ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第九話 「ゼーリエ」

「……お前、ふざけるなよ。何だこれは」

 

 

ただ不愉快だった。これほど不愉快なのはいつ以来か、思い出せないほど。久方ぶりに、頭に血が上るのを実感する。それほどの屈辱。ただでさえ最近は憂鬱だったというのに。本当ならそのまま手に持っている手紙、魔導書を破り捨ててやりたいのだが、それすらできない。忌々しい。

 

 

「言ったでしょう? 特権(魔法)をくれてやるって。あんたがいつもしていることじゃない」

 

 

そんな私の姿がよっぽど気に入ったのか。目に見えて上機嫌に醜悪な笑みを浮かべている魔族もどき。人真似もここまで行けば本物だろう。よりにもよって、特権などと。他人の神経を逆なでするようなことを。私の真似をしているつもりなのか。いつかのレルネンの戯言を思い出す。こいつは勇者だけでなく、私の真似もしているのだと。何の冗談なのか。反吐が出る。

 

 

「お気に召さなかった? 花畑を出す魔法より喜んでもらえると思ったのに」

 

 

極めつけがこれだ。花畑を出す魔法。およそ魔族が口にするとは思えないような魔法。かつての私との問答。その意趣返しのつもりなのか。しかも今回は本当にそれで出した花をこの場に持ち込んでいる。それが自分の弟子だというのだから救いようがない。この子たちは一体何をしているのか。

 

 

「それとも何の魔法か分からなかった?」

「侮るなよ。私を誰だと思っている」

「生ける魔導書、でしょ? 御大層な二つ名だけど、この魔法は持ってなかったみたいね」

 

 

なおもこちらを煽ることを止めない。私を舐めているのか。こんな物は一目見れば分かる。ご丁寧に魔法の術式が意図的に歯抜けにされているが、私の目は誤魔化されない。偽装工作だったのか、それとも私をからかっていたのか。この魔法が何であるかなど、問い質すまでもない。

 

しかしこの場にいる一級魔法使いたちには知る由もない。私とアウラが何のやり取りをしているのか分からないからだろう。困惑の色が見て取れる。それを見て取ったのか。

 

 

「そうね。他の連中にも教えてあげるわ。それは新しい人を殺す魔法(ゾルトラーク)よ。防御魔法すら貫通する、本物のね。人を殺す魔法(ゾルトラーク)を殺す魔法かしら?」

 

 

まるで判決を下す裁判官のように。仰々しく、もっともらしくアウラはそれを明かす。人類にとって忌むべき魔法の名を。一般攻撃魔法にまで貶められ、その名を忘れてしまうほどに時が経ったはずの魔族の魔法を。

 

その意味を悟り、レルネンたちの気配が一気に変わる。その魔力も。それはこの子たちも理解しているからだ。アウラの口走った戯言にしか思えない事実が、何を意味するのか。最高峰の魔法使いだからこそ。

 

だがそれだけではない。何故かアウラの隣に控えている男の魔族もどこか狼狽した様子を見せている。演技だろうか。まさか知らされていなかったのか。魔族であれば側近を信用していないのも当然か。

 

 

「答えろ。これを作ったのは誰だ?」

「ふふっ、魔力が乱れてるわよ? 私に決まってるじゃない」

「ふざけるなよ。私の目は誤魔化せん。これは間違いなく、腐敗の賢老が生み出したものだ」

 

 

纏う魔力を、殺気をぶつけながら問い詰める。この魔法の真偽を。それに下らない嘘をついてくるが、私には通用しない。魔法はイメージであり、理論だ。それは唯一無二の個性でもある。いくら真似たところで本物には及ばない。人類の叡智を結集したとしても、この魔法は生み出せない。数えきれないほどの魔法を生み出し、蒐集してきた私だからこそ分かる。これは間違いなく、腐敗の賢老自身が生み出した物。

 

 

「流石ね。その通りよ。これはクヴァールに作らせたものよ。ちょっとした趣向でね。今、私が従えてるのよ」

 

 

だがそれをこいつはあっさりとその嘘を認めてしまう。いや、最初から明かすつもりだったのか。まるで何でもないことのように、ふざけたことを口にしている。クヴァールを、大魔族を従えたのだと。こいつの魔法ならそれが実現可能であることを私は知っている。人類の脅威でしかない。何よりも

 

 

