勇者ヒンメルの死から二十八年後。
北側諸国。魔族国家フリージアにて。
「ありがとうございます。アウラ様」
「たまたまよ。あんたも飽きないわね」
時刻は昼過ぎ。ひとまず今日の公務をこなし、ただ気紛れに訪れただけなのだが、どうやら先客がいたらしい。そのフェルンはどこか嬉しそうに私を見つめている。それにやりにくさを感じながらも、その手に持っていた、生み出した花を捧げる。
「まだ死んだ気がしないわね」
もういない、ここに眠っている勇者一行の僧侶であり、私の従者に。そこには墓石があった。偽物ではない本物の。ただそこに刻まれているのは偽物の賢者の名だ。まさか二つ墓を持つことになるとは、流石のあいつも想像していなかったに違いない。
違うのはその花を供えているのが、人間だけでなく魔族もいるということか。その意味も分からず、真似をしているだけなのだろう。それでも、魔族に花を供えてもらえる人間などこいつが史上初だろう。
あいつが死んだのは二年前か。あっという間だった気もする。おかげでまだ生きているのではないか錯覚してしまうほど。今日は月命日だったのだろう。その度に墓参りするのがこの子の習慣になっている。まめなものだ。年一回で十分だろうに。
人間で言うなら大往生だったか。とてつもない長寿だったのだろう。こいつほど余生を謳歌した人間もいまい。あの薄情者を従えてから、さらに活動的になっていたのだから。良い恰好をしようとしたのだろう。亡くなる前まで、減らず口を叩いていた。女神の加護か、酒の加護か。
「アイゼン様も同じことを仰っていました。やはりお酒は百薬の長なのですね」
「さあね。知らない方がいいわ」
未だにそれを信じているフェルン。その嘘を明かさずに逃げて行ったのが小癪な奴だ。結局教典を直すこともしなかった。確信犯だろう。やはり私の魔法で死後まで禁酒を命じるべきだったか。
(今頃天国でヒンメルと酒盛りしてるんでしょうね……)
その光景が目に浮かぶようだ。きっと好き放題しているに違いない。ちゃんと私の命令を覚えているのかどうかも怪しい。忘れていてもおかしくない。それを確かめる意味でも、やはりお使いに行かせるしかないだろう。それはさておき
「最後までしてやられたわね。あの生臭坊主には」
思わず、そう独り言が漏れてしまう。それはあいつが死ぬ少し前。女神の奴がそろそろ命を奪いに来そうだったので、遺言という名の命乞いを聞いてやろうと思ったのだが。
『おや、私はもう貴方には遺言は伝えたつもりでしたが?』
いつものように飄々としながら、ハイターはそんなことを口にしてきた。フェルンのことを頼むとでも言うかと思ったのに。それはもう約束していると。そのために私に従ったのだと。
きっと私に謀られたのがずっと悔しかったのだろう。本当に小癪な奴だ。最後まで子供のような奴。私の前では大人の振りをする必要もなかったのだろう。
「そういえばあの薄情者は? 一緒じゃないの?」
「……私はあの方のお母さんじゃありません。きっとまだ寝ているのでは」
墓参りを終え、立ち上がりながら周りを見渡すもあの薄情者の姿はない。あるのはどこか不満げにしているフェルンだけ。さらに成長し、背はとっくに追い抜かれ、女らしい体つきになってしまった弟子だが、子供なのは変わらない。
その原因は言うまでもなくあのエルフだ。あいつは事あるごとに、フェルンの周りをちょろちょろしているのだから。
まるでかつての、アイゼンに懐いてしまったリーニエの気を引くために奮闘していたヒンメルのようだ。私への対抗心か、それともフェルンに頼ってほしかったのか。魔力制限や自分の技術を教え込もうとしている。そこまでヒンメルを真似なくてもいいだろうに。いや、ただ同じレベルなだけなのか。
それは他人の弟子を横取りしようとしているのと変わらない。特権を餌に、フェルンを釣ろうとしたゼーリエと同じだ。やはりあいつらは師弟なのだろう。やっていることは魔導書泥棒とさして変わらない。前科者だ。
「どう? 師匠の鞍替えでもしてみる?」
「私はアウラ様の弟子です」
「そうね。忘れてないから安心なさい」
「むぅ……」
それに振り回されている我が一番弟子をからかうも、いつものように頬を膨らませてしまうだけ。私も他人のことは言えない。師弟は似るもの。つまり、私もまたあの薄情者の従者に振り回されているのは変わらないのだから────
「やっぱり魔族は駄目だね」
