ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第二十一話 「問答」

「いいだろうハイター? ちゃんと面倒は見るから」

「いけません。そう言って最後は私が面倒を見ることになるんですから。お母さんの言うことを聞きなさい」

「いつまでこの茶番は続くわけ?」

 

 

帰り道でやっていた茶番の続きを家の中でも見せられて辟易するしかない。ようやく理解した。ヒンメルとハイター。この二人を一緒にしてはいけない。私にとっては面倒事が倍になることを意味するのだから。

 

 

「ごめんごめん、ちょっとふざけていただけさ。懐かしくてね。旅の途中は何かにつけてはハイターがお母さんのようなポジションだったからね」

「ええ、本当に苦労させられました。特にフリーレンには手を焼かされましたね。本当に寝坊ばかりして……温厚な私でなければパーティが解散していたことでしょう」

「お前舌打ちしてなかった?」

「どうでもいいわ」

 

 

極めつけがここにはいないエルフの話。こいつらの旅の思い出話なんて聞かされても私にとっては何の意味もない。時間の無駄でしかない。この二人に加えてあのエルフにドワーフまでいたのだ。一体どんな無茶苦茶な旅だったかなど聞かされるまでもない。

 

 

「それで? この馬鹿騒ぎは何? いつもこんなことしてるわけ?」

 

 

呆れながら改めて目の前の光景に突っ込むしかない。テーブルの上にはたくさんの料理、それに負けず劣らずのお酒の数々。二人は杯を手にしたまま大騒ぎしている。ご丁寧に私の前にも杯が置かれているが手を付ける気も起きない。それほどまでに迷惑な状況。

 

 

「まさか。今日は特別だからね。色々あったけどこれで君の身の安全は保障できたんだ。ちょっとぐらい羽目を外しても女神様は許してくれるさ」

「そうですとも。僧侶の私が保証します。それに親友との一年振りの再会なんですから」

「お前はタダ酒が飲みたいだけだろう」

「バレましたか」

「そう。つまり私はどうでもいいことに巻き込まれてるってことね」

 

 

とうに出来上がっているのか。上機嫌のまま二人はこっちの話を全く聞こうとしない。いや、そもそももう聞こえていないのかもしれない。そして当たり前のように僧侶のくせに飲酒しているハイター。生臭坊主以外の何者でもない。今度機会があればあの国王連中に伝えてやろう。

 

 

「どうでもいいことはないさ。これで君は堂々とこの国で生活できるようになったんだから」

「変わらずあの目立つローブを被ることが条件でね」

「それは仕方がありません。いくら王の許可を得たと言っても全ての民がそうとは限りませんから。布告を出すわけにもいきませんし。ただ人の口に戸は立てられぬと言います。いずれは露見するでしょうがそれまでは隠すべきでしょうね」

「お前が言うと説得力が違うな、ハイター」

「褒めても何も出ませんよ。あ、お替わりお願いします」

「嫌よ。自分で注ぎなさい」

 

 

当たり前のようにお酌を要求してくる生臭坊主。一体何様なのか。私は給仕でもなんでもない。そもそもこの酒盛りの準備を手伝わされただけでもいい迷惑なのにこれ以上何をさせる気なのか。本当ならさっさと奥に引っ込んで読書か鍛錬をしたいのだがこう馬鹿騒ぎをされればそれもできない。かといって出ていこうにも外は右も左も分からない王都。結局この酔っ払い二人の相手をさせられるしかなかった。

 

 

「それにしても本当に寿命が縮んだよ。アウラ、どうしてあんなことを王様に言ったんだい……? ハイターがいたから助かったけど、本当に処刑されるところだったんだぞ……」

 

 

もうすっかり酔いが回ってしまっているのか。顔を真っ赤にし、半分呂律が回っていないヒンメル。村にいる時も付き合いや祝い事では飲んでいたので弱いわけではないだろうに。きっと隣にいる酒豪のせいだろう。その飲んだくれはそうだそうだとこっちを煽ってくる始末。

 

 

「何を言ってるの? 助けたのはあんたでしょ。あんたならそうするだろうから、そうしただけよ」

 

 

呆れながらそう答えるしかない。今更何を言っているのか。でなければあんなこと、頼まれたってするわけがない。

 

 

「…………」

 

 

だがその瞬間、さっきまで馬鹿みたいに騒いでいた二人は静まってしまう。二人は顔を見合わせた後、目をぱちくりしている。まるで信じられない物を見たとでもいわんばかり。

 

