ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第七話 「禁忌」

「まさか本当に来るとはな。まだ飽きもせず勇者の真似事を続けているのか?」

 

 

不遜に、挑発的にそんな言葉が浴びせられる。私にそんなことができるのはこいつぐらいだろう。五十年以上前から何も変わっていない。容姿も、魔力も、態度も。玉座からこちらを見下ろし、見下している。曰く神話の時代から生きているとされるエルフ、生ける魔導書の二つ名を持つ、大魔法使いゼーリエ。

 

その絶大な魔力に思わず身震いする。魔族であれ人間であれ、魔法使いならば逃れられない本能。相変わらずふざけた魔力だ。分かっていてもその場を逃げ出したい衝動が湧き上がってくる。やはり私は魔族なのだろう。だが

 

 

「さあ、どうかしら? あんたこそ、ご自慢の直感が外れて残念だったわね」

 

 

それを抑え込みながら、平静を装いながら言い返す。挑発的な笑みと共に。かつてこいつに別れ際に言われた予言。もう二度と会うことはないと偉そうに語っていたこと。それを覆してやった形。もっともこっちも会いたくて来たわけではないのだが。

 

そんな私を前にして、どこか値踏みするようにゼーリエはこちらを見据えている。相変わらずこちらを見透かすような嫌な目だ。

 

私とこいつの魔力がその場を支配する。大魔法使いに大魔族。それに巻き込まれれば、並みの魔法使いであれば戦意を喪失し、逃げ惑うだろう。魔王様を前にした魔族のように。しかし、この場にいる者は誰一人逃げ出すことはない。何故ならここにいるのは、人間の魔法使いの最高峰たちなのだから。だというのに

 

 

「……お前たちは何をしている? ふざけているのか」

 

 

それを束ねる人類最高の魔法使いは不機嫌そうに憤っている。私たちにではない。控えている一級魔法使いたちに向かって。無理もないだろう。

 

 

「面目ありません。アウラ様から花を頂きまして」

 

 

その一人であるファルシュがその胸に花を、蒼月草を刺し、その手にはそれで作った花束を抱えているのだから。恐らくはゼーリエへの贈り物なのだろう。やはりこいつはどこかずれている。ゼーリエからすれば私に懐柔、騙されているように見えておかしくないというのに。

 

 

「相手は魔族だぞ。分かっているのか」

「…………」

「だんまりか。都合が悪い時はいつもそうだな」

 

 

ゼーリエのもっともな指摘に、ゼンゼも黙り込んでしまっている。その頭に花の冠を被り、髪にはこれでもかと花飾りがつけられている。言うまでもなくリーニエの仕業だ。それにしてもやりすぎだろうが。

 

それに呆れているゼーリエに思わず共感してしまう。いや、同族嫌悪だろうか。私もリーニエを相手に散々同じことをさせられているのだから。やはり本物は偽物とは違うのだろう。

 

 

「いや、魔族もどきの間違いだったな。実に下らん」

「酷い言いようねぇ……せっかくあんたの好きな魔法で出してやったのに」

 

 

自らの弟子たちの醜態を棚に上げて、こちらを愚弄してくるも威厳も何もない。言うことを聞かずに好き勝手する配下たち。どこかで聞いたような、身に覚えがある気がするが気のせいだろう。

 

だが相変わらずこいつは嘘つきなのだろう。素直ではないのだ。子供みたいなやつ。せっかく私が直々に出してやったというのに。魔法が好きなのではなく、この魔法が好きだった奴が好きなだけなのかもしれない。

 

 

「ふん。のこのこと何をしに来た。殺されに来たのか?」

「まさか。命乞いに来たのよ。ちゃんと手紙を送ったでしょう?」

 

 

売り言葉に買い言葉。およそ外交の場とは思えないやり取り。もっとも、相手が誰であれ、こいつの態度は変わらないだろうが。それを以前目の当たりにしている。

 

こいつからすれば私がここにやってくる理由が分からないのだろう。こいつは人間たちとは比べ物にならないほど魔族に精通しているのだから。ちゃんと手紙にそう書いていたはずだが、こいつはそれを疑っているのだろう。

 

 

「あれが命乞いだと? 魔族は命乞いもできなくなったのか。宣戦布告の間違いだろう」

「お気に召さなかった? 私が前あんたに送り付けられた手紙を真似しただけよ」

 

 

