ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第六話 「特権」

「アウラ様が、ゼーリエ様から特権を与えられたというのは本当なのでしょうか?」

 

 

瞬間、思わず目を細めてしまう。反射に近いもの。油断と驕りだろうか。まさかそんな話題が出てくるとは思っていなかった。いや、そもそも

 

 

「そんな話、誰に聞いたのよ?」

 

 

そのことを知っている人間などほとんどいない。五十年以上前、あのエルフと二人きりの中で脅迫された際の出来事なのだから。そこでのやり取りは文字通り、私とゼーリエしか知らない。私があの薄情者が与えられるはずだった特権を押し付けられたことも。事実、私はリーニエにすらそれを明かしていない。ならあいつがこいつに漏らしたのか。いや、それこそあり得ない。私と同じか、それ以上にあいつにとってそれは口にすらしたくない過去のはず。だとしたら誰が。

 

 

「レルネンです。レルネンはリーニエ様からお聞きしたのだと」

 

 

その被告人の名が明かされる。それに伴う共犯者まで。思わずそのまま自分の横に控えているリーニエを睨みつけるも、リーニエは黙り込んだまま。隣にいるゼンゼの模倣の賜物。そもそもそれがまずいことだとすら気づいていなかったのだろう。ある意味、この子も被害者なのだから。ようするに

 

 

(ヒンメルのせいってわけね……)

 

 

これは間違いなく、あのお喋りの勇者のせいなのだから。そう、少し考えれば分かることだ。私が特権を譲られたことを知っているのはあいつだけなのだから。それを何かの拍子でリーニエに漏らしてしまったに違いない。容易に想像がつく。それを同じように、以前ここに来た時にでもリーニエは思い出してレルネンに漏らしてしまった。そんなところか。

 

 

「それを鵜吞みにしたってわけ?」

 

 

だからこそ小癪なのはあの命知らずの臆病者だ。それを知っていながら、自らではなくわざわざファルシュを利用して私に問い質してきたのだから。本当にいい性格をしている。どうして人間は老いぼれるとこうなるのか。習性なのかもしれない。

 

 

「はい。ゼーリエ様はお認めにはならなかったのですが」

「でしょうね」

 

 

こいつもこいつでどこかおかしい。それをあの老害に直接確認したらしい。あいつの反応が目に浮かぶ。きっと今の私と同じような顔をしていたに違いない。忌々しい。反吐が出る。これ以上こんな話題に付き合う必要もない。あの老害のように、下らない詮索を切って捨てようとするも

 

 

「アウラ様、約束は守らないといけないんだよ?」

 

 

私にとってのもう一つの天秤、従者がそれを諫めてくる。嘘をついてはいけない。それに並ぶ、約束を守らなければならないということを。それはリーニエにとってはヒンメルからの教えでもある。この子はその教えを今も守り続けてる。もうヒンメルはいないというのに。まさかこの子が私を諫めてくるとは。この子もまた、ヒンメルと同じように私を止める特権を手にしかけているのかもしれない。それに感慨深さを感じるも

 

 

「そう。あんたも言うようになったわね。後で覚えておきなさい」

「……うぉぉん

 

 

それはそれ、これはこれだ。私に逆らったからには相応のお仕置きは覚悟してもらう。ヒンメルのように。その末路を悟ったのだろう。聞いたことのないような鳴き声を上げているリーニエ。魔族の鳴き声だろうか。声真似をする余裕もなくなったのだろう。

 

 

「ええ。その通りよ。押し付けられたわ。それがどうしたのよ?」

 

 

その場で怯え、震えているリーニエをゼンゼが髪で慰めているのを横目に半ば開き直りながら白状する。先と同じように、偽らずに。自分が約束したこととはいえ、嘘をつけないこの子の気持ちが分かった気がした。しかし、そんなことを暴いたところで一体何の意味があるのか。こいつに何の得があるのか。意図が掴めない。それを見定めるためにも、油断なく裁判ごっこの続きを始めようとするも

 

 

「いえ、それだけで十分なのです。私たちが貴方を信じるには」

「…………はぁ?」

 

 

それは、再開することなく閉廷してしまった。私の敗訴、いや勝訴という形で。

 

思わずそのまま口を開けて固まってしまう。こんな醜態いつ以来か。まるで言葉が理解できない獣のように。

 

 

(……私を信じる? こいつらが?)

