「人形遊び……? 何のこと?」
再び遊びに誘われたことに訝しむ。そもそも魔族にそんなことをされること自体があり得ないのだがもはや言うまい。裁判ごっこに、人形遊び。いい歳をしてどんな趣味をしているのか。鼻で笑われてしまうような物。しかしそれはこいつに限っては笑い話にはならない。何故なら
「決まってるじゃない。これのことよ」
こいつの遊びは、私たち人類を
まるで見せつけるように、アウラはその手に天秤を顕現させる。その纏っている法衣と合わせれば、まるで本当に神官、裁判官のよう。同時にこちらも身構える。いつ何が起きても対応できるように。何故ならそれはただの天秤ではない。
服従の天秤。
相手の魂を秤に乗せ、魔力で上回った相手の魂を支配し、服従させる忌むべき力。人類の魔法では至れない、魔族の中にあっても呪いとされる、最低に趣味が悪い魔法なのだから。
「そんなに怯えなくてもいいじゃない。あんたには効かないんだから」
そんな私の反応がお気に召したのか。目に見えて上機嫌にこちらを煽ってくるアウラ。その姿はまさに魔族そのものだ。私達よりも遥か高みにいる魔法使いの振る舞い。違うのは、それが通じないと理解している相手に対してここまで余裕を、自信を見せているということ。油断や驕りではない。今の私にはそれが分かる。
「……不死の軍勢のことか」
「ご名答。今は裁判ごっこに使ってるけど、本来はこっちの方が
この短い時間だが、理解できてきた。こいつの本分、性分を。グラナト伯爵からの依頼ではないが、こいつを見定めることが。
こいつは、自らの魔法を人形遊びに、遊びに例えているのだ。だがそれは普通の魔族ではあり得ないことだ。魔族にとっては魔法は誇りであり、生きる意味だ。それを遊び扱いするなど、愚弄するに等しい。それを自ら行っている。そのことに、こいつは気づけていないのだろう。何よりも
「ただ今は人間の不死の軍勢は品切れでね。あんたたちに手酷くやられたせいで残ってないわ。ああ、そういえばあんたは派手に吹き飛ばしてたわね。薄情どころじゃないわね」
それが決定的だった。それはきっと、私の罪を糾弾するものだったのだろう。裁判ごっこは終わりだと言っておきながら。それによって、私の中の何かが悲鳴を上げるが、甘んじて受ける。言われるまでもなく、それは私の罪だ。かつて、ヒンメルに怒られてしまったように。例え死者であろうと、傀儡にされようと。英傑たちに対する敬意に欠けた、人でなしの所業。その意味では、当時の私はこいつらとさして変わらなかったのだろう。
だが、今目の前にいるこいつもそうだ。そう、こいつは理解しているのだ。かつての私の行為が、薄情な、人でなしの所業であるということを。今のこいつはそう考えている。ただの声真似では決してない。
(やっぱりこいつは嘘をついている……いいや、
魔族が魔族の振りをしている。そう考えれば、これまでのこいつの行動に感じた違和感も説明がつく。悪意を理解しているともとれる行動も。こいつは、人類の精神性を獲得した、理解した魔族なのだ。
「話が見えないね。何が言いたいの?」
「最初にあんたが聞いてきたことの答えよ。私があんたをここに誘き出した理由」
それを悟られぬよう、ただ観察する。こいつと同じように。その嘘を見抜くために。それに気づくことなく
「あんたを従えるためよ。人形集めかしら。勇者一行を全て支配して手に入れること。それが私のやりたいことよ。そうねぇ……分かりやすく言うならエルフ狩りかしら」
アウラはついに明かしてくる。この下らないごっこ遊びの内容を。人形遊びではなく、人形集めなのだと。これまでの全てが、私を従えるためのものだったのだと。
「そんな下らないことのために、ここまで手の込んだことをしているのか。随分暇なんだね」
それは嘘ではないのだろう。私をここに誘き寄せるために、これだけ大掛かりな準備をしていたのだから。わざわざお膳立てをして、こんな舞台を整えてまで。およそ考え得る限りの、私への悪意に満ちている。暇つぶし、退屈しのぎにしてもやりすぎだ。
「あんたに言われたくないわ。本当に苦労したんだから。見つけるのも一苦労したわ。ヒンメルの奴が捕まえられないわけね。エルフを捕まえる魔法でも使えれば良かったのに」
