ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十一話 「狩り」

「みんな早く早く! もうすぐだよ!」

「待って下さい、リーニエ姉さん!」

「そんなに慌てなくても、なくなったりしないわよ」

 

 

もはや恒例となりつつある姉妹のやり取り。それを眺めながらのんびりと帰路を進んでいく。もう視界にはフリージアの城壁が収まっているというのに、慌ただしいのは変わらない。途中までは飛行魔法で飛んできたのに、そこから歩いて帰ってくるまでがお決まりだ。ヒンメルの旅、冒険の流儀でもある。今となっては真似ではなくリーニエの趣味なのだろうが。もっとも、いつも以上に気持ちが逸っているのには理由がある。

 

 

(早く新しい髪を見せびらかしたいってわけね……相変わらず子供ね)

 

 

それは髪型だった。今リーニエは、いつものツインテールではなく、ウェーブがかった髪になっている。ゼンゼとお揃いだ。それをみんなに見せびらかしたくてはしゃいでいる。新しいおもちゃを披露したい子供と理屈は同じだ。

 

 

(友達になれたってことかしら)

 

 

髪もそうだが、それ以上にゼンゼと友達になれたことの方が、リーニエにとっては嬉しかったのだろう。言葉にはしてもらえなかったようだが、代わりに髪を結ってもらったらしい。髪を結うという行為はゼンゼにとっては特別な意味を持つのだろう。髪を操る魔法を扱う魔法使いだからこそ。髪を乾かす魔法のお返しだったのかもしれないが、贈り物のようなものかもしれない。加えて、それを後押しするような出来事もあった。

 

 

(運が良かったのもあるでしょうけど、まさか一級魔法使いの連中に勝つなんてね……予想外だったわね)

 

 

それは交流を兼ねて行われた、大陸魔法協会とフリージアの魔法使いの模擬戦。一級魔法使いとの魔法戦だった。ゼーリエに渡した条約、その中にあった魔族の試験への参加を見越しての予行練習。もっともこちらはフェルンも含めているので、魔族だけではなかったのだがそれはさておき。

 

その相手が一級魔法使いになるのは予想外だった。そこらの魔法使いで十分だというのに。恐らくはゼーリエの差し金だろう。弟子を見せびらかしたかったのか、それとも先の命乞いの意趣返しか。何にせよ子供のような奴だ。

 

その結果、一級魔法使いの三人、ゼンゼ、ゲナウ、ファルシュとフリージアの魔法使いであるリーニエ、リュグナー、フェルンの三対三の模擬戦を行うことになった。

 

だがその結果を、生ける魔導書も読み違えたのだろう。直感とやらもあてにはならない。

 

 

(人間が魔族に連携で負けてれば世話ないわね……)

 

 

結果はフリージア側の勝利だった。間違いなく実力の上では一級魔法使いたちに分があったのだろう。だが魔法使い同士の戦いは相性、イメージの戦いだ。魔力の多寡だけでは決まらない。特にリュグナーはゼンゼにとっては天敵だった。血液を操る魔法と髪を操る魔法の相性差だろうか。

 

リュグナーの血液を浴びた髪の毛は固められ、ゼンゼは思うように実力を発揮できず、リーニエとフェルンは二人とも初見殺しの強さを武器としている。結果不意打ちに近いような形での決着となった。

 

連携の練度の違いも明らかだった。それぞれが人類の最高峰とされる一級魔法使いだからこそか。恐ろしく我が強く、協調性がない。あの老害が弟子に甘いのもあるだろう。

 

その点はフリージアの方が勝っている。泥臭いアゴヒゲの戦士による教導によってこの子たちは毎日しごかれているのだから。体に染みついてしまっている。

 

もっともそれは今回だけだろう。十回やれば一回あるかどうかの勝ちを拾った形。ただそれは模擬戦だからこそ言えるもの。実戦では次などないのだから。

 

 

『お前たちは何をやっている』

 

 

それを目の当たりにしたゼーリエは見物だった。平静を装っていたが、内心は大荒れだったに違いない。ゼンゼだけではなく、他の一級魔法使いたちも黙り込むしかない。しかしゼンゼはそれに加えて髪も血塗れになってしまったことで涙目になってしまっていた。それを見かねたのか

 

 

『一緒に髪を洗ってあげる!』

 

 

リーニエはその髪を洗うのを手伝うことにしたらしい。そうと決めたらヒンメルの弟子でもあるこの子は行動力の塊だ。あれよあれよという間に総出でゼンゼの髪を洗うことに。フェルンも加わり、まるで洗濯物をするかのような騒ぎに。結果的にあげた髪を乾かす魔法を試す場となった。本人は血の匂いが残っていないかを気にしていたが、杞憂だろう。良い匂いだとフェルンに狙われていたほどだ。

