「おはようございます、お二人とも。いや清々しい朝ですね」
「珍しく今日は二日酔いじゃないのね。雨でも降るのかしら」
どこか自慢げにやってくるハイターこと生臭坊主に呆れるしかない。そんな自分の悪態も何のその。平常運転の飲んだくれ僧侶。確か昨日も飲んでいた気がする。僧侶とは一体何なのか。そして既に自分とヒンメルは朝食を済ませたところ。寝坊しているくせにこの態度。
「今日は当たりの日だな。旅でも一週間に一度は使い物にならなかったからね。この一週間は二日に一度だったかな」
「いつから二日酔いの意味が変わったわけ?」
「ははは、これは手厳しいですな。ですがフリーレンよりはずっと早起きできていますよ? 彼女がこの時間に起きたならきちんと褒めてあげないといけませんしね」
新たな二日酔いの概念を生み出しながら、ここにはいないエルフを引き合いに出して逃れようとしているハイター。比較対象も酷すぎて全く言い訳になっていない。よくヒンメルとあのドワーフはこいつらと一緒に旅をしていたものだ。
「それにお二人が帰る日にそんなことはできませんよ。それではいただきます」
「あんたね……」
さも当然のようにそのまま祈りを捧げながら朝食を食べはじめる僧侶。そう、今日は私たちがここ王都にやってきてから一週間。そして出立する日でもある。ヒンメルに騙されて連れてこられ、謁見で命の危機に瀕することから始まった嵐のような一週間。その慌ただしさのほとんどは目の前の僧侶に起因する。ヒンメルだけでも面倒なのに大きな子供がもう一人増えたようなもの。今後飲酒は家では禁止することを本気で考えてしまうほどには二日酔いの僧侶には手を焼かされた。どうやら最後の日はその心配はないらしい。もっとも今日はそうなったら完全に放置する気だったのだが。そう安堵しかけるも
「そういえばヒンメル、アイゼンのところには寄って行かないのですか?」
「もちろん帰りには寄って行くさ。手紙でアイゼンにはもう伝えてあるしね」
「……は?」
思わず洗い物をしていた手が止まってしまう。皿を落とさなかったのは奇跡に近い。幻聴だろうか。理解できない言葉が聞こえてきた気がする。
「……何よそれ。聞いてないわよ?」
「言ってないからね。その方が君も驚いてくれると思って」
「っ!? あんた……そこの生臭坊主の二日酔いがうつってるんじゃないの」
「失礼な。酒は百薬の長ですよ。むしろ体調は良くなっているはずです」
「馬鹿じゃないの」
ハイターの戯言はどうでもいいとしてもヒンメルの言葉に頭を抱えるしかない。ハイターと再会したからなのか、それとも元々なのか。私に対しては嘘を言わなければ何をやってもいいと思っている節がある。私を一体何だと思っているのか。この一週間もそうだった。王都を案内すると張り切りながらヒンメルはこれでもかと私を連れ回してくれた。そのおかげで毎日疲労困憊になってしまうほど。この行動力、元気はどこから生まれるのか。今日もそれに振り回されるのは目に見えている。とどめが王都を脱出した後のドワーフ宅への訪問。一体何の冗談なのか。以前考えていた冗談が冗談でなくなりかねない状況。
「まあいいじゃないですか。代わりと言っては何ですがアウラ、今日はあなたが行きたがっていた場所に案内しますから」
そんな私の様子に何かを感じたのか、それとも最初からこの時を待っていたのか。ハイターはそう私に提案してくる。本当にこの生臭坊主は食えない奴だ。こいつに口八丁で勝てる奴は魔族にもいないに違いない。
「あら、ちゃんと覚えていたのね。意外だったわ。てっきり酔ってて忘れてるんだと思ってたのに」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。酒は飲んでも吞まれるな、が私の信条ですから。何より女性との約束を破ったとなれば女神様に顔向けできません」
はっはっはっ、とどこから突っ込んだらいいのか分からない発言を連発している聖職者。そのまま洗い物を終えるも、もはや突っ込む気も起きない。言うだけ無駄だろう。だがそんな中ふと気づく。もう一人、騒がずにはいられない勇者様がさっきから静まり返っていることに。一体どうしたのか。見ればヒンメルはどこか呆然としている。
「え、何それ。僕は知らないぞ」
その間抜け面を晒しながらヒンメルはそう呟く。なるほど、どうやら私たちの話に付いてこれず固まってしまっていたらしい。
「そういえばあの時あんたは酔い潰れてたわね。忘れてたわ」
