ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三話 「一級」

勇者ヒンメルの死から二十四年後。

 

北側諸国キュール地方。

 

 

 

「ほら、見えてきたよ! あれがおいさーすとだよ!」

 

 

頭が痛くなってくるような声が響き渡る。見るまでもないが、その声の主が指差す方向に目を向ける。そこには巨大な都市があった。それだけではない。それが巨大な湖の中にある。水上都市と呼ばれるもの。何故あんなところに都市を作るのかは甚だ疑問だ。防衛上どうなのか。人間たちが考えることは分からない。

 

しかし油断することはできない。何故ならそこは魔法都市オイサースト。人類の魔法使いを管理する、大陸魔法協会が存在する敵地でもあるのだから。だというのに

 

 

「わぁ……! すごいです、湖の上に都市があるのですね」

「そうだよ。あと魔法使いの道具もたくさん売ってるの。一緒に買い物に行こう? おみやげもいっぱい買わなくちゃ」

「そうですね。楽しみです」

 

 

まるで観光に来ているのかのように目を輝かせているリーニエ。こいつは一体何を考えているのか。危機感の欠片もない。一度ここを訪れたことがあるとしてもあり得ない。アウラ様の護衛だというのに。

 

 

(リーニエの能無しめ……!)

 

 

ただ愚かでしかない。教導を始めて少しはマシになったかと思えばこれだ。やはりこいつは能無しなのだ、ドラートとは違う意味で。だからこそ質が悪い。最近は一緒に行動させられることも少なくなってきていたからこそ余計に癪に障る。何故こんな奴と同行しなければらないのか。ここまでの道中を思い出しただけで頭痛がする。まるで小さな人間の子供を連れて歩くような有様。加えて

 

 

「そこまでにしろ、お前たち。何をしにここまでやってきたと思っている」

「むぅ……」

「す、すみません。リュグナー様……」

 

 

その妹を自称、ではなく演じさせられているフェルンまで悪影響を受けてしまっている。普段は礼儀正しく、淡々としているというのに、リーニエと一緒になると途端に愚かになってしまう。シュタルクと一緒の時もそうだが、あれは違う理由だろう。盛っているだけだ。

 

 

(私は一体何をさせられているのだ……?)

 

 

まるで人間の親の真似事をさせられている現状に呆れるしかない。どうしてこんなことになってしまっているのか。私は確か、敵国との交渉のためにアウラ様の護衛として同行していたはずだ。なのにやっていることは子供の引率でしかない。眩暈がしてくる。

 

 

「流石はリュグナー様ですね。いつもこのようなことを?」

「ええ。おかげで毎日退屈しないで済んでるわ。ねえ、リュグナー?」

「……お戯れを」

 

 

しかしここで醜態を見せるわけにはいかない。少なくともこの人間の魔法使い、レルネンがいる内は。皮肉なのか、それとも本当に感心しているのか。見分けがつかない。ただ分かるのはこの状況をアウラ様が愉しんでおられるということだけ。恐ろしいお方だ。敵国の使いを前にしても全く気にした素振りもなく、私を甚振って愉しんでいる。

 

 

(アウラ様の戯れはともかく……こいつは油断ならん。人間の魔法使いの中でも最高峰というのは嘘ではないのだろう)

 

 

もしやこの道中を一番楽しんでいるのでは、と思ってしまうほどに呑気な姿を晒しているレルネン。しかしその魔力には微塵の揺らぎもない。洗練されたもの。今まで私が出会ってきた人間の魔法使いの中でもこいつは格が違う。その魔力量も、技量も。実際に戦っているところをフリージアの滞在中に観察もした。あのリーニエと戦って勝ち越すなど。魔力の偽装を知っていることを差し引いても驚嘆に値する。しかも本来ならゴーレムなる魔道具まで駆使するらしい。最大限警戒すべき脅威だろう。業腹ではあるが、私よりも魔法使いとしては高みにいる存在。

 

 

(落ち着け……私はアウラ様の側近。ようは最後にこちらが勝てればいいのだ)

 

 