 

「? 何よ? 私が何かおかしいこと言った?」

「ふふっ、はっはっはっ! これは一本取られましたねヒンメル! 彼女(魔族)にそう言わせるとは、流石は勇者ですね」

「……うるさい、生臭坊主」

 

 

何が面白かったのか。ハイターはそのままさらに上機嫌になりながらヒンメルの背中を叩いている。対してヒンメルはそのまま顔を伏せ、蹲ってしまう。一体何なのか。

 

 

それが王都を訪れた私の初めての夜の始まりだった――――

 

 

 

「……完全に酔い潰れたわね」

「いつもより飲んでいましたからね。仕方ありません。よっぽど嬉しかったのでしょう」

 

 

見つめる先にはすでに寝息を立ててテーブルに突っ伏しているヒンメルの姿。何度か揺すったが反応はなし。もう朝まで起きることはないだろう。酔っているのは村でも何度か見たことはあるがここまでではなかった。ハイターの言う通り、羽目を外してしまったのだろう。

 

 

「そういうあんたは大丈夫そうね。ヒンメルよりずっと飲んでたのに」

「まだまだこんな物ではありませんよ? 今日は少し抑えているぐらいですし。次の日には二日酔いで動けなくなるのが当たり前でしたから」

「そう。良かったわね。ならそのついでにそこの勇者様をベッドに運んで頂戴。邪魔だわ」

「承りました、お母さん」

「誰がお母さんよ」

 

 

どこかで聞いたようなことを言ってくるハイター。本当にこの二人は似た者同士なのかもしれない。私の神経を逆撫でするという意味においても。

 

そのまま散らかっているテーブルを片付け始める。さっき家中の大掃除をしたばっかりなのに何の冗談なのか。これでは村にいた方が何倍もマシだったかもしれない。やはり付いてきてしまったのは間違いだったか。そんなことを考えているといつの間にかハイターが戻ってきている。面倒なことだ。そのままこいつも寝てくれればよかったものを。

 

 

「……何? 片づけを手伝ってくれるわけ?」

「いえ、せっかくですのでこのまま二人で晩酌はいかかですか? ちょうど二人きりで話してみたかったのですよ」

 

 

そんな私の心境など全く知らず、ハイターはそのまま改めてお酒をこちらに勧めてくる。既に席に着いたまま。それを前にして私は立ち尽くすしかない。どうやら断る選択肢はないらしい。

 

 

「そう……私を始末する算段がついたってこと?」

 

 

そのまま言われるがまま席に着き、そう尋ねる。一瞬だけ、部屋の空気が、魔力が張り詰める。そのままただテーブル越しに互いを見つめ合う。

 

 

「何のことか分かりませんね。私は僧侶ですよ? そんな乱暴なことはとても」

「下らない嘘は止めなさい。あんたはヒンメルほど甘くない。ヒンメルばかりに酒を勧めていたのも私と二人きりになるためだったんでしょう?」

「そこまでお分かりになっているとは。いやはや参りました。油断していたわけではないのですが、やはり魔族は恐ろしいですね。欺くことにかけては私たちの比ではありません」

「あんたにだけは言われたくないわ」

 

 

全く動じることなく、飄々としたままのハイター。白々しい。最初からそのつもりだったくせに。目の前の僧侶が自分を排除したがっているのは最初から分かっていた。当たり前だ。どんな理由があるにせよ、魔族を見逃す、従えるなどあり得ない。勇者一行の僧侶である目の前の人間であればなおのこと。ヒンメルがおかしいだけなのだから。

 

なので私はこの男と二人きりになるのは絶対に避けなければならなかった。ヒンメルの件があるにしても少なくとも五分の確率で殺されてしまうと分かっていたのだから。そういう意味では国王との謁見などお遊び。これからの問答が本当の意味での私を裁く裁判。

 

 

「誉め言葉として受け取っておきます。そうですね、あなたの言う通り、私はあなたを討伐するつもりでした。いくらヒンメルが認めたとしてもあなたは人類にとって危険すぎる。例え親友の信頼を裏切ることになっても排除すべきだと」

「今は違うってこと……?」

「ええ。ついさっきのあなたの言葉を聞いて思い出したんですよ。私がヒンメルを信じる理由を。そのおかげですね」

「……?」

 

 