 

 

何故そんなことになるのか。騙してもいないのに。ならこいつらは勝手に騙されているのか。だがその理由を

 

 

「……ゼーリエ様は、自分が認めた相手にしか特権は与えない。それだけで、私たちにとっては一級魔法使いに等しい。疑う必要もない」

 

 

ファルシュに代わりに、どこか遠慮がちにゼンゼが代弁してくる。ファルシュもそれに頷きながら肯定している。そこでようやく私は理解する。いかに自分が愚かだったか。驕っていたか。天秤だのなんだの持て囃されて、知らず私も油断してしまっていたのだ。忘れてしまっていた。自分が魔族であるということを。

 

 

(そう……まさしく特権ってわけね)

 

 

私は生ける魔導書から与えられる特権の意味を履き違えていたのだ。騙されていたのだ。望む魔法を何でも一つ手に入れることができる。それは人間の魔法使いにとっては己の願いが叶うに等しい。それを求めて、多くの魔法使いが一級魔法使いを目指している。それがあのエルフの狙いでもある。動物の前に餌をぶら下げるのと理屈は同じだ。

 

しかしそれにはもう一つの意味があったのだ。恐らくは当人のゼーリエですら気づいていないであろう意味が。一級魔法使いにとってはそれは望む魔法を手に入れる権利であると同時に、生ける魔導書に認められた証、誇りなのだ。魔族が自らの魔法をそう感じるように。

 

だからこいつらは私を認め、信じると言っている。かつて、魔族である私をハイターとアイゼンが認めたように。私を認め、信じたヒンメルを、ハイターたちが信じたように。

 

そんなことにも気づけないなんて、やはり私は魔族なのだ。リュグナーたちのことも言えはしない。

 

 

「ただ、魔族でそれを与えられているのは貴方だけでしょう、アウラ様。歴史上唯一の一級魔族でしょうか」

「……止めなさい。虫唾が走るわ」

 

 

止めとばかりにそんな忌々しい称号を与えられてしまう。一体何の冗談なのか。悪意があるのかどうかも分からない。こんなことはいつ以来か。天秤であることを装っている自分を取り繕うこともできない。完全にしてやられた。こんなことになるなら、こんなもの受け取らなければ良かった。あいつも同じことを思っているに違いない。

 

 

「差し支えなければ、何の魔法をもらったのかお聞きしても?」

 

 

そんな私の空気は察しているだろうに、さらに追及してくるこいつもいい性格をしている。一瞬迷うもあきらめた。考えるだけ無駄だ。リーニエではないが、せいぜい本音を語ってやるとしよう。

 

 

「……別に。エルフを捕まえる魔法よ。何の面白みもないわね」

「ゼーリエ様にその魔法を望んだのですか?」

「エルフ相手に……?」

「そうよ。何か文句ある?」

 

 

どうやら先ほどまでとは違う意味で驚きを隠せていないファルシュとゼンゼ。そういえばそれを要求した時、あいつも何とも言えない顔をしていたか。別に皮肉でも何でもなかったのだが。今考えれば、あれは喧嘩を売っているに等しかったかもしれない。悪意がない魔族ならではかもしれない。

 

 

「いえ。流石ですね。しかし何のためにそんな魔法を?」

「あ、分かった! フリーレンを捕まえるためだね!」

「──リーニエ」

 

 

その当然の疑問に、私の代わりに思わずリーニエが口走ってしまう。きっとクイズの答えが分かって嬉しかったのだろう。それが何をもたらすか知らぬまま。それを瞬時に悟ったリュグナーがリーニエを叱責している。やはりこの二人はいいコンビなのだろう。当人たちのすれ違いはともかく。

 

 

「フリーレン……葬送のフリーレンのことか?」

「なるほど。それに対抗するための魔法ということですか」

「ええ。ちょっとした因縁があってね。どう? 気になる?」

「いえ、私たちが立ち入る話ではないでしょう。ゼーリエ様がその魔法を譲っているということはそういうことです」

「……そう。話が早くて助かるわ」

 

 

私が勇者一行の魔法使いと敵対するつもりだと明かされたにも等しいにも関わらず、それを全く意に介していないファルシュ。その理由もまたあの老害に騙されているからだ。もはや信仰に近い。一級魔法使いはあいつのお気に入りの集団かと思っていたが、間違っていたのかもしれない。実際はその逆なのだ。あの老害を信仰する者たちが集まっている集団。フリージアと何ら変わらない。

 

 

「ということは……アウラ様も好きな魔法を聞かれたのでは?」

 

 

どうやらあの老害は、そいつらに似たような嫌がらせを行っているらしい。特権を与えるための試験なのか。直感がどうのこうの言っていたが、無駄なことを。いちいち選抜試験なんてせずに全部面談にすればいいだろうに。

 

 