その事実には魔法使いとしての、魔族としての誇りが傷つけられるも、それを魔法によって押し留める。血液の流れを操作するように、自らの感情を。私一人であれば、それは致命的な敗北になるだろうがそうではない。私はアウラ様の、フリージアの魔族なのだ。ようは最後に勝てればいいのだ。アウラ様自身が仰るように、どんな手を使ってでも。他者を利用してあらゆる手を使って貶めればいい。正面から戦うなど馬鹿のすること。リーニエにも劣るだろう。

 

 

「しかし驚きました。人間の魔法使いであるフェルン様が、あれほどまでに飛行魔法を極めておられるとは。まるで魔族のようです」

「褒めてるつもり? まあ、いいわ。おおむねその通りよ。あんたたちがただ転写して使っているものじゃないわ。あの子が特別なのもあるけどね」

「なるほど。興味深いですな。私たちもぜひ学びたいものです」

「そうねぇ……まだ時期尚早かしら。何にせよ、あの老害次第ね」

「なるほど。ゼーリエ様が不機嫌になるわけです」

「なら宥めておきなさい。師匠の面倒を見るのが弟子の役目よ」

 

 

私に叱られてしまい意気消沈している二人を無視しながら、アウラ様はレルネンと飛行魔法について話されている。それに興味を示しているレルネン。それはここまでの道中が原因でもある。私たちはフリージアからここまで一気に飛行魔法でやってきたからだ。魔族であれば当たり前だが、人間たちにとってはそうではないのだろう。私たちにとっては飛ぶことは歩くことと大差ないが人間たちは違う。長時間飛行するだけで魔力を大量に消費してしまう。こいつほどの魔法使いでも例外ではないのだろう。アウラ様の命令で、こいつをここまで私が運ぶ羽目になったのだから。自分が運びたいと駄々をこねるリーニエを黙らせるのに一番手間取ってしまったがそれはともかく。

 

 

(なるほど……これが外交というものか)

 

 

感心するしかない。アウラ様が今レルネンと行っていることこそ外交なのだ。交渉、騙し合いでもある。あの賢者もどき、ハイターから聞き出した物でもある。互いに騙し合い、己の思う通りに相手を操る、支配するための争い。力、魔力が全ての魔族ではあり得ないもの。

 

今、アウラ様は飛行魔法を餌にレルネンを、魔法協会を誘き寄せているのだ。自分にとって都合の良い条件を押し付けるために、利用するために。魔法科での魔法の研究もこのためでもあったのだ。魔法の発展、ようするに人間たちよりも遥かに優れている我々の魔法を恵んでやることで、相手を懐柔する。力押しではない、人間を知り尽くしたアウラ様だからこそできること。

 

しかし今回はまさに例外だ。普段ならアウラ様が交渉の場に直接出向くことはない。いやできないのだから。その服従の魔法ゆえに。それを恐れ、人間たちは交渉の場に立つことすらできない。それは魔族であっても同じだ。それができるのはアウラ様と同じ、大魔族のみ。だというのに、アウラ様はそれに赴くためにここまでやってきた。それはつまり

 

 

「あそこにゼーリエ様がいらっしゃるのですね。どんな方なのですか?」

 

 

あの都市にいる魔法使いは、アウラ様が服従させられない怪物であるということ。

 

それをどこまで理解しているのか。フェルンは単純に興味津々にそうアウラ様に尋ねている。この図太さはどこからくるのか。魔族ばかり相手にして人間の感性がなくなっているのではないか。アウラ様が天才と、化け物と呼ばれる片鱗を日頃からこれでもかと見せつけられているこっちからすればたまったものではない。

 

 

「老いぼれのエルフよ。何でも神話の頃から生きてる老害らしいわ。あとはそうね……大陸魔法協会の創始者にして、大魔法使いフランメの師匠だった奴よ」

 

 

そんなフェルンを見てどう思われたのか。機嫌良くそう口にされているアウラ様の言葉に嘘はないのだろう。この方は意味のない嘘はつかない。その情報は私たちフリージアの神官の中でも共有されている。