だが思わず私は肩透かしを食らってしまう。そのまま受け取るほど愚かではないが、言葉通りなら私は処刑されずに済むのだから。その理由も皆目見当がつかない。何か特別なことを言っただろうか。命乞いもしてはいないのに。

 

 

「その様子ではやはり自覚はないようですね。人間と魔族の違いでしょうか。そういえばあなたは命乞いをしないのですね。魔族の大半がこの状況なら命乞いをするはずなのですが」

「あんたにそんなことしても意味ないでしょ。私はそこまで馬鹿じゃないわ。こうして正直に話した方が生き残れる確率が高いからそうしてるだけよ」

「正直に、ですか。なるほど……そういうことですか。いやはやこれでも多くの魔族と戦ってきましたが、あなたは少し変わっていますね。いいえ、以前とは変わったと言った方が正しいかもしれません」

「……? 私は何も変わってないわよ?」

 

 

さらに理解不能なことを言ってくるハイター。私の何が変わったというのか。変わっているのはお前たちの方だと言いたい。そもそも命乞いは魔族のことを知らない連中には効果があるが、そうではない者にはあまり意味がない。そういう連中には正直に話した方が生き残れる。ここ一年で学んだ私の生き方。

 

 

「ですがあなたとこうして話してみたかったのは本当です。魔族とお酒を飲み交わすことができるなんて夢にも思いませんでしたから」

「それはこっちの台詞よ。悪夢でしかないわ。さっさと済ませなさい。答えれることなら答えてやるわよ」

 

 

目を細めながら仕方なく差し出される杯にこちらも合わせる。一気にその中身を互いに飲み干す。もっとも私は全く酔えないので真似事だけだが。それが私の命を懸けた裁判の始まり。通常の裁判は互いが命乞いをし、裁判官を騙せた方が勝者となる。だがこれはそうではない。目の前の僧侶を騙すことは私にはできない。できるのはただ正直に問いに答えて、それがこいつの琴線に触れることを願うだけ。他人任せの博打に等しい行為。

 

 

「ではお言葉に甘えて。そうですね……あなたはこれまでに殺めた人間たちのことをどう思いますか?」

「……神父っていうのは本当に同じことを気にするのね。何とも思わないわ。当たり前でしょう?」

「そうですか……同じこと、ということは以前もどこかで同じ質問を?」

「ええ。村にいる村長よ。元々神父だったらしいわ。ただ……」

「ただ?」

「その質問があんたたち人間にとって重要な物だってことは何となく理解しているわ。それだけよ」

「そうですか」

 

 

既視感。どうして神父という人種は同じことを聞いてくるのか。そういう決まりでもあるのだろうか。その答えも変わっていない。人間を殺したところで何を感じることがあるのだろうか。そこに食べるから以外に理由なんてない。食べる以外でも殺すことはあるがそこに深い理由なんてあるわけもない。ただこの答えが、人間たちにとって何か大きな意味があること、口にすべきではない事柄であることは分かる。

 

 

「ちなみに今日の王都の謁見ですが、その内容をあなたはどこまで理解していたのですか?」

「? 質問の意味が分からないわ。何が聞きたいわけ?」

「そうですね……王と私が一体何を目的にして話をしていたか、ということです」

「ああ、そういうこと。どうヒンメルの安全を確保するかで言い争ってたんでしょ?」

 

 

遠回しな言い方で理解に時間がかかってしまった。だが分からない。何でそんな分かり切ったことを聞いてくるのか。

 

あれはただの妥協点の探り合い。互いの目的も同じ。勇者をいかに無罪放免するか。ただそれだけ。それ以外のことは意味がない行為だった。そういった意味では結果が分かり切っている、裁判とも言えないものだったのかもしれない。

 

 

「……その通りです。理解していたのですね」

「当たり前でしょう? お互い目的が同じなのに中々終わらなくて苛々したわ。本当に人間っていうのは面倒ね」

「それに関しては私も同意します。ですが気にはならなかったのですか? 王も私もあなたの安全については無視していたのですよ?」

「それの何がおかしいのよ? 私の安否なんてあんたたちが気にするわけないじゃない。気にするのはせいぜいあのお人好しの勇者様ぐらいね」

 

 

何を気にする必要があるのか。魔族である私がどうなろうと国王も僧侶も知ったことではないだろう。重要なのは勇者なのだから。当の勇者様はそうとも知らずに私の命を救おうと必死だったようだが。本当に馬鹿な奴。