せっかく以前にされたことをそのままし返してやったというのに。箱庭時代に、こちらに脅迫状を送り付けてきたことをもう忘れてしまっているのだろう。年は取りたくないものだ。私なりの贈り物だったのだが、お気に召さなかったらしい。いい気味だ。

 

 

「口の減らない奴だ。それでこんなにもぞろぞろ引き連れてきたわけか」

 

 

それに付き合うことが無駄であることにようやく気付いたのか。つまらなげにゼーリエは私の後ろに控えている従者たちに目を向ける。かつてはそこには勇者一行がいたのだが、時の流れは早い。まさかこんなことになるとは。だがそれはおそらく

 

 

「あ、お婆ちゃん久しぶり! 元気だった?」

 

 

本当に久しぶりに祖母に会った孫のように喜んでいるリーニエを前にしたゼーリエに比べれば、なんてことはないだろう。

 

リーニエはそのまま無邪気に、悪意なくゼーリエへと近寄っていく。それに控えていた一級魔法使いたちに緊張が走る。当たり前だ。リーニエは魔族であり、剣士でもある。いかなゼーリエと言えども、戦士の間合いに入ればただでは済まない。しかし

 

 

「お前か」

「お前じゃないよ、リーニエだよ?」

 

 

それを咎めることもなく、警戒することもなく見逃しているゼーリエによって無駄な心配だったのだと皆が悟る。いや、驚いているのか。もしかしたらお婆ちゃん扱いの方にか。レルネンとゼンゼはそれを知っているからなのだろう。それ以外の者たちからすればそれは信じられない光景に違いない。ある意味、リーニエはあのゼーリエすらも騙しているのだから。生ける魔導書であっても、それは例外ではないらしい。老害だからこそか。

 

 

「……話の邪魔だ。向こうに行っていろ」

「っ! うん! ありがとうお婆ちゃん!」

 

 

そんな私たちの視線に気づいているのかどうか。その手に魔法によってたくさんのリンゴを生み出し、まるで犬におやつを与えるような仕草でリーニエを追い払ってしまう。ない尻尾を振りながら、リーニエは嬉しそうにそれを受け取り、しゃくしゃくと齧り始めてしまう。

 

 

「随分手懐けてるわね、お婆ちゃん?」

「飼い主の躾がなっていないな」

 

 

思ったよりもリーニエに絆されている、らしくなさを皮肉るも、まったく堪えていない。どころか言い返されてしまう。そこでお母さんではなく、飼い主という言葉が出てくるのがこいつらしい。やはりエルフは魔族寄りなのだろう。

 

しかし流石は年の功と言ったところか。老人扱いされても全く動じることはない。どこかのエルフのように三日三晩泣くような醜態を晒す心配はないらしい。むしろ喜んでいるのではと思えるほど。

 

 

「だが、もどきではない魔族も紛れ込んでいるようだな」

 

 

瞬間、空気が、魔力が変わった。その声色も。視線も。その瞳には何もない。久方ぶりに感じる、魔族を、言葉を話す猛獣としか見ていない者のそれ。

 

それが私でもリーニエでもない。この場にいる、異端ではない、本物の魔族へと向けられる。

 

 

「……リュグナーと言います。以後お見知りおきを。ゼーリエ様」

 

 

その身を晒されながら、リュグナーは一歩前に進み、そのまま深い礼を見せる。堂に入った、ここにいる誰よりもゼーリエを敬っているであろう動き。しかしそれがまやかしであることを、ゼーリエも、私も見抜いている。だからこそ

 

 

「────その必要はない。お前にチャンスをやろう。今すぐここから消えろ。そうすればお前だけは見逃してやってもいい」

 

 

それまでの魔力が、威圧が児戯に思えるような圧倒的な魔力の殺気をゼーリエはリュグナーに突き付ける。それは魔族にとっては死を意味するほどの物。その姿にかつての魔王様が重なる。服従か死か。こいつに比べれば、私の威圧や脅しなど子供騙しだろう。

 

魔族にそれに抗うことなどできはしない。同族ではないとしても、そんなことは何の関係もない。こいつを前にすれば、戦うという選択肢すら浮かばない。あるのは逃げるか命乞いするかだけ。だというのに

 

 

「────」

「どうした、逃げないのか。まさか私と戦うつもりか?」

 

 

