 魔力の偽装についても勇者たちが漏らしたのよ。私たちにとっては完全な騙し討ちね。あんたの目も欺けるなら完璧ね。人間の魔法使いにも有効なのよ。あんたも倣ってみる?」
「それだけではないが……遠慮しておこう。そんなことができるほど儂は若くはない」
そんなリーニエを前にして興味深いと言えるのはこいつとソリテールぐらいだろう。普通の魔族なら、嫌悪感と忌避感が勝ってしまうのだから。大魔族としての格か、それとも。本当なら私だけでも十分だったのだが、あえてリーニエを使ったのもそれが理由だ。魔力の偽装による油断と驕り。魔力の多寡だけでは分からない強さがあるのだと。奇しくもあの筋肉馬鹿が魔族に教え込んでいることでもある。
(これから私よりも魔力が大きい魔族を従えないとも限らないしね……ちょうどよかったわ)
それはフリージアの、魔族国家の欠陥でもある。魔族は魔力が大きい方に従う習性がある。だからこそ危ういのだ。それを自覚できたのがソリテールの存在だった。あいつの魔力量は私のおよそ倍。それにあてられて、あいつの方に従い始める魔族が出てきてしまったのだ。それについてはあいつに魔力を制限させることで対処したが、根本的な解決にはならない。これから先そういった魔族を従えたり、新たに生まれてくる可能性もある。
そういった意味ではクヴァールは格好のサンプルだろう。ようするに、魔力量では上回っているこいつが、私に従っている姿を見せればいいのだ。それは魔族にとっても理解できない恐怖でもある。リーニエが私を従えているヒンメルを恐れたように。私の魔法であることは知れ渡っているので、遠くない内に魔族の連中も理解するだろう。魔力だけではない、私の王としての恐ろしさが。
「そう言えばまだ聞いていなかったのう。他の七崩賢の連中はどうなった?」
「ほとんど死んだわ。生きているのは私とマハトだけね。マハトの奴は人間たちに封印されてるらしいわ。いい気味ね」
「マハトがか……ふむ。やはり人間の魔法使いも侮れんのう……」
言われるまで忘れてしまっていた。クヴァールにとってはそうだろう。魔王様だけではなく、他の七崩賢や大魔族のほとんどが討伐されてしまったのだから。自分ではない個体にさして興味を示さない魔族であっても、自らの身の安全に直結する事実でもある。
そう考えれば因果なものだ。方法や経緯は違うとはいえ、大魔族の三人が揃って人間に封じられていたのだから。やはり魔族は人間様には敵わないに違いない。マハトが封じられたことにクヴァールも思うところがあるらしい。そういえばこいつはあいつと仲が良かったか。友達とは違うかもしれないが。あんな薄気味悪い奴のどこがいいのかは欠片も理解できない。そんなことを考えていると
「うーん……」
そんな気の抜けるような声が聞こえてくる。そこには何度も首を傾げながら、何かに悩むように唸っているリーニエ。一体何を気にしているのか。
「何してるの? もう少し落ち着いてなさい」
「……うん」
この子の奇行は今に始まったことではないのでそう命ずる。服従の魔法が成立したことで気を抜いているのか。じろじろとクヴァールを観察しては、百面相を晒している。何が気になっているのか。大魔族に会うのは二度目だが、リーニエでもそれに従いたくなる本能があるのかもしれない。ソリテールは例外のようだが。
「それで? これから儂をどうするつもりじゃ?」
閑話休題。三度そうクヴァールに問われる。本当に疑り深い奴だ。改めて問われると確かにそうかもしれない。かつて断頭台と言われていた私に従うことになるのだから。いつ首を落とされるか気が気ではないだろう。
「そうねぇ……とりあえず、あんたはここで死んだ振りをしてもらうわ」
だがそれは私にとっては慣れ親しんだものだ。何よりももう経験している。同じことをするだけ。ようするに
「死んだ振り……?」
「あ、分かった! 飴坊主と一緒だね!」
あの生臭坊主と一緒なのだから。流石はリーニエ。それに思い至ったらしい。対してクヴァールは首を傾げている。同じ魔族でもここまで反応が違うのは面白い。かたや千年以上を生きている大魔族、かたや百年も生きていない若輩の魔族。