「そうでしたね。彼女が裁判に興味があるという話を最初の日の夜に聞きまして。王都で行われる裁判の傍聴ができるかどうか頼んでいたのですよ。それで今日その許可が下りたのです」
それは最初の日の夜。晩酌と言う名の酒盛りに付き合わされた時。下らない話ばかりしていたが、その中でそんな話題があった。私も冗談だろうと本気にしていなかったがどうやら違ったらしい。個人的に興味があった事柄でもあった。なら今日はそれに付き合うことにしよう。だが
「二人だけでずるいぞ!? 何で僕にも声をかけてくれなかったんだ!?」
「あんたは酔い潰れてたじゃない。そもそもあんたは興味ないでしょ? 来たってつまらないだけよ」
「そうじゃない! 僕だけのけ者にされてしまってるのが嫌なんだ! 今日は最後の挨拶回りに一緒に来てもらおうと思ってたのに!」
「お断りよ。そのぐらい一人で行きなさい。子供じゃないんだから」
仲間外れにされてしまったと駄々っ子勇者は騒ぎ出す。何で言ってくれなかったんだ、と。だがそれはこっちの台詞だ。今回の王都連行から始まった一連の流れ。意図したわけではないが、その意趣返しになったらしい。完全に自業自得でしかない。どうやら今日も自分を連れ回すつもりだったらしい。勘弁してほしい。ただでさえあの馬鹿みたいな赤のローブのせいで目立つのに、勇者であるヒンメルと一緒に行動すれば注目の的になってしまうのだから。ヒンメルの自慢を認めるわけではないが、ここ王都ではヒンメルは紛れなく勇者なのだ。その騒ぎに巻き込まれなくなった、というだけでもハイターの提案は渡りに船だろう。もっとも一緒に来てもヒンメルにとっては面白くもない場所のはず。
「ははは、振られてしまいましたねヒンメル。今日は私がちゃんと面倒を見るので心配いりませんよ」
「どの口が言ってるのよ」
「ううっ……二人とも、覚えてろよー!」
勇者にあるまじき、三下のような捨て台詞と共にヒンメルはそのまま脱兎のごとく出て行ってしまう。いい気味だ。これでちょっとは大人しくなってくれれば。もっとも
「どうせ途中でこっちに来るわね」
「でしょうね。流石お母さん。
あの調子では途中でこっちにやってくるのは目に見えている。同じ見解だったのか、ハイターも頷いている。そして当たり前のように使われるお母さんという魔法の言葉。私にとっては蔑称でしかないのだがもはや反応する気も起きない。
そのまま敗走した勇者に続くように、生臭坊主と共に家を後にするのだった――――
「お待ちしておりました、ハイター様。どうぞこちらに」
王都の巨大な教会の中に裁判所はあった。何でも教会も裁判とやらには関わっているらしい。午前中、ハイターに事前に説明はされたものの、詳しくは理解し切れなかったが今はいいだろう。その入り口に案内するためだろうか。法衣を纏った神父の姿。神父と僧侶の違いも説明されたがよく分からなかった。似たようなものです、とハイターは言っていたがそれでいいのか。
「そちらの方は?」
「ええ、古い友人でちょうど王都で一緒になりまして。王都の司祭様には許しは頂いているので大丈夫かと」
「分かりました。どうぞこちらへ」
息を吐くように嘘をつきながらハイターは堂々と中へと入っていく。こいつは本当に僧侶なのか。この一週間で何度目になるか分からない疑問を抱きながらもその後に続く。いちいち気にしていてはきりがない。そうして足を踏み入れた先には
一種の異界が広がっていた。
「――――」
思わず息を飲む。村にある教会とは全く違う、異質な空気がそこにはある。魔族である私にもそれが感じ取れる。いや、私だからなのか。この場にいる者を威圧するような空気、白を基調とした建造物。向かいには巨大な女神の像。その下に君臨している法衣を纏った人間。恐らくはこの裁判の主なのだろう。それに従うように、許しを乞うように両手を後ろ手に縛られている男。それがこの裁判で裁かれる人間。それを囲むように様々な人間が控えている。その議場を見渡せるように、傍聴するための席が並び、そこに多くの人間たちが座っている。その場にいる人間たちは一言も言葉を発さず、ただその光景に魅入られている。まるでそこにある見えない何かに取り憑かれているかのよう。
その光景に知らず自分も魅入られてしまう。これまで見たことのない光景。唯一それに近いのが魔王様に忠誠を誓っていた魔族たちの姿だろうか。だがこれは明らかに違う。強さによる支配、服従ではない。恐らくはこれが信仰なのだろう。教典などに記されていた魔族にはない概念。知らずそれに私の何かが惹かれる。これは一体何なのか。
