ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十話 「授与」

「いいの? 私を前にして、一人きりになるなんて」

 

 

さっきまでの喧しさが嘘のように静まり返っている。自分たち以外誰もいなくなった、二人きりの空間。私からすれば反吐が出るようなものだが、目の前のこいつからすればその比ではないのだろう。

 

 

「構わん。お前の趣味の悪い魔法など私には通用せん。試してみるか?」

「遠慮しておくわぁ。また服従させられたくはないもの」

 

 

まるで魔族を見るような、ではなく魔族を見る目でこちらを見下しているゼーリエ。素足を晒し、足を組んでいるその姿、不機嫌さは極まっている。どうやら先ほどの嫌がらせがいたくお気に召したらしい。流石のこいつも、まさか弟子に裏切られることになるとは見通せなかったのだろう。いい気味だ。

 

結果、私を残して他の者たちはこの場から追い出された形。老人の癇癪か。もっとも、私を前にして二人きりになれる奴なんてこいつぐらいのものだろうが。魔力量もだが、それ以前にこいつには服従の魔法は通用しないに違いない。服従させるイメージが沸かない。跳ね返されてしまうのがオチだろう。それは二度と御免だ。

 

 

「口の減らない奴だ……私も暇ではない。さっさと条件を言え。命乞いをしにきたのならな」

「流石ね。話が早くて助かるわ」

 

 

どうやら人払いをしたのは、癇癪だけが理由ではなかったらしい。腐っても魔法協会という巨大な組織の長なのだろう。その詳細を詰める気だったらしい。手間が省けた。レルネンを通してやり取りをするよりは早く済むだろう。もっともこいつからすれば嫌なことはさっさと済ませたかっただけかもしれないが。

 

 

「これが条約の内容よ。ああ、あんたたちは国じゃないから公にはならないけど」

 

 

そのまま一通の便箋を取り出し。無造作に投げ渡す。先のリュグナーに持たせていた物とは違う物。条約、国同士の約束を、条件を記した物。大陸魔法協会は国ではないので、正確には違うのかもしれないが似たようなものだ。こいつのことだ。国にするのが嫌で、管理団体にしているのかもしれない。しかし

 

 

「……ふざけるなよ。何だこれは」

 

 

再びゼーリエはその顔をしかめている。先ほどまでではないにしても、手紙が破り捨てられかねない勢い。

 

 

「お気に召さなかった? 魔導書の方が良かったかしら?」

 

 

どうやらこちらの手紙もお気には召さなかったようだ。どこかの薄情者のように、やはり魔導書の方が良かっただろうか。エルフ相手にはその方が貢物になるのかもしれない。もっとも、さっきの魔導書も喜んではもらえなかったので無駄かもしれないが。だがゼーリエが機嫌を損ねているのは、それが理由ではなかった。それは

 

 

「私を何だと思っている。こんな物があるなら、何故最初からこれを寄越さなかった?」

 

 

その内容が、まともな、洗練されているのだったからに他ならない。

 

 

 

『魔法の発展。魔法の共同開発』

『魔法協会の試験への魔族の参加』

『互いの不可侵条約』

 

 

主にその三つが記されている条約の内容だった。それも簡潔に、論理的にまとめられている。魔族でも理解できるほどに。

 

魔法の発展。これがもっとも大きな要素だろう。大陸魔法協会にとって、いや、こいつにとっては絶好の餌に等しい。こちらの魔法技術を分けてやろうというのだから。同時にこいつらの知恵も利用できる。その餌として、レルネンにも新たな飛行魔法を実際に見せもした。こいつからすれば喉から手が出るほど欲しいものだろう。新しいゾルトラークとどちらにしようか悩んだほど。

 

次が魔法協会の試験への魔族の参加。そう謳ってはいるものの、本質は魔族と人間の交流だ。正確にはフリージアの魔族と、フリージアに住んでいない人間たちとの。その一歩としては、魔法使いとして競わせるのが一番手っ取り早い。大陸魔法協会にとっては、魔族との実戦が経験でき、フリージアにとっては人間を侮っている魔族を戒めることができる。魔王軍の残党を相手にすることが常になる一級魔法使いや、それに連なる者たちの選別にも利用できるだろう。

 