「ええ。あんたの封印が解けたと人間たちにバレると面倒なのよ。フリージアに連れて行くためにもね。だからあんたはここでフリーレンに討伐されたことにするわ」
それを前にして私の企みを明かす。根本的にはハイターと状況は同じだが、その厄介さは比ではない。かつてこの地で悪逆の限りを尽くしたとされるクヴァールが復活したとなれば、周辺諸国は黙っていない。最悪魔法協会の連中まで敵に回しかねない。偽装する必要があるだろう。村の連中を騙すことになるが仕方ない。リリーとシュトロには伝えることになるだろうが。八十年経っても、クヴァールが腐敗の賢老であることは変わらない。私が未だに多くの人間にとって断頭台であるように。だが
「────ふふっ」
思わず笑みが零れてしまう。あのエルフがどんな反応をするか考えるだけで。その名を騙るのにも理由がある。
一つがそれが一番現実的な嘘であること。大魔族であるクヴァールを誰が討伐できるのか。そんな疑念を抱かれないために。もっともらしい嘘に利用するため。
もう一つがあの薄情者の渡り鳥を誘き寄せるために。今もどこで何をしているのか分からないが、人と交流するなら嫌でも噂は耳に入るだろう。クヴァールが討伐される、しかも自分の名前が使われて。そうなればいくらあの薄情者でも慌ててここにやってくるだろう。時すでに遅しとも知らずに。いい気味だ。せいぜい後悔するがいい。悔しがればいい。
「え? どうして? フリーレンはそんなことしてないのに」
「なるほどのう。人間どもを騙すために、か。まるで賢者のようじゃのう」
「あんたにだけは言われたくないわ。あいつに賢者の偽名を使うのは早まったかしらね」
そもそも私の行動の意味が理解できないリーニエと、魔族でありながらその機微を見抜くクヴァール。本当に対照的だ。皮肉ではないのだろうが、こいつに言われたくはない。ハイターの奴に賢者を名を騙らせるのは間違いだったかもしれない。
「魔族国家フリージア、か。にわかには信じられんのう」
「でしょうね。魔族はおろか、人間共も下らない
今から自分が連れていかれる、新たに封じられる箱庭に思うところがあるのか。石像にされたままよりはずっとマシだろうが、クヴァールはそんな言葉を漏らしている。嘘ではないに違いない。魔族どころか、人間たちの間でもまだ下らない噂だとされているのだから。その方が都合がいい。気づいた時には手遅れになるぐらいの方が。下手に刺激して一致団結されても厄介だ。かつての魔王様のような間違いは犯さない。
「……そうね。あんたには教えておいてあげるわ。私の目的、いいえ嘘かしら」
いいだろう。半ば気紛れに、クヴァールに語って聞かせることにする。誰にも明かしていない。ソリテールすら見抜けていない私の嘘を。かつて魔王様が破れ、勇者が私に託した夢物語を。
「……収斂進化、か。ソリテールも同じようなことを言っていたのう」
「ええ。その受け売りよ。あいつも魔王様から教えてもらったって言ってたけど」
私の戯言をどこまで本気で聞いていたのか。クヴァールはどこか興味深げにそう呟いている。あのお喋りのことだ。他の魔族にも同じような話をしていたらしい。もっともそれを覚えている魔族などこいつぐらいだろう。私もすっかり忘れてしまっていたのだから。それも魔王様の受け売り。それがよっぽど嬉しかったのだろう。だが
「そういえば儂も魔王様から聞かされたことがあった。確か……共生、だったかのう」
魔王様は、それをソリテールだけではなく、クヴァールにも残していたらしい。
「共生? 共存じゃなくて?」
「うむ。生き物が互いに利用して生きる習性のことだったか……あまり興味がなくて忘れておった。共存と似たような意味だと思うが。魔王様も変わった魔族じゃったのう」
今ようやく思い出せたとばかりに、クヴァールは零している。やはりこいつも魔族なのだろう。自分に興味のないことは覚えていられない。忘れてしまう。私もそうだ。もしかしたら、覚えていないだけで私も魔王様に何か教えてもらったのかもしれない。