「ああ、そういえば聞かれたわね。花畑を出す魔法って答えたけど、気に入らなかったみたいね。自分も好きな魔法のくせに」

 

 

鼻を鳴らしながら、思わずその時のことを思い出してしまう。わざわざ一人で来るように誘き出され、魔力で威圧しながら脅された屈辱。やっていることは魔族と同じだ。望み通り答えてやったというのに、それが気に入らないと認めないのだから。子供のような奴。後でそれがあいつも好きな魔法だと知らされた時は心底呆れたものだ。他の受験者にも同じようなことをしているに違いない。

 

 

「……貴方はその魔法が使えるのか?」

「? 当たり前でしょう? どうしてそんな嘘つくのよ」

 

 

ぽつりとゼンゼがそんなことを聞いてくるが、首を傾げるしかない。そんな嘘をついて何になるのか。そんなことをしても何の得にもならない。無駄でしかない。

 

だがそれを疑っているのか。ゼンゼもファルシュもそのまま私に視線を向けたまま。どこか居心地が悪い。魔族のことを信じるなと散々言ってきた手前、おかしいのは分かっているが。ここまで疑われては面白くない。

 

 

「……いいわ。フェルン、見せてあげなさい」

 

 

なのでそれをフェルンに命じる。まるで魔力を隠匿するように気配を消していた我が一番弟子。外交の邪魔をしてはいけないと思っていたのだろう。しかしその口と手についているお菓子の食べかすは隠しきれていない。本当にどれだけ図太いのか。一度本気でお仕置きしなければいけないかもしれない。

 

 

「…………」

「フェルン? どうしたのよ」

 

 

そのまま一度私の顔を見つめた後、フェルンは黙り込んでしまう。一体どうしたのか。リーニエほどではないが、この子は私に逆らうことはない従順な子だというのに。それがいつまで続いたのか。

 

 

「私も久しぶりに、アウラ様の魔法が見てみたいです」

 

 

私は、一番弟子にも反逆されてしまう。まるでハイターやアイゼンのように。従えたはずなのに、全く言うことを聞かないあいつらのように。どこか楽しそうに。やはりこの子は勇者一行の系譜なのだ。少しだけシュタルクに同情してやってもいいぐらいに。

 

 

「……そう。どいつもこいつも」

 

 

これ以上は時間の無駄だと判断し、手をかざし、魔法を解き放つ。瞬間、目の前のテーブルを埋め尽くすほどの蒼月草が咲き乱れる。その二つ名を持つ魔法使いがいるというのに、何故私が。最近はフリージアの花の管理もこの子に押し付けていたのに。だがやはり私は魔族なのだ。久しぶりでも、魔法を忘れたりはしない。この魔法だけは。

 

 

「これは……」

「素晴らしいですね。ゼーリエ様にも見せて差し上げたいぐらいです」

「揃いも揃って物好きな奴らね」

 

 

それを前にした連中の反応もまた同じだ。どうして人間というのはこんなにもこの魔法が、花が好きなのか。揃いも揃って騙されてしまっている。何の役にも立たない魔法だが、人間を騙すのには役に立つのだろう。さっきまで私やリュグナーが言葉で必死に騙そうとしていたのが馬鹿みたいだ。

 

 

『僕たちにとっては違うのさ。言葉にはできない気持ちを伝えるのに、贈り物をするんだ』

 

 

その魔法を私に押し付けた、誰よりもその魔法が好きだった勇者の言葉が蘇る。それに私がどう答えたのかも覚えている。

 

だが目の前の連中には言葉で伝えるよりも、こっちの方が伝わったらしい。千の言葉よりも、一つの花の方が。本当に愚かで、暇な人間たち。

 

 

「なら次は私の番ね。あんたたちは何の魔法をもらったのよ?」

 

 

けれどやられっぱなしは私の性に合わない。なのでやり返してやることにする。散々人の魔法を弄ってくれたお礼だ。さぞ崇高な魔法をもらったのだろう。そんな私なりの悪意を込めた仕返しは

 

 

「私は『声が自在に変えられる魔法』です」

 

 

そんな理解できない、ファルシュの答えによって霧散してしまった。

 

 

「……? そんな魔法何に使うのよ? 誰かを騙すため?」

 

 

一瞬呆けながら、そう聞き返すしかない。私は特権に何をもらったかを聞いたはずだ。聞き違いだろうか。そんな魔法を何に使う気なのか。花畑を出す魔法よりも役に立たないだろうに。あるとすれば、誰かを騙すためか。魔族のように。だがそれは

 

 

「いいえ。ゼーリエ様の声が出せるようになりたかったのです」

「…………何よそれ。気色悪いわね」

 