 

大魔法使いゼーリエ。人類どころか魔族からも忘れ去られるほど太古から存在するとされるエルフの魔法使い。それが人間の魔法使いを管理する団体の長などしている理由も理解できないが、その存在が虚構ではないのは間違いない。何故なら

 

 

「魔族に分かりやすく言うなら、人類側の魔王みたいなやつよ」

 

 

その存在を感じ取っているからこそ。絶大な魔力だ。これだけ離れているというのに、その魔力が感じ取れる。アウラ様に匹敵するどころではない。それを遥かに超えるもの。しかも報告の通りなら、これすらもリーニエのように魔力を制限したものだという。一体何の冗談なのか。魔族である私から見ても怪物でしかない。アウラ様の言葉が全てだ。かつての魔王様を彷彿とさせる存在。だからこそ分からない。

 

 

(何故アウラ様はこんなにも平然としておられるのか……)

 

 

どうしてそれを前に平静でいられるのか。私のように感情を操作しているわけでもないというのに。魔族としての本能も、魔法使いとしての誇りも。そのどちらからしても、理解できない境地。本当なら今すぐこの場から逃げ出し、命乞いをしなければならないはずだというのに。あろうことかこれからそこに向かうなど。死地に向かうに等しい。

 

 

 

「凄い方なのですね……」

「別に敬わなくてもいいわ。基本的に表舞台には出てこない引きこもりよ。エルフの習性かしらね。あんたも気をつけなさい。弱みを見せたらいいように使われるわよ」

「仰る通りかと」

「あんたはどっちの味方なのよ」

 

 

だがそんな気負いも恐れもアウラ様には見られない。どころか余裕すら感じる。その相手に悪態をついているほどに。自らが命を狙われない、討伐されない自信があるのだろう。私たちを信頼されているのか。いや、それだけではない。いくら私たちがいたとしてもあんな魔力の持ち主が相手では盾になれるかどうかも怪しい。一体どんな算段があるのか。そのエルフを騙す自信があるのか。

 

 

「でも本当にすごいんだよ? 私の偽装も一目で見破られちゃったし、それとすっごい嘘つきでお婆ちゃんなの! それとね」

「リーニエ。そこまでにしろ。何度言ったら分かる。私たちは外交をしにきたのだぞ。それに相応しく振る舞え」

「…………うん」

 

 

そんな私の胸中など理解できるわけもない。リーニエがまるで自慢するように興奮して醜態を晒すのを制止する。これから交渉という名の戦いが始まるというのに一体何を考えているのか。しかも相手の王を侮辱するような物言い。そんなことを本人の前で口すれば最悪その場で戦いになりかねない。

 

 

(恥晒しめ……何故アウラ様はこんな場にリーニエを。役に立つとは思えん)

 

 

流石に堪えたのか。フェルンを前にしたシュタルクのようにリーニエは意気消沈している。恥晒しめ。そもそもこんな交渉の場にリーニエを連れてきているのが間違いなのだ。護衛としての有用性は認めるが、それを上回るリスクしかない。それが分からないアウラ様ではないと信じたいが、どうしてリーニエには甘いところがある。フェルンに対してもそれは同じだろう。

 

 

(クヴァール様がおられれば心強かったのだが……)

 

 

その事実に、ここにはおられないクヴァール様の姿が目に浮かぶ。今頃魔法科で魔法の研究に勤しまれているのだろう。本当なら私もアウラ様が留守の間に魔法科で自分の魔法の探求がしたかったのだが仕方ない。

 

クヴァール様が魔法科に所属し、宮廷魔法使いになられてから、多くの魔族がそこに訪れるようになっている。大魔族であるクヴァール様に従っているのもあるだろうが、それ以上にその指南を受けられるのが理由だろう。大魔族であり、腐敗の賢老とまで呼ばれたクヴァール様に魔法を指南してもらえるなど本来ならあり得ないこと。他ならぬ私自身もそれにあやかっている。

 

