「あ、もう来られていたんですね。おはようございます、フランメ様」
扉が開く音と共に、来客が姿を見せる。いや、そうではない。何故ならその人間の女はこの場所の主なのだから。ここフリージアの魔法科における管理者、ようするにこの場におけるもっとも地位が高い者。魔力ではない、魔族には理解できない階級という名の理不尽。しかしその身なりは魔族である自分から見ても褒められたものではない。起きてすぐなのではないかと思えるような寝癖のついた髪に、乱れた服装。この場にリュグナーがいれば窘めていたに違いない。
「うむ。お主も早いのう。ゾンダ」
ゾンダにそう挨拶し返す。言葉によるもの。それに違和感はない。もはや自分にとっては日課であり、習性だ。どんなに珍しいこと、慣れないことであってもそれが続けば当たり前になってしまう。生物ならすべからくそうなのだろう。だからこそ、その呼び名にも慣れてしまっていた。そう呼ばれても、淀みなく返事ができてしまうぐらいには。だとしても
「だがその呼び名は止めてもらおうかの」
やはり思うところがないわけではない。儂はフランメではなくクヴァールなのだから。
「? 気に障られていたのですか?」
「いや、そうではないが。このままでは自分の名を忘れてしまいそうじゃしのう。今はアウラもおらぬ。誰も気にはせん」
「なるほど、納得です!」
どこかきょとんとしながら見当外れのことを聞いてくるゾンダに嘘偽りなく答える。名前など所詮ただの呼び名だ。他人と自分の区別がしやすいから行っているだけ。その証拠に、自分の名前をどうやって決めたのかも覚えてはいない。自分でつけたのか、誰かにそう呼ばれたのか。ただこのまま偽りの名で呼ばれ続ければそれも忘れてしまいかねない。そう思ってしまうほどには執着があったらしい。
(フランメ、か……随分面倒な名前を付けてくれたものじゃのう)
顎に手を当てながら、今この場には、国にはいないアウラを思い出す。偽名。その名の通り名を偽ること。それがフリージアで儂が生きていくための条件の一つ。しかしその名に、人間の魔法使いの名を騙らせるところがあいつらしいのかもしれない。
『大魔法使いフランメ』
魔族の儂ですらその名を聞いたことがあるほどの人間の魔法使い。曰く人類の魔法の祖だったか。魔族のものだとされていた魔法を、人類に授け、広めた偉人。そんな名前を名乗らせる時点で偽物だと白状しているようなものなのだが、もはや意味などないのだろう。儂を直接見知っている者もほとんど残ってはいない。それほどに、人間たちにとって八十年という時間は長いのだ。それをここフリージアに捕らえられてからは実感している。たった三年で。儂らにとっては取るに足らない時間でも、ここフリージアでは違うのだ。その速さに合わせるのは老体には骨が折れるが。
「しかしアウラ様もおられないのに、フラ……ごほんっ、クヴァール様はここで研究をされているのですね」
その象徴ともいえるのが、目の前で落ち着きなくぶつぶつ独り言のように喋っているゾンダだ。ここ魔法科で宮廷魔法使いなるものの真似事を命じられている自分にとっては、必然的に一番接することが多くなる人間。
人間で言えばまだ若いにも関わらず、組織の一角を任されていることから、アウラの期待が窺える。魔力も乏しいこんな魔法使いを何故重用するのか。最初は疑問だったが、だんだんとその理由も理解できてきた。
その片鱗を最初に感じたのはその物怖じのなさだったか。自分の姿、魔力を前にしても全く臆することがなかったのだから。普通の人間であれば、まず儂の姿を見て恐怖しない者はいない。他の魔族と違って、自分の姿は人間のそれからかけ離れている。まさに化け物だろう。加えてその魔力は絶大だ。大魔族である証であるそれを見れば、魔族でなくとも魔法使いは恐れおののく。事実、儂がやってきてから、魔族はもちろん、人間の魔法使いたちも儂を恐れ、近づいてこようとはしない。
しかしゾンダはそうではなかった。まるで珍しい動物を見つけたかのように、こちらに構ってくる。まるでリーニエのように。魔力を感じていないからではない。感じた上でそう振舞っているのだから。表面上は繕ってはいるものの、あのリュグナーですらまだそれができていないのだから。好奇心の塊のような存在。変わり者なのだろう。
「命じられておるからの。逆らえば首を落とされるのもあるが、魔法使いであるなら当然のことじゃ。あいつのように言うなら、趣味かのう」
