ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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第十四話 「腐敗」

(ふむ……やはり理解できぬのう。こんなことに何の意味があるのか)

 

 

ただ成り行きを見守るしかない。これではまるで石像にされたままのようだが仕方ない。

 

アウラとフリーレン。不倶戴天である二人が、殺し合うでもなく、ただ言葉を交わしている光景に。アウラ曰く裁判ごっこだったか。言い得て妙なのだろう。これは裁判ではない。フリージアに捕らわれてから何度もそれを目にしているが、それとは大きく異なる。天秤と呼ばれているように、アウラは裁判においては公平だった。教典に則った裁きを行っていた。まるで機械のように容赦なく、例外なく。

 

 

(やはりこやつは異端じゃのう……魔王様やシュラハトとも違う。魔族の振りをしておる魔族か……)

 

 

改めて実感する。自らが仕えている、従わされている魔族が何者なのかを。裁判ごっこでの言動がまさにそれだ。そもそも裁判とやらが魔族にとっては理解しがたい物なのだが、それとはまた別の問題。

 

アウラの言動が理解できない。まるで人間の言葉を聞いているように。フリーレンの方がまだ理解できるほどに。封印から解かれて初めてアウラと話した時感じた違和感どころではない。最初は魔族らしさを装っていたようだが、興が乗りすぎているのか。それが誤魔化しきれていない。きっとフリーレンもそれに気づいているのだろう。

 

 

(フリーレンにはこの裁判ごっことやらが効果があるらしい。エルフであっても人類ということかのう)

 

 

視線をフリーレンへと向ける。その表情と態度の変化は明らかだ。魔族から見ても感情の起伏が感じ取れない無表情。冷徹という言葉が相応しい。それが儂の記憶の中のフリーレンだったのだが。それとは大きく異なっている。

 

苦悶。苦痛。それが見て取れる。アウラによってフリーレンが追い詰められている証。魔法ではなく、言葉によって。騙されているのか。欺くことが魔族の本質。アウラの口癖でもある。その姿がソリテールに重なる。人間を言葉で刺激し、反応を窺う実験。目的は違えど、やっていることは同じなのだろう。

 

 

(勇者ヒンメルか……人類における魔王様のようなものだったのか。中々興味深いのう)

 

 

勇者ヒンメル。あの魔王様を殺した人類の英雄。それがこの裁判ごっこの、アウラのエルフ狩りの目的であり理由なのは明白だ。フリーレンとのやり取りもそれを巡ったものだ。

 

証人などと言って儂を呼び出したのもその一環なのだろう。儂の封印が解ける前に、儂を始末すること。それがフリーレンと勇者の契約だったらしいが、それをアウラが横取りした。そういうことらしい。知らずそれに巻き込まれていることには困惑するしかないが、事は単純だ。

 

こやつは未だに勇者に従い続けておるのだろう。もう勇者はいないというのに。儂で言うなら、死んでしまった魔王様の命令に従い続けるように。やはり理解できない。さながらフリーレンとは主人を取り合っているのか。フリーレンにとって勇者は主人ではなく、仲間だったか。大差はない。

 

もっともそれを口にはできない。首を落とされかねん。リュグナーもそれは察しているのだろうが、決して触れることはない。わざわざ命を危険に晒すことなどない。それをするのはソリテールぐらいだろう。喜々としてしている姿が目に浮かぶほど。

 

 

(もっとも、この状況を理解できていないのは儂だけではないようじゃが……)

 

 

そのままアウラの横に控えている二人に目を向ける。お揃いのローブを纏っているリーニエとフェルン。姉妹ごっこをしている魔族と人間。何もかもが違う二人だが、アウラに従っているのは同じ。この裁判ごっこに駆り出されても微動だにせず役目を全うしている。その魔力の隠匿は儂であっても見抜くのは困難だ。それを侍らせているのもアウラの趣味だろう。ようするに見せびらかしているのだ。

 

ただリーニエがそわそわしているのは感じ取れる。焦れているのだろう。自分の出番は今か今かと。それとも嘘を指摘したくて仕方がないのか。それを察して、フェルンも困惑している。これではどちらが姉役なのか分からない。

 

 

(恐らくあの辺りに潜んでいるはずだが……やはり感じられん)