もっとも私にとってはいいことだけではない。クヴァール様は立場的には私の副官なのだから。アウラ様の命令は絶対だ。何とかそれらしく振舞ってはいるが、上手く演じれているかどうかは怪しい。私も自分の魔法の真価に気づけていなければ倒れていてもおかしくない。妥協点として自分に対する様付けは止めさせているのだが焼け石に水でしかない。

 

そんなクヴァール様だが偽名を使って、フランメと名乗っている。アウラ様の命名らしいが人間の魔法使いの始祖とまで呼ばれるあのフランメの名前を騙らせるなど。やはりあの方は怖いもの知らずなのだろう。

 

フリージアでの暮らしは満更でもないらしい。アウラ様に従わされてはいるものの、魔法の研究などの自由は与えられているのだから。そもそもそれはフリージアの魔族全てに言えること。今ではゾンダと一緒に何やらやっているのが日常と化している。フェルンの教導にも協力する形。魔族の天才が人間の天才を育てるという、私にとっては悪夢のような光景でしかないのだが。

 

 

(しかしこれは一体何なのか……信書の類ではなさそうだが)

 

 

自分の荷物の中にある、丸められた書簡のようなものに目をやる。それはフリージアを出る前に、クヴァール様から手渡されたもの。何でもアウラ様に用意するように言われていた物らしい。一体何が記されているのか。興味はあるものの、国家間の外交に関わるものだ。勝手に読むわけにもいかない。

 

そう、交渉において大陸魔法協会はグラナトなどとは比べ物にならない相手だ。最大の仮想敵国である帝国に次ぐ存在でありながら、直近の脅威でもある。その交渉が決裂すれば、全面戦争になりかねない。かつての魔王軍の二の舞となってしまいかねない。それだけは避けなくては。最悪アウラ様だけは無事に逃がさなければ。そう気を引き締めるも

 

 

「ふむ。どうやら出迎えをしてくれるようです」

 

 

私の想像を超える、最悪の事態が目の前には広がっていた。それは水上都市の入り口。城門にあたる場所。そこに三つの人影があった。それに心当たりがあるのだろう。どこか楽し気に口を開いているレルネンに気を割くこともできない。

 

それは魔力だった。その大きさも、洗練さも、隣にいるレルネンに勝るとも劣らない者たち。それが三人。二人は男で一人は女。それらがまるで待ち構えるように、臨戦態勢のまま私たちを出迎えている。もはや確かめるまでもない。

 

それがレルネンと同じ、一級魔法使いと呼ばれる大陸魔法協会の最高戦力の集まりだということを────

 

 

 

「まさか君たち全員が出迎えてくれるとは。手厚いね。戻ってくる時間は伝えていなかったんだが」

「白々しいことを言うな。こんな魔力を放つ魔族が来れば、寝ていても気づく」

「ゲナウの言う通りです。勝手な行動は慎んでいただきたいですね」

「ゼーリエ様にはお伝えしたのだが、聞いていないのかな?」

「聞いていない。最近は特にゼーリエ様は機嫌が悪いからな。今度は何をした?」

「さて。心当たりが多すぎて分からないな」

 

 

その出迎えはレルネンにとっても予想外だったのか。まるで友人に会うかのような気軽さでレルネンは三人に話しかけるも拒絶されてしまっている。本当に仲間なのか疑わしい扱い。

 

そんな中で明らかに私たちに敵意を向けているのがゲナウと呼ばれている、貴族のような装いをした、髪を七三分けにしている男だ。表情からは判断できないが、その魔力が全てを物語っている。魔族を前にした、歴戦の魔法使いの証明。

 

対照的に冷静さを感じさせるのが眼鏡をした男だ。年齢で言えば年上であるはずのレルネンを嗜めている。しかしその魔力の洗練さは際立っている。私たちの一挙手一投足を見逃すまいと眼鏡の奥の瞳を光らせている。

 

 

(人間の魔法使いが、ここまで魔法使いとしての高みにいるとは……信じられん)

 

 

