ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第三話 「羨望」

(あれは……)

 

 

ただ目を奪われ、足を止めてしまった。詳しい場所を聞いたわけでも、家の外観を知っているわけでもない。見れば分かると言われ、言われるがままに彷徨っていただけ。だがすぐにその意味を理解した。何故ならそこには

 

まるで家を囲むように咲き乱れている、青い花の花畑があったのだから。

 

ただ息を飲んだ。その光景に。そう、これは花畑だ。庭に植えてあるどころではない。花畑の中に、家が埋もれてしまっている。そっちの方が正しい。間違いない。ここがヒンメルの家だ。こんなことをするのはヒンメルぐらいだ。目立ちたがりで、自意識過剰な勇者そのまま。リリーが言っていた意味が理解できた。

 

でも驚いている一番の理由はそうじゃない。何故なら私はそれを知っていたから。知らないはずの花なのに、それを私は知っていた。それは

 

 

(これは、ハイターのところに咲いてた花……これが、蒼月草……?)

 

 

数年前、ハイターの別荘を訪れた時に、その周りに咲き乱れていた花と同じだったのだから。なら、これが蒼月草だったのか。私は、そうとも知らずにこの花に目を奪われていたのか。何の花なのか知らないまま。その名前も知らずに。

 

 

『僕の故郷の花でね。とても美しいんだ。まあ、僕ほどではないんだけどね』

 

 

知らず屈み、その花に触れながら思い出す。私が出した花畑ではしゃいでいるハイターとアイゼン。それを横目に、私の頭に勝手に花の冠を被せながら、そう自慢げに告げてきたヒンメルの姿。素直に花だけ自慢すればいいのに、余計なことまで。それに呆れるまでがお約束だった。それでも

 

 

『フリーレン。いつか君に見せてあげたい』

 

 

その横顔を、声を覚えている。忘れたりはしない。機会があればね、とだけ素っ気なく返事したのを、どこか満足げにしていたのも。いつか。それがどんな意味を持つのか、あの時の私には理解できていなかったのだ。ヒンメルは、きっとそれが分かっていたのだろう。

 

 

(間違いない。これは魔法で生み出された花……花畑の魔法だ)

 

 

思い出していいはずなのに、思い出すのがまた辛くなってしまいそうになるのを耐えながら、手の中にある蒼月草を分析する。

 

そうだ。やっぱりこれはハイターのところに咲いていたものと同じ。魔法で、花畑の魔法で生み出されたもの。自分もハイターのところから拝借してきた。それはもう枯れてしまったが、ここの花は違う。きっと花を保存するような魔法がかけられているのだろう。魔力も感じられる。それがこの魔法を使った魔法使いが同一人物であることを示している。

 

 

(ならこれは……)

 

 

魔法はイメージだ。イメージできないことは実現できない。それは人間でも魔族でも変わらない。どんなに卓越した魔法使いでも、花をイメージできなければ、この魔法は扱えない。それもこれだけの花畑を。その一つ一つに、使い手のイメージが現れている。この花自体の美しさだけではない。人間でもこれほど花畑の魔法を扱える魔法使いはいないだろう。私もこの花を咲かせることはできるが、目の前のそれには遠く及ばない。

 

あり得ない。魔族が、こんな魔法を使うことも。それに及ばない、私自身も。ただの勘違いか、騙されているだけ。そう考えるのが当たり前だ。なのに

 

 

(これはまるで……)

 

 

かつての記憶が蘇る。ヒンメルたちと一緒に旅をするよりも遥か昔。私にとっては人生の始まりでもあった、今よりも遥かに魔法使いとして、エルフとして未熟だった頃の記憶。

 

 

『フリーレン、一つ頼みがある』

 

 

魔力の制限の鍛錬をしていた私の後ろから、そんな声が聞こえてくる。出会った頃から老いてしまった、師の言葉。でも、どこからしくない声色で。

 

 

『私の墓の周りは花畑にしてくれ』

 

 

そんな似合わない言葉を、お願いをされた。今思えば、それは遺言だったのだろう。そこで知ったのが花畑を出す魔法だ。師匠(せんせい)が一番好きだった魔法。それを教えてもらった。

 

そういえば、自分から魔法を教えてほしいと頼んだのは、これが初めてだったかもしれない。戦いのことしか学んでこなかった私には。そんな私の魔法を、花畑を出す魔法をヒンメルは好きだと言ってくれた。

 

師匠(せんせい)の言葉通り、その墓の周りを私は花畑にした。それを前にして、佇んでいたのを覚えている。今と同じように。墓ではなく、家なのに。それが重なってしまう。

 

 

『────もし僕が死んだらお墓の周りを花畑にしてほしいんだ。いいかな?』

 

 

そんな、あり得ない声が聞こえた気がした。そうだ。ヒンメルなら同じことを言いかねない。もし、私が約束より早く来ていれば、王都に残っていればそう頼まれたかもしれない。ヒンメルならやりかねない。

 

そう、これはきっと葬送なのだ。私の二つ名でもある。私にとっての初めての葬送は師匠(せんせい)だった。だからこそ分かる。目の前の光景が、その意味が。

 

 

魔族(アウラ)人間(ヒンメル)を……?)