「……フリーレンに討伐されたというのは、お前の流した嘘ということか」

 

 

私も、こいつの流した嘘に騙されてしまっていたのだから。数年前に、クヴァールが討伐されたという情報は大陸魔法協会にももたらされていた。それを信じてしまった。甘かったのだろう。

 

 

「ええ。利用させてもらったわ。クヴァールが生きていると知られたら面倒だったのよ。本人はそんなことも知らず呑気に魔法収集でもしてるんじゃないかしら?」

「…………」

 

 

あの未熟者のことをすぐさま信用してしまった私の油断か。勇者一行が封印していたクヴァールを、あの子が討伐するのは道理だというのに。それをあろうことか魔族に利用されてしまっている。一体あの子は何をしているのか。だがそんな憂鬱さは

 

 

「今、クヴァールはフリージアの魔法科で、宮廷魔法使いとして働かせてるわ。フランメの名を騙らせてね」

 

 

久方ぶりに聞いた、あの子の名によって消し飛んでしまう。

 

 

「……なんだと?」

「だから偽名よ。人類の魔法の祖と呼ばれているフランメの名を、魔族の天才が騙っているなんて、面白いと思わない?」

 

 

思わずその目を細めてしまう。反応してしまう。まさかこいつの口から、その名を聞くことになるなど。夢にも思うわけがない。そんな私の反応をどこか愉しげに見つめている魔族もどき。いい度胸だ。同時に愚かでもある。やはりこいつは魔族なのだ。何も分かってはいない。

 

 

「下らん。所詮は魔族か。ただの真似事だな」

「怒らないのね。大好きな愛弟子じゃなかったの? 名声を汚されたようなものなのに」

「あの子は自分の名声など気にしない。知れば笑い飛ばすだろう」

「ふぅん……よく分かってるのね」

 

 

あの子がそんなことを気にするような性格ではないことを。むしろ知れば、面白がって笑い飛ばすだろう。もっとも魔族が相手ならそんな無駄なことをする間もなく、葬り去るだろうが。期待する反応がなかったからか、どうでもいいのか。アウラは変わらずこちらを観察している。気に障る視線だ。まるで実験動物を見るかのような。魔族風情が。

 

 

「茶番はもういい。こんな物を寄越して、一体何がしたい?」

 

 

手に持った魔導書をちらつかせながら、改めて問う。何がしたいのか。魔族だとしても行動原理が破綻している。意図が読めない。いや、それは当たり前だったのだろう。何故なら

 

 

「あんたと同じよ。これをあんたがどう扱うのか。試してやろうと思ってね」

 

 

およそそれは、魔族からもっともかけ離れた思考だったのだから。

 

 

「試すだと……? どういう意味だ?」

 

 

まるでこちらが言葉を理解できない獣になったかと錯覚するほどに、それは異常だった。試す。魔族が。この私を。しかもそれが私の真似だとのたまっている。ただの真似ではない。真に迫る何かが、今のこいつにはある。

 

 

「あんたがその魔法を広めるのか、それとも独占するのか、ね」

 

 

それはまさしく、生ける魔導書である私に対する試験だった。いつも私がしていること。他者に魔法を譲り渡し、それを使って他者が何を成し遂げるのか。それを見届ける、私の生き方。

 

魔法は特別であるべきだ。才ある者以外に与える気はない。それが私の考え方だ。何千年も変わることのない、エルフである私の。

 

その私に特別な魔法を与えて、どうするのか。それをこいつは試している。その答えを見透かしながら。どちらを選んでも、面白いと告げるように。

 

 

「もしそれが人間たちの手に渡ったらどうなると思う?」

 

 

その仮定の一つ、絵空事ではない現実を天秤が騙る。まるで悪魔のように。

 

 

「この魔法はかつての人を殺す魔法(ゾルトラーク)とは違って、魔族にしか使えないものよ。でも、才ある者なら人間にも扱えるわ」

 

 

その前提をアウラは明かす。それは私も読み取った。これはかつてのゾルトラークとは違う。言わば魔族の魔法なのだ。人類では容易には扱うことができない。飛行魔法がそれに近い。違うのは、あれは魔力の消費が高くとも、術式を転写することで人類にも扱えたが、これは違う。根本的に、それを扱う者の技量が直結する。魔族の連中なら苦もないことだろうが、人間の魔法使いはそうではない。獣ではあるが、魔族は人類よりも遥かに魔法の高みにいるのだから。