最後が互いの不可侵、ようするに手を出さないという約束だ。口頭だけのあやふやな物ではない。今まではフリージアの象徴でもある、天秤を模したアクセサリなどをフリージアの魔族には持たせていたが、意図せぬ衝突があった。それを避けるための魔力信号の導入。魔力の波に意味を持たせる、魔法使い同士のやり取りだ。それを発する魔族はフリージアの魔族の証明になる。その逆も。そうではない魔族が真似をする可能性もゼロではないので、定期的に信号も変える必要があるが、これが導入されれば無用な衝突は避けられるだろう。

 

腐っても人間の魔法使いたちを束ねているだけはあるのだろう。記されている内容がいかに現実的で、相互利益になるか悟ったに違いない。だからこそ憤っている。最初からこれを寄越していればよかっただろうと。それに対する自分の答えなど決まっている。

 

 

「決まってるじゃない。その方が面白そうだったからよ」

 

 

面白そうだったから。楽しそうだったから。その顔が見たかったからだ。子供のような理由。かつての仕返しでもある。

 

 

「……貴様」

「冗談よ。本気にするんじゃないわよ。その方が命乞いをしやすくなるからよ。今みたいにね」

 

 

目を細めているゼーリエにそう命乞いする。嘘は言っていない。実際、どちらの手紙を先に渡すかは私に委ねられていた。様子を観察して、あちらを先に渡した方が命乞いしやすくなると思っただけ。先に通りにくい内容を、相手を怒らせた方が後の内容が通りやすくなる、だったか。完全に詐欺師のそれだ。

 

 

「いらぬ知恵をつけたようだな。このふざけた名前の賢者の仕業か?」

「ええ。魔族もエルフもそいつには口では敵わないわ。賢者じゃなくて、僧侶だけどね」

 

 

こいつもそれに気づいていたのだろう。その手紙に書かれた差出人の名で確信したのか。そこには偽物の賢者の名が記されていた。賢者エーヴィヒ。もしかしたらこいつなら、実際に会ったことがあったとしてもおかしくない。

 

だが人を騙すという点においては、あいつの右に出る者はいないだろう。人間どころか、魔族、エルフでも。それが女神の信徒だというのだから。いや、今は私の信徒だったか。世も末だ。

 

今回のゼーリエとのやり取りも、おおよそはあいつの予想通りの結果になった。その騙し方を指南させた甲斐があったというもの。

 

そう、人間に例えるなら劇のようなものか。脚本ハイター。主演アウラ。助演リーニエだろうか。ところどころアドリブもいれたが、上々だろう。その掌で踊らされたこいつからすれば堪ったものではなかっただろうが。味方でも厄介な奴だ。

 

 

「ああ、そういえばまだ言ってなかったわね。そいつは勇者一行の僧侶よ。私が従えてるの。戦士の方も今フリージアにいるわ」

 

 

ちょうどいいのでそれも明かすことにする。私が今、かつての勇者一行を従えていることを。人間共に知れ渡ればどうなるか分からない、危険な内容。偽名や嘘を流してうやむやにしていることでもある。だが遠からずこいつには知られるだろう。なら先に明かした方が優位が取れる。

 

 

「そいつらには私の魔法が効かないから、仕方なく騙してるの。いえ、脅してるのかしら? 勇者一行は私には逆らえないのよ」

「……相変わらずふざけた連中だ」

「私もそう思うわ」

 

 

一応、自分の魔法ではないと白状する。今更だが、私の危険度を下げるために。勇者一行(あいつら)は私の魔法では服従させられないのだから。それでも、あいつらは私には逆らえない。魔法ではなく、言葉こそが私の武器。そう、結局はイメージなのだ。魔法でなくとも、それは全てに通じる。本当にふざけた連中だ。その点に関しては同意してやろう。

 

 

「……残っているのは魔法使いだけということか」

「そういうこと。残念だけど、五十年かけても見つけられてないわ。あんたに押し付けられた特権も役に立たないままよ」

 

 

どうやらようやくそのことに気づいたらしい。こいつにしては察しが悪い。いや、考えたくもなかったのか。以前会った時から薄々感じていたが、やはりこいつはあのエルフが苦手なのだろう。嫌っているのか。数少ない同族だというのに。いや、同族だからこそか。

 

その特権もまだ使っていないことを告げる。役立たずのまま。同時にそれこそが、私がここにわざわざやってきた本当の理由でもある。それを察したのか。

 

 

「今度はエルフを殺す魔法でも欲しがる気か?」

 

 

明らかに不機嫌さを増しながら、そう問い質してくる。なるほど。それは盲点だった。確かにその方が効率はいい。だがそんな物をもらっても何の役にも立たない。何故なら

 