 

 

あり得ない。魔族は、もういない者など気にしない。あいつらは、ただ今を生きることしか考えない獣だ。そんな無駄なことをするのは、人類だけだろう。そもそもこの魔法を使ったのが、あいつだと決まったわけじゃない。なのに、こんなにも心が乱される。魔力をちゃんと制御できているのか分からない。今、自分がどんな顔をしているのかも。この感じたことのない、感情が何なのかも。

 

 

────それからのことはあまり覚えていない。ただ、あっという間に時間が流れたことは何となく覚えている。

 

 

引き込まれるように、誘われるように、罠にかかってしまったように。私はそこに入り浸ることになった。誰に言われたわけでもない。私自身の意思で。

 

そこには確かな生活の跡があった。三人分の椅子とそれに合わせたようなテーブル。示し合わせたようにお揃いのティーカップ。揃えられた調度品。外には大きな庭がある。そこには打ち込み台のような物がある。その傍には使い古された、長さが不揃いな木剣が並んでいる。ヒンメルが使っていたにしては短い、短剣のような物まで。クローゼットには小柄な法衣が仕舞われていた。子供が着るような大きさの。それだけで、ここにはヒンメルとあいつ以外にも誰かが住んでいたのだと分かる。

 

ここに残されたもの。その全てが物語っている。リリーが語ってくれた話が全て真実だったのだと。絵空事でも、御伽噺でもないのだと。それをまざまざと見せつけられてしまう。

 

まるで家族ごっこだ。ヒンメルは、魔族相手に一体何をやっていたのか。

 

この家だけではない。村のそこかしこにも、その跡が残っている。極めつけが銅像だろう。見たことのない、似合わない髭をしたまま、手に服従の天秤を持っているという悪趣味さ。

 

それに加えて、書斎も酷かった。所狭しと、魔導書に溢れていた。魔導書には何の罪もないのだが、気に障った。何故ならその中には、明らかに私が好みそうな魔導書がまとめられていたのだから。それは一画だけで、それ以外は実用的な魔導書で占められていた。あいつの趣味だったのか。ヒンメルの入れ知恵か。

 

あいつは私ではないというのに、ヒンメルは何か勘違いしていたのか。私と魔族を一緒にするなんて。

 

知らず胸が締め付けられるような感覚が襲い掛かってくる。ここ最近感じるようになったもの。傷にはならないのに、ミミックに齧られるよりもよっぽど痛い。来なければよかったと後悔するのに、ここに来てしまうのは何故なのか。

 

それは言葉にできない違和感、いや空気がここにはあったからだ。生活の跡がある。今も誰かが住んでいるような、匂いが、温かさが。なのにそれに馴染めない。まるでそう、時間が止まってしまっているような。

 

いや、時間が止まってしまっているのは私の方なのだ。だからこんなにも疎外感がある。仲間外れにされてしまったような、置いてけぼりにされてしまったような。以前はそんなこと何も気にならなかったのに。そもそも気づけなかったのに。

 

 

『…………フリーレン様は、本当に何もご存知ないのですね』

 

 

何も知らない。知ろうとしなかった。そのツケが回ってきている。

 

 

────どうして教えてくれなかったのか。

 

 

そう思ってしまう私がいた。ハイターとアイゼン。二人は知っていたはずなのに。教えてくれることもできたはずなのに。ヒンメルも。流星を見に行く前に、道中に、あの後にだって。

 

 

でも違うのだ。それが私の罪なのだ。知ろうとしなかった。ヒンメルのことも、蒼月草のことも。いつも待っていたのだ。誰かがその手を取ってくれるのを。あの日、ヒンメルが私の手を取ってくれたように。

 

 

なら。今の私がするべきことは、きっと────

 

 

 

「もう旅立たれるのですか、フリーレン様?」

 

 