どこか不遜に、耳障りな鳴き声が耳に響いてくる。そこは魔法科の図書館。静寂と厳かさが尊ばれる、魔法使いにとっての知識の蔵だったはずだが、そこに異物が紛れ込んでしまっている。どうやら今回は盗みに入ったわけではないらしい。
そこには腰に手を当てて、むふーと鼻息を荒くしているエルフがいた。あれが勇者一行の伝説の魔法使いだというのだから世も末だ。誰も信じないに違いない。
「またお前か、フリーレン。今度は何の騒ぎを起こしておる?」
のそりと、その巨体を動かしながらそれを諫めんとする宮廷魔法使いが姿を見せる。そこには慣れと呆れが同居している。最近、司書の肩書も増えたフランメ、ではなくクヴァールだった。魔族に諫められるエルフ。これではどちらが魔族か分かったものではない。
「こいつらが私の集めている魔導書が下らないなんて言うからだよ。やっぱり魔族には分からないかな。この浪漫が。魔法は自由であるべきなのに」
そんな自身の醜態に気づくことなく、フリーレンは聞くに堪えない持論を展開している。見ればテーブルの上には所狭しと魔導書が散乱している。その内容も見るに堪えない下らない物ばかり。それを前にして魔族の連中も途方に暮れ、魔族の子供からは奇異の目で見られている。その魔導書を自慢したかったのか、それとも。何にせよ醜態を晒していることには違いない。
「すみません、フリーレン様。部下には私から。彼らには悪意がないので」
それを見かねたのか。眼鏡を直しながら慌ててこの場の長であるゾンダが姿を見せる。余計な仕事を増やされただろうに。それを表に出さぬまま。そんな奴、摘まみ出してやればいいだろうに。ゾンダにとっての憧れでもあった、伝説の魔法使いの虚像などとうに消え去ってしまっている。
「知ってるよ。それよりもゾンダ。私への秘匿魔法の研究許可はどうなったの?」
「それは……」
それを利用しながら、さらに要求をしてくる図太いエルフ。どうやらそちらが本命だったらしい。なるほど。小癪な奴だ。何が魔法は自由であるべき、だ。ただ単に
「却下よ。あんたに教えたらどこで漏れるか分かったものじゃないわ」
こいつは自分が知らない、触れない魔族の魔法を知りたいだけなのだ。ここフリージアで秘匿されている魔法に。こいつにとってはミミックのようなものなのだろう。だがそれを許すほど私は甘くはない。こいつは前科持ちなのだから。どうしてもというのなら、口止めのために祝福をくれてやってもいいが、こいつは受け入れないだろう。そもそも無駄に多い魔力のせいでそれもできない。こっちから願い下げだ。
「……いたのか」
「こっちの台詞よ」
ようやく私に気づいたのか。まるで魔族を見るように、舌打ちしかねない顔を晒しているフリーレン。不敬もここに極まれりだ。まだ自分の立場が理解できていないらしい。魔族以下だろう。
「あ、アウラ様にフェルン! フリーレンも! 何か楽しいこと?」
見計らったように、例外の我が従者も乱入してくる。もはや図書館の平穏など消え去ってしまっている。こいつらにとっては遊び場でしかないのだろう。
「わぁ……! 楽しそうな魔導書がいっぱいだね!」
「流石はヒンメルの一番弟子だね。あとでリンゴをあげるよ、リーニエ」
「ほんと!? フリーレン大好き!」
「やってることがハイターと一緒じゃない」
やはり同じレベルなのだろう。いや、リーニエ以下なのか。唯一自分に構ってくれるリーニエを餌付けしてる勇者一行の魔法使い。やはり同じ勇者一行なのだろう。やっていることが生臭坊主と一緒だ。リーニエにそう騙されているとも気づかずに。フェルンたちも気持ちは同じなのだろう。皆で呆れ果てるも
「────楽しそうなお話ね。私も混ぜてもらっていいかしら?」
そんな、この場にはあり得ない女の声が響き渡った。
「────」
瞬間、空気が凍り付く。先程までとは全く違う。ここフリージアでは生まれ得ない緊張感。魔族としての本能。絶大な魔力。それが突然現れたことによるもの。恐らくは隠匿していたのだろう。
それは女だった。水色の長い髪に、特徴的な垂れた目。柔和な雰囲気と同時に見る者を魅了してしまうような妖艶さを併せ持っている矛盾。甘い蜜のような香りを纏った存在。だがそいつは人間ではなかった。その証拠にその額には二本の角がある。魔族である証。だが他の魔族のように二つ名がなかった。何故ならこいつを知る人間はこの世にはいないのだから。いや、今はフリージアを除いて、になるのか。