「何をしているのですか、こちらですアウラ」
「……ええ、分かってるわ」
気づかず立ち止まってしまっていたのか。ハイターに促されるままに着席する。普通ならこのローブを被っていれば奇異の目を向けられるのだが全くそれがない。そもそも私たちが入室したことすら気づいていないのかもしれない。
「どうやらもう始まっているようですね」
私だけに聞こえるような小さな声でハイターはそう呟く。その言葉通り、もう裁判は始まってしまっているらしい。この場を支配している神官、いやこの場においては裁判官だろうか。それによって縛られている男、被告の罪状が読み上げられていく。それに至った経緯、状況。それらが細やかに示されていく。それらを被告は蹲りながら聞かされている。その様子から納得していないのは明らかだが裁判官がそれを読み上げるのを黙って耐えているのだろう。その進行を邪魔すれば自らにとって不利になるのだと理解しているということか。
「殺人に強盗……有罪なら極刑ね」
「おや、本当に興味がおありなのですね。そんな知識まで持っているとは」
「ただの暇つぶしよ。誰かさんのおかげでね」
無意識に呟いていたのか。それにどこか感心したようにハイターは反応している。そう、これはただの暇つぶしに過ぎない。この一年で人間の書物を読み漁って得てしまった役に立たない無駄な知識。それによって私は目の前の裁判の状況が理解できる。どうやら被告は殺人と強盗によって捕まってしまったらしい。どちらも魔族にとっては当たり前の日常であり、弱肉強食以外の法がないが故に裁かれることのないこと。だが人間たちにとってはそうではない。平等という理解できない概念と秩序維持のため、それらの行為は認められていない。私からすれば不合理なことこの上ない。
「俺はやっていない……俺は嵌められたんです! 信じてください!」
その不合理によって自らの命が危うくなっている人間はそう命乞いをする。魔族であれば当たり前の相手を欺くための行為。だが人間であればそれがどちらであるかは分からない。どうやら被告はある男を殺して盗みを働いた疑いが掛けられているらしい。その殺された男の番、妻がそれを目撃した証人。その友人も一緒にいたらしい。どちらが優勢であるかなど見るまでもない。
「……本当に無駄なことをしているわね」
「無駄……ですか? そういえば以前も同じようなことを言っていましたね。何のことです?」
「だからこの裁判そのものが、よ。いくらこんなことしても無駄じゃない。あの男が本当のことを言っているかなんて
本当に理解ができない。いや、秩序維持という名目ならまだ理解できなくもないがその方法が致命的だ。こんな騙し合いをしていたら人間の言う無実の人間も処刑されることになってしまう。確か冤罪とかいうもの。無駄でしかない。被告はもちろん、証人とやらも嘘をついているかもしれない以上、その信憑性は皆無。特に物理的な証拠がない今回のような裁判ではなおのこと。
「そうですね……それは否めません。ですがそのためにこの場が設けられているのです。できるだけ真実に近づくために」
「そう。ご苦労なことね。私ならこんなものすぐに終わらせられるわ……いえ、今の私じゃどっちにしろ無理ね」
言いながら自分もまた囚われの身であったことを思い出す。そういう意味ではあの被告と立場はそう変わらないのかもしれない。もっとも万全であったとしてもそんなことをする意味は自分にはないのだが。
「? それはどういう……?」
何がおかしかったのか。ハイターが怪訝そうな顔のまま何かを言いかけた瞬間
「やっと見つけたぞ、二人とも。何とか間に合ったみたいだね」
本当に急いできたのか、肩で息をしながらヒンメルがやってくる。どうやら挨拶回りとやらを全力で終わらせてきたらしい。本当に子供みたいなやつ。
「おや、ヒンメル。早かったですね」
「本当に来るとはね……来なくてよかったのに」
「最近僕の扱いがひどくないか、アウラ?」
今更何を言っているのか。むしろこっちの台詞だと言いたいところ。来ても鬱陶しかったのも嘘ではないが、それだけではない。それは裁判の内容。それを理解した瞬間、ヒンメルはここに来ない方がいいだろうと確信した。何故なら
「っ!? 勇者様っ!? お願いします、どうか助けてください!!」
誰よりもお人好しの勇者様が、こんな茶番を楽しめるわけがないのだから。
「え……?」