目の前にいるフリーレン様にそう声をかける。そこには大きな鞄を手にした、ここに来られた時と変わらないフリーレン様の姿がある。飾り気のない、どこか淡々とした雰囲気。よくハイター様たちが、この方のことを渡り鳥だと称していた理由が分かる気がする。一つ所に留まらない。きっとこの方にとっては、それが当たり前なのだろう。

 

 

「そうするよ。これ以上ここにいると迷惑だろうからね」

「そうですか……」

 

 

でもきっと、それだけではない。この方にとって、この場所は安らげる場所ではなかったのだろう。どころか居心地が悪かったに違いない。その因縁もあるだろうが、村人たちからの扱いも。姉さんに関する情報収集もあったのだろう。フリーレン様は村人たちからもその話を探っていた。その真偽も含めて。

 

でもそれは、姉さんを慕っている村人たちからすれば面白いものではない。いくらフリーレン様が勇者一行の魔法使いだとしても。共に生きてきた、築いてきた年月の差。それによって、フリーレン様はここでは近寄りがたい存在となってしまった。まるでこの村にやってきたばかりのアウラ様のように。

 

それでもそれを微塵も感じさせることなく、フリーレン様はこの村で過ごされていた。時間にすれば一週間ほどだが。淡々と、気にした風もなく、どこか人間味を感じさせないほどに。

 

でもそうではないのだ。ヒンメル様たちが言っていたように。この方は薄情なのだ。情がないわけではない。それが希薄で、それを表に出さない方なのだ。

 

夜遅くまでヒンメル様の家に入り浸っているのを目にした。私の言葉を、話を本当に信じていないなら、そんなことをする必要もないだろうに。不器用、ともいえるのかもしれない。

 

 

『余計なことは言わなくていいわ。どうせあのエルフは信じやしないから』

 

 

そんな姉さんの言葉を思い出す。もしフリーレン様がこの村にやってくることがあればそうしろと命じられていたこと。きっと姉さんは見通していたのだろう。こうなることを。だからこそ私に余計なことをするなと釘を刺していた。

 

でも、私もそれを破ってしまった。きっとリーニエにも叱られてしまうだろう。でもそうせずにはいられなかった。全てではない。ヒンメル様が亡くなられてから、姉さんがフリージアを興すまでだが、私なりにこの方には伝えさせてもらった。この村で、暮らしていた、生きてきた者として。

 

きっと大きなお世話だろうけど。姉さんが何をしようとしているかは何となく分かっている。それがヒンメル様ならしないであろうことであることも。言葉だけでは届かない、この方の心の氷を溶かすために。

 

 

「迷惑ついでに聞いていい? あの花畑を出したのは誰?」

 

 

何とはなしに、フリーレン様がそんなことを尋ねてくる。本当に今更な質問。言葉にしなくても分かるようなこと。知らない人であれば、人の心がないと言われかねないもの。でもそうではない。この方は知ろうとしているのだから。ただ人よりも、それが伝わりにくいだけ。

 

 

「姉さんです。花畑を出す魔法は姉さんが好きな魔法なので。よくヒンメル様にせがまれて、渋々使っていました」

 

 

なのでそう嘘をつく。嘘ではない嘘を。本当は、私の方がよくそれを見せてもらっていたのに。

 

姉さんはこの魔法が好きなのではない。この魔法が好きだった、ヒンメル様が好きだったのだから。

 

 

「……そう。やっぱり聞くんじゃなかった」

 

 

きっとそれが分かっていたに違いない。それでも間違いであってほしいとわざわざ聞いてきたのだろう。露骨に嫌そうな顔をされている。情が薄いとは思えないような表情。

 

それでもう聞きたいことは、用は済んだのか。踵を返し、フリーレン様は去っていく。八十年越しの約束を果たせぬまま。それが良いことだったのかどうか、私には分からない。それでも

 

 

「……忘れてた。フリージアに行くついでにスカート捲りのクソガキにお仕置きしておくよ」

 

 

振り向きざまに、フリーレン様がそう言い残していく。自分の意見は曲げない。それでも、ほんの少し私に寄り添ってくれた証。ヒンメル様が好きだと言っていた、葬送の魔法使いの本当の姿。

 

 

「はい。宜しくお願いします、フリーレン様」

 

 

それが聞けただけで、きっと意味はあったのだろう。願わくば、天国で肝を冷やしているであろう、罪な勇者様が報われるであろう結末を迎えることを。

 

 

 

リリーはそのまま、来た時とは違い、見るからにはち切れそうな、重そうな鞄を持ちながらよろよろと去っていく渡り鳥の後姿が見えなくなるまで見送るのだった────

 

 

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