 

 

そのさらに後方。恐らくはアウラが座している玉座の後ろ辺りにいるはずの勇者一行の二人。ハイターとアイゼン。その姿も気配もやはり感じ取れない。騙されているのでは思ってしまうほどに。

 

女神の魔法による隠密魔法。それによって姿を隠し、あの二人はこの状況を盗み見しているはずだ。僧侶であるハイターだからこそできること。何でも勇者一行として旅をしていた初めの頃はよく使っていたのだとか。

 

それはともかく、その効果は絶大だ。女神の魔法。人類とも、魔族とも違う。教典なる物を所持し、適性がなければ扱えない。根本から原理が異なる魔法。魔族から見ても呪いといえるほどのもの。興味深いと同時に、恐ろしさを感じる。そんな物を知らずに利用している人類も、与えている女神にも。

 

 

(手出しする気もないということかのう……てっきりあの二人を使って、仲間割れをさせる気かと思っておったが……)

 

 

すぐに思考を切り替える。それはこの場ではどうでもいいことだ。あの二人は勇者一行。フリーレンのかつての仲間であるはずだが、手出しも口出しもする気がないらしい。フリーレンを裏切っているようなもののはずなのだが。アウラに従っているからなのか。魔法で従わされているわけではないというのに。

 

アウラの狙いも分からない。仲間割れをさせようとしているのかとも思ったが、どうやらあの二人を表に出す気はないらしい。人質にするつもりなのか。それとも。何にせよあやつが愉しそうなのは間違いない。

 

 

(だが本当に信じられぬ……魔力に制限特有の揺らぎが全くない。知らねば、見破るのは儂でも不可能だったろう)

 

 

ただ目を奪われる。八十年前と変わらない、フリーレンの姿に。その容姿ではなく、魔力にだ。その揺らぎを見抜けない。リーニエと同じだ。いや、それはリーニエを凌駕している。目の前にしても未だに信じられぬ。嫌悪よりも驚嘆する。数百年程度の鍛錬では身につくようなものではない。恐ろしいほどの血と涙の結晶。リュグナーに倣うのなら積み重ねの美しさだったか。もっともあやつは認めはしないだろうが。

 

ならば八十年前、むしろ勇者一行が一緒で都合が良かったのかもしれない。もしフリーレンだけであったなら、油断してしまっていたかもしれない。リーニエ相手に不覚を取ってしまったように。今となっては意味のないことだが。

 

だがフリーレンの恐ろしさはそれだけではない。それは服従を解除する魔法を生み出しているということ。それがどれだけ異常なことか。天才、という言葉こそが相応しい。まさに大魔法使いなのだろう。アウラもそれを認めている。自らの魔法が解析、対策されているというのに。魔族ではあり得ないこと。

 

しかしそれは儂にとっては違う意味を持つ。利用できる可能性が。そう、アウラの服従の魔法を解除できるということはすなわち、それから解放される、逃れられることを意味するのだから。

 

なら儂がするべきことは、アウラに従う振りをして、フリーレンを利用し、解放されること。だがそれは

 

 

『残念だけど、クヴァールの服従を解いても無駄よ、フリーレン。それでクヴァールがあんたの味方になるわけじゃないもの』

 

 

アウラにはとうに見抜かれてしまっていたらしい。思わず勇者の剣が首筋に当てられているかのように錯覚してしまうほど。それはフリーレンだけではなく、儂に向けられた言葉、脅しだった。釘を刺されてしまった形。

 

同時にそれが賢明であることも。例えその企みが成功したとしても、逃げ出すことは困難だ。フリーレンが見逃すはずもない。そうなればアウラも容赦はしない。下手をすれば両者が手を組みかねない。フリージアも敵に回すことになる。

 

それだけではない。自分が生きている、逃げ出したと知られれば人類、魔法協会も黙ってはいない。その最高戦力でもある大魔法使いゼーリエを始めとする一級魔法使いたち。それに狙われればどうなるか。奇しくもそれはマハトが証明している。殺されなくとも、また封印されてしまうだろう。

 

アウラがフリージアを人質にして、ゼーリエに命乞いをしているのが答えだ。儂一人でどうこうできる相手ではない。

 

