ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第六話 「小僧」

ただ息を潜めて、身を隠す。

 

街道から少し離れた、整備されていない森の中。纏っているローブも加えて、まるでお尋ね者になってしまったかのようだ。いや、それはある意味間違ってはいないのだろう。奴らからすれば、私は間違いなくお尋ね者なのだから。

 

身を隠し潜伏し、それを盗み見る。ここから遠く離れた場所を。しかしそれが鮮明に見える。遠くが見える魔法。いわゆる遠見の魔法。盗人のようだが、今の自分は暗殺者だろう。帝国にいるという影の戦士の真似事か。

 

 

(そういえば、たまにこうして潜入してたっけ……)

 

 

思い出すのはかつてのハイターの隠密魔法。冒険を始めたばかりの頃。正面突破が無理な場面での攻略法。血の気が多いヒンメルやアイゼンのせいでそんなことをしていた。もしハイターがいればそれもできただろうが、言っていても仕方ない。今ある手札でどうにかするしかない。

 

 

(あれがフリージア……)

 

 

グラナトと同じように、城壁に囲まれた国。目を凝らすまでもない。間違いない。あれが魔族国家フリージア。散々聞かされてはいたものの、この目で見るまではその実在を信じ切れてはいなかったが、事ここに至っては認めざるを得ない。

 

その証拠に、今も街道を多くの人々が歩いている。その流れはフリージア、その城門へと向かっていた。まるで関所のようだ。その多くは難民なのだろう。女子供、一目見て貧しいと分かる者たちばかり。フリージアに救いを求めて多くの人々がやってきている。

 

城門には受付の女性がいた。グラナトとは対照的な、強面の衛兵ではない柔和そうな女性。だがそれに並び立っているのは屈強な肉体を持った衛兵。違うのは、その頭に二本の角が生えていること。人間ではない、魔族の証。人間と魔族が並んで共にいる。あり得ない光景。それがあそこがフリージアの城門であることを意味している。

 

その周囲には小さな集落のようになっている一画がある。見ればフリージア側の人だろうか。配給のようなことをしている。入国を待っているのか、それとも断られてしまったのか。慈善活動云々も嘘ではないのだろう。

 

だが直接見ている光景よりも何よりも、ここがフリージア、あいつの根城であることを私は確信する。それは

 

 

(絶大な魔力だ。間違いない。あいつはここにいる)

 

 

魔力だった。こんなに離れていても、すぐに感知できるほどの絶大な魔力。それが何よりも証拠だ。アウラの存在を確信する。

 

魔族は魔力を包み隠さないし包み隠せない。哀れだ。それが自らの存在を、居場所を晒してしまっていることに気づけていない。

 

 

(おおよそ聞いていた通りだね……厄介だ)

 

 

遠見の魔法を解除しながら、改めて辺りを見渡す。フリージアに続く街道から少し離れた森の中。そこが私の潜伏している場所。魔力も隠匿し、フードを被って身を潜めている自分を見つけることは困難だろう。例え魔族であったとしても。

 

グラナトで得た情報の精度と真偽の確認。

 

それが今の私の目的だった。グラナトを疑っているわけではないが、アウラの魔法がある以上、全てを疑ってかかる必要がある。その情報も。巷に溢れている根も葉もない噂話とは雲泥の差だが、最終的には自分の目で確かめなくては安心できない。命がかかっているのだから。失敗は許されない。それが私の戦い方。

 

それを嘲笑うかのように、あり得ない存在が上空にいた。見間違えるはずがない。それは竜だった。

 

北部とはいえ、こんなところでお目にかかるような存在ではない。しかもそれは一定の間隔で周囲を旋回している。眼下の人々に向かっていく素振りもない。竜は賢い生き物だ。それでも、明らかにそれは異常だった。

 

それは城壁の周りを、多くの魔物が守っている光景。竜だけではない。様々な魔物がいる。その例外は城門まで伸びている街道だけ。その道を多くの人たちが進んでいるが、魔物は襲ったりはしていない。まるでそう躾けられているかのように。野生ではない。あり得ない光景。魔物を飼い慣らすことなどできないはずなのに。いや、それが可能な存在を私は知ってる。

 

 

服従の魔法(アゼリューゼ)か……本当に厄介な魔法だね。趣味が悪い)

 

 

間違いなくアウラの仕業だろう。グラナトの資料にも記されていたこと。曰く、天秤のアウラは魔物を使役しているのだと。人間や魔族だけでなく、魔物まで従えているなんて。どれだけ節操がないのか。かつてのあいつは人間の英傑たちの首を落とし、物言わぬ死者の不死の軍勢を引き連れていたが、どうやら嗜好が変わったらしい。ここフリージアができてから、不死の軍勢は確認されていないらしい。人間たちを騙すために晒していないのか、それとも他の理由か。何にせよ趣味が悪いのは変わらない。

 

 

(さて、どうしたものかな……)

 

 

改めて現状を整理する。流石は国家の真似事をするだけはあるのだろう。その防備はほぼ完璧だ。グラナトの防護結界ほどではないが、城壁にも限界高度まで強力な結界が張られている。それを解析して解除することは可能だが、それではこちらの存在も露見してしまう。本末転倒だろう。そもそも解析している間に魔物たちに見つかってしまう。

 

まさか正面から入国するわけにもいかない。観光に来たわけではないのだから。

 

逃げる、隠れる、不意打ちする。それが私の戦い方。千年前から変わらない、師匠(せんせい)から受け継いだもの。

 

逃げる選択肢はない。少なくとも今はまだ。隠れるについては今まさに実践中だ。だがそれも長くはもたないだろう。ずっとここに引き籠っているわけにもいかない。しかし潜入は限りなく困難だ。

 