本人に自覚があるのかは分からないが。戯れにそう返事をする。ここ魔法科で魔法を研究し、他の魔族に魔法を指南すること。それがアウラに命じられたことである以上、従うのは当然だ。逆らえば、首を落とされかねない。断頭台と呼ばれることはなくなっても、あいつの性根は変わってはいない。人間の裁判の真似事をしながら、人間も魔族も関係なく首を落としているのを見て確信した。むしろ無造作にそれを振るっていた頃よりも厄介だ。あの頃のままなら、この服従から脱することも難しくはなかっただろうに。
服従させられているとはいえ、人間たちのように妄信しているわけではない。自分よりも魔力に劣るアウラに従っているのはその魔法の力によるものだ。反逆を狙っているのも変わらない。寝首をかくことも。だがそれが限りなく困難なことも理解している。
(ルールに隙があれば突けたのだが、抜け道を全て防がれてしまってはのう)
今のアウラの服従の魔法は完璧に近い。その魔法の効力ではなく、扱い方が。論理と言ってもいい。相手に自由意思を残しながらも、反逆を許さず、意のままに動かざるを得ない状況に支配している。いくらアウラが八十年人間に隷属させられ、人間の知識を学んだとしてもあり得ない。
間違いなく、人間を利用しているのだ。その知識を、力を。己の魔法の使い方すら、人間に指南させているに違いない。人間を下に見ている魔族ではあり得ないこと。それによってアウラは自らの魔法を遥か高みへと至らせている。極めているといっても過言ではないほどに。天秤のアウラか。良く言ったものだ。
(何よりも嘘をつくのが上手くなっておる……まさか勇者一行まで騙しておるとは)
その最たるものがかつての勇者一行。その僧侶と戦士を従えていることだ。正確には、それを服従の魔法を使わずに従えていることか。恐らくはリュグナーですらまだ気づいていないだろう。儂ですらそれに気づけたのはつい最近なのだから。それは魔族である故に避けられないもの。
リーニエが倣い、フリーレンが行っているという魔力の偽装と理屈は同じだ。まさか服従の魔法を持つ魔族が、それを使わずに相手を服従させているなど誰が想像できるのか。魔法使いとしての誇りも、魔族としての矜持も全て捨て去ってしまっている。嫌悪を通り越して恐怖すら感じる。
もはやあやつは魔族ではないのかもしれない。騙されているのかもしれない。かつての魔王様と比べても異質な存在。ここフリージアに捕らわれた魔族も、人間も気づいていないのだろう。自分たちが騙されていることに。支配されていることに。その死後に解放されるかどうかも怪しい。儂らは自分たちが知らぬ間に、命令されているかもしれないのだから。何をきっかけに自害させられるか分かったものではない。
「アウラたちはオイサーストとかいう場所に向かったらしいが……お主は行ったことがあると言っておったの」
「はい。楽しいところですよ。こことは比べ物にならないほど大きな図書館もありますし、人類の魔法の叡智の集まる場所ですから!」
その事実をわざわざ目の前のゾンダに教える意味もない。こやつがどうなっても儂には関係ないのだから。研究の準備の片手間にそう話題を振る。情報収集のためであり、こやつの興味を引くために。
数日前、アウラたちが向かった先。確かオイサーストとか言ったか。人間の魔法使いの管理団体、大陸魔法協会と呼ばれる組織がある場所。いわば人間で言うエンデ、魔王城のような物だろうか。そんな場所にわざわざ向かうなど、死地に向かうに等しい。正気だとは思えないが、それは間違いではなかったらしい。一体何を考えているのか。
「それに凄い魔法使いがたくさんいるんです。私の友達も一級魔法使いでして。魔族にも負けないぐらい強いんですよ?」
聞いてもいないのに、ずっと喋り続けているゾンダ。飽きもしないでよく喋ることだ。騙しやすいのでこちらとしては助かるが。その無駄な話の中にも、いくつかは興味深い単語が含まれている。
(一級魔法使い……七崩賢のような称号かの)
一級魔法使い。魔法協会でも数えるほどしかないとされる、最高峰の魔法使いの称号。魔族で言う、七崩賢のようなものか。もっともその強さは比べ物にならないだろうが。どんなに高く見積もっても大魔族には遠く及ばないだろう。ここ数年、ここフリージアで多くの人間の魔法使いを見てきた経験からも。実際に相対してみなければ分からないが、魔族の二つ名持ちが妥当なところか。それも人間の魔法使いとしては破格なのだが。
(友達、か。儂らにも友誼はあるが、果たして人間たちのそれと同じかは疑問じゃのう)
その言葉によって、一人の魔族を想起する。
『黄金のマハト』