『無名』の大魔族。ソリテール。
それが出会ってきた人間全てを葬り去ってきた大魔族。ここフリージアでも、私とクヴァールに続く、恐れられる大魔族に
「死ね」
「死ねはないんじゃない?」
間髪入れず、淡々と容赦なく死を宣告する葬送のフリーレン。もしや言葉で人を殺せるのではないかと思えるほどの悪意が込められた言葉。しかしそれを難なく受け流しているソリテール。端から見ればソリテールの方がまともに見えてしまうほど。
「残念だけど、それを命じれるのはアウラだけね。ああ、でも貴方は祝福を受けてはいなかったわね。無抵抗な魔族を殺すこともできるのよね。命乞いをした方がいいかしら?」
だがそれはただの擬態だ。お話してくれたのが嬉しかったのだろう。悪意の有無など関係ない。ソリテールにとっては観察し、実験することが何よりの楽しみなのだから。それが罵倒であろうと何の問題もない。動物の鳴き声に等しい。
同時に相手を刺激するのも忘れない。人間からすれば煽りか。これで悪意が理解できていないというのだから余計に始末に悪い。ある意味、フリーレンにとっては天敵だった。
「うるさい。それと近づくな。お前死臭がするんだよ」
「そんなことないわよ。ちゃんと清潔にしているし。人間もここに来てからは食べていないもの。ねえ、アウラ?」
「さあ、どうかしら。私の知らないところで何をしているか分からないわね」
「ふふっ、下手な嘘をつくのね。やはりあなたは面白いわ、アウラ。素敵ね」
いつものように胡散臭い、気味の悪い笑みを浮かべながら、好きなことをのたまってくる研究者もどき。一人遊びで満足していればいいものを。フリーレンも手玉に取られてしまっている。相手にしなければいいのに、そうせずにはいられない。そうなるようにこいつに仕組まれているのだ。
(こいつにはいつまで経っても慣れそうにはないわね……)
私もフリーレンのことは言えない。ある意味、フリーレン以上に手を焼かされているのだから。
こいつがここにやってきたのはそう、フリーレンを従わせてから一年ほど経ってからだったか。何の便りもなく、ふらっとここに立ち寄ってきたのだ。
どうやらフリーレンが私に従わされたという噂を聞きつけてのことだったらしい。人の噂に戸は立てられない。どころか立てた覚えもないのだが。他ならぬフリーレン自身のせいでもある。
エルフ狩りの後、七日七晩続いた夜泣きのせいで。今もフリージアを恐怖に陥れた七日間として語り継がれているほどの醜聞。それを誤魔化すことなどできない。偽名や死んだ振りなど何の意味もない。
だがそれは思わぬところで効果を発揮することになった。無名の大魔族を呼び寄せることになったのだから。こいつの好奇心を刺激して余りある物。フリーレンだけではない。ハイターにアイゼン。ヒンメルを除いた全ての勇者一行がここには集まっているのだから。人間とお話することを研究しているこいつにとってはこれ以上にない研究対象だったに違いない。その結果までは読み切れなかったようだが。
それはまさに飛んで火に入る夏の虫だった。まさか私が勇者一行を魔法を使わずに従わせているなど夢にも思わなかったのだろう。さらに同じ大魔族であるクヴァールまでも私の手駒だ。その全てを合わせれば、かつての勇者一行にも匹敵する戦力が私の手にはある。
何よりもこいつは油断していたのだ。驕っていたのだ。私なら、自分を服従させることはできない。しないだろうと。
恐ろしく慎重で、臆病なこいつらしくないことを。やはり
それを前にして、ソリテールは抵抗することもなく私の天秤に下った。拍子抜けしてしまうほどにあっさりと。愉しそうに笑いながら。クヴァールと同じだ。服従か死か。そのどちらを選ぶかなど、魔族なら決まっている。私に泣いて命乞いしても何の意味もないのだから。
だがやはりこいつは私の友達だったのだろう。かつての私ならしなかったこと。ヒンメルならそうしたように。でも今は違う。私はヒンメルではない。私は私のやり方で。私のしたいようにするだけ。私たちは魔族なのだ。全て人間に倣う必要などない。
「そうそう。ハイター……僧侶ハイターの話よね。私にもお話を聞かせて。死んでしまって本当に残念だったわ。もっとお話したかったのに」
その結果がこれだ。ただでさえ、薄情者の従者に手を焼いているのに。このお喋り好きの相手もしなくてはならなくなったのだから。本当にいい迷惑だ。大魔族としての戦力として考えても、割に合わないに違いない。