 

 

「……何よ? 気持ち悪い顔して」

「いえ、少しあなたという魔族が分かった気がします」

 

 

気づけば気持ちの悪い顔をしてハイターがこちらを見つめている。一体何を言っているのか。

 

 

「これなら話してもいいでしょう。アウラ、何故あなたを助けたのかヒンメルから聞いたことはありますか?」

「ええ、村長とシュトロが私の命乞いをしてくれたおかげね。あいつらがお人好しで本当に助かったわ」

「そうですね。ですがそれだけではないのです。ヒンメルはあなたを救うことで償いをしたかったのですよ」

「償い……?」

 

 

また聞き馴染みのある言葉。償い。人間が大好きな、魔族にはない概念。ヒンメルはそれを私にさせたかったようだがここ最近はそれを言ってこなくなった。あきらめてしまったのか忘れてしまったのか。そして自分もそれがしたかったらしい。本当に理解できない。

 

そのまま聞いてもいないのにハイターは語り始める。旅の初めの頃、ある村での子供の魔族によって起きた出来事の顛末を。

 

 

「そう……本当に無駄なことばかりしているのね、人間(あんた)たちは」

「無駄……ですか?」

「そうでしょう? その村長が死んだのはそいつが愚かだっただけ。魔族の子供は未熟だっただけね。もっと上手くやればあんたたちから逃げられたでしょうに。でもそれだけよ。ヒンメルが気にする必要なんてないわ。愚かな人間が魔族に殺された。ただそれだけ。人間(あんた)たちの寿命は魔族(わたし)たちより遥かに短い。そんな無駄なことを気にするほど余裕があるとは思えないけど」

 

 

どうして人間というのはそう無駄なことばかりしているのか。よっぽど暇なのだろう。私達よりも遥かに短い寿命の癖に。聞かされた話についてもそうだ。確かにヒンメルならそれを防げたかもしれないがそもそもそれはその村長の油断。失態。何故それを気にするのか。

 

 

「そうですか……ですがヒンメルはそう思えなかったのでしょう。自分のせいで命が失われてしまった。その意味を、意義を探し続けている」

「? 意味ならあったじゃない。そのおかげであんたたちは魔族(わたし)たちがどんな生き物かを知ることができた。良かったじゃない。もしそれが遅れていたらもっと致命的なことになっていたかもしれないわよ」

「それは……」

 

 

仕方ないので私なりにそれに答えてやる。もしそこで魔族の正体を知らなければ、その先もっと狡猾な魔族と出会った時取り返しのつかないことになっていたかもしれない。最悪ヒンメルが命を落とす事すら。そういう意味ではその村長はヒンメルを救ったと言えるかもしれない。

 

 

「まあどうせあんたたちは納得しないんでしょうね。ヒンメルもまた余計なことを私に押し付けているってことでしょ。その村での出来事と私は何の関係もないのに」

 

 

無論それでもこいつらは納得しないのだろう。ヒンメルもまたそれは同じ。その償いとやらに私を巻き込んでくれている。私は殺された村長でも魔族の子供でもないのに。

 

 

「本当にヒンメルは無駄なことが好きな奴ね。それに付き合わされるこっちの身にもなってほしいわ」

 

 

その無駄の結果が今の私の有様なのだ。そのおかげで命を繋いでいるという矛盾。考えるだけで頭が痛くなってくる。

 

 

「何? 言われた通りに答えただけよ? 何か文句があるわけ?」

「いえ、ヒンメルのことをよく理解していると思っただけです」

 

 

どこか満足げにこちらを見つめているハイター。一体何様なのか。そういえば僧侶様だったか。飲んだくれているのですっかり忘れてしまっていた。何がお気に召したのかは定かではないがとりあえず処刑は免れたらしい。しかしこう一方的に詰問されっぱなしでは癪だ。一つ、意趣返しをしてやろう。

 

 

「冗談でしょ? 私は未だにあんたたちのことが全く分からないわ。特にあのエルフね。こんな化け物みたいな連中と一緒に旅して、足手纏いにしかならなかったでしょうに」

 

 

もっとも上手くいくかは分からない、確率の低い賭け。それを悟られぬよう何食わぬ顔でそう漏らす。先程までとは違う、人を欺く魔族としての私。

 

 