魔族の中でも別格とされた、七崩賢の中においても最強とされた男。いつも退屈、つまらなそうにしていたのを覚えている。争いを好まないと公言する、変わり者の魔族。言葉数は少なかったが、それでも儂はあやつに敬意を抱いていた。恐らくはマハトも。同じ大魔族として、魔法使いとして。
『
あらゆるものを黄金に変える不可避であり、解除不可能の魔法。魔族からしても呪いと恐れられる魔法の一つの到達点。それに対抗するために生み出したのが、理論で構築できる到達点を目指した
あやつもまた人間に封じられてしまっている。儂やアウラのように。その相手が大陸魔法協会だというのだから、やはり人間を侮ることはできない。アウラに倣うわけではないが、油断と慢心か。
(だとすると、大魔法使いというのはとてつもない魔法使いなのかもしれん)
一級魔法使いを超える、大魔法使いという称号。フリーレンもそうだったか。人間の魔法使いにおいてその称号はきっと魔王に匹敵するものなのだろう。フランメもまたそうだ。その遺した魔法である、グラナトに貼られている防護結界も観察した。
それはまさに一つの芸術品だった。およそ人間の魔法の域を超えた物。儂であってもその解析には百年単位が必要となるだろう。曰く天才だったか。リュグナーが嫉妬していたのも頷ける。魔法使いとしての尊厳か。儂にもそれはあるが、それ以上に興味が勝る。ここにあるフランメの著書も読み漁っている。それが残した魔法も。
千年前か。ぜひ会ってみたかった。魔法を競ってみたかった。そう思えるほどの魔法使い。もっとも、その時の儂では会えたとしても意味がなかっただろうが。その名を騙っているのは、ある意味誉れなのかもしれない。同時に侮辱でもある。アウラが考えそうなことだ。内心ほくそ笑んでいるに違いない。
「ふむ……それも興味深いが。そこを支配しているエルフ、ゼーリエというのはどんな魔法使いなのか教えくれぬか?」
「ゼーリエ様についてですか?」
逸れかけていた思考を正し、本題に入る。死んでいる者のことを考えても仕方ない。現存しているもう一人の大魔法使いのことを、儂は知る必要があるのだから────
「……なるほど、なるほどのう。やはり理解できぬのう。自分の魔法を他者に譲り渡すなど」
一体どれだけの時間が経ったのか。首を鳴らしながら、やはり理解できない話に首を傾けるしかない。いや、理解はできた。神話の時代から生きている、魔族を遥かに超える長命種。フランメの師にして、フリーレンはその孫弟子にあたる。それだけでどれだけ規格外の存在なのか分かるというもの。人類最高の魔法使いと言われているらしいが、偽りはないだろう。何よりもあのアウラが認めていたのだから。
だから理解できないのはその魔法、在り方だ。自らの魔法を他者に譲り渡すなど。理に反する。魔法そのものへの冒涜だろう。魔法使いですらない。まだ魔力を包み隠す方が、理屈としては理解ができるほど。
「そうなのですか? クヴァール様もご自身の魔法をアウラ様に献上されていたではないですか?」
「あれは命令、命乞いじゃよ。契約でもある。魔法使いにとっては屈辱でしかない」
その感覚が、ゾンダには分からないらしい。恐らくは今儂が感じているものを、人間たちは儂らに感じているのだろう。儂がアウラに魔法を奪われたことを、そのエルフがしていることと同一視しているのだから。
『
それが儂がこの三年間で研究し、生み出した魔法。自ら生み出した魔法を超えるもの。それを過去にし、殺す意味を持つもの。
それが儂が生き残るための、アウラと交わした契約の一つだ。人類によって貶められ、奪われた魔法を取り戻すこと。それは魔法使いとしての自分の責務でもあった。例えそれがまた奪われるのだとしても。
だがそれは同じ人を殺す魔法であっても、全くの別物だった。その方向性そのものが。かつてのゾルトラークは、汎用性を突き詰めた物だった。ソリテール曰く、人類でも理解し、扱えるほど洗練された美しい術式構造だったか。それが儂が求めた魔法の頂き。しかしそれが欠点であることなど当時の儂に理解できるわけもなかった。いや、魔族なら。他者の魔法を模倣し、奪うなど魔法使いの風上にも置けない、卑怯者でしかないのだから。まさか人類がそこまで愚かな種族だったとは。
だからこそ、この新たな魔法はそれを覆す、対を成すものになっている。汎用性ではなく、専門性に特化した物。あらゆる魔法耐性を貫通する効果を持つのではなく、防御魔法のみを貫通するのに特化した魔法。
だがそれゆえに、歪みを内包してしまう。複雑な術式を持つ防御魔法を打ち貫くには、大量の魔力とそれを扱う術式が必要になる。できる限りそれを削ぎ落したものの、完璧には程遠い。