「ふぅん……共生、ね。悪くないわね。魔族にはそっちの方が伝わりやすそうね」
共生。共存と似て非なるもの。だが響きは悪くない。何よりもそちらの方が動物的だ。魔族用の教典の教義にはちょうどいいかもしれない。帰ったらハイターの奴に提案してみるとしよう。
「よいのか。そんなことを儂に教えて」
「構わないわ。どうせあんたならそのうち気づいたでしょうし」
「買い被りすぎじゃのう」
嘘か本当か。どこか満更でもなさそうなクヴァール。煽てたわけではないのだが、まあいいだろう。その方が都合が良い。こいつなら、それを見抜かれてもおかしくない。その上で使役した方が役に立つだろう。ソリテールについては例外だ。あいつはそのことには気づけていない、気づくことはないだろう。人間を実験動物、家畜としてしか見ていないあいつには。それを明かしたことで変な気を起こされても面倒だ。友達になった後になら教えてやってもいいかもしれない。
「それで? お前は儂に何をさせたい? 魔法の研究がどうのと言っておったが」
クヴァールはそのまま核心に触れてくる。その目が細まるのを、興味を示してるのを私は見逃さない。それこそがこいつの魔族としての本質なのだろう。魔法の探求という魔族なら誰しもが持っている欲求だけでは留まらない。好奇心、知識欲か。やはり私の見立ては間違ってはいなかった。魔族はみな、すべからく自らの魔法に縛られる。例外はない。人を殺す魔法なんてものを生み出したこいつが、それに興味がないわけがないのだから。
「ええ。あんたにはフリージアにある魔法科で働いてもらうわ。宮廷魔法使いとしてね」
なら私はその欲求を満たす術を、役割を与えてやればいいだけ。その権力が、知識が、経験が今の私にはあるのだから。それが私がもっとも人類と共に生きている魔族、天秤と言われる所以。
「宮廷魔法使い? 何のことじゃ?」
「人間の国、帝国にいる魔法使いの称号よ。他の魔法使いに魔法を指南する魔法使いのことかしら。ようするにあんたに他の魔族に魔法を教えてほしいのよ」
それは人類の魔法体系、組織の模倣だった。ある意味ではあの生ける魔導書に倣ったもの。あの老害もそうやって人間共に叡智を授けてきた。ならそれを真似すればいい。魔族の賢老であるクヴァールにこそそれが相応しい。あいつにとっては侮辱でしかないだろうが。本当なら宮廷ではなく、教会にしようかとも考えたが、あいつと被るので止めた形。いくら人間たちの集合知があろうと、やはり魔族に魔法を教えれるのは魔族だけなのだから。
「それだけじゃないわ。魔法の研究にも協力してもらうわ。今は飛行魔法の改良に力を入れててね。それが進めば魔法の発展に利用できるわ」
私がこれまでと違うのは、それを個から群体にまでその規模を広げること。魔族という種族、そして人類をも巻き込んで。今は飛行魔法に注力しているが、他にも様々な案がある。こいつがいれば、それにかかる時間を一気に縮めることができるだろう。これだけでも十分だろうが、念には念を。
「もちろんあんたにも利点はあるわ。自分の魔法を取り戻したいでしょう? それを許してあげる。私にも献上してもらうけど、文句はないわね?」
それこそが私の切り札。服従の魔法ではない。こいつを従えるための。そのためにこんな面倒な教導をしてやったのだから。魔族としての、魔法使いとしての誇りを刺激するもの。クヴァールにとってこれ以上の条件はないだろう。
「なるほど。やはりお前は
不敵な笑みを見せながら、静かにクヴァールはそれに従う。こいつもようやくそれが理解できたらしい。嘘のつき方を。新たな魔族の生き方を。
「当然よ。私を誰だと思ってるの。それと、人間の子供を一番弟子にしててね。あんたにはその子の魔法を作るのにも協力してもらうわ」
「人間の弟子……? 誰のじゃ?」
「私のよ。見ればきっと驚くわ。あんたと同じであの子は天才なのよ」