何よりも、アウラがその対策をしていないはずもない。服従が解除された瞬間、自害するように仕組まれていてもおかしくないのだから。それを試すほど、儂は若くはない。

 

できるのはアウラの掌の上で踊ることだけ。かつての魔王様や、シュラハトにそうであったように。

 

 

「待たせたわね。あんたの出番よ。クヴァール」

 

 

ごっこ遊びは終わったのか。第二の魔王、女神と称される主人が命じてくる。それに抗う術を自分は持たない。抗う気もない。所詮儂らは操り人形。アウラが飽きるまでの、遊ばれる玩具にすぎない。

 

 

「よいのか。お前の獲物じゃろうに」

 

 

だがそれでいい。儂の欲求を満たすことができるのなら。生きることができるのなら。それ以外は何もいらない。些事でしかない。それは言わば目の前に吊るされた餌だった。それに飛びつく前に、許しを乞う。

 

 

「もちろん譲る気はないわ。遊んであげなさい。あんたもたまには体を動かさないと体が腐るわよ」

「こき使っておいてよく言うのう」

 

 

無慈悲なアウラの物言いにそう悪態をつく。魔族であっても老体であるこの体が腐らぬように繋ぎとめている儂への皮肉なのだろう。本当に良い性格をしている。確かに魔法科で研究を主にしているが、魔法使いとして鈍っているわけではない。どころか酷使されていると言ってもいい。

 

理由はあの戦士アイゼンと、リーニエのせいだ。力押しは馬鹿のすることなどと言っておきながら。それとは対極の在り方をしている連中。リュグナー曰く、美しくないだったか。それによって、教導に巻き込まれるのが日常になっているのだから。老体に鞭打つどころではない。もっとも言葉ではなく、体に叩き込むのは魔族にとって理に適っているのかもしれないが。

 

さらに五体満足。いや、手足の一、二本は構わないだったか。ともかく殺さずに戦うように既に命じられている。フリーレンを服従させるのに、殺してしまっては意味がない。人形が壊れてしまわないように。だがそれが既に矛盾している。魔族として。かつての不死の軍勢のように、死者にして操ればいいだけだというのに。アウラにとっては、死者は服従させるものではなくなってしまっているのだろう。

 

 

「…………」

 

 

主人を守る配下のように、ゆっくりと体を動かす。眼下には杖を構えているフリーレンの姿。アウラの言葉に翻弄されていたのが嘘のような、儂を言葉を話す猛獣としか見ていない、冷たい眼。それによってかつてのアウラの言葉を思い出す。もし先にフリーレンが来ていれば、自分が殺されていたのだと。その理由が今なら分かる。

 

人間にとっての八十年。封じられていた儂が知らなかった。人類の半世紀に及ぶ人を殺す魔法(ゾルトラーク)の探求を。防御魔法と対を成すように改良を重ねた激動の時代を。一般攻撃魔法とはよく言ったものだ。アウラの服従の魔法が祝福と呼ばれているように。リュグナーが言っていたように、それが人間たちが持つという悪意なのだろう。

 

かつて封印された屈辱も、もはやないに等しい。あるのはただ、封印が解かれてから、たった数年。儂らからすれば瞬きにも似た時間で、何が変わったのか。それを知り、確かめたい。本能と欲求。

 

 

「楽しそうだね、クヴァール」

 

 

知らず笑みが零れていたらしい。だが仕方ない。儂らは魔法が大好きなのだ。魔族も人類も、それは変わらない。魔法使いであるのなら、すべからくそうだ。

 

 

「当然じゃのう。お前は違うのか、フリーレン?」

 

 

強い魔法使いであるならなおのこと。その気持ちは痛いほどよく分かる。手に取るように。今まで研鑽してきた自らの魔法に対する自信と信頼。

 

魔法使いとしての誇り。その欲求を満たすことこそが、儂らの生きる意味なのだから。

 

 

「強い相手との戦いは大嫌いだ。嫌なことは早めに終わらせないとね」

 

 

それを否定するように、葬送は嘘をつく。魔族のように、息を吐くようにではなく。人類として、明確な意志を持って。

 

 

それが大魔法使いと大魔族。葬送と腐敗の賢老。二人の魔法使いの八十年の時を超えた再戦の始まりだった────

 

 

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