「そんなことはありませんよ。確かに彼女の魔力量は決して多くはありませんが、彼女は優れた魔法使いでしたから」

「あらそう。でもおかしいわね。私は一言も魔力量のことなんて言ってないわ。何でそんな話になるわけ?」

「…………」

 

 

それによって狡猾であるはずの僧侶は尻尾を見せてしまう。油断、慢心。酒による思考力の低下か。何にせよ言い逃れはできない。

 

 

「そう……やっぱりあのエルフは魔力を制限してるのね」

 

 

それがあのエルフの、魔法使いの違和感の正体。

 

 

「……ヒンメルから聞いていたのですか?」

「いいえ。でもあいつがあのエルフのことを話す時に度々違和感があったの。何かを言いたくても言えない、隠してるような気配が。確信したのはたった今だけど」

「なるほど、カマをかけられたということですか。これはやられましたな」

 

 

頭を掻いている僧侶を見ながらそう種明かしする。そう、それは一年前からだった。あのエルフの話題になるたびにヒンメルには違和感があった。私から見れば魔力量の低いあのエルフを馬鹿にする度に反論しようとするも煮え切らない態度。加えて先日の魔物討伐の際の魔力制限に対する反応。私が魔族でなくとも何かあると思うだろう。

 

 

「仰る通り、彼女は体外に流れ出る魔力を常時制限しています。生まれてからほとんどの時間を」

 

 

観念したのか。ハイターはそう真実を明かしてくる。だがその内容は問い詰めた私からしても理解できない内容だった。

 

 

「……意味が分からないわ。何でそんなことしてるわけ? その時間を他の鍛錬にあてた方がよっぽど有意義じゃない」

 

 

確かにあのエルフが魔力の制限をしている可能性があるとは思っていた。だがその意図が全く分からなかった。何故魔力を制限するのか。そんなことをしても何の意味もない。一時的ならまだしも常時そんなことをしていては体が保たない。そんなことに時間を費やすのなら魔力を増やす鍛錬をした方が百倍マシだろう。

 

 

「魔族にはやはり理解できないのですね。フリーレンは正しかったということですね。単純な話です。今のあなたの答えがその理由です」

「……?」

 

 

納得がいったとばかりの態度の僧侶を前にただ困惑するしかない。一体何を言っているのか理解できない。そもそも言葉が通じているのか怪しい。そこまでの齟齬。その意味を

 

 

「分かりやすく例え話をしましょう。今あなたの目の前に敵としてフリーレンがいるとします。あなたは万全。彼女の魔力量はあなたの半分以下。さあ、どうしますか?」

「? そんなの決まってるじゃない。私の服従の魔法(アゼリューゼ)で操って終わ――」

 

 

その瞬間、ようやく私は思い知った。

 

 

「ようやく気付きましたか。もしそのままだったならあなたはフリーレンに逆に操られてしまっていたでしょう。彼女なら……自害でも命令されていたかもしれませんね」

 

 

知らず冷や汗が全身を濡らし、体が震える。気づけば手が首にかかっていた。まだ自分の首がつながっている。それを確かめるように。それはハイターの言葉が嘘偽りない真実であることを私が認めてしまったことに他ならない。

 

 

「魔族が人間を言葉で欺くように、魔力で欺いて魔族を殺す。それが彼女、葬送のフリーレンの戦い方です」

 

 

あのエルフの魔法使いが、何故私たち魔族に『葬送』の二つ名で呼ばれているのか。その意味を。

 

 

「っ!? ふざけないで!! こんな魔法を愚弄するような……これじゃあただの卑怯者じゃない!?」

 

 

だがそれは魔族として、いや魔法使いとしてあってはならない行為。魔法という自らの誇り、魂を汚すに等しい愚かな在り方。魔法使いの風上にも置けない卑怯者。しかしそれによって私たちはことごとく葬られてきた。騙され、虚を突かれ。それがいかに無念だったか、許しがたかったか。侮辱でしかない。

 

 

「それはフリーレン自身が一番分かっていることでしょう。その上で魔族を殺すために魔法を貶めている。血の滲むような努力によって。そして今あなたが感じている怒りと同じものを人間たちは魔族に感じているのですよ」

 

 

そんなハイターの言葉に口を噤むしかない。理屈として理解はできる。私たちに欺かれる人間たちも同じような心情だったのだと。それでも納得はできない。しかしそんな中、ようやく気付く。それは

 

 

