ヒンメルはもういないじゃない【完結】   作:HAJI

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協奏 第一節 勇者への贈り物
第一話 「再開」


(確か、このあたりのはずだけど……)

 

 

記憶を頼りに山の中を彷徨っている。ついこの間訪れたばかりなのに、やはり一度しか訪れたことのない村を探すのは骨が折れる。やっぱりもう少し後にしてもよかったかもしれない。そんな魔が差してしまうほど。けれど気づいてしまったのだから仕方ない。

 

 

(こうして近くに来たんだし、たまには悪くないかな)

 

 

きっかけは王都で催されたという魔法使いの集まりだった。珍しい魔導書が手に入るかもしれないと気にかけていたのだが、あっという間にそれは終わってしまっていた。何でもまた人間の新しい魔法使いの管理団体ができたらしい。本当に人間の時間の流れはあっという間だ。こう頻繁に変わられては資格を取る気もなくなってしまう。

 

私にとってはこの聖杖の証が魔法使いの証だ。いや、違うか。ヒンメルたちが私をすごい魔法使いだということを知ってくれている。それで十分なのだから。

 

 

(このまま通り過ぎたら、きっとヒンメルたちに薄情だって言われるだろうし)

 

 

知らず懐かしい気持ちになりながら歩みを進める。ついこの間だというのに、らしくない。まるで四人で冒険をしていた頃のように、その姿が目に浮かぶ。

 

魔法使いの催しには出遅れてしまったが、その道中でたまたま魔導書や魔道具を扱っている行商人とすれ違ったのだ。それによって珍しい魔導書を手に入れられたのが一番の収穫だったのだがそれはともかく。その行商人から私は感謝の言葉をかけられた。

 

それ自体は特に珍しいことでもない。私は魔王を倒した勇者一行の魔法使いなのだから。エルフという、珍しい容姿でもある。しかしその感謝の理由は、普段とは異なっていた。

 

 

(クヴァールか……まだ時期尚早かな)

 

 

『腐敗の賢老』クヴァール。

 

かつてこの地で悪逆の限りを尽くし、この地方では冒険者の四割、魔法使いに至っては七割をその魔法によって殺した大魔族。私たちも倒せず、封印するしかなかったという点では、魔王を超えているとも言えるかもしれない。

 

その行商人はどうやらその地方の出身だったらしく、それに感謝された形。そこでようやく気付いたのだ。自分が知らずその地の近くを訪れていたことに。

 

正直な話、私らしくなかった。普段の私なら、それを素通りして、足を向けることはなかっただろう。薄情云々ではなく、時間の話。まだクヴァールを封印してからたった十年ほど。私のかけた封印は八十年は保つものだ。それが解けてしまう心配はない。何よりも

 

 

(まだ人を殺す魔法(ゾルトラーク)の研究解析が済んでいない。クヴァールを討伐するのは、それができてからかな)

 

 

私たちがクヴァールを討伐できなかった最大の理由。人類にとっての天敵にして禁忌の魔法。人を殺す魔法(ゾルトラーク)の解析が完全にはできていないからだ。

 

あらゆる防御魔法を、耐性を貫通し、人体を破壊する。魔族の天才が生み出した、論理の究極とでも言えるほど、無駄のない術式構造をした魔法。

 

だが強すぎる魔法は、それ故に仇になりつつある。それを克服するため、人類はこぞってそれを研究解析している。私もまたそれは同じだ。遠からず、人類は人を殺す魔法(ゾルトラーク)を克服するだろう。エルフである私や、魔族には持ち得ない、圧倒的な数を持つ、人間の魔法使いたちの強みによって。

 

 

(ヒンメルたちがいれば、話は違うだろうけど)

 

 

もっともそれは、私一人ならの話。ヒンメルたちがいれば、今すぐに封印を解いてもクヴァールを討伐できるだろう。クヴァールを討伐できなかったのは、魔王を討伐する前の私たちの話だ。本当に人類の成長の速さは恐ろしい。本当にあいつらを人類だと言っていいのかは疑問だが。たった十年の間に、まるで別人のように強くなってしまった。私の仲間(パーティ)には化け物しかいない。いや、それは最初からだったか。

 

魔族が魔法を使う前に斬り伏せる勇者に、無補給、無酸素で二か月生存できる魔法をかけてくる僧侶。とどめが金剛石を素手で握りつぶす戦士。

 

地道に魔族の魔法を解析し、魔力を制限する卑怯者になってようやく魔族に対抗している私が馬鹿みたいだ。

 

 

(でも仕方ないか。ヒンメルならそうしただろうし)

 

 

だから私がこうしてらしくないことをしているのも、ヒンメルのせいだ。ヒンメルならきっと村に寄って、封印の様子を確認するだろうから。たった十年一緒に旅しただけだが、それぐらいは私にも分かる。決して薄情者扱いされるのが嫌だったからではない。そう自分に言い訳しながら、当時を思い出しながら道を進んでいくも

 

 

(っ! これは、まさか────!?)