リュグナーは頭を下げたまま、微動だにしなかった。その表情には、魔力には乱れはない。自然体そのもの。いかに血液を操る魔法を使えるとしても、魔力までもは欺けない。魔族がそれを包み隠すことができないように。それに例外はない。すなわち

 

 

「そんなことは決して。私はアウラ様の側近であり護衛です。それを置いて逃げるなどあり得ません」

 

 

リュグナーは、その魔族の殻を打ち破った。魔族としての己を騙しきっていることに他ならない。リーニエと同じように。忠義という名の嘘によって。主君である私ですら、欺いてしまうほどに。

 

 

「……つまらん。こっちの躾はできているようだな」

 

 

それをどこまで見抜いたのか。それともこうなることまで分かっていたのか。その魔力を収めながら、退屈そうにゼーリエは言葉を漏らしている。本当にふざけた奴だ。やっていることは魔族と、魔王様と変わらない。言わば魔族の一級試験、面談のようなものだ。結果的にそれを覆されてしまったので拗ねているのだろう。それに巻き込まれたリュグナーからは堪ったものではないだろうが。その内心がどうなっているかも。これが終わったら褒美にそれを弄ってやるとしよう。そんな風に考えていると

 

 

「そこにいる小娘はなんだ? お前の非常食か?」

 

 

どうやら今度はそれが目に留まったらしい。魔族の中に紛れ込んでいたからか。それともあまりの存在感のなさ故か。恐らくは後者だろう。育ての親にもそう言われてしまう子なのだから。もっとも、今は違う意味で存在感を増しているのだがそれはそれとして。

 

 

「ええ。私の獲物よ。あんたに分かるように言うなら、一番弟子かしら?」

「弟子……? ふざけているのか」

「まさか。私はそんな嘘はつかないわ。あんたと違ってね。エルフが人間の弟子を取るのと同じようなものよ」

 

 

同じようにこっちの罠に引っかかった老害に、分かりやすく教えてやる。こいつだからこそ理解できる言葉で。暗に同じだと伝えるために。そんな私の答えに明らかに困惑が見て取れる。それもそうだろう。弟子なんて言葉、魔族から出てくるなんて夢にも思わないに違いない。当の私ですらそうなのだ。神話の時代から生きているこいつからすれば天地がひっくり返ったようなものだろう。だがまだ甘い。

 

 

「……お前、何を見ている?」

「え? いえ、エルフの方は初めて見るので、つい……」

「観光にでも来ているつもりか。見世物ではない」

 

 

目の前にいる人間の魔法使いは、さらにそれをひっくり返しかねない存在なのだから。

 

言われてようやく気付いたのか。そんな気の抜けるようなことを口にしているフェルン。この状況で、そんなことに気を取られていたらしい。さっきまでリュグナーが命を懸けたやり取りをしていたというのに。我が弟子ながらどんな神経をしているのか。一周回って本物だろう。私を遥かに超える魔力を放っている魔法使いを前にしても平然としている。この子からすれば観光と変わらないのかもしれない。見世物小屋のエルフを見ているようなものか。悪意がない分、私よりもよっぽど悪辣だろう。それも

 

 

「す、すみません……でも制限されていてもこんなにすごい魔力なので。エルフの方はみんなされていることなのでしょうか?」

 

 

無自覚にこちらの魔法使いの常識を、誇りを覆してくる本物の天才だからこそ始末に悪い。

 

 

「────」

 

 

瞬間、その場にいる全ての魔法使いが息を呑んだ。例外の魔族だけがしゃくしゃくと一心不乱にリンゴに齧りついているが、これは例外だ。

 

ゼーリエだけではない。むしろ一級魔法使いたちの方がざわついている。当然だろう。誰がこれほどの馬鹿げた魔力が、制限されたものだと思うのか。その揺らぎは私にも見抜けない。あのレルネンも例外ではない。なるほど。ゼーリエはレルネンにも魔力の制限を明かしていなかったのか。こいつらしいと言えばこいつらしい。ゼーリエのことだ。きっといつそれを見抜かれるのか愉しんでいたに違いない。

 

 

「まさか、見えているのか?」

「はい。リーニエ姉さんよりも自然だったので、揺らぎが中々見えなかったです」

 

 

明らかに先ほどまでとは違った眼を見せながら、ゼーリエはフェルンを問い質す。魔族風に言うなら、絶好の獲物を見つけたようなものか。自分が狙われていることに気づくこともなく、能天気に答えているフェルン。どうやらエルフが珍しいだけでなく、その魔力の揺らぎを見ようと目を凝らしていたらしい。リーニエの偽装を常に目の当たりにしていたからか。それに加えて、この子自身の魔法使いとしての才だろう。当の本人はそれがどれだけの偉業であるか分かっていないようだが。