当の本人はこの生活を満喫しているらしい。特にハイターにはよく絡んでいた。それもそうか。元々教典を手掛けたあいつとお話してみたいとずっと言っていたのだから。短くともそれが叶っただけでも、こいつにとっては服従させられた甲斐があったのかもしれない。
「そうね。きっとあいつも天国で安心してるわよ」
「本当? 素敵ね」
もっとも、あの生臭坊主にとってはいい迷惑だったに違いないが。今頃天国で安堵しているに違いない。それを言葉通りに受け取っているソリテール。自分が皮肉を言われていることに、騙されていることに気づいていない。それができるようになるのか、それとも。収斂進化の道はまだ遠いらしい。
「それと魔法の研究ね。私も混ぜてもらえると嬉しいわ。フリーレン。あのゾルトラークを研究解析して、本当に人を殺す魔法にした貴方とならきっと素晴らしい魔法が生み出せるわ。きっと私たちも友達になれるはず」
一通り満足したのか。それとも飽きたのか。今度はその矛先を再びフリーレンに向けている。本当に節操がない奴だ。確実にフリーレンの神経を逆撫でしている。それを前にしてフリーレンはまるで苦虫、ではなく玉ねぎを口にしたかのような不細工な顔を晒している。見るに堪えない。
「あら、私じゃ不満なわけ?」
「まさか。貴方は私の一番の友達だもの。貴方が主人で私は奴隷。分かりやすいわね」
友達という名の主従。それが私とこいつの関係だ。リーニエとも、クヴァールとも違う。私たち魔族にこそ相応しい。共犯でもある。なら精々頼りにさせてもらうとしよう。
「そうね。喜びなさい」
「ええ。本当に嬉しいわ。だって貴方の人類との共存という夢物語の結末を間近で見れるんだもの。いつか訪れるであろう、その悲劇的な結末を。ああ、本当に愉しみ」
ぽんと両手を合わせながらそう夢心地に告げてくる嘘つき。今度それが本当かどうか天秤で暴いてやるのもいいかもしれない。自らの主人に対する不敬の罪で。友達として。
「だから仲良くしてくれると嬉しいわ。フリーレン。リーニエもね。貴方たちとも友達になりたいと思ってるの」
「お前は友達なんかじゃない」
「御免だね」
そんなソリテールのお願いは一瞬で無下にされてしまう。フリーレンだけではなく、リーニエにも。ある意味、フリーレンよりもリーニエの方が顕著だろう。リーニエにとっては、ソリテールはヴィルの、友達の仇なのだから。聞いてもいないのに、ソリテール自身が明かしてきたことでもある。
だからこそ、ソリテールの生殺与奪の権利はリーニエに委ねている。その審判に背けば、勇者の剣で首を落とされることになるだろう。リーニエにとっては、魔族として罪のないソリテールを赦すことができるのか。できないのか。それを試すものでもある。
「あらそう、残念。でも時間はいくらでもあるわ」
それを理解しているだろうに。相手を煽るのは止めない。これもまた魔族の性なのだろう。その時間が有限であることに気づけるかどうか。それもまた実験だ。奇しくもこいつが以前口にしたように、ここフリージアが、巨大な実験場でもあるのだから。
「楽しそうじゃのう、ソリテール」
「ええ。あなたもね、クヴァール。魔族にとってここは楽園だもの。いいえ、牧場の間違いだったかしら?」
「そうよ。今は放牧できるようにするのが目標ね」
共に従わされた大魔族同士。思うところがあるのか。生きてきた年月でも、ここで暮らしている年月でも勝る賢老が無名にそう告げる。人で言うなら家畜か。だがそこまで言われる筋合いはない。自由意思も首も残してやっているのだから。もっとも、こいつらを放牧するには数百年かかるに違いない。
「失礼します。アウラ様。この騒ぎは一体……?」
「別に。いつものことよ」
「なるほど。いつものエルフの癇癪ですか」
「むぅ……」
「何で私の真似してるの、フリーレン?」
騒ぎが広がっていたのか。いつの間にかリュグナーがやってきていたらしい。だがその一言で全てを察したのか。納得する我が側近。ゼーリエが聞けば文句を言ってくるであろう偏見だが致し方あるまい。芸が尽きたのか、それとも。フリーレンはリーニエの真似をしている。どれだけ恥晒しなのか。
「全然似合ってないわね。それはいいとして、何の用?」
「ソリテール様を迎えに来たのです。これから教典科の会合がありますので」
「ああ、そうだったわね。ごめんなさい、リュグナー司祭。すぐに従うわ」