 

 

それは、あり得ない、最悪の形。魔族の力。とてつもない魔力によって吹き飛ばされてしまった────

 

 

 

「────」

 

 

私には似つかわしくない郷愁は既に消え去ってしまっている。あるのは冷徹な、凍っていくような感覚だけ。ただ魔族を葬る。それだけのために千年、鍛錬を重ねてきた葬送と呼ばれる魔法使いとしての私。

 

その手に杖を握り、魔力は完全に隠匿している。いつでも戦えるように。息を潜めながら潜伏し、その場所へと向かっていく。

 

 

(間違いない……これは、魔族の魔力だ)

 

 

それは絶大な魔力だった。数キロ離れていても。魔力探知をしなくても感じ取れるほどの魔力の持ち主があそこにはいる。だが人間の魔法使いではない。魔力にはその波長が、違いがある。人間で言うなら殺気のような物か。人間に比べ、魔族の魔力は殺気立っている。いや、捕食される人類にはそう感じてしまうのか。

 

何よりもその大きさだ。ただの魔族ではない。間違いなく大魔族級の魔力。ならクヴァールが復活してしまったのか。まだ封印してから十年かそこらしか経っていないのに。それとも何者かの手によって封印が解かれてしまったのか。

 

いや、それにしては違和感がある。クヴァールにしては魔力量が少ない。何よりもその質が。魔力は魔法使いにとっては包み隠せない個性でもある。だが、私にはこの魔力に覚えがある。これは確か

 

 

(見えてきた……!)

 

 

その開けた視界に一つの村が写り込んでくる。知らず、一定の鼓動を刻んでいた心臓が跳ねる。脳裏に蘇るのは、かつての惨状であり、千年経っても忘れることができない私の後悔の景色。

 

魔族によって滅ぼされてしまった、故郷であったエルフの里の姿。跡形もなく破壊され、焼き尽くされ、蹂躙されてしまった成れの果て。

 

そこでの心躍るような冒険もない、裕福でもない、質素な暮らし。退屈で下らない日々。

 

ただ寝て起きて、時折気紛れに他の住民と触れ合って、自分勝手に好きなことを探求していたエルフたち。

 

酒瓶を持って何をするでもなくぼうっとしていたミリアルデ。

料理に情熱を燃やしていたロッフェル。

誰も相手をしてくれない遊戯を探求していたフェアード。

長すぎてエルフにしか読めない小説を書き続けていたグラウベン。

星座が変わるのを楽しみにずっと星の記録をし続けていたノイモント。

 

仲が良かったわけでもない。ただ隣にいた。ただそれだけ。でも私は覚えている。みんなのことを。それが奪われたことを。きっと万年経っても、私は忘れない。私は、魔族(あいつら)を根絶やしにしたいほど憎んでいる。

 

それがまた繰り返されてしまう。もう手遅れかもしれない。あれほどの魔力を持つ大魔族。人間の村どころか、都市ですらひとたまりもない。蹂躙され、地獄となる。この千年、何度も目にしてきた光景。人を食らう害獣によるもの。それを覚悟しながら、手遅れだとしてもせめて。そう心を凍てつかせながら辿り着いた先には

 

 

「え……?」

 

 

まるで何事もなかったかのように、穏やかに過ごしている村人たちの姿があった────

 

 

 

思わずその場で立ち尽くしてしまう。魔法使いとしては悪手とも言えるような醜態。すぐさま身を隠し、様子を窺わなければいけないというのに。だがそうなってしまうほどに、その村は平和だった。いや、豊かだった。

 

賑やかさがある。活気、とでもいえばいいのか。まるで違う村に来てしまったかのように。確か、以前来た時にはこんなに栄えてはいなかったはず。どこにでもある、小さな農村だったのに。たった十年で変わってしまったのか。

 

いや、そうではない。私が確認しなければいけないのは村の振興ではない。魔族の討伐とクヴァールの封印の確認だ。そう意識を切り替えんとするも

 