息を呑み、同時に手を拳にして耐え忍ぶ。まさかこんな短期間に、こんなにも多くの自分を超える魔法使いに会うことになるとは。言葉にできない感情で体がどうにかなってしまいそうだ。それでも何とか踏み止まっているのは自らの魔法のおかげだけではない。私の後ろにアウラ様がおられるからだ。こいつらの出鱈目さには気づいているだろうに。おくびにもそれを出されていない。まさに魔王の風格。なら私が後れを取るわけには、醜態を晒すわけにはいかない。

 

 

「失礼しました。私はファルシュ。一級魔法使いになります。初めまして。お会いできて光栄です、天秤のアウラ様」

 

 

そんな私たちにようやく気付いたのか。眼鏡をかけた男、ファルシュと名乗る人間が挨拶をしてくる。堂に入った振る舞いはさながら貴族だろうか。リーニエやドラートに見倣わせてやりたいほどの気品がある。

 

何よりもアウラ様のことを天秤と呼び、物怖じしていないのが驚嘆に値する。ここ北部ではアウラ様は未だに恐れられ、断頭台と呼ばれているというのに。加えて、絶大な魔力を持つ、大魔族であるアウラ様を前にして平伏せずにいられることが、こいつらが凡百の魔法使いでないことの何よりの証明。同時に最大限に私たちを警戒していることの証明に他ならない。一級という、最高峰を意味する称号を持つ人間の魔法使いたち。

 

 

「ええ。まさかこんな総出で迎えられるなんて思ってなかったわぁ。随分仰々しいのねぇ?」

「……当然です。大魔族であり、国王がいらっしゃったのですから」

「そう。国だって認めてるのね。意外だったわ。一緒にいるのもあの老害のお気に入り、一級魔法使いなのかしら?」

 

 

それを誰よりも理解されているに違いないだろうに。微塵もそれを感じさせず、不敵な笑みを浮かべながら一級魔法使いたちを挑発しているアウラ様。獲物を甚振っているかのような愉悦がそこにはある。そこには明らかな嘘がある。そう、この状況は紛れもなくアウラ様自身が招いたもの。ここオイサーストが魔力探知の範囲内に入るのと同じくして、アウラ様はその魔力に殺気を込めていた。さながらそれは魔法使いにとっては宣戦布告に等しいもの。さきほどゲナウという魔法使いが言った通りだ。恐らくは大魔法使いゼーリエに向けた物。それを感じ取った一級魔法使いたちがどう出てくるか、炙り出すために。

 

正直生きた心地がしない。あれだけ力押しなど馬鹿のすることだと言っておきながら、やってることはこれ以上にない挑発行為なのだから。確かに直接的ではないにせよやりすぎだ。加えて老害という、年老いた者を侮蔑する言葉まで口にしている。自らも魔族の中でも長寿だというのに。もっとも口が裂けてもそんなことは言えないが。それを耳にした瞬間、明らかに二人の男の魔法使いの警戒度が上がった。一触即発。

 

 

「……はい。隣にいる男性がゲナウ。そしてその隣の女性が」

 

 

剣呑な空気が辺りを支配している中、改めてファルシュが他の二人の魔法使いを紹介し始めるもそれは

 

 

「あ、ゼンゼだ! 髪が伸びたの? また切ってあげようか?」 

 

 

空気を読まない、どちらの陣営にとっても例外でしかない、我が同僚によって台無しにされてしまった。

 

 

リーニエはまるで久しぶりに会った友人にするかのような態度で、興奮した様子で手を振っている。本当ならそのまま飛びついて行きかねないのだが、先ほどの私の叱責によって自制しているのだろう。それでこれなのだから救いようがない。そして

 

 

「…………」

 

 

ゼンゼと呼ばれる魔法使いはそれに答えることなく、無言のまま目を逸らしている。そういえばこの女だけは二人の男たちとは違って最初から様子がおかしかった。端的に言って大人しかった。地面にまで届くのでないかと思えるような長い髪をした小柄な女。その前髪のせいで顔は見えにくいが、困惑しているのは見て取れる。

 