ただ私を従えるためだけなら、こんな面倒なことをする必要もない。ごっこ遊びなんてする必要も。ただ不死の軍勢を、配下をけしかけて、私の魔力を削り、服従させればいい。子供でも分かることだ。かつてのこいつ自身がそうだったように。なのに何故こんな無駄なことをしているのか。それは
「お気に召さなかった? 自分がどれだけ愚かだったか理解できたでしょう? ヒンメルが感じていたものの百分の一にも満たないでしょうけど。無駄に長生きだものね」
全てが、そこに集約している。それに目を凝らす。あいつの胸に輝いている、銀の親愛の花。
「ただあんたが来るのが遅すぎたせいで、せっかく準備した人形遊びができなくなったのよ。人形が壊れちゃったから。本当に残念だわ」
「……何のこと?」
あり得ない同族嫌悪を抱きながら、そう聞き返す。人形遊びをしようと誘っておきながら、その人形がもう壊れてしまったと明かしてくる。矛盾している魔族に。それに
「決まってるでしょう? 勇者一行の僧侶と戦士のことよ」
何でもないことのように、アウラはそう白状してきた。まるでそう、母親におもちゃを壊してしまったことを明かす幼子のように。
「────」
心臓が跳ねる。言葉が、出ない。言葉を失うというのを、初めて体験した気がする。魔法使いとして、いかなる時も冷静さを欠いてはならない。そう言い聞かせ、実践してきた。そんな自負も失くしてしまいかねない。
「あんたを驚かせてやろうと思ってね。従えてたのよ。この天秤でね。簡単だったわ。五十年で私を飼いならしていた気になってたのね。ヒンメルが死んだ後に服従させてやったのよ」
ただただ驚嘆する。目の前の存在に。ここまで、ここまでするのか。ここまでできるのかと。
「散々私をこき使ってくれたお返しね。でも存外役に立ったわ。僧侶の方は教典を作るのに。戦士は土木工事にね。僧侶の方は頭を使わせるために、首は残してやったのよ。戦士の方はそもそも首が落とせないから仕方なくね」
こいつは化け物だ。魔族だからではない。魔族だからこそ、それが恐ろしい。本当なら怒りによって、そのままこいつを駆除するために動き出すところだというのに。
「そいつらを使ってあんたと人形遊びをしようと思ってたの。きっと喜んでくれると思ってね」
かつての断頭台ではない。本当の意味で、こいつは人類の悪意を理解し、それを蹂躙しようとしているのだ。死者をもういない物だとして操っていた断頭台ではなく、それが人類にとって嫌悪すべき行為、凌辱だと理解した上でけしかけてくる天秤。
「でもやっぱり人間は脆いわね。老いぼれてたからかしら。つい最近死んじゃったのよ。二人ともね。せっかく勇者一行が揃えられると思ったのに。酷使しすぎたかしら? つまらないわね」
二人の死すら利用して、そんな嘘をついてくる。私を煽るために。何が嘘で本当なのか。分からなくなってしまうほどに。それでも
「ヒンメルもそうね。一度は服従させたのに、手に入らなくてね。私の物にしたかったのに。人間っていうのは本当にすぐ死んじゃうんだから」
その言葉だけは違っていた。理由はない。ただの直感だ。それにただ聞き入ってしまう。目を奪われてしまう。きっと無意識だったのだろう。あいつは、その手にアクセサリを握りしめていたのだから。まるで祈りを捧げるように。
「だから残っているのはあんただけよ。フリーレン。あんたは他の勇者一行とは違って、すぐに壊れたりはしないでしょう?」
それに気づくことなく、天秤は私を品定めしてくる。最後に残った、念願の
「────私に従いなさい。フリーレン」
それは命令、判決だった。その天秤をかざしながら。魔法ではなく言葉で、私を従えんとする。絶大な魔力と、圧倒的強者の風格。アウラが第二の魔王、生ける天秤とすら称される所以。
「……そんなこと、私がすると思う?」
「あらそう? 僧侶と戦士は喜んで従ったわよ。ヒンメルもきっとそうするでしょうね。勇者一行は私には逆らえないのよ」