 

 

「それではアウラ様。私は先に戻り、手続きを済ませておきます」

「ええ。頼むわ」

「お任せを」

 

 

もう護衛の必要はないと判断したのか。それともこれ以上リーニエたちに付き合いきれないと思ったのか。リュグナーはそう言い残し、一足先に飛行してフリージアへと向かっていく。今回の旅で一番成長したのはこいつで、損したのもこいつだろう。

 

損したのはゼンゼの件。リュグナーからは何の謂われもない、当然のことをしただけ。内容からすれば一級魔法使いを討ち取ったに等しい大戦果だというのに、ゼンゼの髪を汚したことでリーニエはおろか、フェルンからも厳しい目を向けられてしまったのだから。人間曰く、髪は女の命だったか。そのせいでリュグナーは居心地の悪さを隠しきれていなかった。

 

それは置いておくとしても、オイサーストでも積極的に人間たちと交流を図っていた。本人からすれば敵情視察なのだろうが。学ぶべきことも多かったはず。何よりもゼーリエからの圧迫面談を乗り越えたのだから。名実ともに、私よりも遥かにこいつの方が一級魔族だろう。

 

当の私は客間に閉じこもりきりの一週間だったが。いや閉じ込められていた、が正しい。私は天秤のアウラなのだから。それと向かい合えるゼーリエや一級魔法使いたちがおかしいだけ。自由に外を出歩けるわけもない。なのでリーニエたちに図書館から魔導書をもって来させて、読み漁っていた。時折、リーニエたちや一級魔法使いがちょっかいを出してきたが、フリージアに比べればゆっくり過ごすことができた形。

 

たまにはこういうのも悪くない。やることがなく、読書ばかりしていたあの頃を思い出せた気がする。

 

 

「あ、飴坊主だ! アイゼンもいる! みんなただいま!」

 

 

気づけばもう城門を通っていたのか。我先にとリーニエが駆け出していく。その先には見知った二つの人影がある。

 

 

「おや、誰かと思えばリーニエでしたか。見違えましたよ。背が伸びたようですね」

「むぅ……ハイター嫌い」

「はっはっは、冗談ですよ。おかえりなさい。素敵な髪型ですね。前よりもずっとお姉さんになっていますよ」

 

 

その一つである、偽物の賢者が相変わらずリーニエをからかっている。せっかく髪を自慢しようとしていたリーニエは当てが外れて頬を膨らませている。このやり取りも変わらない。きっと買収するためのリンゴも用意しているに違いない。

 

 

「エーヴィ……ハイター様、ただいま戻りました」

「おかえりなさい、フェルン。向こうではちゃんといい子にしていましたか?」

「……はい。でも私はもうそんなに子供ではありません」

「おや、これは失礼。そうでしたね」

 

 

同じように、それでも偽名で呼ぶべきか悩みながらフェルンが挨拶する。こちらもいつもと変わらない二人のやり取り。だがそれはフェルンにとっては不満なものらしい。それもそうか。ハイターのそれはまるで出会った頃のフェルンに対する、子ども扱いだったのだから。ハイターにとっては大きくなってもフェルンは子供なのだろう。私にとってのリリーやシュトロのようなものか。

 

 

「まだ生きてたのね。ヒンメルみたいに死んでたらどうしようかと思ったわ」

「これは手厳しいですね。まだお迎えには早いかと。可愛い死神に会うまではね」

「生臭坊主」

 

 

とりあえずは生きていたらしいハイターにそう悪態をつくも、それを懲りることなく言い返してくる。やはりこいつも変わらない。生臭坊主のままだ。死んでもそれは変わらないだろう。そして

 

 

「珍しいわね。あんたも一緒に出迎えなんて」

「そうか。そう思うか」

 

 

同じように死んでも変わらないであろう頑固者、臆病者にそう告げる。戦士アゴヒゲことアイゼン。こいつがこうして出迎えに来るなんて珍しいこともあったものだ。ハイターとは違って魔力探知もできはしないだろうに。

 

 

「一体何が目的なわけ?」

「簡単だ。体を軽くする魔法が恋しくてな。あれがなくては調子が出ん」

「あんた私を何だと思ってるわけ?」

「決まってるだろう。ご主人様だ」

「アイゼン、どうしてそんな嘘つくの?」

 

 