「……待ちなさい。じゃああのエルフはあんたよりも魔力量が多いってこと?」

「はい。およそ私の倍でしょうか。千年以上を生きている彼女(エルフ)だからこそ持ち得る魔力ですね」

「――――――」

 

 

私の魔法使いとしての自尊心を粉々にして余りある事実。こちらを欺くまでもないほどの実力の差が、私とあのエルフの間にはあったのだから。

 

 

「…………なんでそんなことを私に教えたのよ?」

「はい?」

「とぼけないで。こんな話、魔族である私にするなんてあり得ないわ。自らの手の内を晒すようなものじゃない」

 

 

頭に上った血が下がってきたのを感じながらそう尋ねる。そう、そもそも前提からおかしい。魔力の制限を認めるまでは分かるにしても、なぜそこまで明かす必要があったのか。魔族であり、敵である私に。

 

 

「そうですね。いくつか理由はありますが……一つはこれ以上隠すことはできないと思ったからです。現にあなたは勘付いていましたし、知っての通り、ヒンメルは嘘をつくのが苦手ですからね。遠からず露見してしまっていたでしょうから」

 

 

その理由には思わずこっちも納得するしかない。あの男は嘘をつくのに致命的に向いていない。私には嘘をつかないなんて豪語しているくらいだ。その内ボロを出すのは時間の問題だっただろう。そして

 

 

「もう一つはバレたとしてもフリーレンにとっては問題ないと判断したからです。アウラ、今までの話を聞いた上でフリーレンと対峙した時あなたはどうしますか?」

「はあ? そんなの逃げるに決まって――」

 

 

もう一つの理由に入った瞬間、思わず歯を嚙みしめてしまう。そう、図らずも私は自分でその答えを口にしてしまったのだから。いや、これは図られてなのだろう。

 

 

「それが答えです。あなたは慎重な、臆病な魔族です。ヒンメルに敗れてからずっと身を隠していたように。そんなあなたがフリーレンの力を知れば戦おうとはしないでしょうから」

 

 

そんな魔族ですら裸足で逃げだしかねない胡散臭さの僧侶は理由を明かす。それに反論する術を私は持たない。

 

 

「……馬鹿にしてるってわけね」

「とんでもない。私たちも勝てない相手から逃げ出すのはしょっちゅうでしたから。むしろ私は好感すら持ちますよ。それに例え魔力の偽装がバレていたとしても彼女は決して負けません。彼女の二つ名が何であるかは魔族(あなた)たちの方が知っているでしょう?」

「……っ!」

 

 

魔力の偽装が露見したとしても問題にならない。それだけの強さがあのエルフにあるという絶対の信頼。歴史上で最も多くの魔族を葬り去った魔法使い。その真髄。何のことはない。魔族にとってあの魔法使いこそが本当の化け物だったということ。

 

 

「そして最後の理由。これは単純です。ヒンメルがいる以上、そんな心配はいらないと思ったからです。彼がいるならきっとあなたがフリーレンと争うようなことにはならないでしょうから」

「……今会えば私の方が一方的に始末されるでしょうね」

「そこはヒンメルの甲斐性次第ですね」

 

 

はっはっはっ、とそれまでの空気が嘘のように飄々としながら酒を飲み始める自称僧侶。こいつは一体どれだけ飲むつもりなのか。つまり私にできることは絶対にあのエルフには近づかないようにすることだけ。しかしこのままではいつそうなるか分からない。いつになるか分からない死刑宣告をされたようなもの。

 

 

「色々偉そうに言いましたが、私なりにあなたを信頼した証です。ヒンメルが信じるあなたを私も信じてみたくなった。それだけです」

 

 

そんな私の様子がお気に召したのか、楽しそうにハイターはそんな意味が分からないことを言ってくる。本当に勇者一行というのはどうなっているのか。頭に花畑が咲く魔法でもかけられているのか。

 

 

「何よそれ。結局他人頼りってわけ?」

「耳が痛いですな」

「間違いなくあんたはあいつの仲間、いいえ親友ね。生臭坊主」

 

 

心底呆れながら、あきらめて酒盛りに付き合うことにする。そこからの話の内容は覚えていない。分かるのはただ覚える必要のない、下らない話ばかりだったということだけ。

 

 

それがアウラが生臭坊主と一緒に飲み明かすことになった王都での夜の終わり。

 

 

 

 

余談だが、アウラは翌朝、二日酔いによってアンデッドと化した勇者と僧侶の世話をする羽目になるのだった――

 

 

 

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