 

「貴方はもしかして……フリーレン様ではありませんか?」

 

 

それよりも早く、私は村人に見つかってしまった。

 

 

「誰……? 私のことを知ってるの?」

 

 

まるで信じられないものを見たかのように目を丸くしながら、どこか慌てた様子で一人の、小柄な男性が私に駆け寄ってくる。そんなにエルフが珍しかったのか。以前この村で会ったことがあっただろうか。ついこの前なのに、覚えがない。年の頃は二十代ほどか。人間の年齢は見た目では分かりにくい。

 

 

「っ! ああっ、これは失礼。私はシュトロと言います。クヴァールを封印して下さった時にお会いしたことが。あの時は本当にありがとうございました」

「そう。悪いけど、覚えてないかな」

 

 

感激したとばかりにこちらの手を握ってくるのを断ることもできず、されるがまま。勇者一行の魔法使いと呼ばれるようになってからはよくあることだが、やはり慣れない。こういうのは苦手だ。ヒンメルならきっと喜んでポーズを披露するのだろうが生憎私にはそんなものはない。

 

だがクヴァールを封印した時に、か。なら十年以上前になる。ということは私と会った時にはまだ目の前の男性、シュトロは子供だったのだろう。なら覚えていなくても仕方ない。本当に人間はあっという間に大きくなってしまう。別人だと思ってしまうほどに。だが

 

 

「でしょうね。その頃はまだ私も子供でしたから。しかし、もしかしたらこれは覚えておいでかもしれません」

「?」

 

 

そうよく分からないことを言いながら、シュトロは自らの首の後ろにかけていた何かを被る。それは麦わら帽子だった。何の変哲もない、畑仕事のお供とも言えるような物。なのに、強烈に何かが脳裏に蘇ってくる。忘れたくても忘れられない。きっと百年経っても色褪せないであろう、下らない記憶。

 

 

「……お前、あの時私のスカートを捲ったクソガキだな」

「その節はどうも。大変失礼しました」

 

 

無邪気に私のスカートを巻くってきた麦わら帽子のクソガキ。その面影が見て取れる。謝罪しているのに、どこか楽し気にしている。反省の色は伺えない。やはり中身は変わっていないのだろう。同時に思い出すのはそれ以上の醜態を晒していた勇者の姿。あんなに激昂していたヒンメルは後にも先にもなかったほど。

 

 

「しかし驚きました。まさかこんなに早くおいでになるとは。てっきり来られるのは何十年も先になるのではと……」

「たまたまだよ。近くを通りがかってね」

「そうですか……本当に良かったです。ヒンメル様も心待ちにしておられましたから。あいにく、今はリーニエと一緒に出掛けているので留守ですが。もうすぐ帰ってこられると思います」

「……?」

 

 

まるで私の心を読んだかのようなタイミングで件の勇者の名前が出てくる。妙なことを言うものだ。まるでここにヒンメルが住んでいるかのような物言い。ヒンメルの家は王都にあるというのに。それともたまたまここに寄っていたのか。偶然にしてもできすぎている。そもそもリーニエとは誰なのか。頭の上にいくつもの疑問が浮かぶも

 

 

「……それよりも、聞かせて。クヴァールの封印はどうなってるの? その辺りに大きな魔力、魔族がいる。村の人たちは無事なの?」

 

 

気を取り直し、引き締めながら情報収集に移る。思わず毒気が抜かれてしまったが、状況は何も変わっていない。むしろ危機感は増している。もしかしたらまだ村の人々は自分たちの置かれた状況に気づいていないのかもしれない。自分たちの村のすぐ近く、恐らくはクヴァールを封印した山奥に、大魔族がいることに。いや、身を隠しているのか。そう考えれば納得もいく。勇者を恐れて、魔族はその多くが身を隠してしまっている。大魔族とは言え、その例には洩れなかったのか。それとも。

 

 

「フリーレン様は……何もご存知ないのですか?」

「? 何のこと?」

 

 

そんな私を、どこか怪訝そうに見つめてくるシュトロ。同時に投げかけられる疑問。一体何のことを言っているのか。魔族のことにも気づけていないのはそっちの方だろうに。

 

 

「…………」

 

 

シュトロはそのまま神妙な顔をしたまま、黙り込んでしまう。話が通じていない。噛み合っていない。そう、まるで人間ではなく魔族と話しているかのような。そんな私の疑念は

 

 