私が頷くことなんてないと最初から分かっているだろうに。本当に悪趣味な奴だ。そしてあいつらは揃いも揃って何をしているのか。ヒンメルにしてもそうだ。まさかそんなことまでこいつに仕込んでいるなんて。節操がないにもほどがある。今頃みんな天国で冷や汗をかいているに違いない。勇者一行が雁首揃えて、魔族に騙されているなんて。私だけはそんなわけにはいかない。
私はただ演じればいい。騙せばいい。かつての仲間を奪われ、殺されて怒りに支配されている、愚かなエルフを。難しいことはない。こいつは五百年、私は千年。嘘つきの年季が違う。
「まあいいわ。あんたに分かりやすく伝えてあげる」
私が騙されていると思っているのだろう。アウラは改めて、その天秤をこちらに向けながら、宣言してくる。
「────私に従いなさい。そうすれば命だけは助けてあげるわ」
服従か死か。
獲物を前にして、舌なめずりするような笑みを浮かべながら単純な二択を突き付ける。かつての断頭台のように。教典も、自由も、平等も関係ない。ただ従えるために。支配するために。服従させるために。
「────ようやく
最初からそう言えばいいだろうに。本当に面倒な奴だ。吐き気がする。
「八十年前の続きかしら。もっとも、私は戦う気はないわ。その必要もないもの。この天秤もただの飾りよ。言った通り、魔法を使わずにあんたを服従させてやるわ」
私がようやくその気になったのが嬉しいのか。アウラは喧しくぺらぺらと捲し立ててくる。本当はもっと早くに、私が先に手を出してくる想定だったのだろう。
「ただし私は、だけどね。卑怯とは言わないわよね? あんたたちも寄ってたかって魔王様を殺したんだもの」
それでもこいつが卑怯者なのは変わらない。自分は手を出さないといいながら、部下を、配下をけしかけてくる気なのだから。命じられているのか。それとも従っているのか。クヴァールも、ローブを被った二人の護衛も口を挟んでこない。躾はどうやらできているらしい。
そして最後の最後まで、私たちを愚弄するのを忘れない。なるほど。その発想はなかった。なら、私は魔王のようなものなのか。自分を棚に上げてよく言ったものだ。もっとも私より、ゼーリエの方がよっぽど適任だろうが。
「好きにすればいい」
何にせよ、私のやることは変わらない。そのためにここに来たのだから。これ以上先延ばしにする気も、逃げる気もない。
それでも、その前に一つだけ確かめなければいけないことがあった。それは
「一つ聞かせろ。クヴァールが封印されていた村。あそこで咲いていた青い花はお前が出したのか?」
ただそれだけ。何の意味もない、無駄な問いかけ。それでも私にとっては、この戦いよりも遥かに重要なもの。
「ええ。そうよ。あの花は蒼月草って言ってね。ヒンメルの故郷の花らしいわ。良かったわね、これでまた一つあいつのことが知れて」
それに気づくことなく、アウラは答えてくる。嘘をつくことも忘れて。それよりも、優先することがあるかのように。魔族失格だろう。私が人類失格であるように。
ああ、本当に憂鬱だ。どうしてこんなことになってしまったのか。
決まってる。それもこれも全部、あのお人好しの、格好をつけた勇者様のせいなのだから。
「ああ、でもこれじゃあ一方的過ぎてつまらないわね。一つ、勝機をあげるわ。恩赦かしら。私に魔法を使わせることができたら、あんたの勝ちにしてあげる。どう?」
「余裕だね。
一度目を閉じ、杖を構えながら対峙する。もはや言葉は必要ない。私たちは魔法使いなのだから。必要なのは魔法だけ。私たちは魔法に嘘をつけない。私は魔力で嘘をつけるが、それはできない。それは魔族も、アウラも同じだ。魔法使いは皆、魔法に縛られている。
魔法はイメージだ。だからこそ、先の問いで確信した。それはここに来る前から分かっていたことだ。だとするなら私はもう既に
「心配しなくてもすぐに他の連中と同じように私のコレクションに加えてあげるわ。そうすれば寂しくないでしょう?」
「そう。やっぱりお前は化け物だ。容赦なく殺せる」
葬送と天秤。二人は互いに嘘をつく。互いにとって、最も相手を騙し得る嘘を。二人は理解していた。これは殺し合いなどではない。相手の心を折り、服従させるための戦いであることを────