 

 

「きっと全ての国が血眼になってその魔法を研究、解析するでしょうね。どこかのエルフがそれに加担したみたいに。そうなれば遠からず、才のない人間もその魔法を使えるようになるわ」

 

 

まるで予言するように、天秤は先を見通す。それが人類に再び渡ればどうなるか。かつての歴史を繰り返すように。およそ人類が文明と呼べるものを生み出してから千年以上。それは繰り返されてきた。その結果何が起こってきたのかも。戦争という名の終わらない歴史。それに知らず加担してしまっていた未熟者。それを魔族に嘲笑われるなど。

 

 

「そうなればそうね……また人間同士で殺し合うでしょうね。南側諸国の戦争の再来かしら」

 

 

見て来たかのように、愉しそうにそう告げるアウラ。いや、こいつは実際にそれを目の当たりにしてきたのだ。それは事実だ。遠からず、そうなるだろう。腐敗の賢老から人を殺す魔法を奪い、自らその魔法を現実にしてしまったように。この魔法が知れ渡れば、過ちは繰り返される。それは火を見るよりも明らかだ。

 

 

「心配しなくても、それがフリージアから漏れることはないわ。私の魔法が何か知ってるでしょう? 例え殺されても、この魔法の情報を漏らすことはできない。そう命令しているわ」

 

 

だがそれを防ぐことができるのだと、天秤は豪語する。自分は違うのだと見せつけるかのように。傲慢に。それを可能とする力が、魔法がこいつにはある。死してなお、死者すらも縛ることができる、最低に趣味が悪い魔法が。

 

 

「だからそれがあるとすれば、あんただけよ、ゼーリエ」

 

 

だからこそ私を嘲笑っている。もしこの魔法が露見することがあれば、知れ渡ることがあるとすれば私のせいのだと。自分たち以外にこの魔法を知っているのは私だけだと言いたいのだろう。

 

 

「私を愚弄しているつもりか」

「まさか。いらないって言うならいいわよ? 代わりに他の国に与えてやるだけよ。どこがいいかしら? 帝国? それともまた南側? 選り取り見取りね」

 

 

そんな私の反応も織り込み済みだったのだろう。くすくすと気味の悪い笑いを見せながら、アウラはこちらを揺さぶってくる。脅してくる。そのやり口に覚えがある。他でもない、それは私のやり方だ。かつて大陸魔法協会の設立を認めさせるために、王都を訪れた時。その謁見の場で同じように王を揺さぶった。脅しをかけた。それと同じことを、今度は魔族が私に仕掛けてきている。一体何の冗談なのか。

 

だがこれは夢ではない。現実だ。その時の直感を思い出す。この魔族を、アウラを放っておけばどうなるか。第二の魔王になりかねない。それは間違いではなかったのだろう。魔法の発展に利用できると思い、放置していたが甘かった。魔族を利用しているつもりが、知らずこちらが利用されてしまっていたのだ。油断に驕りか。魔法使いである以上、それからは逃れられない。なら

 

 

「あんたが今考えていることを当ててやりましょうか? あの時、私を殺しておくべきだったと思ってる。そうでしょう?」

 

 

まるでこちらの心を読んだかのようなタイミングで、アウラはそう口にする。私の思考を読んでいたのか。それともこの瞬間を待っていたのか。してやられたのは間違いない。

 

 

「今の私にそれができないとでも? 嘗められたものだな。魔族風情が。魔王にでもなったつもりか?」

 

 

それを悟られまいと、そう応じる。そう、力関係は何も変わっていない。私はこいつを始末できる。それは覆ることはない事実だ。ここには一級魔法使いもいる。例え護衛連中がいたとしても逃れることはできない。あの時は勇者一行の後ろ盾があったが、今はもうない。それに頼ることはできないというのに。だが

 

 

「そんなのこっちから願い下げね。でもあんたにそれができる? 私を殺せば、フリージアは崩壊する。周りの国も全て道連れにしてね。私の枷から解き放たれた魔族と人間たちがどうなるか。直感に頼らなくても、あんたにも分かるでしょ?」

 

 