 

「いいえ。見つける魔法よ」

「何をだ?」

「エルフをよ」

「……正気か、お前?」

 

 

肝心のエルフを見つけられなければ、何の意味もないのだから。その答えを聞いた途端、ゼーリエは醜態を晒している。きっと弟子たちから下らない魔法をねだられた時も、同じ変顔を晒していたに違いない。エルフを捕まえる魔法に、見つける魔法。それをあろうことかエルフにねだる。どれだけ私はエルフが好きなのか。いや、これはヒンメルのせいだろう。あいつはエルフが性癖なのだから。

 

 

「そんなことは私には何の関係も……いや、待て」

 

 

自らの誇りでもある特権を汚されたからか。いつかと同じようにそれを切って捨てようとするも、ゼーリエはその言葉を飲み込む。まるで信じられないことに気づいたかのように。ある意味、私の特権のことなどどうでもよくなってしまうような事実に。それは

 

 

「────あの子は、本当に勇者に会いに来なかったのか?」

 

 

同じエルフでもあってもあり得ない、あの薄情者のやらかしだった。

 

 

「いいえ、来たらしいわ。半世紀(エーラ)流星を見にね。約束通り、それまで一度も顔も手紙も寄越さなかったわね。当のヒンメルはそれが良いんだって言ってたわ。物好きな奴よね」

「…………馬鹿者が」

 

 

目を見開き、まるで拘束魔法にかかってしまったようにしばらく固まった後。ゼーリエはまるで絞り出すように、呆れ果てるようにそう絞り出すので精一杯だったらしい。それがフリーレンに対するものなのか、それともヒンメルに対するものなのかは分からないが。きっと両方だろう。本当に馬鹿な、似た者同士でしかない。

 

 

「……その当てつけに、あいつを見つける魔法を欲しがっているのか?」

「まさか。そんなことをするほど私は暇じゃないわ。ただ、勇者一行の僧侶がくたばりかけててね。あの死神のことだから、その内やってくるんでしょうけど、当てにはできないのよ。冥土の土産にその首をふん捕まえてやろうかと思って」

 

 

私もこいつを買い被っていたのか。そんな勘違いをするとは。そんなことでわざわざ無駄なことをするほど私は暇ではない。ヒンメルは関係ない。これは私はしたくてしていることだ。支配するために。従えるために。勇者一行を揃えて手に入れるために。渡り鳥を捕まえる魔法の方がいいだろうか。

 

 

「……下らん。何故私がそんなことに」

「あらそう? 弟子の不始末は師匠の責任じゃない?」

 

 

そのためにこいつを利用する。神話の時代から生きていようが関係ない。ハイターの奴が見抜いていた通り。こいつの弱点、弟子を人質にすること。それこそが生ける魔導書を騙すための方法なのだから。

 

 

 

「あいつは私の弟子ではない」

「孫弟子じゃない。そもそもあんたの弟子のフランメがちゃんとあいつを躾けていれば、こんな面倒なことにはなってない。それを育てたあんたの責任よ」

「…………」

 

 

その程度の嘘で誤魔化せるほど甘くはない。子に孫。人類が持つ、継承の概念。それは師弟関係も同じだ。フリーレンを育てたのはフランメ。ならこの件はフランメのせいでもある。魔族には理解できない論理。どうやらそれはエルフには通用したらしい。苦虫を嚙み潰したようにゼーリエは黙り込んでしまう。まるでゼンゼやリーニエのようだ。やはり師弟は似るのだろう。だとすればフェルンは一体どうなるのか。そんな思考を隅に追いやりながら

 

 

「ならそうね……もらい損ねた特権をもらいに来ただけよ。私の分はまだもらってなかったわよね?」

 

 

そう逃げ道を作り、追い込んでやる。下らないプライドで黙り込んでいる子供のような老害に。魔族相手に話をするなんて無駄なことだと思い出させてやるかのように。

 

 

「ふざけるなよ。何故私がお前に特権を与えなければならん。一級魔法使いにでもなったつもりか?」

「まさか。でも大事な弟子たちはそうは思ってないみたいよ? 何ならリーニエをここに呼んであげましょうか?」

 

 