 

 

「お前、名前は?」

「え? えっと……その、フェルンです」

 

 

吊り上がっている口元に気づくことなく、どこか興奮した様子でゼーリエはその名を問うてくる。それによってフェルンは戸惑いながら周りをきょろきょろしている。リーニエの次に、リュグナー、そして私に助けを求めるように。挙動不審そのもの。

 

だがそれはゼーリエの変化に気づいてのものではない。ただ単に、いつもの名乗りをした方がいいのか、迷っていただけ。それを仕込んだリーニエはおやつに夢中、リュグナーはそれどころではない。私もあえてそれを知らない振りをする。結果、フェルンは普通に挨拶をしている。流石にこの場でヒンメルの真似をするのは憚られたらしい。ヒンメルなら喜んでしただろうが。

 

そうとは知らず、生ける魔導書は告げる。天賦の才を持つ者を前にして。

 

 

「そうか。フェルン。お前私の弟子になれ」

「え? 嫌です」

 

 

だがそれは、何の迷いもなく、あっさりと断られてしまった。

 

 

「…………」

 

 

それは一体誰の沈黙だったのか。ゼーリエだけではない。むしろ一級魔法使いの連中だろう。ゼーリエの行動が何を意味しているか。それを知っているからこそか。魔法使いにとってゼーリエの弟子になることがどれだけ困難で、名誉なことか。それを理解しているからこそ、それを何の惜しげもなく行ったゼーリエにもだが、何の遠慮もなく断るフェルンの方に驚いているのだろう。私でもそうなのだから。

 

 

「悪いようにはしない。私ならお前を高みに導ける。そこにいる魔族よりもだ。望む魔法も授けてやろう」

 

 

それでもあきらめきれないのだろう。あの老害にとっては、恐らく自らの欲求を、退屈を紛らわせてくれる絶好の獲物なのだから。逃す手はない。例えそれが私のお手付きであっても。私たちが、魔族の欲求に抗えないように。とっておきの特権までちらつかせている。しかしそれすらも

 

 

「ありがとうございます。でも私はアウラ様の弟子なので」

 

 

フェルンにとってはどうでもよかったらしい。まるで食事に誘われたのを断るような気軽さでそれを固辞している。この子には野心というものがない。きっとこの子にとってそれは終わったものなのだろう。一番岩を打ち抜いた時から。だからこそ特権に釣られることもない。必要としていない。かつてヒンメルが言っていたように。夢は追い求めている時が一番楽しいのだからと。だが

 

 

「あ、でももらえる魔法には興味があります。お洗濯の魔法はありますか?」

 

 

この子はゼーリエはおろか、私の想像すら超えていたらしい。

 

 

「…………正気か、お前? そいつは魔族だぞ」

「はい。それがどうかしたのですか?」

 

 

見るに堪えない醜い顔を晒しながら、ゼーリエはフェルンの正気を疑っている。きっと一級魔法使いに下らない魔法を願われた時以上の醜態。弟子入りを無下にされたにも関わらず、特権だけは欲しいと言える強欲さにか。それとも魔族の弟子になっていることにか。恐らくは両方だろう。しかしそのどちらにも気づけていない。この子にはそれが当たり前なのだから。

 

人間だろうが、魔族だろうか、エルフだろうが関係ない。自分にとって大切かどうか。それがこの子の行動原理。ようするに雑なのだ。

 

 

「…………もういい。せいぜい寝首をかかれないように用心することだ」

 

 

それに呆れたのか、あきらめたのか。ゼーリエはどこか遠くを見るようにそう言い放つ。その姿にかつてのこいつの姿が重なる。確かフランメか、フリーレンのこと話していた時もこうだったか。そういえば、奇しくもフェルンはあの薄情者と同じことをしたことになるのか。ゼーリエからすれば頭も痛くなるだろう。わざわざ見せびらかすために連れて来た甲斐があったというものだ。せいぜい羨ましがるがいい。

 

 