どうやらリュグナーはソリテールの奴を連れ出しに来たらしい。私もそういえばそこのエルフを連れ出しに来たのだった。これではこいつのことも言えなくなってしまう。
それによってソリテールは慣れた様子でリュグナーに従っている。まるで魔力の多い方に従う魔族のように。いや、そう装っているのだろう。その証拠に、わざわざ司祭なんて呼び方までしている。本当に嫌味な奴だ。嘘ではないのが余計に始末が悪い。
「お戯れを。貴方は教典科を統べるお方であり大魔族。私如きなど」
「ここでは貴方の方が偉いのよ。気にすることないわ。じゃあね、アウラ。またお話しましょう」
それに動じることなく、礼を失することなくソリテールを従えている魔族の司祭。魔法に頼らずとも、演じることができているのか否か。今度確かめてやるのも面白いかもしれない。大魔族二人を部下にしている一級魔族か。それによってここフリージアでは、リュグナーもまた恐れられ、敬意を払われている。その内、嘘が本当になる日も近いのかもしれない。
「……今のうちに殺しておかないと後悔するよ」
ソリテールが連れ去られた後、まるでゼーリエのようなことをフリーレンが告げてくる。本当にエルフというのはどいつもこいつも。
「余計なお世話よ。そっくりそのまま返してやるわ。これも私の趣味よ。刺激がないとね」
そんなことは百も承知だ。そもそもそれはお互い様だ。第二の魔王と呼ばれる私と魔族の大敵たるこいつが一緒にいる時点で。
だからこれは私の我儘だ。私はまだあいつと話がしていたかった。ただそれだけ。暇つぶし。退屈しのぎ。エルフと同じだ。私たちは長命種なのだから。
「着いてきなさい。あんたに命令があるわ」
忘れないうちに命令を下す。無駄な時間を浪費する暇はない。私たちは短命種ではないのだから────
「随分遅かったな。寝坊でもしたか」
一足先に着いていたのか。執務室にはアゴヒゲ……ではなく、アイゼンの姿がある。髭を触りながらこちらを非難してくる。よりにもよってこいつを前にして寝坊など。これ以上にない侮辱だろう。
「どこかの渡り鳥が寄り道してててね。捕まえるのに手間取ってたのよ」
「そうか。難儀なことだ。籠の中でも逃げ回っているのか」
「寝坊もしていました」
「みんなひどいよ」
どうやら渡り鳥はこの場にいる全員の共通認識だったらしい。そしてさらっと罪状を追加している我が一番弟子。甘やかしてくれる僧侶も庇ってくれる勇者もこの場にはいない。良い気味だ。
「まあいいわ。そうそう、フェルン。あんたもここにいなさい」
「私もですか……? フリーレン様に話があるのでは?」
「あんたも関係がある話よ……アイゼン」
「全く。相変わらず忙しい奴だ」
込み入った話になると思ったのか。その場を後にしようとしているフェルンを呼び止める。それに不思議そうな顔をしている。そういえばまだ言っていなかったか。これからの話にはこの渡り鳥だけではなく、この子にも関係があるのだから。
それをアイゼンの口から語らせることにする。それに文句を言われる筋合いは私にはない。元々これは、アイゼンとハイターが企んでいたことなのだから。ある意味、ハイターの遺言、遺産のようなものか。
アイゼンは語り、白状する。私とフリーレンのために、画策していた、余計なお世話。魔法使いでも信じられないような、お伽噺を────
「死者との対話……本当なのでしょうか」
それを聞いていたフェルンがもっともな感想を漏らしている。無理もない。私も同感だった。死者との対話について記した手記があるのだと。魔法ですらあり得ないような夢物語。だがあの大魔法使いフランメの手記であること。何よりもあいつが調べ上げた上で伝えてくるということはそういうことだ。
「さあね。いい加減な人だったから」
「あんたと同じね」
「…………」
だがやはり半信半疑にしておいた方がいいだろう。このエルフがいい加減だというような奴の手記なのだから。師弟揃って当てにならない。
「そんなお願い、私が聞くと思う?」
それが気に障ったのか。そもそもこの件に乗り気ではなかったのか。不機嫌そうにフリーレンは抵抗してくる。なるほど。もう四年は経つというのに、こいつはまだ自分の立場が理解できていないらしい。
「お願いじゃなくて命令よ。あんたこそ、自分の立場が分かってるわけ? もう一度泣かすわよ」
「うぉぉん……」
「トラウマになっているな」
「私ももう二度と御免です」