それに代わる後ろ盾、人質をこいつは手に入れている。フリージアという名の人質を。そう、それが周辺国がフリージアに手を出せない本当の理由。その強さもだが、厄介なのはその一点だ。自らの魔法で魔族どころか、人間まで服従させ、自由と平等を強いている。あの国は、こいつという柱で成り立っているのだ。それがなくなれば、崩れ去るしかない砂上の楼閣。お伽噺。

 

どちらが先だったのかは分からないが、本当に狡猾だ。恐ろしく上手くできている。勇者の真似事から、魔王の真似事に至っているのだから。何よりも恐ろしいのは

 

 

「それでも結局負けるのは私たちね。どう足掻いても、あんたたちには敵わないわ。殲滅されるでしょうね。かつての魔王軍のように」

 

 

こいつ自身が、それでも人類には勝てないと理解していること。それすらも良しとしているかのような言動。それが嘘なのか本当なのか。私にも見抜くことはできない。私の直感を以てしても、測れない領域に、同格に至っているとでもいうのか。

 

自らが敗北する未来を、どこか愉しそうに語っているこいつはいかれているのだろう。天秤を討伐しても、人類は敗北したに等しい被害を被るしかない。まさに道連れだろう。

 

 

「でもその責任はあんたにあるわ。ちゃんと支配しないと南側のようになるわよ。まさか逃げたりしないでしょうね?」

 

 

私がそれを行った先の未来すらも、こいつには見えているのだろうか。天秤を討伐し、混沌と化した北の地を平定したとしても、待っているのはかつての南側諸国のような内乱だ。それを収めるには、私自身がそれを収めるしか、支配するしかない。それから逃れることは許されないと、こいつは告げてくる。

 

 

「人類最高の魔法使い、生ける魔導書と呼ばれるエルフが統治する国。どんな国になるのか楽しみね。新しい魔王にならないようにしないと、勇者がやってくるわよ? いいえ、その前に、フリーレンの奴が殺しに来るわね」

 

 

その結果生まれるのは、私を頂点とする帝国でしかない。それがどんなものになるか。考えるまでもない。私にそれができないのは分かり切っているのだから。

 

 

『戦いを追い求めるあなたには魔王を殺せない』

 

 

かつてのフランメの言葉を思い出す。久方ぶりに、孫弟子を連れてきた弟子との再会。そして別れ。そんなあの子から告げられた言葉。その意味を、私はあの時には理解できなかった。私が魔王に劣っているとなどと。侮辱でしかないと。

 

だが違ったのだ。あの子は、もっと先のことを。魔王を倒した後のことを考えていたのだから。自分がいない、遥か未来のことを。我がことのように。

 

 

『私達じゃ無理なんだよ。だってさ師匠(せんせい)、平和な時代に生きる自分の姿が想像できねぇだろう?』

 

 

それがフランメの答えだった。魔法はイメージだ。イメージできないことは実現できない。それは魔法に限った話ではない。魔王を倒した先を、平和をイメージできない私に、魔王を殺すことはできない。また新しい魔王が生まれるだけ。きっと、今度は私がそうなってしまう。魔王とは、魔族の王を指す称号ではない。魔に堕ちた者を指す名だ。かつて南側諸国に終わりなき戦乱を齎した大逆の魔女、エルフの大魔法使いミーヌスのように。

 

エルフも、人間も、魔王になり得るのだ。古臭い魔法使いである私にはそれを成し得ない。あの子にはそれが分かっていたのだろう。だからこそ、それを託したのだ。平和な時代の魔法使いに。そして成し遂げた。あの勇者一行たちと共に。

 

 

「────答えろ。天秤のアウラ。お前は何を企んでいる」

 

 

その勇者の真似事をしている天秤の魔族に今一度問う。何を成そうとしているのか。企んでいるのか。

 

 

「言ったでしょ? 命乞いだって。それは貢物よ。好きになさい。使うのも、捨てるのもあんたの自由よ。私からの特権よ」

 

 

それはあまりにも単純な、魔族らしい理由だった。命乞いという、こいつらの習性。そのために魔法を差し出すという、魔族として矛盾している行動。誇り高き魔法を愚弄した、卑怯で最低なやり方。だがそれはそこで終わりではなかった。その本命は

 

 

「ただ、そうね……あんたのお気に入りの一級魔法使いなら、それを扱えるでしょうね」

 

 

私ではなく、その後ろに控えている子たちだったのだから。

 

 