だがこの女も一級魔法使いなのは間違いない。一目見てそれが分かる。それは髪の毛だった。それに幾重にも魔法がかけられているのが感じ取れる。リーニエのように魔力が見えるわけではない私が感じるほどに。魔法はイメージだ。魔族も人間もそれは変わらない。ならこの女は髪を操るのだろう。それがいかに人間離れしていることか。血液を操る魔法を扱う私には手に取るように分かる。だが

 

 

「……ゼンゼ。呼ばれているぞ」

「…………」

「だんまりか。都合が悪くなるとお前はいつもそれだな」

 

 

それを微塵も感じさせることなく、ゼンゼはだんまりを決め込んだまま。どうやらそれは珍しいことではないらしい。どころかリーニエから距離を取るように下がっていってしまう。その姿はまるでアウラ様や私に叱られてしまった時のリーニエのよう。どうやら旧知の仲らしい。リーニエは一度ここに来たことがあると言っていたので恐らくはその時に何かあったのだろう。想像に難くない。

 

 

「ではこちらも紹介させて頂こうかな。魔族国家フリージアの国王である天秤のアウラ様。隣に控えている魔族のお二人がリュグナー様、リーニエ様。そして人間の魔法使いがフェルン様。アウラ様のお弟子様です」

「……リュグナーです。以後お見知りおきを」

 

 

本来なら私がするはずの役割をレルネンに奪われて思うところはあるものの、仕方なくそのまま名を告げる。もうすでに外交は始まっているのだ。ここで人間共に後れを取るわけには、アウラ様に恥をかかせるわけにはいかない。私はアウラ様の側近なのだから。同時に悟る。この状況が、例外の魔族にとって格好の狩場であることを。だがそれを許すほど私は甘くはない。

 

 

「っ! ごほんっ! 私は「隣にいるのはリーニエ。私と同じくフリージアの神官でありアウラ様の護衛です。フェルン、挨拶しなさい。失礼がないように(・・・・・・・・)

「っ! は、はい……フェルンです。宜しくお願いします……」

「…………むぅ」

 

 

リーニエが大きく息を吸い、その手に剣をかざすよりも早くそれを制する。さらに連なるであろうフェルンの名乗りも。ここにやってくると聞いた時から警戒していた、下らない習わし。これ以上この場において醜態を晒すことは許さない。私の魔力を感じ取ったのか、フェルンはどこか慌てながらもたどたどしく挨拶している。一番の見せ場を奪われたと感じているのか、リーニエは前にいるゼンゼと同じように黙り込んでしまう。頬を膨らませている分、こっちの方が遥かに子供だが。

 

 

「ご丁寧にどうも。本当ならこのままゼーリエ様の元にご案内するところなのですが、その前にしなくてはならないことがあります……ゼンゼ」

「……分かっている」

 

 

そんなこちらのやり取りが騙すことに繋がったのか。幾分警戒が和らいだのも束の間。ファルシュが眼鏡を上げ直しながら、隣にいるゼンゼに何かを促している。一体何を。そう思考した瞬間

 

 

幾重にも重なる、無尽蔵とも思えるような圧倒的な質量がまるで波のように襲い掛かってきた。

 

 

(まさかここで始める気か……!?)

 

 

油断と驕り。それがなかったとは言えないが、虚を突かれた形。まさか大人しくしていたのもこのためだったのか。ゼンゼの髪の毛がまるで生き物ように動きながら、瞬く間にこちらに襲い掛かってくる。見た目とは裏腹に、レルネンと同じような戦闘狂だったのか。

 

同じように自らの魔力を纏いながら臨戦態勢に移る。状況は芳しくはない。相手は三人。いや、違う。四人か。レルネンの奴を失念してしまうとは。そうなってしまうほどにこちらは油断させられてしまっている。奇しくも四対四の構図。だが覆せない戦力差ではない。

 