なので思い出させてやる。こっちも思い出したくもない悪夢を。それによって再び鳴き声を上げているエルフ。その鳴き方がリーニエと同じなのは偶然なのかそれとも。トラウマになってしまっているらしい。もっともそれはフェルンたちも同じだ。あのヒンメルが恐れおののいた理由を思い知った形。しかも通常の二倍だった。被害もそれに比例した。なので
「フェルン。あんたも一緒に行きなさい。こいつだけじゃ何十年かかるか分かったものじゃないもの」
「え……?」
今度は先手を打つことにする。それがこの場にフェルンを呼んだ理由。そして、何年も前から計画していた、私がエルフ狩りをした本当の理由なのだから。
「……あの、それは私だけじゃダメなんでしょうか?」
「……フェルン、私のこと嫌いなの?」
だがフリーレンと一緒にと聞いて、思わずしかめ面をするフェルン。どころかそのまま手を挙げながら進言してくる始末。本人を前にしてこの図太さは一周回って大物だろう。それによって変顔を晒してしまうフリーレン。私に泣かされた時よりもダメージを受けているのかもしれない。自業自得だが。
「とりあえず、手記を見つけたら一度帰ってきなさい。ちょっとしたお使いね。あんたにはちょうどいいでしょう?」
不満げなフェルンを無視しながら、強引に話を続ける。残念だがこれは確定事項だ。変更はない。恐らくフェルンだけ行かせても、手記は見つけられないだろう。フリーレンでなければ手にできない仕掛けがあるに違いない。あのゼーリエの弟子なのだから。何よりもこれはお使い。予行練習でもある。加えて
「心配しなくてももう一人つけてやるわ。とっておきの前衛をね」
「? それって……」
それも目的の一つだ。それによって事情を知らない、予測できない無知なエルフはそのままアイゼンを見つめている。本当にお子様だ。
「……シュタルクのことだ。あの馬鹿弟子を途中で拾って行ってやってくれ」
「今は家出息子かしらね」
気持ちは同じだったのか。それとも自分の弟子の不始末を押し付けることになったからか。アイゼンは目を閉じながらそう懇願する。今はここにいない、戦士の一番弟子を拾って行ってほしいと。正確には家出をした息子が正しいに違いない。だが
「…………」
それによって一番反応しているのはフェルンだった。まるでリーニエのように、目を逸らし、口をへの字にして、むっすーと頬を膨らませている。小さな子供のような有様。本当に世話が焼ける。何故なら
「あんたたちもいい加減さっさと夫婦喧嘩を終わらせてきなさい」
これは本当に下らない、この子たちの夫婦喧嘩の後始末だったのだから。
『いつもきつく当たりやがって! そんなに俺のことが嫌いかよ! もういい! 出ていく!』
それがシュタルクが残した捨て台詞だった。それから三か月になるがシュタルクは戻ってきていない。ようするに家出だった。喧嘩の理由など聞くまでもない。いつものことだ。ただ今回は引っ込みがつかなくなったのか、長引いているようだが。
どこにいるのかも分かっている。久しぶりの迷子を捜す魔法の出番だった。どうやら以前の依頼で竜を退治した村のお世話になっているらしい、村長からその旨の手紙も送られてきた。放っておいてもいいのだが、ちょうどいいので回収させようというわけだ。
「っ!? 私たちは夫婦じゃありません!」
「そう? 私は魔族だから分からないのよ」
「どういうこと?」
「ここにもいたわね。魔族よりも魔族らしい奴が」
「うぉぉん」
それを聞いた途端、顔を真っ赤にしながら否定してくるフェルン。面倒な子に育ったものだ。そしてリーニエ顔負けの無知を晒している人類もどき。下手をしたら魔族の方がまだ機微が分かるかもしれない有様。それによってまた鳴き声を上げている。
もはや収拾がつかない。できるのは空の天秤を顕現させ、閉廷の鐘の代わりに鳴らすことだけ。ここでは、私に逆らえる奴はいないのだから────
「あきらめろ。フリーレン。勇者一行はあいつには逆らえん。ヒンメルがそうだったようにな」
理不尽な命令をされた後、そのまま追い出されてしまった帰り道で、そうアイゼンに諭される。どこか楽し気に。他人の気も知らないで。
日記を読んでいなくても、私にだってそれぐらい分かる。たった四年だが、ここで生活で思い知らされた。教えられた。見せつけられた。思い出させられた。
『──フリーレン、実は君に紹介したい友達がいるんだ』
「やっぱり