「何をやっている貴様!? 大人しくしろ!」
「は、放してくれ!? 俺には妻も子供もいるんだ! こんなところで死ぬわけにはいかない……どうか、どうか……!」
「騙されないでください、勇者様! この男は夫を殺した上に金品まで盗んでいったんです! 逃げていくのをこの目で見たんだから!」
状況が飲み込めず、置いてけぼりになってしまうヒンメル。そんな中、被告は控えていた他の神官によって取り押さえられ床に押さえつけられてしまう。それでもなお命乞いを止めない無様な被告。自らの絶望的な状況から一縷の望みをかけて勇者に懇願しているのだろう。それに反論する証人である殺された男の妻。それらによって厳かだった裁判は終わり、騒然としてしまう。本当に茶番でしかない。何でこうも人間は愚かなのか。
「……っ!」
その中でも、もっとも愚かな人間が苦渋の表情を浮かべている。だから来るなと言ったのに。自分に関係ないことなのに、何故そうも無駄なことを気にかけるのか。本当に馬鹿な奴。だがいい機会でもある。可能かどうかは分からないが、試す価値はあるだろう。
「アウラ……?」
「どうしたのです?」
ヒンメルとハイター。二人が同時にその場で立ち上がった私に目を奪われている。だが私はヒンメルにだけ目を向ける。私の方が見下ろす、という滅多にない状況。それを感じながら
「取引よ、ヒンメル。
一年前と同じように。それでも全く違う条件で私はヒンメルに取引を持ちかけた。
「っ!? 何を言っているのですか、あなたは!? そんなことが許されると」
「あんたは黙ってなさい、ハイター。もちろん、一時的にという条件を付けてね」
瞬間、ここが裁判所であることすら忘れたように焦りを見せるハイター。当たり前だろう。どうみても私が裏切りを、脅しをかけているようにしか見えないのだから。だがヒンメルは全く動じることなく私を見つめ返している。さっきの苦悶の表情はもうない。いつもの勇者の貌。
「……本当にあの人を助けられるのか?」
「あの人間次第ね。でも選ぶのはあんたよ、ヒンメル?」
挑発するように、試すようにそうヒンメルに問いかける。どこか懐かしさすら感じる。そう、これが本来の私とこいつの関係。魔族と人間の在り方。
「いけませんヒンメル! もし騙されれば取り返しのつかないことになります! これまでの全てがなかったことに」
「妙なことをしたらその瞬間、私の首を切り落とせばいいわ。あんたなら簡単でしょ?」
ハイターの言葉を遮りながらそう最後の駄目押しをする。一年前の再現。ただ今同じことをすればこいつが私の首を切り落とすのかどうかは、私にも分からない。もっともそんな博打をする気はさらさらないのだが。
静寂は一瞬だった。
「分かった。君を信じるよアウラ。『
本当にあっさりと、まるで嘘のように私にかけられていた服従の枷は解除された。
「――――ふふっ」
知らずそんな声が漏れてしまう。口元は吊り上がっている。本当ならそのまま高笑いを上げたいほどに興奮してしまっている。狂喜乱舞したい気分。だがそれを必死に抑える。ここでそんなことをしてしまえば全てが台無しになってしまう。そう、これは第一歩なのだ。この状況に持っていくために、ただこの一年耐えてきたのだから。こうも早くこんな機会が訪れるとは思っていなかったが。
そう言い聞かせてもやはり歓喜は抑えきれない。手を握っては開くのを繰り返す。解放された感覚がある。自らが十全であること。それがどんなに素晴らしいことか。それを思い出す。
そのままゆっくり歩き出す。この舞台の壇上へと。ただそれだけの行為がこんなにも愉しい。
「何をされているんですか!? ここは関係者以外は」
「邪魔よ」
神官がそれを制してくるもそのまま無視して進んでいく。一瞬、魔法で排除してやろうかとも思ったが自重する。そのおかげもあったのか、ハイターが何やら焦った様子で神官を抑えてくれている。好都合だ。さっさと取引を果たすとしよう。
そのまま無造作に被っていたローブを脱ぐ。先の謁見とは違う、自らの意思で私は魔族であることを明かす。瞬間、恐怖と不安がその場を支配する。その光景を一年前とはどこか違う視点で見れる自分がいる。まるでそう、人間の言う神にでもなったかのような感覚。
「――――
まるで最初からそうであったかのように、私は神の真似事をしながら被告の人間に囁く。何かの書物で読んだ、悪魔に魂を売るという言葉。この場合は私は悪魔になるのか。本当なら対価をもらわなければいけないのだがまあいいだろう。この状況に持ち込めたのが対価と言えば対価。もっともその結果がどうなるかは神のみぞ、いやこの男にしか分からないのだが。