結果それは魔族にしか扱えない魔法となってしまった。魔族でありながら、それに不完全さを感じてしまう矛盾。人間の魔法使いにもそれを使わせたが、扱うことができなかった。かつてフランメの手記にも記されていたことがその理由。
魔族と人類の魔法体系には天と地ほどの差があり、才の優れた魔族の扱う魔法は熟練の人間の魔法使いでさえ、まるでお伽噺に出てくるような魔法のようなものだと言わしめたという。魔族にとっては、飛行魔法は魔法ですらないように。
これは言わば魔族のゾルトラークなのだ。かつての人類のゾルトラークを殺すもの。
まだ未完成品だが、その効果は絶大だ。特に人間の魔法使い相手には。人間たちは魔法の守りを防御魔法に依存しすぎている。無理もない。それだけ防御魔法が優れている証拠でもあるが、この魔法の前では致命的な隙となる。
かつてのゾルトラークだと思い、防御魔法で防ごうとすれば、そのまま致命傷を負ってしまうのだから。二度は通じない、一度きりの騙し討ちだとしても、死に至ればそれで終わり。魔族を魔力で欺いて殺す葬送の戦い方と同じだ。無論完璧ではないが、開発が進めばその弱点も克服できるだろうが、急造にしては及第点だろう。
今はそれに対抗するための新たな防御魔法も開発されている。ある意味こちらの方が
情報の秘匿と独占。それこそがこの魔法において最も重要なことであり、それを怠ったことがかつての儂の間違いであり敗北だったのだから。
その魔法によって人類を蹂躙したことで、人類たちにゾルトラークを解析させてしまった。それこそが儂の敗因であることを、アウラは儂に突き付けたのだ。ご丁寧にその魔法史を押し付けることで。
『力押しなんて馬鹿のすることよ。同じ間違いを犯すこともね。私はフリーレンじゃないわ』
愉しそうにそうアウラが漏らしているのが印象的だった。あの間違いを犯さないために行われているのが徹底した情報規制。機密だったか。
ここ魔法科で、この魔法に関わるもの全てに口外を禁じたのだ。人間も魔族も、大人も子供も例外はない。しかし人の口に戸は立てられぬ、だったか。どんなに禁じたところでそれは漏れてしまう。遅いか早いかの違い。しかしそれを覆すことが、可能することができるのがアウラなのだ。その服従から逃れることができないように、この魔法の情報が漏れることはあり得ない。かつてのようなことにはならない。
なのに何故そこでフリーレンの名前が出てくるのか。人類のゾルトラークの解析、研究に大きく貢献したというあいつに何の間違いがあるというのか。言い間違いだろうか。
情報だけではなく、使用方法も徹底されている。それは使った相手を生かして返さないこと。それがこの魔法を扱う者に科せられる絶対の戒律。
それはまるでソリテールのようだ。話した人間を皆殺しにしていた無名の大魔族。その意味をようやく儂は理解した。自分の情報を、何一つ人類側に残さないために。あいつは儂が犯した間違いを理解していたのだ。きっとアウラもそれを真似しているに違いない。
その使い手も選定されている。神官の中でも一握りの者のみ。それも非常時のみに限られている。例外はその妹であり、天秤の一番弟子でもある蒼月の魔法使いだけ。
そう、何事にも絶対はない。人間の魔法を魔族が使えるように、魔族の魔法を人間も使うことができる。呪いに至る七崩賢の魔法などは不可能だろうが、この魔法はその域には至っていない。才ある者であれば、人間でも扱える者はいるだろう。曰く、禁忌の魔法。
「それを敵対する相手に渡すなど……やはり理解しがたいのう」
だからこそ理解できない。そこまで徹底した管理をしながらも、何故それを敵対する相手に渡すのか。何もかも矛盾している。道理に合わない。
「そうですか? さっきクヴァール様が仰っていたことと同じですよ。命乞いでしょうか。取引と言った方が正しいかもしれませんが。魔族の方には理解しがたいことなのでしょうね」
しかし、ゾンダにはその意図が理解できるらしい。魔族と人間の違いか。何故殺されかけていないのに、命乞いに行くのか。自らの優位を捨ててまで。まるで物を扱うかのように。
(アウラにとって、魔法は物なのかもしれんな)
そう、アウラは魔法を道具として扱っている。自分の魔法も、他者の魔法も。魔族であるなら、この魔法を使って相手を殺そうとするだろうに、あいつはこれを使わずに利用しようとしている。ある意味、誰よりも魔法を貶めているのはアウラなのかもしれない。