「…………」

「教えてやらないの? それとも信用してないの? 目に入れても痛くない、だったかしら。大事な弟子なんでしょう?」

 

 

時すでに遅し。まさかここまでとは。未来予知でもしているかのような流れだ。間違いない。こいつは最初から私ではなく、弟子たちを利用するつもりだったのだ。失態だ。無理やりにでも、こいつと一対一で向かい合うべきだった。慎重さが裏目に出た形。

 

 

「知ったようなことを。こいつらはただの弟子だ。それ以上でも以下でもない」

 

 

それを悟られまいと、何とか誤魔化しながらもう一度流れをこちらに引き戻しにかかるもそれは

 

 

「────どうしてそんな嘘つくの?」

 

 

例外の魔族の小娘によって失敗してしまう。まるで子供のように、きょとんとしながら、私の嘘を暴いてくる。見ればもうリンゴがなくなってしまっていたらしい。数が足りなかったか。

 

 

「あらそう。魔族も顔負けの嘘つきね。良かったわね、あんたたち。こいつにとってはただの弟子じゃないらしいわ」

 

 

そんな自分の配下の不始末をまるで見越したように利用している天秤。間違いない。こいつは最初からそのために、この小娘をこの場に連れてきていたのだ。護衛ではなく、私の嘘を暴くための天秤として。

 

 

「……ふざけるなよ。私は嘘など」

「? 私は嘘はつかないよ? お婆ちゃん、どうしてさっきから嘘ばっかりつくの? 嘘はついたらいけないってアウラ様も言ってるのに」

 

 

その眼の前では私ですら、欺くことができない。体外に流れ出る魔力なら制限できるが、体内までもは不可能だ。模倣するしか能のない魔法のはずが、こんな使い方があるなど。いや、やはり私の油断と驕りだ。この子の嘘を見抜く能力は分かっていたのだから。アウラのこちらを執拗に挑発してくる行動も、それを誤魔化すためだったのだろう。

 

本当にこいつは魔族なのか。五十年前とはまるで別人だ。経験を積んだだけではあり得ない。こいつには後ろ盾が、助言する者がいるのだ。人を騙すことにかけて、魔族ですら逃げ出すような老獪な輩が。それを含めて、こいつには国という後ろ盾がある。もう一つの魔族の王とでも言うべき権力が。

 

 

「こいつは今、嘘がつけないのよ。聞きたいことがあれば今の内ね。こんな機会、二度とないわよ」

 

 

全ての準備が整ったからか。囁くように、アウラはそのまま誘惑する。私ではなく、一級魔法使いたちを。まるで裏切りを唆すかのように。言葉という、魔族の声真似。だがそんなことは無駄だ。ここにいる者たちは、長年魔族を葬ってきた歴戦の魔法使いたち。私が認めた魔法使い。こんな魔族の甘言になどに引っかかるわけがない。だというのに

 

 

「アウラ様、あまりゼーリエ様を困らせないで頂きたい…………ゼーリエ様、私のことをどう思っておられますか?」

 

 

流れるように、まるで当然のように私は弟子であるファルシュに裏切られてしまった。

 

 

「なるほど。これは良い機会ですね。ゼーリエ様、フランメ様のように、私のことを覚えていて下さりますか?」

「あの、私も……」

「…………」

 

 

ファルシュだけではない。レルネンに加えて、ゼンゼまで騙されてしまっている。操られてしまっている。懐柔されてしまっている。魔法を使われたわけでもないのに。残ったゲナウも呆れながら、目を伏せてしまっている。どうしようもないとあきらめてしまっているのだろう。頭が痛くなってくる。だが反論することもできない。そんなことをすれば、私の嘘が露呈してしまう。私にもはや選択肢は残されていない。

 

 

「────知らなかったの? 師匠は弟子には敵わないのよ」

 

 

満足げに、それでも嘲笑うかのように、天秤が裁定を下す。天秤をその手に持たずとも、結果は一目瞭然だった。師弟の運命。それに抗うことは誰にもできない。生ける魔導書も、勇者も、戦士も、魔族でさえも。魔法だけではない、イメージの問題。

 

 

「…………馬鹿弟子共が」

 

 

ゼーリエはそのまま大きなため息とともに吐露する。嘘であり、嘘ではない本音で。

 

 

それが生ける魔導書が生まれて初めて他者から魔法を譲られた、魔族に敗北した瞬間だった────

 

 

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