ヒンメルの趣味が悪いことを。魔族を友達にするなんて。趣味が悪いのは、ポーズだけで十分なのに。
友達という名の主従関係。それがヒンメルとアウラの関係。今度はそれをアウラが私にやり返してきた。ただそれだけ。ようするに、全部ヒンメルのせいなのだから。
ふと空を見上げる。そこには一面の晴れた青空。きっと明日もそうだろう。なら急がなければ。あいつのことだ。もう明日には旅立てと言いかねない。
仕方ないけど、準備を始めよう。あの時のように。下らない、新しい冒険の準備を────
あとがき。
作者です。長くなりましたが、新奏という番外編を完結させることができました。これも読者の皆様のおかげです。ありがとうございました。ここからはあとがきということで、裏話や設定などを載せていきたいと思います。興味がある方はお付き合いください。
まずはこの新奏というエピソードの成り立ちについて。
これについては本編時の感想欄でも触れたことがあった『もしアウラがフェルンを預かっていたら』というIFルートを基にしています。その時点でクヴァールに師事し、真ゾルトラークを習得することなどは大まかに構想していました。ただ内容がどうしてもフリーレンに厳しめになってしまうため、描くのは難しいと考えていたのですが、本編の後であるなら読者の方にも受け入れてもらえるかもしれない、ということで描くことにしました。
テーマは主に三つ。
一つはアウラのもう一つの、魔族としての側面を描くこと。
本編ではヒンメルの日記を読んでいないことで、未亡人のような雰囲気、思考に捕らわれてしまっていたアウラでしたが、それから解放された、乗り越えたアウラがどんな動きをするか。本編でも読者の方が期待していた、フリーレンに徹底してマウントを取るアウラを描いてみたかったというのもあります。
二つ目がフリーレンの罪と罰を描くこと。
本編ではヒンメルの日記を先に読むことで、いわばズルのような形でそれを自覚して乗り越えたフリーレンでしたが、それと真っ向から向き合うことになればどうなるか。それを描くのがテーマでした。ただやはり難しいテーマでもあり、特に最終章は描いていて、とても苦労しました。バランスもですが、どうしてアンチ・ヘイトと取られかねないので。やはり本編後の番外編という形にしたのは正解だったと思います。何とか作者なりに落とし込んだつもりです。
三つ目が本編では断片的にしか描くことができなかったフリージアの内情を描くこと。
本編では設定のみを明かして、直接描写することができなかったフリージアの内部、生活を描くことがテーマでした。特にリュグナーを通すことでそれを表現した形です。いわゆる内政物でしょうか。そのおかげもあってか、読者の方からの反応も上々だったかと思います。同じように、本編では登場しなかった、一級魔法使いたちを登場させたかったのもあります。特にゼンゼについては本編からリーニエとの関りを匂わせていたので、描けて満足しています。
以下に主要な人物の設定やプロットを載せておきます。よければお楽しみください。
『アウラ』
この作品の主人公にしてヒロイン。生ける天秤。今章では魔族におけるゼーリエをイメージしている。本編とはフリーレンと真逆の立場。フリーレンを見定める役割を負っている。
エルフ狩り、裁判ごっこも実はフリーレンにフェルンを預けることができるかどうか見定めるための試験でもあった。
もしリーニエによる人類認定が出なければ、その場で第二の証人としてフェルンを招喚し、勇者一行による断罪に移行する手筈だった。
また途中で逃走するようなことになれば、エルフを見つける魔法で探知、捜索し、物理的なエルフ狩りに移行。総力による追撃、包囲戦。エルフを捕まえる魔法で捕獲し、勇者一行の二人の前に引きずり出す作戦も予定されていた。そういう意味では、本編が一番穏便に終結したとも言える。
最終章の副題にもなっていたように、フリーレンと友達という名の主従になるまでがコンセプトだった。ヒンメルにされたことを、今度はフリーレンに仕返すという皮肉でもある。
ヒンメルの日記を先に読んだことで、本編よりもスタンスに変化が生じている。ソリテールへの措置の違いが一番分かりやすいかと。本編が人類寄りだったとすれば、今回は魔族寄り。本編が人類に寄りすぎだったのが正しく公平になったとも言える。
『フリーレン』