「しかし面白いです。どうして魔族はそんなに自分の子供や血筋に無関心なのですか? 種族としてどこかおかしいです。何か私たちは成り立ちからして違っている気がします」
そこで違うことに興味が移ったのか。矢継ぎ早にこちらを質問攻めにしてくるゾンダ。その質問もまた理解できないものだ。儂らが人間をどうして殺すのかと問われるのと変わらない。そんなこと分かるわけもない。そも考えたことすらない。しかし論理としては理解できる。一つの種として破綻しているのだと言いたいのだろう。だがその理由は誰にも分からない。
なのにそんなことが気になるのだ。人間というものは。特に目の前のゾンダという人間は。
自らの魔法ではなく。他者の魔法を研究している。与えている。自分に返ってくるものはないというのに。生ける魔導書と同じだ。
そもそも人間としても異端なのだろう。新たなゾルトラークの研究、開発については忌避する者もいたというのに、ゾンダには全くそれがなかった。戦うための魔法も、下らない魔法も、この人間にとっては等しいのだろう。魔法が面白いから。ただそれだけ。
「なるほど。まるでソリテールのような奴じゃのう」
種族も、魔法使いとしても、何一つ重なるものがないというのに、そこにソリテールの面影を見る。実験と称して人間を観察し、その魔法すらも研究の対象としている変わり者。対して人間でありながら、魔族とその魔法を研究している変わり者。
「アウラ様にもそう言われたことがあるんです。そんなに似ているんでしょうか? ソリテール様といえば、ここフリージアの建国に尽力した大魔族の方ですよね? この魔法科の創設者で教典の作成にも携わっていた偉大な方だと聞いているのですが」
どうやらアウラもそれは同じだったらしい。だからこそゾンダを重用しているのか。もっともゾンダ本人は大きな勘違いをしているようだが。伝聞、噂のせいだろう。ゾンダはソリテールに対して嘘ではないのだが、嘘でしかない魔族像を持ってしまっている。きっとアウラもまともに伝えていないに違いない。
「人間の魔法を研究している変わり者じゃったからのう。いや、人間そのものにかの。人間と会話して、実験するのを楽しんでおったようじゃ。お主を見れば、きっと喜んで話をしてくれるじゃろう」
なので代わりに教えてやることにする。魔族に反し、嘘偽りなく。無名の大魔族の正体を。そういえば、ここフリージアであればあやつを知っていて、生きている人間がいるということなのか。
「本当ですか? 光栄です! ぜひお話してみたいです!」
それをどう受け取ったのか。まるでリンゴを前にしたリーニエのように目を輝かせているゾンダ。なるほど。これが嘘をつかずに、相手を騙すということか。中々興味深い。自分が今、命の危機に晒されていることに気づいていない。
「でもアウラ様には止めておいた方がいいって言われるんです。何故でしょうか? もしかして仲が悪いのでしょうか?」
アウラも一応忠告はしているらしい。面白がっているだけかもしれないが。そもそもゾンダが生きている間には訪れることはないと踏んでいるのか。当の本人は首を傾げてしまっている。
「ふむ……そうじゃのう。儂もアウラと同じ意見じゃな」
それを前にしながらそう結論付ける。ソリテールがここに来れば、フリージアもまた動くことになるだろう。それはそれで興味深いことになるだろうが、まだ早い。ソリテールには百年後でも、二百年後でも会うことができる。話をすることができる。だがこやつはそうではない。せいぜい長くとも五十年ほどか。ならそちらの方が利用価値があるだろう。あやつがお話してしまっては、もう儂はこやつと話すことはできなくなってしまうに違いない。それはもったいない。
「もしかしてお二人とも私をからかっているのですのか?」
「さて。それも悪くないのう」
それも悪くない。アウラに服従させられてからの三年。意外に悪くはなかった。むしろ楽しくすらあった。人間を食べることなく腹を満たし、外敵に襲われることもない。魔法の探求に専念でき、破壊衝動も定期的に発散できる。人間からすれば、家畜のような扱いなのだろうが、魔族にしてみればどうということはない。
何故なら儂は魔族なのだから。過去を顧みることも、未来を見据えることもない。ただ今を生きること。それのみが魔族であることの証明。魔族が魔族たる所以なのだから。
「お手並み拝見といこうかの。アウラ」
それに逆らえばどうなるのか。逆らうことができるのか。賢老はただ見定める。天秤がどちらに傾くのかを。自らよりもそれを楽しみにしているであろう、無名の誰かと同じように────