「本人の目の前で弟子を横取りしようなんていい度胸ね」

「申し訳ありません。ゼーリエ様の我が儘は今に始まったことではないので。ご容赦を」

「レルネン。お前、どっちの味方だ。操られているんじゃないだろうな」

「お言葉ですが、今のはゼーリエ様が悪いかと。それとエーデルに診てもらっているので間違いありません」

「……本当にお言葉だな、レルネン」

 

 

止めとばかりに一番弟子に窘められている大魔法使い。本当に敬われているのかどうかも怪しい。面倒を見てもらっているの間違いではないのか。どうやらエーデルなる者が私の魔法の真偽を量っているらしい。後で情報を収集させるとして、レルネンの奴は本当にいい空気を吸っている。操っていたとしてもここまでゼーリエを手玉にとれるのはこいつだけだろう。

 

 

「下らん茶番はもういい。さっさと要件を言え。まさか弟子を自慢するためにこんなところまでやってきたわけではあるまい」

「あんたじゃあるまいし、そんな暇なことはしないわ。手紙に書いてあったでしょう。あんたに特権を返しに来てやったのよ」

 

 

嘘ではない嘘をつきながら、本題に入ることにする。それも嘘ではないが、物のついでだ。私の目的は二つあった。一つは命乞い。先日こいつに送り付けた手紙がそれだ。報復、仕返しでもある。こいつにとって、一番の屈辱になるであろう方法で。

 

 

「どういう意味だ?」

「──ふふっ。リュグナー、あれを渡してやりなさい」

「は」

 

 

明らかにこちらを訝しんでいるゼーリエの顔に、思わず笑みが零れてしまう。自分がこれからどんな目に会うのか、分かっていない愚かな獲物の姿。それがどんな反応を示すか。分かっていても逸る気持ちが抑えられない。

 

そのままリュグナーに命じる。それを待っていたのか。淀みなくリュグナーはそれを取り出し、ゼーリエへと差し出す。丸められた書簡、いや書状か。私が命じ、リュグナーに持って来させた物。

 

 

「…………」

 

 

一層の怪訝さを見せながら、それでも不遜にゼーリエはその指を動かし、魔法によって書状を浮かせ、自らの元へと引き寄せる。何かしらの罠だと思っているのか。一級魔法使いもそれは同じなのだろう。私のことを信じる云々とは違う領域で、不穏さを感じているに違いない。だがその書状には何の魔力も仕掛けもない。呪われてもいない。だが、ゼーリエにとってはまだそっちの方がマシだったに違いない。

 

 

それを広げ、内容に目を通した瞬間、魔力が荒れ狂った────

 

 

物理的に吹き飛ばされてしまうのではと思えるほどの、恐らくはフリーレンですら見たことのない、大魔法使いゼーリエの全力の魔力。リーニエもその手にあるリンゴを落としてしまうほどの、この世の物とは思えないもの。

 

 

「……お前、ふざけるなよ。何だこれは」

 

 

本当ならその場でその書状を破り捨てたい衝動を抑えているのだろう。魔法使いとしての誇りを侮辱された顔を見せながら、ゼーリエはこちらを射抜いてくる。それを一身に受けて、私もまた命の危機を感じ、戦慄する。同時に、それに勝るとも劣らない恍惚を。

 

 

体が震えあがる。それがこんなにも愛しい。まるで初めて服従から解き放たれた時のようだ。やはりこうでなくてはいけない。私は魔族なのだから。

 

 

「言ったでしょう? 特権(魔法)をくれてやるって。あんたがいつもしていることじゃない」

 

 

嘲笑いながら告げる。そう、これが私なりの仕返し、報復、命乞いだ。相手を真似し、騙すこと。魔族の本質。ならこいつには、これが相応しい。

 

それは書状ではなく、魔導書だった。たった一つの魔法が綴られた物。それを与えてやる。こいつがいつもしていることだ。

 

魔法使いの人生の結晶ともいえる自らの魔法を切り崩して他者に与える。本当に下らない、無駄な魔法。自分に返るものが何もない、無価値な魔法。だからそれを模倣してやろう。汚してやろう。

 

違うのは、私が与えたそれは、一級魔法使いたちが欲したような下らない魔法ではない。文字通り、世界を殺す魔法なのだから。現代の防御魔法でもっても、防ぐことができない。人類の魔法史を過去にする魔法。その名は

 

 

人を殺す魔法(ゾルトラーク)を殺す魔法』

 

 

私が偉大な賢老によって蘇らせた、かつて南側諸国を地獄に変えた、人類にとっての禁忌の魔法だった────

 

 

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