「あ、こんなところにいたのね。シュトロ。早くアウラ姉さんを呼んできて頂戴」

 

 

いつの間にかやってきた、村の女性が口にした魔族の名によって、確信へと変わっていた。

 

 

「アウラ……? それって、断頭台のアウラのこと?」

「? ええ。今は天秤のアウラの方が有名ですが……もしかして貴方は」

「っ! リリー!」

「え……?」

 

 

まるでそれが当たり前のように、七崩賢である大魔族の名を女性が口にする。いかにそれが異常であるかを理解できていない。だがシュトロはそうではなかったのだろう。一瞬の間の後、血相を変えてリリーを制しているが間に合っていない。もはや言葉は必要ない。この村を訪れた時から、魔力を探知した時から感じていた違和感。疑問。全てのピースが挟まっていく。天秤か。最低に趣味の悪い二つ名だろう。断頭台といい勝負だ。何故なら

 

 

この村が、服従の天秤によって支配されてしまっているのだから────

 

 

 

 

そこは十年以上前と変わっていなかった。村から離れた、開けた山奥。そこには物言わぬ石像となっている、腐敗の賢老がいた。その肩には小鳥が止まっている。まるで時間が止まってしまっているのように。

 

だかそこにあり得ない異物が紛れ込んでいた。一見すれば、小柄な女性にしか見えない容姿。私も見たこともない、まるで村娘のような衣服を纏っている。かつての魔族の装束ではない。もしそれだけであったのなら、人間に見間違えてしまうほど馴染んでいる。

 

しかし、その頭にある二つの角がそれを台無しにしてしまっている。人間ではあり得ない、言葉を話すだけの魔物であることの証明。

 

もう一つが、纏っている魔力だ。それだけで全てを物語っている。五百年以上は生きているであろう、絶大な魔力。生きている時間の大半を魔力の鍛錬に捧げてきたのが分かるほど。今もその鍛錬を行っていたのだろう。目を閉じたまま、私に気づくことなく魔力のコントロールを行っている。本当に愚かだ。魔族は魔力を包み隠さないし、隠せない。それが己の居場所を晒してしまっていることも気づけない。

 

 

そのまま杖を向け、魔法を打ち放つ。一片の迷いも情もなく。無慈悲にその首を落とす。その二つ名への意趣返しのように────

 

 

────それが私の取るべき最適解であり義務。魔法使いとしての誇りなど、とうの昔に捨て去っている。逃げる、隠れる、不意打ちする。師匠から受け継いでいる、誇り高き魔法を愚弄する卑怯者の戦い方。なのに

 

 

「久しぶりだね、アウラ」

 

 

知らず私は姿を晒していた。正面から堂々と。油断と驕りか。騙すためか。油断を誘うためか。魔族に話しかけるなんて、何の意味もないのに。久しぶりだなんて嘘をついてまで。

 

────思えばこの時から、知らず私は騙されてしまっていたのかもしれない。

 

 

「────っ!?」

 

 

まるで信じられない物を見たかのように、目を大きく見開いてから。すぐさま魔族のように目を細めながら断頭台は嗤う。

 

 

「…………そうねぇ。だいたい十年振りかしら。フリーレン?」

 

 

葬送は気づけない。それが嘘であることに。その意味を。まるでそれが、魔族(葬送)に見つかってしまった人間(魔族)そのものであることに。

 

 

晴天の空の下、勇者に魅せられた二人の魔法使いが再会する。それがあり得なかった、葬送と天秤の協奏の始まりだった────

 

 

 

魔王討伐から十年後。中央諸国グレーゼ森林にある村にて。

 

 




お久しぶりです。作者です。今回、葬送のフリーレンのアニメ二期を記念して、新たな番外編を投稿させていただきました。

お読みになった方はお分かりになったと思いますが、もしフリーレンが原作よりも早くやってきていたら、という葬送のフリーレンの読者なら誰しもが一度は想像するIFルートになります。

元々はアニメの二期に合わせて新奏の後日談を投稿する予定でした。その冒頭でフリーレンが夢の中で見た内容が今回の番外編になります。ダイジェスト風に執筆していたのですが、「こっちの方が読者の方は面白いでは?」と気づき、ブラッシュアップした形です。

もしよければ第十一章の生ける魔導書の予言を読み返していただけると今のアウラやヒンメルたちの現状が理解しやすくなると思います。フリーレンらしく後日談のようなつもりで気軽に楽しんでもらえれば嬉しいです。では。
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