 

魔族はおろか、人間にも理解できない理由だった。意味が、分からない。どころか何故か恐怖すら感じる。理解できない恐怖。きっと私だけではないのだろう。見れば他の者も同じような反応を示している。なのにこいつは何も気づいていない。間違いない。こいつはあいつの弟子。変わり者。変人なのだ。

 

 

「ねえねえ、ゼンゼは何をもらったの?」

 

 

唯一の例外であるリーニエはそのまま髪に絡まれながらゼンゼに迫っていく。リーニエからすれば遊んでもらっているつもりなのだろう。それをどこか呆れながら見つめているゼンゼ。そのまま答えなければ、逃れられないと悟ったのだろう。

 

 

「…………『ぐっすり眠れる魔法』」

 

 

あきらめるように、目を伏せながらぽつりと自らがもらった特権を明かす。それもまた、とても特権とは思えないような、下らない魔法だった。

 

 

「……あんた、寝不足なの? それでそんなに眠たそうにしてるってわけ?」

「…………」

「いいなーいいなー。私にも今度かけてくれる?」

「あんたはいつもすぐ寝てるじゃない」

 

 

呆れながらそう問い詰めるも、都合が悪いからなのか、ゼンゼは黙り込んでしまう。会った時から気怠げにしているが、寝不足が原因だったのか。そのためにそんな魔法を欲しがったのか。だとしてもそれが解消できていないのでは意味がないのでは。腑に落ちない点が多いが、リーニエにとってはどうでもいいのだろう。羨ましがっている。もっとも、この子には一番必要ない魔法だろう。子供のようにすぐ寝るのだから。居眠りも日常茶飯事だ。

 

 

「あんたたちは揃いも揃って……特権を何だと思ってるのよ」

 

 

色々と言いたいことはあるが、今この瞬間だけはあの老害に同情してやってもいい。満を持しての特権の授与が、こんな下らない魔法ばかりでは。きっとそれをねだられるたびに、不細工な顔を晒していたに違いない。

 

 

「……そうですね。いつもゼーリエ様に言われます」

「きっとここにいらっしゃれば、同じことを言われただろうな」

「……私はゼーリエじゃないわよ」

 

 

それをどこか当たり前のように受け入れているこいつらはやはりおかしいのだろう。その物言いもどこかの誰かを彷彿とさせるもの。あいつと私を同一視するなど。これ以上にない侮辱でしかない。そんな中

 

 

「お待たせしました。面白そうな話をされていますね。私たちもご一緒しても?」

 

 

その当人がしれっと姿を現してきた。その後ろにはゲナウの姿もある。同時に既視感。間違いない。こいつは外で盗み聞きしていたのだ。そのやり口はどこかハイターを彷彿とさせる。老人というのはどいつもこいつも人生を謳歌しているのだろう。いいご身分だ。

 

 

「よく言うわね。一級魔法使いってのは変人の巣窟なわけ?」

「そのようなことは。私たちの特権については聞いて下さらないので?」

「そんな無駄なことはしないわ。ゲナウは答える気はないでしょうし……そもそもどうせあんたは特権なんてもらってないんでしょ?」

 

 

売り言葉に買い言葉。これ以上それに乗る気はない。そもそも聞くまでもない。こいつが特権をもらっていないのは明白なのだから。

 

そんなことはあいつの思考を、習性を考えれば分かることだ。あいつは子供、素直ではない。嘘つきなのだ。つまり逆なのだ。あいつは特権を求める魔法使いを求めてはいない。特権をいらないと言える魔法使いをこそ欲している。それこそがレルネンが最初の一級魔法使いであり、一番弟子である理由。それがかつてあの薄情者に特権を無下にされたことに対する皮肉なのかどうかはさておき。

 

 

「────流石はアウラ様。感服いたしました。心からの敬意を」

「いい迷惑ね」

 

 

本当に面倒な師弟だ。こいつらに関しては万の言葉があっても足りないだろう。それに巻き込まれるこっちは堪ったものではない。勝手にやればいい。

 

 

「茶番はもういいわ。さっさとあの老害のところに案内なさい。私は暇じゃないのよ。あいつと違ってね」

「では。ゼーリエ様も心待ちにしておられます」

「どうしてそんな嘘つくの、レルネン?」

 

 

椅子から立ち上がり、そう命ずる。下らないごっこ遊びはここまで。これからはあの老害のごっこ遊びに付き合わなければいけないのだから。

 

 

そのまま天秤は導かれていく。生ける魔導書の元へと。その予言を覆すために。自らの配下だけではなく、一級魔法使いも引き連れながら────

 

 

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