もう詰みの盤面だというのに、みっともなく足掻くゼーリエに改めてチェックをかける。そう、一級魔法使いたちがもう答えを出しているのだ。怖気が走るが、こいつは私を五十年前にとっくに認めているのだ。だが特権を普通に与えるのが嫌で、フリーレンの特権を代わりに押し付けてきただけ。本当に子供みたいなやつだ。これ以上否認するようなら、もう一度リーニエを連れてきてもいい。それが決定的だったのか

 

 

「…………実に不愉快だ。もういい。これを持ってさっさと出ていけ」

 

 

大きな溜息とともに、流し目にその手に魔法で魔導書を生み出し、こちらに投げ渡してくる。まるでどうでもいい物であるかのように。もしこの場に人間の魔法使いがいれば驚愕するに違いない。受け取ったこの魔導書が、人間にとっては願いが叶うに等しい特権であるなど。それを魔族である私が、しかも二冊目。歴史上でも二度とないに違いない。もっとも、私も二度と御免だが。

 

 

「ふぅん……本物みたいね。理屈は迷子を捜す魔法と同じね」

「……私を目の前にしてその魔法を使うとは。ふざけているのか」

 

 

さっさとそれを流し読みし、魔法を行使する。相変わらずふざけた魔法だ。たったこれだけで魔法を習得できるのだから。魔族でも体験すれば、その価値に気づくだろう。

 

エルフを見つける魔法か。どうやら本物らしい。目の前にいるエルフを感知しているのだから。私が持っている迷子を捜す魔法と理屈は同じだ。ある意味あのエルフも迷子なので同じようなものかもしれない。当たり前だが、この周辺にはいないらしい。いれば手間が省けたのだが仕方ない。楽しみは後に取っておくとしよう。

 

 

「騙されているかもしれないじゃない。確認しただけよ」

「私は魔族ではない」

「エルフでしょ。似たようなものよ。何なら捕まえる魔法も試してあげましょうか?」

「やってみろ。その瞬間、お前の首が落ちるだけだ」

「怖いこと言うのね。でも心配ないわ。もしあんたが逃げ出しても、すぐに見つけてやるわ。エルフは引き籠もる習性があるものね」

「あれと一緒にするな。不愉快だ」

 

 

どうやら同じエルフでもあいつと一緒にされるのは我慢ならないらしい。エルフ特有の習性なのかと思っていたが。こいつも魔王様が倒されるまで、表舞台には出てこなかったのだから。やはり師弟は似るのだろう。こいつが逃げ出しても、弟子たちが逃がしはしないだろう。その時は協力してやってもいい。エルフ狩りだろうか。

 

これでもう用済みだ。言われるまでもなく、その場を後にする。こいつと二人きりなんてこれ以上耐えられないのはお互い様だ。残してきた二人も気になる。リュグナーの心労もそろそろ限界だろう。そのまま振り返ることなく扉を開けんとするも

 

 

「────お前はいつまで勇者の真似事をするつもりだ?」

 

 

その後ろから、生ける魔導書からの問いがかけられた。その声色は先ほどまでとは違う。感情を排した、本当に魔導書が話しているのではないかと思えるようなもの。それに

 

 

「そうねぇ……あんたと同じよ。飽きるのと忘れるの、どっちが先か見物ね。あんたはどっちかしら?」

 

 

天秤として聞き返す。まるで鏡のように。そう、それは私への問いではなく、自身への問い。懺悔だったのだろう。らしくないことを。

 

 

「少なくとも、しばらく退屈はしないでしょうね。ああ、そうそう。遠くない内に、薄情者がここにやってくるでしょうから、愉しみにしてなさい。説教の内容でも考えておくのね」

 

 

そう、所詮は全て暇つぶしだ。なら、楽しんだもの勝ちだ。おかげで、しばらく退屈で死ぬようなことはないだろう。せいぜい弟子のために真似事を続けるがいい。その分、ボケるのを先延ばしにできるだろう。そのために、一つ、私も手伝ってやろう。きっと目が覚めるに違いない。頭も痛くなるだろうが、いい薬だろう────

 

 

 

 

 

かつてとは逆に、予言を残したまま天秤が去っていった後、一人、その手に一本の花を魔法で生み出す。愛弟子が愛していた、一番好きだった魔法。魔族がそれによって生み出した、蒼い花を模倣しながら。

 

 

「馬鹿な奴らだ……勇者はもういないというのに」

 

 

生ける魔導書は憂う。生ける天秤となりつつある、愚かな魔族の行く末を。取り返しのつかない過ちを犯している、愚かな孫弟子の未来を────

 

 

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