恐怖で言葉すら出ないのか。それとも抑え込まれていてそれすらできないのか。それでも確かに男は頷く。ならいいだろう。ここに取引は成立した。
瞬間。その手に魔力で天秤を生み出す。一年振りになる、私にとって半身ともいえる存在。たった一年のはずなのに、本当に長い間触っていなかった気がする。
そのまま私の魔法を解き放つ。見ればハイターがその手に聖典を構えているが、ヒンメルがそれを手で制している。本当に癪な奴。あっという間に二つの魂が天秤に乗せられる。そのどちらに傾くかなど見るまでもない。
「命じるわ……『真実を話しなさい』」
取引に応じ、命令を下す。偽りを許さない、魔族である私にとっては皮肉でしかない魔法。勇者と再会することによって知った私の魔法の本来の使い方。悪魔の証明を、魔族である私は為すことができる。知ることができないのはその結果のみ。だがそれはどうやら男にとって、ヒンメルにとって都合の良いものだったらしい。誰も覆すことのできない、真実の判決。本当ならあの証人連中にもかけてやってもいいのだがそこまでする意味もない。答えは示してやったのだ。あとは勝手にすればいい。
そのままローブを被りながらヒンメルの下に戻るも、どこか心ここにあらずと言った風。ハイターもそれは同じ。一体何をしているのか。
「何してるの? さっさと服従させなさい。見世物じゃないのよ」
いつまでこっちを待ちぼうけにさせるのか。さっさとすることを済ませてほしい。ただでさえ屈辱なのだから。周りからは奇異の目に晒されている。魔族であると晒してしまったのは自分自身だが、さっさとここから出ていきたい。そんなこっちの事情を全く理解していないのか。
「――ああ、『もう一度僕と友達になってくれ、アウラ』」
そんなふざけた命令を再び告げてくるヒンメル。それに呼応するように再び服従させられる私。どうやら
それが結果的に大騒動となった裁判の決着。そしてアウラが『断頭台』ではなく『天秤』の二つ名で呼ばれるようになるきっかけだった――――
「いや、最後まで驚かせてくれました。おかげでこっちは後始末で大変でしたよ」
「いい気味ね」
王都の関所。そこまで見送りにやってきたハイターはそんな愚痴を言っているが知ったことではない。確かに騒ぎを起こしたのは事実だが、冤罪を一つ防いでやったのだ。文句を言われる筋合いはない。各方面に事情を説明して回っている姿は本来あるべき僧侶の姿と言ってもいいだろう。たまにはこのぐらい働いてはどうなのか。でなければヒンメル同様ヒモ扱いされるに違いない。もう手遅れかもしれないが。
「…………ところでヒンメル、一つ相談があるのですが」
「何だい……?」
そんな中、それまでとは違いどこか神妙な様子でハイターはヒンメルに尋ねてくる。一体何なのか。まさかまた王の謁見関係で面倒が起きたのか。それとも裁判所での一件で新たな問題でも起きたのか。ヒンメルもまた真剣そのもの。しかし
「その子をうちにくれませんか?」
「え、嫌だ」
「私を何だと思ってるの?」
ハイターはそんな冗談を口にしてくる。一体私を何だと思っているのか。初めて会った時には捨ててこいなんて言っていた癖に。役に立つかもと見ればこの扱い。本当に食えない奴。
「それは冗談として、ぜひ今度は聖都に遊びに来て下さい。歓迎しますよ」
「お断りよ。これ以上酔っ払いの生臭坊主の面倒を見るなんて御免だわ」
「ははは、手厳しいですな」
心からの本音でお断りする。もうしばらく、どころか金輪際顔も見たくない。聖都とやらには興味があるが、こいつがいるならあきらめるしかない。だというのに嬉しそうに笑い飛ばしてくる。どこまで図太いのか。
「それではヒンメル、また。アイゼンにも宜しく伝えてください」
「ああ、分かった。お前もあまり飲みすぎるなよ」
「飲むのを止めなさいよ」
最後まで締まらないまま、私とヒンメルは王都を発つ。次なる目的地は戦士アイゼンのいる場所。一体いつになったらこの勇者一行巡りは終わるのか。せめてあのエルフまで続かないことを祈るしかない。
僧侶ハイターはそんな二人の友人がいつもの調子で去っていくのを、姿が見えなくなるまで見送るのだった――――
今回で王都編が終了。ヒンメルの親友であり、僧侶でもあるハイターとの交流が主となっていました。次話からは再びフリーレン視点のエピソードとなります。お楽しみに。