さも当然のように主人に嘘をつく都合の良い戦士。どうやら私を整体師か何かだと勘違いしているらしい。ふざけているのか。そもそもその魔法にはそんな効果はない。ひとえに自分が化け物なだけだというのに。それに気づけていない。しかしそれは嘘ではない嘘だったのだろう。

 

 

「その様子だと、目当ての物は手に入ったようだな」

 

 

その失われていない戦士の目を見せながら、髭を触っているアイゼン。なるほど。やはりそれが気になっていたのか。それでわざわざ似合わない出迎えまでして待っていたらしい。

 

 

「ええ。ふんだくってやったわ。そこの生臭坊主のおかげね。あいつの顔を見せてやりたかったわ」

「おやおや、私は賢者ですよ? 人違いではありませんか?」

「罪な男だ」

 

 

鼻を鳴らしながら、その手に戦果である魔導書を見せつける。何の力も残っていない、中は白紙の魔導書。特権の成れの果て。一度きりの反則でもある。それを手に入れるために魔法協会に行くことをこいつらには伝えてあったのだから。

 

一番はそこにいる生臭坊主の協力を得るため。私一人でもできなくはないが、相手はあの老害だ。油断と驕りはできない。本当ならこいつを直接連れて行けば手っ取り早かったのだが、その間にストレスで死なれたら面倒だ。そのまま墓までこいつを運ぶ旅に変わってしまいかねない。もっとも余計な心配だったかもしれないが。そんな中

 

 

「…………」

 

 

一人、魔力を消しているのではないかと思えるような人影があった。シュタルクだ。どうやらアイゼンたちと一緒にいたらしいが、全く気づけなかった。この私が。気配を消していたのか。見れば、顔色が悪い。どころか生気を感じられない。何があったのか。同時に思い出す。それが

 

 

「────シュタルク様」

 

 

シュタルクにとって、いやフェルンにとっての出かけて帰ってきてからの恒例行事であったことを。

 

 

「……夜更かししました」

「他には?」

 

 

まるで浮気がバレてしまった夫のように、飼い主に怒られる子犬のようにシュタルクは怯え切ってしまっている。それを淡々と尋問しているフェルン。裁判官も顔負けだろう。

 

 

「……ジャンボベリースペシャルも、食べました」

 

 

それを前に虚偽を、黙秘を貫くことはできないと悟ったのか。被告はその罪を告白する。夜更かしに甘い物。お子様のシュタルクにとっては厳罰、そしてフェルンにとっては即刻判決するに等しい罪。

 

そのままフェルンはぽかぽかとシュタルクを叩き始める。むすっとしたまま。子供そのものだ。自分もたらふくクッキーやらなにやら食べ散らかしていただろうに。だがそれを言えばさらにむくれるだけなので黙っておくことにする。リーニエもそれは同じなのだろう。口をへの字にして耐えている。とばっちりが嫌に違いない。

 

 

「ごめん! ごめんってば! 師匠たちも一緒で……今度ちゃんと奢るから!?」

「約束ですよ。今度一緒に食べに連れて行ってください」

「……はい」

 

 

そのとばっちり、癇癪に耐えかねたのか、情状酌量を訴えるシュタルクに、恩赦が与えられる。さらっと一緒に食べに行く約束まで取りつけている辺り、この子も策士だろう。育ての親の賜物か。

 

 

「痴話喧嘩はそのへんにしなさい、通行の邪魔よ」

「私たちは恋人じゃありません」

「え? どうし、むがっ……」

 

 

正確には見世物なのだが、シュタルクに免じてそれは口にしないでおこう。帰って早々に痴話喧嘩の仲裁をさせられるなんて何の罰なのか。その嘘を暴こうとしている例外の従者の口を物理的に塞ぐ。さらにややこしいことになりかねない。

 

 

「それで? その魔法であいつは見つけられたのか?」

「いいえ、まだ使ってないわ。迷子を見つける魔法と同じよ。探せる範囲も魔力次第ね。闇雲に使っても仕方ないから一度帰って来たのよ。仕事も溜まってるしね」

「なるほど。難儀だな」

「全くです」

「あんたたちね……」

 

 

閑話休題。そのまま話題は私が手に入れた特権に戻ってくる。それがハイターだけでなく、アイゼンまで似合わない私の出迎えをした、待っていた理由。ようするにあの薄情者が見つかったのかが気になっていたのだろう。残念ながらまだそこまで進んではいないが。楽しみは帰ってからに取っていたのも嘘ではないが、本当の理由はもっと単純だ。

 