前衛はリーニエ。中衛は私。その後ろに王であるアウラ様がいる。そして鬼札となるのがフェルンだ。普段は一般攻撃魔法と防御魔法の使用しか許されていないが、非常時はその限りではない。初見の相手、魔法使いであればフェルンは相手を確殺できる。そうなれば状況は四対三。こちらの有利となる。後はリーニエが翻弄し、私が守りと妨害に徹すればその間にアウラ様が服従の魔法(アゼリューゼ)によって相手を操ればその時点でこちらの勝利となる。フェルンに距離を取らせて、遠距離からの後方支援に徹しさせればさらに盤石。

 

それが私たち、フリージアの布陣であり戦略。本来人類側が得意とする分野であり、かつての魔族に足りなかったものでもある。問題はそれが現代の最高峰とされる魔法使いの集団にどれだけ通用するか。最悪敗走、撤退も視野に入れなければ。だがそんな刹那の思考は

 

 

「え?」

 

 

そんな誰の声かも分からない疑問によって終わりを告げた。

 

 

フェルンやリーニエだけではない。アウラ様もその光景に目を奪われている。当たり前だ。そこには、ゼンゼの髪の毛によってぐるぐるに巻かれ、拘束されてしまっているレルネンの姿があったのだから。

 

呆気にとられるしかない。どうしてこの状況で、誰が一級魔法使い同士の仲間割れが起こると思うのか。もしやアウラ様が従わせたのかと思ったが、やはりあり得ない。そんな時間はなかった。事前に操っていたとしても腑に落ちない。

 

 

「そういえばそうだったね。すっかり忘れてしまっていたよ」

「物忘れが酷くなっているんじゃないか、レルネン。自業自得だ」

「天秤と接触した可能性がある者には処置が必要になるのです。どうか気を悪くされないで下さい。安全が確認でき次第、ご案内します」

 

 

完全に拘束されてしまっているにかかわらず、まるで堪えていないレルネンはそんな軽口を叩いている。どうやらこの状況に心当たりがあるらしい。間諜扱い同然だ。いや、まさにそうなのだ。非礼を詫びてくるファルシュの言動によってようやく理解する。それが天秤、アウラ様に対する防護策なのだと。つまりレルネンがアウラ様に服従させられてしまっている可能性を疑っているのだ。

 

フリージアでクヴァール様に教えて頂いたことでもある。アウラ様はその魔法を使えば、人間たちを内側から仲間割れさせ、崩壊させることができるのだと。公の交渉の場に赴けないのもそれが理由だ。接触しただけで、その人物はアウラ様に操られてしまっている疑いをかけられてしまう。だからこそ拘束し連行するのだろう。

 

七崩賢であるアウラ様の魔法を解除する方法があるとは思えないが、操られているかどうか判別することはできるのかもしれない。その合理性、徹底ぶりは賞賛に値する。グラナトなどの周辺国とはやはり格が違う。大陸魔法協会の力、組織力なのか。

 

 

「ゼンゼ。もう少し労わってくれると助かるんだが」

「だからこうして運んでいる。私はあなたとは違って平和主義者だ」

 

 

しかしその繪面は滑稽でしかない。老人が少女に見えるような女の髪に雁字搦めにされ、荷物のように連れ去られていくのだから。それをどうでもよさげに見送っているゲナウとファルシュ。本当にこいつらは仲間なのかと思うほどに協調性がない。我が強いのか。魔族も真っ青な個人主義者たち。まだ魔王様に従う分、魔族の方が統制が取れているのではないか。

 

 

「いいないいなー、前もああやって遊んでたんだよ? 今度は私もやってもらおう!」

「わ、私もしてもらいたいです……」

 

 

しかしそれは私たちも同じだ。どうやら以前来た時も同じことがあったのか。リーニエはまるで子供のようにそれに目を奪われている。感性が同じなのだろう。フェルンもまたそれは同じらしい。

 

 

「なるほど。あの老害のお気に入りたちなだけはあるわ」

「…………」

 

 

一連の騒動を、まるで見世物のように愉しんでいる我が主。きっと私と内心は同じなのだろう。しかし唯一違うのが、自分たちにもそれが当て嵌まることを気づいていないであろうことだけ。

 

 

それを口に出すこともできず、リュグナーはただリーニエたちを真似るように押し黙ることしかできなかった────

 

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