ならばもう遠慮は必要はない。あえて明かしていなかったことを暴露する。ある意味、魔力の偽装に、人類との共存に匹敵しかねない事実を。私の弟子であるフェルンのこと。やはり想像通り。クヴァールは明らかに面食らっている。まるで言葉が理解できない獣のように。ようやく見たかった顔が見れた気分だ。わざわざお膳立てをしてやったのだ。そのぐらいでなければ甲斐がない。
魔族の天才に、人間の天才の魔法使いを育てさせる。これ以上の実験はないだろう。ソリテールはもちろん、リュグナーも知れば喜ぶに違いない。その顔を想像するだけで楽しみだ。
「────ああ、それと言い忘れてたわ。勇者一行の僧侶と戦士も従えてるの。八十年ぶりの再会よ。楽しみにしておきなさい」
いけない。肝心なことをすっかり忘れてしまっていた。それほどに、たった一年で私にとってはそれが当たり前になってしまったのだろう。勇者一行という化け物たちの恐ろしさ。
「…………ふむ。なるほどのう。どうやら八十年というのはとてつもなく長い時間だったようじゃの」
恐らくはそれが封印から目覚めて一番の驚きだったのか。しばらく言葉を失ったまま、クヴァールはそう答えるのが精一杯なのだろう。きっと天地がひっくり返って、また元に戻ったぐらいの衝撃に違いない。そんな中
「あ、そうか分かった! お爺ちゃんだ!」
ようやく思い出したとばかりに、リーニエがいつものように嬉しそうな声を上げた。
「? 何よ、大きな声を出して」
「だからお爺ちゃんだよ、アウラ様! やっと思い出したの! えっと、何て言ったっけ。この魔族ってすごい長生きなんでしょ? だったらお爺ちゃんだって。シュトロもそう言われてたもん」
そういえばさっきからうんうんと唸っていたが、そんなことを考えていたらしい。この子らしいというか何というか。一体どんな育て方をされたのか。
どうやらお爺ちゃんという言葉が出てこず悪戦苦闘していたらしい。なるほど。その発想はなかった。この子にとっては賢者であることよりも老人、老魔族であることの方が重要だったのだろう。それに連なる、家族という魔族にはない概念。自分を姉だと思い込んでいる、信じている、振舞っている。模倣という欲求を満たすために。
「それに魔力もすごいよ! まるでお婆ちゃんみたい! あ、でも魔力はお婆ちゃんの方が凄かったかな。私とお揃いで、魔力を隠してるんだから!」
「何の話をしておる?」
「下らない人間の習性よ。そのうち嫌でも分かるわ」
その琴線に触れてしまったことなど知る由もないクヴァールは当惑している。さっきまでとは違う形で。どうやらお婆ちゃんはもう埋まってしまっているらしい。あの老害のことだろう。あいつに向かってそんなことが言えるのはこの子ぐらいだ。もしあの薄情者にそんなことを言えば、三日三晩泣き喚くに違いない。
「ちょうどいいわ。あんたは今日からこの子のお爺ちゃんよ」
そう命じる。否が応でもクヴァールもまたフリージアで過ごす以上、この子から逃れられない。フェルンのように。シュタルクのように。リュグナーのように。遅いか早いかの違いだ。この子に纏わりつかれる姿を見せれば、こいつもフリージアに早く馴染むこともできるはず。
「あ、じゃあこれあげる! この村のとくさんでね。美味しいんだよ?」
そんな打算も、騙す気もなくリーニエは村でもらったリンゴをそのまま取り出し、クヴァールに向かって差し出す。リーニエなりの親交の、友好の証。友達になりたいリュグナーにはいつも振られてしまっているもの。それを
「────ふむ。悪くないのう」
一度思案し、摘まむように受け取ったままクヴァールをそれに齧りつく。食べ物を分けるという、友好を示す原始的な行動。同時に祝福によって、人を食らう必要がないことを確かめるためのもの。
「でしょ!? 任せて! 私がフリージアについていっぱい教えてあげる! あのね」
それによって目を輝かせるリーニエ。先輩風を吹かせる相手が、お爺ちゃんができたことで。同じ従者として。
それが八十年越しの勇者一行の後始末の顛末。そしてリーニエに新たな家族ができた瞬間だった────
第四節も次話がラスト。リュグナー視点でのエピソードになります。お楽しみに。