なら逆か。侵入するのではなく、誘き寄せる。そのために魔力で挑発する。魔族には有効だろう。闇討ちする気満々だった魔族が、相手が魔法使いだと分かった途端姿を現すように。だがリスクも大きい。こちらの存在を晒してしまうのだから。不意打ちにはならないだろう。

 

それでも、フリージアを出てきたところを狙う。それが一番現実的だ。グラナトに和睦の使者を送ってくるという話を利用できないかとも考えたが、やはり思うようにはいかないらしい。

 

何故ならアウラはここ二十年、ほとんど表には出てきていないから。少なくとも公式には。あいつ自身が臆病なのか、それとも。ヒンメルが死ぬまで多くの魔族が身を潜めていたように。もうヒンメルはいないのに。

 

 

(見定めてこい、か……釘を刺されたのかな)

 

 

ここに来る前に、グラナト伯爵に言われたことを思い出す。フリージアを、アウラを見定めてこいという依頼、いや命令か。きっとそれは私を諫めるためだったのだろう。そんな風に見えてしまうほど、私は焦ってるように見えたのだろうか。ヒンメルがいれば、と思わせてしまうほどに。

 

 

(ヒンメルがいれば、どうしたのかな……)

 

 

それは私も同じだ。もしヒンメルがいればどうしたのか。それが分からない。それを知るために、旅をしていたはずなのに、余計に分からなくなってしまった。たった十年一緒に旅をしただけ。何も知らないも同然。それでも、ヒンメルならそうしたと思えるぐらいには、分かっているつもりだったのに。

 

 

(……らしくないね、ゼーリエじゃあるまいし)

 

 

本当に私らしくない。こんなこと、気にすることはなかったのに。これではゼーリエのことも言えはしない。

 

 

(大陸魔法協会か……嘘つきだね、あいつも)

 

 

フリージアのことを調べる中で知ることになった、今のゼーリエの近況。それはまさに嘘つきだった。

 

 

『魔法は特別であるべきだ。才ある者以外に教えるつもりはない』

 

 

それがゼーリエの考えだった。あの人らしい。師匠(せんせい)の遺言を破り捨ててまで。あの時の私には分からなかった。あの人が、師匠(せんせい)が死んだことを悲しんでいたことに。嘘をついていたのだと。

 

結局、師匠(せんせい)の遺言の通り、人々に魔法を授けているのだから。本当にらしくない。

 

 

(分かってるよ。私が未熟者だってことは)

 

 

そんなあいつなら、きっと今の私にそう言うだろう。その通りだ。今の自分が冷静なのかどうかが分からない。自分がどんな状態か。深呼吸するも、それは変わらない。未熟なのだろう。たった千年では、到底ゼーリエには追いつけない。どころか師匠(せんせい)にも。未だに私はあの人の掌の上なのだから。そんな下らないことを考えていたせいで

 

 

「……もしや、フリーレン様ですかな?」

 

 

私は、本当に取り返しがつかない未熟さを晒すことになってしまった────

 

 

「っ!?」

 

 

それはただの反射だった。思考も何もない。ただ身を守るための威嚇行為。気づけば手に杖を持ったまま構えていた。相手を見ないまま。それでも、ようやく気づく。自分に声をかけてくる相手に、敵意が、魔力がないことを。どころかこちらよりも驚いているのではないと思える所作。何よりも

 

 

「失礼しました。驚かせてしまいましたな。まさかこんなところにおられるとは思っていなかったので」

 

 

その容姿だった。私よりも小柄な、そして年老いた老人だった。どこか親近感を抱かせるような雰囲気を纏っている男性。それを前にして困惑するしかない。向けている杖を下ろすこともできないほどに。

 

 

「……誰? 私のことを知ってるの?」

「はい。八十年振りでしょうか。お久しぶりです。変わらず美しいままですな。エルフの方は皆そうなのでしょうか」

 

 

それは私の名を、目の前の老人が口にしたからこそ。今の私はローブを纏っている。魔力も隠匿している。なのに私の正体を見抜くなんて。だが既視感を覚える。そうだ。ほんのつい最近、似たようなやり取りをした気がする。あれは確か

 

 

「覚えておいでではないでしょうね。挨拶が遅れました。ここフリージアで司祭をしております。シュトロと言います」

「シュトロ……?」

 

 

その名に聞き覚えがあった。同時に明かされるその正体。フリージアの司祭。それが目の前の老人だというのか。だがとてもそうは見えない。何故なら老人はその手に耕具を持ち、軽装の泥臭い恰好をしていたのだから。司祭とは似ても似つかない恰好。

 

 

「ああ、この格好はお気になさらないでください。ただの趣味ですので。フリーレン様には、こちらの方が分かりやすいかと思いまして」

 

 

だがそれはわざとだったらしい。趣味だというのも理解できない。どこか懐かしい、振り回される感覚。そんな中、老人、シュトロは手に持っていた麦わら帽子を頭に被る。司祭には似つかわしくない、なのにこれ以上にないほどに、似合っているもの。

 

同時に記憶が蘇る。忘れるわけがない。たった八十年前のことなのだから。何よりも

 

 

「……お前、私のスカート捲ったクソガキだな」

「その節は大変失礼を。長生きはしてみるものですな」

 

 

私のスカートを巻くってきた奴なんて、こいつしかいないのだから。そんな物好きはきっとヒンメルぐらいだろう。私がここフリージアにやってきた、もう一つの目的。約束。同じように私を待っていた、リリーとの。

 

 

「────フリーレン様。少し私の昔話に付き合っては下さりませんか」

 

 

やはり夫婦なのだろう。二人そろって同じようなことを。

 

 

それが私よりも年下の、年上の小僧(クソガキ)との八十年ぶりの再会だった────

 

 

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