日記を読めなかったことによって二週目ではない。原作の雰囲気に近くなるようにイメージして描くことを心掛けた。コンセプトは時代に取り残されてしまったエルフ。ゼーリエの危惧していたことが現実になってしまっていたらという可能性。原作のソリテールの指摘のように、見様によってはフリーレンも言葉の通じない魔族に見えてしまう危険性を描いた。
本来なら日記とそれを読んだ五年の月日によって得られたものを、短縮、圧縮して経験させられた形。RTAのようなもの。
それでも再び犯した間違いの取り返しがついたこと。本編よりは短くとも、ハイターやアイゼンたちと一緒にそれを自覚して一緒に過ごせたのはフリーレンにとってはこの上ない救い、報酬になったとも言える。
フリージアでの生活は本編とあまり変わらないが、フェルンとの関係が大きく変化している。フェルンをあの手この手で懐柔しようとしては失敗しているのはかつてのヒンメルと同じ。やはり似た者同士。お似合いなのかもしれない。
一級魔法使い試験編ではまるで自分の弟子のようにフェルンをゼーリエに自慢するが、フェルンに否定されて落ち込み、ゼーリエはゼーリエで同じように勧誘に失敗した過去があるので互いに気まずくなるというエピソードが予定されていた。
『フェルン』
アウラに引き取られたことである意味、一番本編とは変わっているキャラクター。誰よりもアウラを信頼しており、フェルンにとってのアウラは女神であり、師であり、母でもある。姉であるリーニエ、ハイターの存命もあり、本編ほど生き急いではおらず余裕がある。シュタルクとは幼馴染ではあるものの、そのせいで思春期真っ盛りでもある。
フリーレンとの関係は一言で言えば手のかかる伯母さん。旅の道中では原作や本編のような世話はせず、昼前には寝坊していようが置いて行く。寝坊したフリーレンは慌てて飛んで追いかけていくのが日常茶飯事。フリージアの飛行魔法とアウラ直伝の体が軽くなる魔法をシュタルクにかけて、運んでいくのが元々の二人の旅のスタイル。フリージアの飛行魔法を教えてほしいとフリーレンに懇願されるも教えてはいない。一度フェルンの代わりにフリーレンがシュタルクを運ぼうとしたところ、ゴミを見るような目で見られたため、それ以降フリーレンはシュタルクには触れていない。
一級魔法使い試験ではフリーレン同様、あってはいけない実力者扱い。ゼーリエの特例で参加を免除されるも特別扱いはいけないと強引に試験に参加し、試験官たち(特にゼンゼ)を困らせることになる。
『シュタルク』
アウラ達の影響と、フェルンと一緒に魔物の討伐を行っていることで本編よりも早く一人前の戦士になっている。
アウラのお母さんっぷりやリーニエのお姉さんぶりもあって、アイゼンとの喧嘩別れのイベントもなくなったが、代わりにフェルンとの夫婦喧嘩が発生。フェルンにとっては好き避けだったのだが、そのまま家出してしまう。
ちなみにエルフ狩りにも参加しておらず、最終章では全く出番がなかった。
原作同様、旅の途中でフェルンの誕生日に鏡蓮華のブレスレットを贈るが、原作とは違い、その意味を知った上で、ヒンメルの真似をして贈る。フェルンもそれを知らない振りをして受け取っている。それを知ったザインは「もう結婚しちゃえよ!」とフリーレンに愚痴っている。フリーレンはフリーレンで身に覚えがある光景過ぎて吐き気を催すというエピソードが予定されていた。
『リーニエ』
本編よりも遥かに早いフェルンからのお姉ちゃん認定に加えて、お父さんや弟、お爺ちゃんに新しい魔法使いの友達もできるなど、この章では誰よりも恩恵を受けていると言っても過言ではない。本編ではお披露目できなかった、フリーレンにとっての葬送でもあるという本来の役目も果たすことができた形。
ただ仇でもあるソリテールに関してだけは本編とは違って複雑になっている。ヴィルのことに加えて、リュグナーのことをソリテールに取られてしまったようで嫉妬してしまっているのが原因。それが成長につながるかはこれからの頑張り次第。
『ソリテール』
今回のサプライズ枠。本来ならやってくるのはもっと先だったのだが、フリーレンの鳴き声によって呼び寄せられてしまった形。それはそれとして、今の生活を愉しんでいるのが彼女が彼女である理由。
噂を耳にした場所の地理的な問題と、時期の関係でマハトには再会できておらず、仕込みもできていない。遠からず、マハトの事情はアウラによって自白させられることになる。
それが黄金郷編にどのような影響をもたらすかは読者の皆様の想像にお任せします。