エルフを見つける魔法とはいっても、万能ではない。魔法がそうであるように。効果範囲はある。私が持っている迷子を見つける魔法と理屈は同じだ。使えばすぐ見つかるのではなく、これを使って見つける、のが正しい。闇雲に使っても成果は得られないだろう。計画的に、効率よく運用しなければ。逃げた獲物を見つけるように追い詰める必要がある。立場上、私も度々外出するわけにはいかないのだから。

 

 

「まあいいわ……とりあえず一度ここで試して」

 

 

それでも物は試し。お披露目か。込めれるだけの魔力を込めて、その特権(魔法)を解禁せんとするも

 

 

「おや、やはりそうでしたか。みなさんお揃いで。お帰りになられたのですね、姉さん」

 

 

それよりも早く、もう一人の出迎えがやってくる。法衣を纏いながら麦わら帽子を被っている老人。シュトロ。これがこの国の司祭だというのだから。やはり人選を間違えてしまったかもしれない。

 

 

「ええ、今帰ったわ、シュトロ。変わりはない?」

「はい。フリージアは変わりありません。ですが、リリーから手紙が届いております。急ぎのようでして」

「リリーから? 何よ?」

 

 

フリージアの近況を確かめようとするも、それよりも早く一通の便箋が手渡される。差出人はリリーだった。間違いない。これはあの子の字だ。私にすぐに渡すようにと添えられている。一体何があったのか。そのまま封を開け、目を通す。ただそれだけ。だというのに

 

 

「────ふふっ」

 

 

思わず、そんな笑みが零れてしまった。最近の私の悪癖。それが抑えられない。

 

 

「……アウラ様、何が書かれていたのですか?」

 

 

いつからそこにいたのか。見ればフェルンがどこか遠慮がちに、不安そうにこちらを覗き込んでいる。いけない。どうやら完全に自分の世界に入っていたらしい。

 

ただ可笑しかったのだ。これではゼーリエのことも言えない。本当ならそのまま、この手紙を破り捨ててやってもいいほどの衝動。だがそれを何とか抑え込む。これを書いたあの子には何の関係もないのだから。だからこれはあいつのせいだ。

 

 

「大したことじゃないわ。渡り鳥が罠にかかって、こっちに向かってきてるらしいわ」

 

 

あの勇者ですら捕まえることができなかった、見つけることができなかった渡り鳥をついに見つけることができたのだから。

 

本当にふざけた奴だ。それを見つけるための魔法を手に入れた途端にこれだ。どれだけ空気が読めないのか。とんだ無駄足だった。

 

なのにそれがこんなにも愉しい。血が騒ぐのを感じる。まるで酩酊しているようだ。魔力が抑えられない。ようやくこの時が来たのだから。

 

 

「あら? アイゼン、どこに行く気?」

「久しぶりに墓参りに行きたくなってな。しばらく留守にするぞ」

「俺も行くぜ、師匠。兄ちゃんたちの墓参りもしたかったしな」

「なら私もご一緒しましょう。私の墓がどうなっているか気になっていたのです」

「却下よ。餌は黙ってここにいなさい」

 

 

私の言葉の意味を瞬時に悟ったのか。ぞろぞろとその場から逃げ出そうとしている餌、生贄たちを封じる。本当に小癪な奴らだ。示し合わせたように逃げ出そうとしているのだから。やはりこいつらは勇者一行なのだろう。気持ち悪いぐらいに連携が取れている。一級魔法使いたちに見倣わせてやりたいぐらいだ。

 

 

「え? リーニエ姉さんはどこに?」

「とっくに逃げちまってるよ、フェルン……」

「懐かしいですね。ヒンメル顔負けの逃げ足です。ヒンメルもよくお母さんに怒られては私のところに逃げてきていましたよ」

「そうね。でも今回は誰も逃がしはしないわ。私が誰かは知ってるでしょう?」

 

 

流石は私の、ヒンメルの娘なのだろう。気づけば誰よりも早くここから逃げ出しているリーニエ。逃げ足の速さ、危機察知能力の高さはあいつ譲りだ。もっとも、逃げたところで無駄なのだが。あの子は私には逆らえない。いや、あの子だけではない。ここにいる誰も、私を止めることはできはしない。何故なら

 

 

「────さあ、エルフ狩りの始まりよ」

 

 

ヒンメルはもういないのだから────

 

 




長くなりましたが、これで第五節は終了となります。
次話からは最終節『友達という名の主従』が始まります。ほとんどがフリーレン視点のエピソードになる予定です。そのため第一節の第十六話「薄情」と第二節の第十三話「良薬」を読み返してもらえればより楽しめるかと思います。それでは。
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